ファンタジーノベル「ひまわり先生、事件です」

小さな街は宇宙にリンク、広い空間は故里の臍の緒に繋がっていた。生きることは時空を翔る冒険だ。知識は地球を駆巡る魔法の杖だ

第3章連載≪4≫「ひまわり先生、大事件です。淳子が偽札を持っています・・・」

2015年11月29日 | ファンタジーノベル



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誘拐されたひまわり先生の子ども、勇樹を捜すために、君子、悟、美佳、太一、徹たちの6年2組の新聞班は、10年後にもう一度、小学校の桜の古木の下に戻ってきた。5人は手をつなぎ桜の満開の下で、今この時の再会に感涙した。時の経過と共に失ったものに哀しみ、世界を彷徨い探し続けた心の糧を見つけた。

小さな街は、宇宙に繋がっていた、広い世界の先は、生まれた街の臍の緒に繋がっていた。生きることは、いつも時空を翔る冒険だ。知識は、地球を駆巡る魔法の杖だ。見つけたものは、地球を闊歩した巨大恐竜の足跡とグーテンベルクと戯れる蝶だった… 

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太一は、多摩川町の八百屋「一心太助」の一人息子です。太一を石原裕次郎のように正義感にあふれた渋い二枚目役者に育てるのが夫婦の教育方針だったー、というのが、父ちゃんと母ちゃんの儚い希望でした。二人とも裕次郎の大ファンで、演歌が二人を結びつけた浪花節のような夫婦です。いや単に親のひいき目、親バカの望みかもしれませんがー。実際の太一は、腕ぷしの強い友達思いの優しい心と、地球を丸ごと風呂敷で包む大きな夢と、灼熱の暑い砂漠に雨を降らせて緑の野菜を育てたり、インドのムンバイで腹をすかせた路上の7子供たちに日本の野菜を食べさせてあげることーなど、斬新な望みを持っている息子に育った。しかし、八百屋の跡継ぎ『太一』は、10年後にただの町内の八百屋にはならなかった。太一は、八百屋の店先を世界の「tasuke」にまで広げ、野菜と農業の野望と夢をおいかけて、食料自給率四割の日本の耕地を、アフリのサバンナ、中東の砂漠、中国の揚子江ほとり、インドの高原、ロシアのツンドラ、アメリカのプレーン地帯と、米と野菜と果物と穀物を栽培する、スケールの大きい農業にまで広げた。八百屋「一心太助」は、全国ーのスーパーチェーン≪SASUKE≫の看板となり、欧州やアメリカに上陸する。今や、ロンドンストリートやウォールストリートのビルの屋上にも目立つ広告塔で日本の「八百屋」の看板が夜に輝いていた。
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事件記者の活動の第一歩は、淳子を帰宅する時間に、待ち構えて取材することから始まった。「首からこんなのをぶら下げていると定期券と間違えられそうだな。私立中学に通っている遠距離通学の生徒みたいだな…」と、悟が恥ずかしげに言う。みんなの首から紐がたれて、「多摩川小学校/新聞クラブ」という、カードが揺れていた。IDカードを提案した美佳でさえも、恥ずかし気にそれを指で摘んでもて遊んでいた。太一がカラカウ笑って、「俺達の場合は、鍵っ子みたいに見えるよな、な、徹…」と、愉快に混ぜ返した。「アメリカにもlatchkey childという言葉があるけど、日本みたいに<鍵っ子>が社会問題となることはないと思うの…、だってアメリカではね、小さな子供を一人置いて外出してはいけないのよ。自動車の中だって一人放置しては法律違反なのよー」と、美佳がすぐに反応した。「こんなのぶら提げていると、本物の新聞記者になったみたいだなー、僕の将来の姿になるかもしれないなー」と、徹が誇らしげに胸を張って言う。優等生の徹ならばそれもまんざら叶わない夢でもなかった。校門の外に6年二組の子供供事件記者が勢ぞろいして、淳子を待ち受けていた。みんな、来春にはこの小学校をそろって卒業するが、その先はバラバラの進路となる筈でした。大抵の生徒は、地元の公立中学校に進学するが、この仲良しグループだけは、それぞれの事情で別れ別れとなりそうな境遇を抱えていた。偶然に出会い、偶然がみんなの将来を決めた。世界に偶然がなければ、人間は鎖につながれた奴隷です。偶然に迷い、不運に嘆くのだが、それが自由のまにまに漂う人間の宿命です。けれども人の心は、心とつながり、一度つながった心は、離れてもまた、固い約束と深い絆でまたつながるのでした。

 例えば、美佳は再び父の仕事の都合で、アメリカへ戻りそうだ。徹は、東京の私大付属の中・高一貫の進学校へ進むかもしれません。こんな風に仲良くふざけている仲間も中学、高校へ進む過程でバラバラになってしまいます。大人の世界の第一歩は、仲間との別離ではないでしょうか。悟にも見えない手が将来を決定しそうである。彼は、恐らく関西の母親の実家に預けられ、高校から、大学の医学部へと進んで、本家の病院のスタッフとなるか、薬学の勉強をするだろう。それが彼の家系から押し付けられた命運でした。幼馴染の君子とも、お別れになるだろうーね。結局、地元に残るのは、八百屋の太一と、父親が地元の警官である君子だけかもしれません…。淳子の帰りを待ちながら、話は自然に中学進学のことになってしまう。本当は、彼らにとっての一番大きな身近な事件は、彼らの楽しい学校生活がもうじき終わりに成ることなのかもしれない。

 「淳ちゃん、待っていたよ、遅かったねー」と、親しそうに君子が淳子を見つけて走り寄った。「放課後の掃除当番だったの、その後ずっと、器械体操クラブのみどりちゃんと話してたの。みんなお揃いで私を待っていたの? 私に何か用事?…」と、不思議そうな顔で、淳子は訊ねる。君子と淳子は、器械体操クラブで放課後から暗くなるまで一緒に汗を流していた仲間である。君子の身体能力は学校一の抜群な運動能力を持つていました。警官の父親の薫陶で、小さい時から近くの和尚の町道場に通っていた。しかも、機敏な身体能力は、器械体操でも県大会で優勝したこともある…。君子は、情報源である太一を見ながら冨田工場長の偽札事件を説明した。既にみんなの頭の中では、富田工場長は偽札事件の大罪人になっていた。

 太一の脳裏には、既に淳子は偽札事件の共犯者のイメージが描かれていた。淳子がどんなに正直に言っても嘘に聞こえているのかもしれない。そんなみんなの誤解も知らずに、「アー、あれね。オモチャみたいなお札よ。見せてあげるわ…」と、警戒するでもなく、あっけらかんと大きな声で笑いながら、カバンからごそごとポシェットを取り出し、その中から真新しい偽札を摘まんで、みんなの目の前で大きく開いた。「工場長から、私も見本にもらったものなの…」と、気軽に2枚の紙幣をみんなの前に出した。みんなは、凶悪犯の証拠品を突然目の前にして、怖いものを避けるように1歩後ろへ退いた。「いやね、嫌だー、本当に私のこと変な目で見ていない。オモチャよ、イタズラの贋物…」と、疑いを懸命に宥めた。まだ、疑っているみんなを前に、懸命に否定するしかない雰囲気であった。二枚の紙幣を中心にして、悟、君子、美佳、太一、徹が顔を寄せあって、早くも大事件の記事の打ち合わせでも始めそうな、真剣さであった。

 一枚は、明治時代の、既に使われていない旧紙幣のコピーであった。実を言うと、淳子のお父さんが社長をしている印刷工場の冨田工場長は、淳子の叔父に当る、子供の頃から身近にいた家族の一員でもあります。昔から手先が器用で、微細な絵筆を使って米粒ほどの「豆本」を作る趣味を持っていたり、外国の金貨や日本の古い紙幣や外国通貨などを集めるコレクターでもありました。淳子も子供の頃からそんなおじさんの小さな細工をおもちゃに、よく遊んでもらった。

 「富田おじさんの傑作よ、よく出来ているでしょ?」と、古い紙幣のコピーのことを話し始めた。富田工場長は今、長年コレクトした古銭や旧紙幣を一冊の本にまとめようとしていた。「おじさんはね、自分の持っている明治政府発行の旧弊をパソコンのスキャナーでコピーして、本を作っているの…」。

 もう一枚は、ディズニーのキャラクターが極彩色に印刷された「地域通貨」である。ただし、手先が器用で、微細細工の好きな富田さんのことだから、コピーの贋札紙幣といっても、直ぐにおもちゃとわかるような安直な偽札は作らないーの。一捻りも二捻りも工夫を加え、微に細を重ね、凝るに凝って、それだけでも価値がありそうな贋札でした。日本は勿論、外国の古銭や旧紙幣まで集めている富田の事だから、日本の明治二十二年に発行された「漢数字一円札」と呼ばれる、マニア垂涎の的となっている紙幣のコピーも、勿論作った。ただし、子供も手にする地域通過だから、「武の内の宿弥」の肖像の代わりにミッキーマウスとミミーちゃんのアニメを手書きで描写しているのである。

 美佳がピンとひらめいたように、「ひょっとすると、それは?それって? 地域紙幣なの?…」と尋ねた。いつも鷹揚としている癖に、好奇心だけは人一倍強い太一が、美佳を真似て、「明治時代の日本にミッキーマウスがいたなんて、これは凄いニュースだ!スクープだ…」と奇声を発した。徹が同じくらい大声で、「太一よ、ボケるな、いい加減にしろよ、そんな訳ないだろう!」と。こんな二人の軽妙洒脱な会話を聞くと、ボケと突っ込みの売れない漫才を見ているようであった。徹と太一は、ドラえもんとのびた君のようなコンビだが、6年2組では、居なくてはならない異彩の役者である。「地域通貨というのはね、ディズニーランド内で使われるお金ではないよね…」と、君子が恐る恐る聞いた。さっきから旧い紙幣を手に持って、太陽に透かしたり、目を近づけて細かい字を読んだり、紙幣を弄んでいた悟が、「この紙幣の中に多摩川商店街と書いてあるよ、ほらよく見てごらんー」と、漏らした。

 八百屋と言うのは、隣近所のうわさ、町内の出来事、街の情報が口コミで集まる場所である。太一はこの紙幣の事情を直ぐに察した。「俺、父ちゃんから聞いたことがある。この前の商店会の温泉旅行でも話し合いがあったそうだよ。商店の連合会で、地域通貨を導入するんだ。ところでだ、地域通貨って、何だよ?」と、太一は再び徹に説明を求めた。「After allね…」、と、美佳が徹の代わりに答えた。「…そのディズニーの紙幣は、普通のお金とは違って、多摩川商店街のお店でしか使えないものなの。地域通貨をさまざまな人間が使うことで、他人同士が仲良くなれるのよ。それに、このお金を使う新しいお客さんが来てくれるから、お店も繁盛するでしょ。もう一つ、過剰包装をやめて、ビニール袋を使わず、或は発泡スチロールやラッブで包装しないで、エコバックや手提げに買い物をいれて、このおもちゃみた
いな通貨をもらうの…よ。これで、利益を求めるビジネスと、環境に配慮してゴミを減らし、地球という大きな利益のために地域が協力し合うボランティアの栄が亡くなるのー」と、美佳がみんなの疑問を解いた。

 美佳はアメリカの小学校でも優等生だったようである。「どう、美佳って、山椒は小粒でもぴりりと辛いでしょ…」と、お茶目な少女らしいことを言う。「お前って何でも詳しいよな。…」と、太一が感嘆した。「壁新聞のスクープはこれで決まりだね…」と、徹が言う。太一は、「俺、父ちゃんからもっと詳しく聞いてみるよ」と、もう張り切っている。「ところで淳子さ、あのさ、そのディズニーの図案をゆっくり見たいんだけれど、一枚だけ、学校新聞に貸してくれないか…」と、徹が既に記事と写真のレイアウトを頭に描いていた。

皆の心の奥には、やはり戦争中に地元の黒い影の歴史となっている「登戸研究所」のことがよぎっていた。…
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第2章連載≪3≫「ひまわり先生、大事件です。桜の木の下で和尚はさめざめと慟哭する…」

2015年11月26日 | ファンタジーノベル

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小さな街は、宇宙に繋がっていた、広い世界の先は、生まれた街の臍の緒に繋がっていた。生きることは、いつも時空を翔る冒険だ。知識は、地球を駆巡る魔法の杖だ。見つけたものは、地球を闊歩した巨大恐竜の足跡とグーテンベルクと戯れる蝶だった…
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登場人物の商会幽玄寺の和尚編
幽玄寺の玄遊和尚は、多摩川商店街ができる以前より、この土地あった由緒あるお寺の住職です。宗派は良く分らないが、禅寺のようです。お寺の隣に古流の武道場を開いて、町内の子供に古武道を教えている武道家でもあり、元軍人でもある。街の噂では、中国大陸では、陸軍の秘密工作員だったとか、知略謀略人身も、人身誘導術も破壊工作も、陸軍中野学校では抜群に優秀な諜報部員であったようです。和尚と小泉家と付き合いは、この戦中の中国大陸まで遡る古い関係でした。特に満州での軍需物資の商談で深まったようです。ある場合には、イギリスの三角貿易のように、麻薬と武器と物産を仲介して莫大な利益を上げていたという、実しやかな黒い「豪商」の姿を噂する人も居ます。もう一つ、言っておかなくてはならないのは、「勇樹」の名付け親であることです。勿論、小泉家の長男「遊雅」には隠されているが、実は彼の実父、勇樹は孫に当ることになる。当時、中国人の恋人との間に一子をもうけた玄遊和尚は、日本の敗戦時、終戦の混乱に乗じて大陸を変装して命からがら単身で中国を脱出した。その時に、商社マンとして赴任していた極東貿易の小泉家の夫婦に幼子を預けて、「また内地で再会しようー、その時までこの子を預かっていてほしい。頼んだぞ」と言い残して消えていったという。でも、実父を名乗らず、街の古寺の和尚として、遠くに近くに優雅とひまわり先生と、孫の勇樹を見守っていた…。
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小学校の校庭に樹齢800年の桜の大木がある。その下で玄遊は蹲り、先ほどから呟いていた。世の移り変わりを見てきた桜の巨木に向かって懺悔でもしているかのようだ。「坊主が人の生死などをいちいち涙していては涙腺がかれてしまう…。人の死を回向する坊主に涙は不要だがーな」。その後しばらく、絶叫を押し殺した猛獣の嗚咽のような唸り声が聞こえた。「ユ…ウ…キ…イノチ…カワリ…ハヤク…ミノシロキ…ムキズ…ゲンキ…私の身が替われるもの…誘拐など私のこれまで大陸で工作…神も仏もないな…樹の精霊よ…私の命も森の有給の命に捧げよう…ぞ。だから、どうかユウキ…イノチ…タスケテ…お願いだ…」。このお寺の近辺も、平家の落人伝説の伝わる土地柄です。平家を追いかけてきた源氏の武将も、殺し合う戦いに疲れ果て、この地に残って住み始めたといいます。桜の木の下には死体が腐り朽ちて、樹木に精気を与えているといいます。桜の精霊がのり移った一枚一枚の花びらは、闇夜の中ではかない命を得た桜色の生き物のように、玄遊和尚を慰撫しています。闇からハラハラ現れ、パラパラ舞う桜の花びらは、次々と和尚のごま塩頭に降り注いでいた。恐らく、桜の満開の下でグデングデンに酔った近隣の酒飲みの酔いどれか、酔狂な近所の爺さんがうだを吐いているのかと、見間違いそうである。悲嘆の涙を吸い取って、太い枝の蔭を伸ばした満開の桜はさらに激しく淡い桜色を降らせていた。二の腕で抱えきれない巨木の年輪を両手で掴み、もはや一心に孫の安否を心に願う好好爺となった幽玄寺住職は、地面に平たく身を投げ出した。ヒンズー教徒が礼拝堂にひれ伏して、ひたすら救いを求める弱き絶望者の捨身の姿になっていた。回教徒の祈りで五体投地に似ていた。両手と両膝と額を地面に投げ伏している和尚の天空から、今にも桜の花びらを濡らす雨が降りそうな模様です。ある者には、十字架の前に無心に祈る姿とっぜん現れ、束の間の粟雪のように消えていった。和尚の眼から根元の大地に、滂沱の涙が落ちていた。いや、もう肥沃な大地を濡らす春雨なのかもしれません。「ユ…ウ…キ…イノチ…カワリ…ハヤク…ミノシロキ…ムキズ…ゲンキ…エガオヲ…アタエタマエ…悟りなどではないぞ…私の命を賭した試練だからーな」。仙人が長い山中の修行の末に浮かべる悟りの表情にも似た、それは深い皺をもった桜の巨木を覆った樹皮は、玄遊の叩きつける拳を無言で受け止めていました。深い絶望に沈み、桜貝に埋め尽くされた海の水底より身を反転させる深海魚になつた和尚は、かれこれ3時間もそうしていた。

やおら横臥していた身体を起こし、破戒僧のようにのびきった顎鬚の顔が、桜と正面を向いた。満開の桜と共に生きてきた85年間余の出来事を思い浮かべ、「私もまだまだ修行が足りないな…数々の人間の悲哀と、世の移ろいの儚さを噛み締めて、己の喜怒哀楽を丹田に収めていたつもりでいたのだが、はあーまあ、ハハハ、これが脆く弱い人間というものだ。血を分けた孫の生死を、平気で達観することなど出来様がないです。マーアナ…」。桜の樹皮に両手を押し当てた時、悲しみに暮れていた玄遊の毛、細血管が桜の樹霊と気脈を通じさせたのか。桜は玄遊に何事かの言葉を与えたようだ。「たしかにサクラよ、おまえの言うとおりじゃ…およそ戦後日本で、子供がこんなに不幸な時代はなかったな…」戦後のドサクサと混乱期には、真っ赤な血を流した母の傍らで、飢えた孤児が呆然と立ち尽くす焼け跡の風景があった。子供はかつて間違いなく犠牲者であった。現代はどうだろうか。真っ赤な血を流すあどけない子供の傍で、懺悔も憐憫も後悔の涙さえ流さない殺人鬼たちよー、お前たちに救いは絶対ないぞ…」さてまた、10代の未成年たちのあどけなく残虐な罪を、どう罰したらよいのだろうかーな。「確かになあー、サクラよ。バカな時代よな…」。物が不足して、腹がひもじくて食べ物をカッパラッタリ、羨ましくて欲しくって、手の届かない憧れの物を盗む飢えた時代のガキどもはたくさんおったーよ。でも、世の中が荒んだといっても、たかだか物に溺れ、とうとう喧嘩と暴力に血が流れる程度であった。「ア~ぁ、なあーサクラよ、とんでもない時代になったよな…」。暴力団でもあるまいに、まだ年端もゆかないガキどもが、人を殴って殺して切り裂いて、まして女を犯して捨てて焼いて埋めてー。わしら軍人でもそこまでの憎悪も憎しみもなかったーよな。混乱した時代には、致し方のない犯罪さえあった。欲望に負けた罪もあった。歪んだ心が人を殺すこともあった。が、なんの罪の意識もなく子供が子供を殺す時代は、子供の罪というよりも「時代の不幸」と呼ぶべきなのだろうか。まして、貧困や介護疲れから、子供が親を犠牲にして、自分も自殺するなんてー。「なあー、サクラよ、地獄も仏もなくなったよな…」。戦後、新聞の一面を騒がした誘拐事件が何度かあった。しかし、最愛の息子、勇樹が誘拐されるなど、想像さえしてなかった。

君子、悟、美佳、太一よ、後は頼む。ひとみ先生の勇樹を見つけてくれ。「なあーサクラよ、わしは僧侶だが、もはや涙もかれそうだ…」。「ひまわり先生と結婚して、若い父親になった勇雅よ…俺の息子よ。お前は若い時の私とよく似ているぞ…。血は争えんな」。「私も人のことは決してあれこれ言えないが。骨身を削って修行するわけでもなく、かといって、正義を貫くわけでもなく、人助けの弁護士にも身が入らず、今まで生きてきた。僧侶にはなったがなー、わしもな、子供の頃は村の天才と言われた。東京で勉強していた学生の頃は秀才だ、優等生だといわれていた。ところが今は、優雅よー。お前も相変わらず中途半端な生き方をしているなー。



第1章連載≪2≫ 「ひまわり先生、大事件です。6年2組の新聞班たち…」 

2015年11月16日 | ファンタジーノベル

小さな街は、宇宙に繋がっていた、広い世界の先は、生まれた街の臍の緒に繋がっていた。生きることは、いつも時空を翔る冒険だ。知識は、地球を駆巡る魔法の杖だ。見つけたものは、地球を闊歩した巨大恐竜の足跡とグーテンベルクと戯れる蝶だった。

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登場人物の紹介★美佳編

美佳は商社マンの娘。ニューヨークに赴任している父から離れて、母親とともに海外から帰国した子女。

美佳は小学校を卒業した後、ニューヨークの高校に戻る。父は銃社会アメリカで、財布を盗まれ拳銃で撃たれた。以来、犯罪が彼女のテーマとなった。10年後の彼女はニューヨーク大学で日本文学を教える若き教授。傍ら、アメリカ文化の中の病巣、幼児犯罪と文学の相関関係を研究するうちに、FBIから多発するアメリカ社会の幼児犯罪の分析を依頼され、幼児誘拐、幼児殺人、幼児虐待のプロファイルを専門とするようになった。現在、FBIの専門チームに参加、残虐な幼児犯罪を憎む日本人として、頻繁にテレビ番組に登場して有名となる。いま、六年二組の仲間たちが約束した10年後の誓いのために日本に再び帰国した。

誘拐されたひまわり先生の子ども、勇樹を捜すために、君子、悟、美佳、太一、徹たちの6年3組の新聞班は、10年後にもう一度、小学校の桜の古木の下に戻ってきた。5人は手をつなぎ桜の満開の下で、今この時の再会に感涙した。時の経過と共に失ったものに哀しみ、世界を彷徨い探し続けた心の糧を見つけたことに歓喜した。

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第1章「ひまわり先生、大事件です! 6年3組の新聞班たち…」    
 6年3組の徹たち新聞班はクラスの「壁新聞」を作ることになった。どんな記事を掲載しようかと、相談を始めた。「どうしようか、どうする」と、悟がぼやいた。姉のように手ごわい君ちゃんが、「悟君、考えているだけでは、何も出来ないよ」と、激励した。君子のほうが大人っぽく見えるが、近所に住んでいる二人は幼稚園から続いている幼馴なじみである。君子は悟をサトシと呼びつける。「悟君」と、ぎこちなく他人行儀に君づけして呼ぶのは、ついこの頃のことで、手をつないで幼稚園に通っていた頃は、あどけない声で、「サトチャン」と呼んでいた。 その頃より、二人が仲良く近所の幽玄寺の山門前にいると、「仲がいいな」と、二人に微笑みながら手を振っていた和尚は、今でも二人の成長を暖かく眺める大人だった。「そろそろ、君子に乙女心が芽生えたかな、赤飯を炊かないとなー」と、父親のようなことを言う。

 いつも騒がしい6年3組に、一瞬の静寂がよぎった時、4年生の夏までアメリカの学校にいたバイリンガルの美佳が、「新聞って、トゥデイズ、ペーパーだから、今日の出来事を書くのがベストじゃないの!」と、英語訛りのアクセントで沈黙を破った。美佳の母は、コテコテの大阪弁を話す。英語圏で生まれた美佳は、母の母乳を吸いながら、可笑しい大阪訛りの日本語も一緒に吸い取った。

 日本に転校してきた初めての挨拶で、「グットモーニング。アイムミカ、カミングフロム、ニューヨーク。あんまりジャパニーズ上手くないよって、あんじょうにな。ほな、よろしく…」と、英語と関西弁のチャンポンで自己紹介を喋り捲り、同級生を唖然とさせたことがある。

 6年3組には多摩川小学校の役者が揃っている。いつもスットンキョな大声で珍案をだす太一が、さっきから大声を張り上げている。「野菜が売れ残っているんだ、お店は赤字で大損害だよ。どうだーい、ダイオキシンの話題を載せるというのは…」と、親譲りの、べらんめえ調でさっそく提案した。彼のー家は学校近くのスーパーで八百屋「一心太助」を商っている。なんか魚屋みたいな看板だけれども、れっきとした八百屋です。つい二、三日前に、県内の清掃工場から吐き出された煙突の煙にダイオキシンが含まれていて、大騒ぎになった。近郊農家で栽培された大根から猛毒のダイオキシンが検出されたと、保健所が分析した。新聞でもテレビでも大々的に取り上げて書いた。だから、みんながダイオキシンの汚染に敏感になっていた。悟の顔が緊張して、異議ありといった表情で、「太一よ、そんなの誰でも知っているよ。それじゃ、まるで八百屋の宣伝だろう。学校新聞でもさ、大胆なスクープを狙っていこうぜー」と、仲間の顔をぐるりと見回した。級長の徹は、悟と太一を見ながら、「ぼくたちの住んでいる多摩川の街で起こった事件や問題を壁新聞に載せようよ、なー。きつと、ワー大変だ、と驚くようなスクープがどこかに転がっている筈だよ…」。面長の涼しい目をした徹は、ジャニーズジュニア系の甘いマスクをしている上、勉強が出来るので、クラスの女の子には圧倒的に人気がある。みんなの反応を窺っていたが、彼に真っ向から反対するものなど一人もない。しかし、呼びかけた最後の一言は、徹自身も一抹の不安が含まれていた。多少、気弱の徹である。ひとみ先生に向かって、「壁新聞に何を書いたらいいのですか…?」と、悟がまた悠長にボヤいた。

 六年二組の若い担任は黒田ひとみ先生です。いつも顔をニコニコさせて、まん丸の顔だから、町内の誰からも、「ひまわり先生」と呼ばれていた。生徒からは、真夏の校庭いっぱいに咲くひまわりの花が大好きで、オレンジ色と黄色のファションがよく似合うので、ひまわり先生と呼ばれていた。徹たちの学校では、ひとみ先生はスポーツ選手のように美しく明るく、なんでも教えてくれる物知りだから、学校で一番の人気者の先生です。新聞班の会議を近くで見ていたひまわり先生がようやく助け舟を出した。「時間はまだ、たっぷりあるわ。よく話し合ってみようーね。街にでて商店街やお店の人に聞いてみたらどう?直接直に話題にらなりそうな事件やハプニングを町の人に取材してみようよー」と、一言だけ口を挟んだ。ふたたび、君子が悟をリードして、「悟君、二人で協力して、街でスクープを見つけよう。でも、急がば廻れよ、頭にピンとひらめいたら取材ね…」と、もう悟を尻に敷いている。それもその筈である。小学校1年生の校門をくぐった時から、宿題を手伝ってもらっている悟は、君子に頭が上がらない。「ひとみ先生、君ちゃんの言うとおりだと思います」と、佳が手を挙げて君子の肩を持つ。みんなも君子の意見に大賛成のようだ。続けて、「本物の事件記者みたいに、「多摩川学校、新聞記者証」というIDカードを作ってもいいですか…」と、みんなのYESを美佳が求めた。ひまわり先生は顔をいっそうニコニコさせて、「さすがね、美佳。身分証明書みたいなものね、みんなの意見が同じなら作ったらいいわよ」、と賛成する。

 さっきからもじもじしていた太一が、「俺、一つだけ大事件のスクープを知っているんだ。これ絶対にスクープになるよー。俺の話を信じてくれるなら、話してもいいけどな…」。すかさずに君子が、「オイオイ、もったいぶるな、太一!」と男勝りの野次を入れる。太一は「まあ、まあ」と言った仕草で、手を振りながら、依然、もつたいぶつて話し始めた。この前に、父ちゃんがね、商店街の組合で温泉旅行に行ったんだよ。ほら、3丁目の角の印刷工場をやっている、淳子の父ちゃんも一緒でさ。で、宴会の時に、俺のオヤジと淳子の父ちゃんが、「はいお酌、ジャーご返杯」、とベロベロに酔っ払ってさ…。話が少し脱線してきた。「太一、肝心なことを早く言えよ」と、徹がその先を促す。太一と徹も幼園から大の仲良しで、竹馬の親友と言える。幼稚園の年長組みの時に、隣町の「悪餓鬼グループ」に腕を掴まれて、虐められそうになったことがある。5対1の多勢に無勢の形勢であったが、太一が悪餓グループの群れに立ち塞がって、小学校の上級生をあっという間に蹴散らかした。間一髪のところで太一に助けられて、徹は、「太一、いつまでも友達でいようね…」と、頼りなくか細い声で言ったことがある。時代劇の好きな太一のお婆さんが、一心太助のように真直ぐな子どもに成長してくれと名付けた「太一」という名前で、太一は期待通りの太一にふさわしい子供に成長していった。以来、「太一、困っているひとがいたら、絶対、見て見ぬ振りは駄目だよー」と、太一の家では家訓のように繰り返されている。太一の父ちゃんと母ちゃんにとって、この事件は永遠に語り継がれる息子の武勇談で、店先でたびたび自慢話の花が咲く。今、太一に一寸だけ厳しいことを言った徹だが、太一は信頼できる無二の友達である。

太一は頭を掻きながら、「この先が大事件のニオイがするんだよ…」と、さらに絶好調の弁で続けた。耳をかっぽじって、聞けよ!淳子の父ちゃんが言うには、まるで宴会の席で顔を赤らめながら酔っ払っているオヤジ口調である。「…最近、OA機器の技術がよくなって、パソコンのスキャナーでも偽札が作れるようになっちゃってさ、これは内緒、ここだけの秘密だぞ、じめじめした陰気な富田工場長がよ…アイツの趣味がまたへんてこで、歪んでいるんだ。旧い紙幣やら、古代のコインを、部屋に溢れるくらい集めて、二階の畳が二センチぐらいは沈んでいるよ。奴がスキャナーで昔の百円札やら、外国の紙幣をコピーしたんだってさー」と内緒話を大声でしゃべていたんだってさ。

 本物みたいにきれいな偽札が出来ちゃって、それを見せびらかして喜んでいるんだ。会社に持って来て、自慢、「どれどれ、見せろ見せろ」と、工場の若いオペレーターが集まって、騒いでいるんだ。「よく出来てるなー、本物と見分けがつかねな、風呂屋の番台で使っても、ばれないだろうな」とか、「社長、うちの工場でも紙幣を印刷しようよ、商店街のチラシなんか作っているよりも、よっぽど儲かるだろ」とか、こっちが驚くようなことをアッケラカントと平気で言うのさ。こっちもうっかりすると、ふらっと、口車に乗ってしまいそうだったがな、「バカなことを言うな、そんなもの早くどこかに捨ててしまえ」と、怒鳴ってやったさ。うちは30年の歴史を持つ真っ当な印刷工場だぞ、本当は赤字続きで、にっちもさっちも行かないだけどな…。ワイワイ騒いで、話はそれでお仕舞いなんだ。お酒が入った勢いの話だけれども、大事件の匂いがしないかな。みんなは、息を呑んで太一の内緒話に耳を傾けた。が、徹も、悟も、君子も、美佳も、太一のスクープに半信半疑である。徹が疑念を晴らそうと、「酔っ払いの座興で、与太話ではないのか?それで、太一のお父さんは、偽札を見たのか」と、聞いた。「そこ、そこ。そこよ!肝心な話は、見たかどうか、使ったかどうかが、インポータントね」と、美佳も同じ疑いを口に出した。

 ひまわり先生のニコニコ顔が半分だけ曇った。「日本で一番古いお札は1600年頃、伊勢市あたりで「山田羽書」という、短冊形の預り手形の様なお札が発行されたそうよ。その頃には、もうその贋札が偽造されたそうよ。戦争中は、多摩川の登戸の陸軍研究所で、中国紙幣の偽札が進められていたのよ。…」と、ひまわり先生は、偽札の薀蓄を皆に披露した。みんなは先生の不思議なエピソードに聞き入ってしまった。「だったら、放課後に淳子さんにもっと詳しく聞いてみよう」と、いつもの悟らしくない、気の利いた提案をした。みんなは一斉に頷いた。その時、終業のチャイムが鳴って、下校時間となった。


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序章連載≪1≫ 【ひまわり先生、大事件です。勇樹の姿が闇に消えていく・・・】

2015年11月15日 | ファンタジーノベル

序章連載≪1≫『ひまわり先生、大事件です。勇樹の姿が消えていく。太鼓が響き、祭りの闇に、蛍が浮かぶ……】

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ウトウトと、いつのまにか寝てしまった。あれから何時間立ったのだろうか、確か、教え子の徹から電話があったのは、ついさっきのように思い出します。「ひまわり先生、6年三組の皆が戻りました。勇樹を探す為に、あちこちにチリジリになっていた皆が故里の桜の大木の下に帰りました…」と、徹が言っていた。「もう心配しないで、ひまわり先生。僕たちが可愛い勇樹ちゃんを必ず見つけるからー」と美佳が励ましてくれた。もうみんな頼りがいのある大人になってしまった。瞳は、その時急に涙と共に、勇樹の記憶が洪水のように押し寄せてきた。勇樹がいなくなってから。もう10年たった。徹も、美佳も、太一も、悟も、君子も、竜も、淳子も、茜も・・・、皆大人になっただろうなー。そう皆の顔を思い浮べると、幼かった勇樹の顔がダブってきて、余計になみががあふれてきた。生きていれば、6年三組のあの当時の皆と同じ年だーわ。勇樹生きていてちょうだい、生きているならば、もう一度、私の手を握って…、笑顔で「お母さん、ただいま」と、帰ってきて。

瞳はあれ以来、幽玄寺の奥の離れの一軒家にも寝起きしている。優雅の妨げになってはいけないと、瞳の申し出でここに住んでいる。毎朝、和尚が「おはよう、気分はどうかーね」と、声を掛けてくれる。時々夜に、ひっそりしたお寺の奥まで優雅も訪ねてきてくれる。勇樹の消息を知る手がかりがつかめるかもしれないと、中国大陸と未だ深いパイプを持つ父親の会社を引き受けた。いやだ嫌だと避けていた貿易会社を継いで、中國にも仕事と勇樹探しを兼ねて歩き回っていた。

祭り囃子が、近く大きく、遠くに小さく、暑い夜に広がって鼓動する。どれ程、時間が過ぎたのか、瞳の中で、時間の流れは停止して、朦朧としていた。もう祭りは終わったのか、夜は祭りの浮かれた騒々しさはもとの静けさをとりもどした。ドーン、バリバリバリー、あがる打ち上げ花火の雷鳴も、静かになった。すべてのことが夢、現であるかのようだ。祭りの賑わいが終わり、夜空に輝く美しい花火も終わった。もうそろそろ、「お母さん、ただいま、今帰ったよ。お祭り、とても面白かったよ…」と、遊樹が元気な声で、昨日と同じ様に、私のそばに現れそうな気がした。いつもならもう、戻って来てもいいのに…。どうした事か、勇樹も祭りの喧騒と一緒に消えてしまった。


花火は闇を照らし、蛍を追いかける勇樹の姿は、音の中に消えた…

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瞳は、勇樹と手をつないで祭囃子の音のする方へ歩いている。夏の日の宵闇に蛍が飛ぶ…。「ユウ、暗いから気をつけて、その先に行ってはダメよ、ユウキそれ以上暗闇に入っては危ないです…」と瞳は、こちらを振り向きながら楽しそうに闇の中で光る蛍を夢中で追いかけるユウキの姿に向かって声をかけた。「暗いから躓きますよ、転んだらどうするの、闇の迷子になってしまうわよ、暗闇は恐いのよ…」と、思わず叫んでいた。「大丈夫だよ、お母さんもこっちに来てよ、蛍が、たくさん、こっちに、飛んでいるよ、あっちにもたくさん光っている。一緒に、捕まえてよ…」と、勇樹がはしゃいで返事をするが、もう勇樹の嬉しそうな顔は、闇のなかに消えて見えなくなっていた。「お母さん、たくさんいるよ、蛍がたくさんいるよ、掌にぽーと光っているよ…」と、蛍の不思議な光を母に話していた。勇樹の声は次第に小さく遠ざかっている。瞳は慌ててすでに暗闇に吸い込まれて消えてしまった勇樹の姿を懸命に追いかけた。さっきそばにあった勇気の手を握ろうと懸命に腕を伸ばした。が、幻のように消えてしまった虚空を掴むだけで、幼いわが子の指先を握ることが出来なかった。「ユウキ、どこへ言ってしまったの、蛍を追いかけているの、お母さんの声が聞こえるの。ユウキ、ユウキ、ユウキはどこに行ってしまったの、返事をして…」と、瞳が叫び声を上げると、どこからともなく太鼓の音が霧のように流れてきた。

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母と子が追いかけっこをしているような幸福そうな日常の風景の描写…瞳は浴衣姿の子供の手を掴もうとした時に幻のように消えてしまう勇樹の手を、さらに必死につかもうとする。勇樹の幼い指先がすっと消える最後の感触をもう一度探して闇の中をしばらく彷徨った時、暗闇に向かって、「ユウキ、どこに行ったの、ユウキ、生きているの…」と、声帯が破裂したかのように、力の限りに叫んだ、「ユウキ、生きているの、返事をして…」と叫んだ。すると闇の中から浴衣の白い袖が伸びて、幼い勇樹の指がひとみの手に答えた。瞳は自分の叫ぶ声で、ようやく目が覚めた。でもまださっきの朦朧としたゆめが瞳の脳裏に続いているようだ。「僕、ココにいるよ。お母さんが大きな声を出したんで、びっくりしたよ…・」と、勇樹の確りとした返事が返ってきた。勇樹の柔らかい指がひとみに触れた。「勇樹、無事だったのね、よかった、よかった、本当によかった…」と、ひとみは涙を流して、子供の生きた感触を喜んだ。「お母さん、僕、生きているよ。いつもお母さんの側にいるよ。若しも僕が迷って消えてしまったら、一番大きく光っている蛍を探して。僕は蛍と一緒に遊んでいるからね…」。白い浴衣姿の親子が祭りの音が響く闇の中で、手をつないで歩き始めた。

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「お母さん、助けて…、祭りのお面をかぶった人が、むりやり僕の手をひっぱるよ。お母さん、助けて…、誰かが、木の陰に僕を連れて行くよ。お母さん、助けて…、暗くて寂しくて、お母さんの手の温もりがぼくから消えてしまったよ。お母さん助けて…、僕の手を握って、僕を連れ戻して。返事をしたくても、お母さん、助けて…、声が出せない。誰かが押さえつけて、僕の力では戻れないんだ、お母さん助けて…。お母さんの姿が、見つからないんだ。僕は迷子でないよ。誰かが、僕をさらっているんだ…」。「勇樹…、どこかに隠れてるの…。迷子になったらどうするの?  返事をしないとどこに居るのか分かりませんよ。勇樹、返事をして…」寝汗を、びっしょりとかきながら、瞳は浅い眠りから目を覚ました。あの時と同じだ。村の祭囃子が、瞳のもうろうとした意識に響いた。あのときの狼狽が、祭囃子ともによみがえった。誰かが、勇樹を、わたしの子どもを誘拐した。

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「お母さん、じゃ、行ってくるね。」柔らかく小さな指を瞳の方に軽くふった。「お母さん。お祭りが終わったら、直ぐに戻るからね。」未だ祭りばやしは、ここまで鳴り響いていた。ついさっきまでのことです。それが今はもう、村人たちのはしゃぐ声も、太鼓の音もかき消え、静まり返っていた。「お母さん、帰り道が分からなくなったら、どうしようか…。」別れ際に、手を振る背中から振り向いて、心配そうに勇樹が聞いていた。「誰か、顔見知りの村の人に聞きなさい。」と、勇樹の小さな心配を鎮めようと、瞳は、微笑みながら言った。「綿あめの夜店は、出てるかな。僕、綿あめ買ってもいい、お母さん。」勇樹が、母の返事で破顔した。「いいわよ、お祭りを楽しみなさい…」。勇樹のあのときの笑窪に、もう一度頬ずえすることはできるのか。瞳の心配は次第に濃くなった。「やはり、私が一緒についてけばよかったー。」急に勇樹の笑窪を早く見たいと、懐かしむように待ちわびる気持ちに変わってたいった。

勇樹の姿が消えていく。太鼓が響き、祭りの闇に、蛍が浮かぶ…
花火の閃光は闇を照らし、微かな蛍の光を追いかける勇樹の姿は、鵺の夜に鼓動する音の中に消えた…