ファンタジーノベル「ひまわり先生、事件です」

小さな街は宇宙にリンク、広い空間は故里の臍の緒に繋がっていた。生きることは時空を翔る冒険だ。知識は地球を駆巡る魔法の杖だ

第3章連載≪4≫「ひまわり先生、大事件です。淳子が偽札を持っています・・・」

2015年11月29日 | ファンタジーノベル



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誘拐されたひまわり先生の子ども、勇樹を捜すために、君子、悟、美佳、太一、徹たちの6年2組の新聞班は、10年後にもう一度、小学校の桜の古木の下に戻ってきた。5人は手をつなぎ桜の満開の下で、今この時の再会に感涙した。時の経過と共に失ったものに哀しみ、世界を彷徨い探し続けた心の糧を見つけた。

小さな街は、宇宙に繋がっていた、広い世界の先は、生まれた街の臍の緒に繋がっていた。生きることは、いつも時空を翔る冒険だ。知識は、地球を駆巡る魔法の杖だ。見つけたものは、地球を闊歩した巨大恐竜の足跡とグーテンベルクと戯れる蝶だった… 

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太一は、多摩川町の八百屋「一心太助」の一人息子です。太一を石原裕次郎のように正義感にあふれた渋い二枚目役者に育てるのが夫婦の教育方針だったー、というのが、父ちゃんと母ちゃんの儚い希望でした。二人とも裕次郎の大ファンで、演歌が二人を結びつけた浪花節のような夫婦です。いや単に親のひいき目、親バカの望みかもしれませんがー。実際の太一は、腕ぷしの強い友達思いの優しい心と、地球を丸ごと風呂敷で包む大きな夢と、灼熱の暑い砂漠に雨を降らせて緑の野菜を育てたり、インドのムンバイで腹をすかせた路上の7子供たちに日本の野菜を食べさせてあげることーなど、斬新な望みを持っている息子に育った。しかし、八百屋の跡継ぎ『太一』は、10年後にただの町内の八百屋にはならなかった。太一は、八百屋の店先を世界の「tasuke」にまで広げ、野菜と農業の野望と夢をおいかけて、食料自給率四割の日本の耕地を、アフリのサバンナ、中東の砂漠、中国の揚子江ほとり、インドの高原、ロシアのツンドラ、アメリカのプレーン地帯と、米と野菜と果物と穀物を栽培する、スケールの大きい農業にまで広げた。八百屋「一心太助」は、全国ーのスーパーチェーン≪SASUKE≫の看板となり、欧州やアメリカに上陸する。今や、ロンドンストリートやウォールストリートのビルの屋上にも目立つ広告塔で日本の「八百屋」の看板が夜に輝いていた。
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事件記者の活動の第一歩は、淳子を帰宅する時間に、待ち構えて取材することから始まった。「首からこんなのをぶら下げていると定期券と間違えられそうだな。私立中学に通っている遠距離通学の生徒みたいだな…」と、悟が恥ずかしげに言う。みんなの首から紐がたれて、「多摩川小学校/新聞クラブ」という、カードが揺れていた。IDカードを提案した美佳でさえも、恥ずかし気にそれを指で摘んでもて遊んでいた。太一がカラカウ笑って、「俺達の場合は、鍵っ子みたいに見えるよな、な、徹…」と、愉快に混ぜ返した。「アメリカにもlatchkey childという言葉があるけど、日本みたいに<鍵っ子>が社会問題となることはないと思うの…、だってアメリカではね、小さな子供を一人置いて外出してはいけないのよ。自動車の中だって一人放置しては法律違反なのよー」と、美佳がすぐに反応した。「こんなのぶら提げていると、本物の新聞記者になったみたいだなー、僕の将来の姿になるかもしれないなー」と、徹が誇らしげに胸を張って言う。優等生の徹ならばそれもまんざら叶わない夢でもなかった。校門の外に6年二組の子供供事件記者が勢ぞろいして、淳子を待ち受けていた。みんな、来春にはこの小学校をそろって卒業するが、その先はバラバラの進路となる筈でした。大抵の生徒は、地元の公立中学校に進学するが、この仲良しグループだけは、それぞれの事情で別れ別れとなりそうな境遇を抱えていた。偶然に出会い、偶然がみんなの将来を決めた。世界に偶然がなければ、人間は鎖につながれた奴隷です。偶然に迷い、不運に嘆くのだが、それが自由のまにまに漂う人間の宿命です。けれども人の心は、心とつながり、一度つながった心は、離れてもまた、固い約束と深い絆でまたつながるのでした。

 例えば、美佳は再び父の仕事の都合で、アメリカへ戻りそうだ。徹は、東京の私大付属の中・高一貫の進学校へ進むかもしれません。こんな風に仲良くふざけている仲間も中学、高校へ進む過程でバラバラになってしまいます。大人の世界の第一歩は、仲間との別離ではないでしょうか。悟にも見えない手が将来を決定しそうである。彼は、恐らく関西の母親の実家に預けられ、高校から、大学の医学部へと進んで、本家の病院のスタッフとなるか、薬学の勉強をするだろう。それが彼の家系から押し付けられた命運でした。幼馴染の君子とも、お別れになるだろうーね。結局、地元に残るのは、八百屋の太一と、父親が地元の警官である君子だけかもしれません…。淳子の帰りを待ちながら、話は自然に中学進学のことになってしまう。本当は、彼らにとっての一番大きな身近な事件は、彼らの楽しい学校生活がもうじき終わりに成ることなのかもしれない。

 「淳ちゃん、待っていたよ、遅かったねー」と、親しそうに君子が淳子を見つけて走り寄った。「放課後の掃除当番だったの、その後ずっと、器械体操クラブのみどりちゃんと話してたの。みんなお揃いで私を待っていたの? 私に何か用事?…」と、不思議そうな顔で、淳子は訊ねる。君子と淳子は、器械体操クラブで放課後から暗くなるまで一緒に汗を流していた仲間である。君子の身体能力は学校一の抜群な運動能力を持つていました。警官の父親の薫陶で、小さい時から近くの和尚の町道場に通っていた。しかも、機敏な身体能力は、器械体操でも県大会で優勝したこともある…。君子は、情報源である太一を見ながら冨田工場長の偽札事件を説明した。既にみんなの頭の中では、富田工場長は偽札事件の大罪人になっていた。

 太一の脳裏には、既に淳子は偽札事件の共犯者のイメージが描かれていた。淳子がどんなに正直に言っても嘘に聞こえているのかもしれない。そんなみんなの誤解も知らずに、「アー、あれね。オモチャみたいなお札よ。見せてあげるわ…」と、警戒するでもなく、あっけらかんと大きな声で笑いながら、カバンからごそごとポシェットを取り出し、その中から真新しい偽札を摘まんで、みんなの目の前で大きく開いた。「工場長から、私も見本にもらったものなの…」と、気軽に2枚の紙幣をみんなの前に出した。みんなは、凶悪犯の証拠品を突然目の前にして、怖いものを避けるように1歩後ろへ退いた。「いやね、嫌だー、本当に私のこと変な目で見ていない。オモチャよ、イタズラの贋物…」と、疑いを懸命に宥めた。まだ、疑っているみんなを前に、懸命に否定するしかない雰囲気であった。二枚の紙幣を中心にして、悟、君子、美佳、太一、徹が顔を寄せあって、早くも大事件の記事の打ち合わせでも始めそうな、真剣さであった。

 一枚は、明治時代の、既に使われていない旧紙幣のコピーであった。実を言うと、淳子のお父さんが社長をしている印刷工場の冨田工場長は、淳子の叔父に当る、子供の頃から身近にいた家族の一員でもあります。昔から手先が器用で、微細な絵筆を使って米粒ほどの「豆本」を作る趣味を持っていたり、外国の金貨や日本の古い紙幣や外国通貨などを集めるコレクターでもありました。淳子も子供の頃からそんなおじさんの小さな細工をおもちゃに、よく遊んでもらった。

 「富田おじさんの傑作よ、よく出来ているでしょ?」と、古い紙幣のコピーのことを話し始めた。富田工場長は今、長年コレクトした古銭や旧紙幣を一冊の本にまとめようとしていた。「おじさんはね、自分の持っている明治政府発行の旧弊をパソコンのスキャナーでコピーして、本を作っているの…」。

 もう一枚は、ディズニーのキャラクターが極彩色に印刷された「地域通貨」である。ただし、手先が器用で、微細細工の好きな富田さんのことだから、コピーの贋札紙幣といっても、直ぐにおもちゃとわかるような安直な偽札は作らないーの。一捻りも二捻りも工夫を加え、微に細を重ね、凝るに凝って、それだけでも価値がありそうな贋札でした。日本は勿論、外国の古銭や旧紙幣まで集めている富田の事だから、日本の明治二十二年に発行された「漢数字一円札」と呼ばれる、マニア垂涎の的となっている紙幣のコピーも、勿論作った。ただし、子供も手にする地域通過だから、「武の内の宿弥」の肖像の代わりにミッキーマウスとミミーちゃんのアニメを手書きで描写しているのである。

 美佳がピンとひらめいたように、「ひょっとすると、それは?それって? 地域紙幣なの?…」と尋ねた。いつも鷹揚としている癖に、好奇心だけは人一倍強い太一が、美佳を真似て、「明治時代の日本にミッキーマウスがいたなんて、これは凄いニュースだ!スクープだ…」と奇声を発した。徹が同じくらい大声で、「太一よ、ボケるな、いい加減にしろよ、そんな訳ないだろう!」と。こんな二人の軽妙洒脱な会話を聞くと、ボケと突っ込みの売れない漫才を見ているようであった。徹と太一は、ドラえもんとのびた君のようなコンビだが、6年2組では、居なくてはならない異彩の役者である。「地域通貨というのはね、ディズニーランド内で使われるお金ではないよね…」と、君子が恐る恐る聞いた。さっきから旧い紙幣を手に持って、太陽に透かしたり、目を近づけて細かい字を読んだり、紙幣を弄んでいた悟が、「この紙幣の中に多摩川商店街と書いてあるよ、ほらよく見てごらんー」と、漏らした。

 八百屋と言うのは、隣近所のうわさ、町内の出来事、街の情報が口コミで集まる場所である。太一はこの紙幣の事情を直ぐに察した。「俺、父ちゃんから聞いたことがある。この前の商店会の温泉旅行でも話し合いがあったそうだよ。商店の連合会で、地域通貨を導入するんだ。ところでだ、地域通貨って、何だよ?」と、太一は再び徹に説明を求めた。「After allね…」、と、美佳が徹の代わりに答えた。「…そのディズニーの紙幣は、普通のお金とは違って、多摩川商店街のお店でしか使えないものなの。地域通貨をさまざまな人間が使うことで、他人同士が仲良くなれるのよ。それに、このお金を使う新しいお客さんが来てくれるから、お店も繁盛するでしょ。もう一つ、過剰包装をやめて、ビニール袋を使わず、或は発泡スチロールやラッブで包装しないで、エコバックや手提げに買い物をいれて、このおもちゃみた
いな通貨をもらうの…よ。これで、利益を求めるビジネスと、環境に配慮してゴミを減らし、地球という大きな利益のために地域が協力し合うボランティアの栄が亡くなるのー」と、美佳がみんなの疑問を解いた。

 美佳はアメリカの小学校でも優等生だったようである。「どう、美佳って、山椒は小粒でもぴりりと辛いでしょ…」と、お茶目な少女らしいことを言う。「お前って何でも詳しいよな。…」と、太一が感嘆した。「壁新聞のスクープはこれで決まりだね…」と、徹が言う。太一は、「俺、父ちゃんからもっと詳しく聞いてみるよ」と、もう張り切っている。「ところで淳子さ、あのさ、そのディズニーの図案をゆっくり見たいんだけれど、一枚だけ、学校新聞に貸してくれないか…」と、徹が既に記事と写真のレイアウトを頭に描いていた。

皆の心の奥には、やはり戦争中に地元の黒い影の歴史となっている「登戸研究所」のことがよぎっていた。…
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