たまゆら夢見し。

気ままに思ったこと。少しだけ言葉に。

我が背子 大津皇子60

2019-04-24 20:33:29 | 日記
神風の伊勢にあらましものを何しか来けむ君もあらなくに

大伯は肩を震わせ泣いていた。

大津の遺体があると教えられ訳語田の邸にあると聞かされたどり着いた。

大津がいた。何も言わずに横たわっている。
「大津、大伯じゃ、どうして何も申してくれませぬ!大津!大津!嘘だと言っておくれ。大津、何があったと言うのです。大津…」
大伯は何も物を言わない大津に語りかけた。
周りにいた者達も涙していた。その隣に横たわっている皇女…山辺か…何やら血生臭い…白い絹の装束腹部から膝にかけて血がべっとりと滲んでいた。
大伯がはっとし見つめていると「山辺皇女は身籠もっておいでだったそうです。」乳母が悲壮な表情で言った。

「誰もしあわせでない、誰もかれも。こんなことになるため大津は生きていたわけでない。道作、道作に何があったか聞きたい。道作を呼んで参れ。」と大伯は道作を探すように周りの者に言った。
しかし舎人のなかに道作はいなかった。

舎人の一人が「道作殿は伊豆に流罪になりました。」と答えた。「流罪…」大伯は言うと「そなたは大津の最後を知っておるのじゃな。」とその舎人に聞いた。


内安殿では皇太后が玉座に座り草壁皇子と不比等を立たせていた。

「主らが大津を謀反人に仕上げたのじゃな。」

不比等が「とんでもありませぬ。皇太后さま。」と答えた。草壁皇子が「そうです、母上、大津は私に譲位をしたくなく川嶋皇子を使い東国の豪族に挙兵を命じたのです。そんなことは嫌だと川嶋皇子が教えてくれたのですから。」と震えながら言った。

「嘘を言うでないわ、このたわけめが!大津の譲位などそなたは知らぬことであろうに。何が言いたいのじゃ!許さぬ!許さぬわ!」皇太后の逆鱗に触れ草壁皇子は思わず膝まついた。

不比等は「嘘ではありませぬ。川嶋皇子が知らせてくれたのです。大津の妃山辺皇女は身籠っておられました。皇太后さまに草壁さまへの譲位を申し出たもののやはり我が子に皇統をと望まれたのでしょう。しかし自分の妹との子で争うのは見たくないと。止めて欲しいと。」申した。

「不比等、一端の口をきくものじゃ。そなたの酒で我を虚人にしてくれたばかりだというのにまだ逆らうか!譲位を我は許可しておらぬ。川嶋が憎きそちらに手を貸す理由がある。川嶋が東国の豪族と挙兵したという証拠はどこにある。大津が頼んだ…川嶋が頼んだ…どこに証拠がある。見せてみよ!いくらそなたが我が父の忠臣だとしても許さぬわ!」

皇太后は思い切り劔を二人の前に突き刺した。草壁皇子、不比等は狼狽えた。