ファンタジーノベル「ひまわり先生、事件です」

小さな街は宇宙にリンク、広い空間は故里の臍の緒に繋がっていた。生きることは時空を翔る冒険だ。知識は地球を駆巡る魔法の杖だ

第2章連載≪3≫「ひまわり先生、大事件です。桜の木の下で和尚はさめざめと慟哭する…」

2015年11月26日 | ファンタジーノベル

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小さな街は、宇宙に繋がっていた、広い世界の先は、生まれた街の臍の緒に繋がっていた。生きることは、いつも時空を翔る冒険だ。知識は、地球を駆巡る魔法の杖だ。見つけたものは、地球を闊歩した巨大恐竜の足跡とグーテンベルクと戯れる蝶だった…
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登場人物の商会幽玄寺の和尚編
幽玄寺の玄遊和尚は、多摩川商店街ができる以前より、この土地あった由緒あるお寺の住職です。宗派は良く分らないが、禅寺のようです。お寺の隣に古流の武道場を開いて、町内の子供に古武道を教えている武道家でもあり、元軍人でもある。街の噂では、中国大陸では、陸軍の秘密工作員だったとか、知略謀略人身も、人身誘導術も破壊工作も、陸軍中野学校では抜群に優秀な諜報部員であったようです。和尚と小泉家と付き合いは、この戦中の中国大陸まで遡る古い関係でした。特に満州での軍需物資の商談で深まったようです。ある場合には、イギリスの三角貿易のように、麻薬と武器と物産を仲介して莫大な利益を上げていたという、実しやかな黒い「豪商」の姿を噂する人も居ます。もう一つ、言っておかなくてはならないのは、「勇樹」の名付け親であることです。勿論、小泉家の長男「遊雅」には隠されているが、実は彼の実父、勇樹は孫に当ることになる。当時、中国人の恋人との間に一子をもうけた玄遊和尚は、日本の敗戦時、終戦の混乱に乗じて大陸を変装して命からがら単身で中国を脱出した。その時に、商社マンとして赴任していた極東貿易の小泉家の夫婦に幼子を預けて、「また内地で再会しようー、その時までこの子を預かっていてほしい。頼んだぞ」と言い残して消えていったという。でも、実父を名乗らず、街の古寺の和尚として、遠くに近くに優雅とひまわり先生と、孫の勇樹を見守っていた…。
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小学校の校庭に樹齢800年の桜の大木がある。その下で玄遊は蹲り、先ほどから呟いていた。世の移り変わりを見てきた桜の巨木に向かって懺悔でもしているかのようだ。「坊主が人の生死などをいちいち涙していては涙腺がかれてしまう…。人の死を回向する坊主に涙は不要だがーな」。その後しばらく、絶叫を押し殺した猛獣の嗚咽のような唸り声が聞こえた。「ユ…ウ…キ…イノチ…カワリ…ハヤク…ミノシロキ…ムキズ…ゲンキ…私の身が替われるもの…誘拐など私のこれまで大陸で工作…神も仏もないな…樹の精霊よ…私の命も森の有給の命に捧げよう…ぞ。だから、どうかユウキ…イノチ…タスケテ…お願いだ…」。このお寺の近辺も、平家の落人伝説の伝わる土地柄です。平家を追いかけてきた源氏の武将も、殺し合う戦いに疲れ果て、この地に残って住み始めたといいます。桜の木の下には死体が腐り朽ちて、樹木に精気を与えているといいます。桜の精霊がのり移った一枚一枚の花びらは、闇夜の中ではかない命を得た桜色の生き物のように、玄遊和尚を慰撫しています。闇からハラハラ現れ、パラパラ舞う桜の花びらは、次々と和尚のごま塩頭に降り注いでいた。恐らく、桜の満開の下でグデングデンに酔った近隣の酒飲みの酔いどれか、酔狂な近所の爺さんがうだを吐いているのかと、見間違いそうである。悲嘆の涙を吸い取って、太い枝の蔭を伸ばした満開の桜はさらに激しく淡い桜色を降らせていた。二の腕で抱えきれない巨木の年輪を両手で掴み、もはや一心に孫の安否を心に願う好好爺となった幽玄寺住職は、地面に平たく身を投げ出した。ヒンズー教徒が礼拝堂にひれ伏して、ひたすら救いを求める弱き絶望者の捨身の姿になっていた。回教徒の祈りで五体投地に似ていた。両手と両膝と額を地面に投げ伏している和尚の天空から、今にも桜の花びらを濡らす雨が降りそうな模様です。ある者には、十字架の前に無心に祈る姿とっぜん現れ、束の間の粟雪のように消えていった。和尚の眼から根元の大地に、滂沱の涙が落ちていた。いや、もう肥沃な大地を濡らす春雨なのかもしれません。「ユ…ウ…キ…イノチ…カワリ…ハヤク…ミノシロキ…ムキズ…ゲンキ…エガオヲ…アタエタマエ…悟りなどではないぞ…私の命を賭した試練だからーな」。仙人が長い山中の修行の末に浮かべる悟りの表情にも似た、それは深い皺をもった桜の巨木を覆った樹皮は、玄遊の叩きつける拳を無言で受け止めていました。深い絶望に沈み、桜貝に埋め尽くされた海の水底より身を反転させる深海魚になつた和尚は、かれこれ3時間もそうしていた。

やおら横臥していた身体を起こし、破戒僧のようにのびきった顎鬚の顔が、桜と正面を向いた。満開の桜と共に生きてきた85年間余の出来事を思い浮かべ、「私もまだまだ修行が足りないな…数々の人間の悲哀と、世の移ろいの儚さを噛み締めて、己の喜怒哀楽を丹田に収めていたつもりでいたのだが、はあーまあ、ハハハ、これが脆く弱い人間というものだ。血を分けた孫の生死を、平気で達観することなど出来様がないです。マーアナ…」。桜の樹皮に両手を押し当てた時、悲しみに暮れていた玄遊の毛、細血管が桜の樹霊と気脈を通じさせたのか。桜は玄遊に何事かの言葉を与えたようだ。「たしかにサクラよ、おまえの言うとおりじゃ…およそ戦後日本で、子供がこんなに不幸な時代はなかったな…」戦後のドサクサと混乱期には、真っ赤な血を流した母の傍らで、飢えた孤児が呆然と立ち尽くす焼け跡の風景があった。子供はかつて間違いなく犠牲者であった。現代はどうだろうか。真っ赤な血を流すあどけない子供の傍で、懺悔も憐憫も後悔の涙さえ流さない殺人鬼たちよー、お前たちに救いは絶対ないぞ…」さてまた、10代の未成年たちのあどけなく残虐な罪を、どう罰したらよいのだろうかーな。「確かになあー、サクラよ。バカな時代よな…」。物が不足して、腹がひもじくて食べ物をカッパラッタリ、羨ましくて欲しくって、手の届かない憧れの物を盗む飢えた時代のガキどもはたくさんおったーよ。でも、世の中が荒んだといっても、たかだか物に溺れ、とうとう喧嘩と暴力に血が流れる程度であった。「ア~ぁ、なあーサクラよ、とんでもない時代になったよな…」。暴力団でもあるまいに、まだ年端もゆかないガキどもが、人を殴って殺して切り裂いて、まして女を犯して捨てて焼いて埋めてー。わしら軍人でもそこまでの憎悪も憎しみもなかったーよな。混乱した時代には、致し方のない犯罪さえあった。欲望に負けた罪もあった。歪んだ心が人を殺すこともあった。が、なんの罪の意識もなく子供が子供を殺す時代は、子供の罪というよりも「時代の不幸」と呼ぶべきなのだろうか。まして、貧困や介護疲れから、子供が親を犠牲にして、自分も自殺するなんてー。「なあー、サクラよ、地獄も仏もなくなったよな…」。戦後、新聞の一面を騒がした誘拐事件が何度かあった。しかし、最愛の息子、勇樹が誘拐されるなど、想像さえしてなかった。

君子、悟、美佳、太一よ、後は頼む。ひとみ先生の勇樹を見つけてくれ。「なあーサクラよ、わしは僧侶だが、もはや涙もかれそうだ…」。「ひまわり先生と結婚して、若い父親になった勇雅よ…俺の息子よ。お前は若い時の私とよく似ているぞ…。血は争えんな」。「私も人のことは決してあれこれ言えないが。骨身を削って修行するわけでもなく、かといって、正義を貫くわけでもなく、人助けの弁護士にも身が入らず、今まで生きてきた。僧侶にはなったがなー、わしもな、子供の頃は村の天才と言われた。東京で勉強していた学生の頃は秀才だ、優等生だといわれていた。ところが今は、優雅よー。お前も相変わらず中途半端な生き方をしているなー。




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