アガバンサスは、ギリシャ語で
「愛」を意味する「アカベ」と、
「花」を意味する「アンサス」
をつないだ言葉。だから
この花は、
―――愛の花なんだよ。
と教えてくれた人の声が、そよ風に
乗って、耳もとまで届いた気がした。
耳上がりの森のように、たっぷり
湿った、柔らかい低い声。
あ、彼だ。
と、思った。彼が飛んできた。
たった今、彼の魂の粒子が宇宙の
彼方から飛んできて、わたしの心
の扉をノックした。
―――知ってる?この花の別名は
ね、リリー・オブ・ナイルってい
うだ。むかしむかし、あるところ
に、ひとりの旅人がいました。
男は旅の途中で、ナイル河のほ
とりにひっそりと咲いているこ
の花を見つけて、愛する妻のた
めに持ち帰ろうと、一輪だけ、
摘み取りました。
ところが、あとほんの少しで
家にだどりつけるというところ
まで来て、男は醜い戦争に巻き
込まれ、大怪我を負って、死ん
でしまったのです。
血だらけの手に、しっかりと花を
握ったまま・・・・。男は息絶え
ましたが、花はなぜだか、枯れま
せんでした。
それから花はすべての蕾を開き、
実をつけ、種をつくっていったの
です。やがて、はらはらと大地に
零れ落ちた種から、新しい芽が
出て、根を張り、葉を広げ、いつ
のまにか、
戦場跡にはこの美しい愛の花
が毎年、そこら中に、咲き乱れ
るようになりました。それまで
戦いに明け暮れていた人々は、
この可憐な花の姿に胸を打た
れて、無意味な争いをやめる
ことにしたのです・・・・と、
まあ、そんな謂(いわ)れの
ある花なんだ。
――きっと、愛が在ったから、
花は枯れなかったのね。
――その通り。植物って、偉大だ
よね。蘇生することを知って
るから。
――でも、さっきのは、彼の創り
話しでしょ。
――そうだよ。文句ある?
――ない。
――この話し、信じる?
――もちろん、信じる。