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この世の果て・・究極の“自己犠牲”を描いた名作

2006年03月25日 14時02分38秒 | ドラマ・映画 全般の話

TBSでは暗いドラマを書くことの多い野島伸司ですが、フジテレビでもドロドロの絶頂のドラマを描いています。それが「この世の果て」
(これ、個人的にOSTも大好き。尾崎豊の主題歌「Oh, My Little Girl」も良かったです)

鈴木保奈美演じる「マリア」と、「記憶をなくしたピアニスト」の三上博史の愛の物語です。
マリアは、幼い頃家を火事にしてしまい、そのせいで妹・桜井幸子を失明させてしまいます。妹の視力を戻す為に必死でお金を貯めていて、昼は郵便局員、夜はホステスとして働いている──。
そんなマリアが、天才音楽家と言われた三上博史(士郎)に出会い、彼が事故に遭い、救急車で助けを呼ぶところから物語は始まります。

鈴木保奈美に思い入れる大企業家の息子に、豊川悦史。桜井幸子に恋する男に大浦龍宇一
桜井幸子の主治医である眼科医に加藤善博。ホステス仲間の立派な姉御には秋本奈緒美。
マリアを憎み、士郎を覚せい剤中毒にする歪んだ女に横山めぐみ
(この役で、横山めぐみのイメージはかなり悪くなりましたが「真珠夫人」や「ビギナー」でいい役につくようになりました)
その女を愛する男に小木茂光。鈴木保奈美のだらしない母親に吉行和子
(この母親の「「君のため」と言って近寄る男は信用するな」という言葉。ものすごく説得力がありました・・・。)

ストーリーは本当に悲惨で、目を覆いたくなるような場面が沢山あるのですが、その中でマリアの一途な想いに心を打たれます。

このドラマの根源的なテーマは眼医者・吉田が抱える問題意識
「一度でいい。死ぬとわかっていてなお、溺れる人を助ける人間が見てみたい」というセリフにあったのではないかと思うのですが、どうでしょう。

つまり、愛とはどういう感情か?を考えると、それは利他的な感情に他ならないわけです。
別に恋愛に限らず、家族愛でも友愛でも人類愛でも、愛情というものは自分勝手な(利己的な)感情とは対極に位置する、自分よりも相手を優先させるというか、相手を思いやる利他的なものであるはずです。
従って、愛情=利他的行為=自己犠牲として、このドラマは話を進めていったと思うのです。

野島伸司脚本の主人公はいつも「天使」で、いたたまれないくらい切ないですが、悲惨なシーンと引き換えの「愛」の表現はみごとです。
どういう形なら、二人の愛は成就するのか──。
最終回は賛否両論でしたが、私個人はあのラストが、野島伸司の訴えたかったテーマ“自己犠牲”を結実させたものだ、と思えるのです。


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