欧州北西部分布の大型ホモテリウム個体
(イラスト ©the Saber Panther (All rights reserved))
シミターキャット・ホモテリウムの核ゲノム解析 史上稀なる長距離追跡型のネコ科動物
マカイロドゥス亜科(剣歯猫)、シミターネコ群の代表的種類であ
カナダ・ドーソンシティの永久凍土層で出た上腕骨( 4万7000年以上前)由来のDNA情報で、剣歯猫では初の核 ゲノム解析の例となります。ホモテリウム属は剣歯猫のみならず、 恐らくネコ科史上最も広い分布域を持っていたタクソンで、 亜北極帯の凍土層からも氷河期時代の骨格が見つかっていることか ら、ミトコンドリアDNAの抽出、 シークエンスの試みはこれまでにもなされていました。
同種の系統進化史、特徴的な遺伝子適応の特定、 そこから導出された行動生態の仮説など興味深い内容となっている ので、以下、二次資料ではなく当の論文内容(Barnett et al., 'Genomic Adaptations and Evolutionary History of the Extinct Scimitar-Toothed Cat, Homotherium latidens', 2020)の大綱を述べるとともに、生意気ですが、 個人的な問題提起なども試みてみたいと思います。
その前にホモテリウム属について略述しておくと、マカイロドゥス 亜科のホモテリウム族(Homotherini= シミター型剣歯猫群。 スミロドン属に代表されるダーク型剣歯猫に比べて控えめな長さで 鋸歯状となった上顎犬歯、 四肢遠位部の伸長した細身の体形に特徴がある。ただし、 シミターネコはポストクラニアル形態が多様であり、 以上の特徴に当てはまらないタクソンも複数存在した) の最後期に現れたタクソンであり(更新世後期・氷河期に絶滅)、 アフリカ南端からユーラシア全域、亜北極帯、北中米、 南米に及ぶ広範な分布域を持っていたことからして、 非常に繁栄した剣歯猫であったことが窺えます。
主に生息地/年代とサイズの違いを根拠に、同属には伝統的に複数種(H . latidens, H. serum, H. nestianus, H. sainzelli, H. crenatidens, H. nihowanensis, and H. ultimum)が類別されてきましたが、 前述のミトコンドリアDNA解析(Paijmans et al., 2017)の結果を受けて分類が見直された経緯があり、現在、 ホモテリウム latidens 一種のみが有効という状態です。
まず、ホモテリウムの系統と現生ネコ科の系統とは漸新世‐
ホモテリウムのDNAと現生のいずれのネコ科種のDNAの間にも 、遺伝子流動が起こったことを示す形跡は認められなかったようで す。 ホモテリウムは広範囲に分布する過程で様々な環境系に適応し、多 くの場合ヒョウ属の各種と分布が重なっていたことを思えば、 これは意外な結果とも取れるかもしれません。
遺伝子流動(=異種間交配) が妨げられていた要因として幾つか考えられる中で、最も信憑性が 高いとして著者らが挙げているのは、 ホモテリウムの行動生態における他のネコ科との根本的な違いです 。
ホモテリウムに独自性を与えるところの遺伝的適応を確かめるため に、比較ゲノム分析(comparative genomics analysis)の手法を用いて、 正の選択圧を示す複数の遺伝子の特定が行われました。
視覚に関わる複数の遺伝子、概日リズムの調整や同調に関わる遺伝 子にそれぞれ正の選択圧が示されることから、ホモテリウムは( 多くのネコ科種が夜行性や薄暮時活動であるのに反して)昼行性であ ったらしいことが窺われるといいます。この仮説は、 顕著に発達した視覚野等、 ホモテリウムの解剖的な諸特徴とも符合します。
さらに、呼吸器系、循環器系、 血管新生に関わる複数の遺伝子が正の選択圧を示しており、長距離 持久型の走行への高度な適応が示されたといいます。加えて、 発達した社会性を持つうえで重要と考えられる複数の遺伝子が正の 選択圧を示しており、以上の遺伝的諸特徴は、おそらくは「開けた 環境系に生息し、長距離持久追跡型の狩りを群れで行う、 昼行性の捕食獣」という実態(もちろん、あくまでも仮説ですが) を浮き彫りにする、と結論づけられています。
(ヒッパリオン属の古代ウマを追跡する、ホモテリウム latidens のパック)
イラスト ©the Saber Panther
私のブログに親しんでこられた人たちならご存知でしょうが、
しかしながら、典型的な( イヌ科の多くやブチハイエナにみられるような) 長距離持久型の狩りに適応していたという主張が出てくるとは、 全く意想外だったし、 ネコ科の中ではこのタイプの狩りに適応していた、 知られる限り唯一の例ではないでしょうか。かつて、『ヒョウ属、 チーター、スミロドンの狩り』 と題してネコ科の狩猟法の類型化を試みたことがありますが、 全く異なる狩猟型を加える必要が出てきたということでしょうか 。
論文では、ホモテリウム latidens の遺伝的多様性が現生ネコ科のいかなる種よりも高い度合いを示す ことにも言及があります。 遺伝的多様性と個体数規模は相関する場合が多いようですが、 ホモテリウムは同時代のヒョウ属、 スミロドン属に比べて化石数が少なく、 これは個体数密度が一貫して低い為であるとする従来の仮説からす れば、これまた意外な結果とも取れます。
ただ、いずれにせよ、 本種のネコ科史上最大といえる分布域を思えば、 遺伝的多様性を持ち出すまでもなく、 様々な環境に適応する能力が窺われるし、ホモテリウムが非常に繁 栄していたタクソンであったことは、明らかといえます。
以上、論文内容の概観をしてみましたが、ホモテリウムの繁栄のカ ギを握っていたはずの、生態行動、 狩猟形態をここでまとめてみますと:
彼らはおそらくは昼行性で社会的な群れを形成し、中程度の速度の走行、持久力に優れ、長 距離持久追跡型の狩りを行っていたという。しかし、 いうまでもなくイヌ科、ハイエナ科とは異質な部分も多く、 例えば、 前肢はネコ科を特徴づけるグラップリング力も保持していました。 何より、シミター型剣歯を用いた殺傷法は、イヌ科、 ハイエナ科はもとより、現生のヒョウ属とも違っていたはず※。
(※違うとはいっても、ホモテリウムの頭骨は海綿骨の分布比率が高く現生ヒョウ属種の頭骨に近い柔性を示し、比較的短く丈夫なシミター型犬歯と相まって、ヒョウ属種の「クランプ・ホールドバイト」(窒息をもたらす持続性の噛みつき方)に近似した殺傷法にも支障がないことを示す、Figueirido et al. (2018)のような注目すべき研究もあります)
こうした現生ネコ科種に見られない複数の特徴のコンビネーション が、 ホモテリウムの繁栄の裏付けとなっていたことは間違いなかろうと 思います。同時に、 彼らは絶滅しもはや存続していないことも事実であって、 その絶滅の理由についても考察する必要があるはずです。
論文では、更新世終盤に起こったメガファウナの縮小に伴い大型の獲物へのア クセスが減少した結果、 上述の諸適応や特殊化が裏目に働くようになったのではないか、 という趣旨のことが簡単に記されています。
同時代の別の剣歯猫、 スミロドンの絶滅についても、 大物猟に特化しすぎた機能形態とメガファウナの縮小とを結びつけ て論じられることが常ですが、 同じことをホモテリウムの絶滅にもそっくり当てはめて説明するこ とは、個人的には妥当でないと感じます。本稿の記述だけからしても察しがつくと思いますが、 ダーク型剣歯猫スミロドンと、 シミター型剣歯猫ホモテリウムは同じマカイロドゥス亜科の種類と はいっても、機能形態、生態行動、狩猟形態、 おそらくは殺傷法までが異なっていた(上記 Figueirido et al. (2018))ことが窺われるのです。
ホモテリウムの絶滅要因という問題の究明にあたった学問的研究は 、スミロドンの場合とは異なり、ほとんどなかったと思います、 少なくとも私が関知する限りでは。 いかなる結論も仮説の域を出ることはないわけですが、このように「 変わり種」で、 かつ他に例を見ない繁栄を示していたネコ科種の絶滅要因というの は、一考に値する問題だと思います。
最後に蛇足になりますが一点。今回核ゲノム・シークエンシングの対象となったのは更新世後期にベーリングに生息していたH. latidens 個体ですが、ホモテリウムは五大陸に分布し、なかには東南アジアのジャワや南米北端の密林帯に生息していた個体群もあったわけです。体の大きさは平均的に現生のアフリカ南部産のライオンより少し小さい程度とされますが、既知の最小「亜種」としては現生のヒョウ程度の大きさで、逆に最大級は欧州北西部分布の個体(当復元画)で300kg超級に達したとされます。
要するに生息年代、地理別に存在したであろうサイズ差は意想外に大きい(私は、初期の個体群ほど祖先とされるアンフィマカイロドゥス属種の形態、サイズに近く、大型であったと考えています)し、生息地の環境系も多様で、一括りにできるようなものではなさそうです。これら個体群いずれにも、論文で提起されたような生態行動、狩猟形態が該当するのかというと、正直疑わしい気もするのです。
文責 / イラスト by ©the Saber Panther
記事内容の無断転載、転用を禁じます。
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結構衝撃ですね...。
しかし1種でユーラシア・アフリカから南北アメリカまで分布していた動物っていないのでは?
直近の形態学分析の成果を遺伝子情報の面からも補強した形になりますので、同一種という主張は(現状では)ほぼ確定的なのだと思います。
学名の優先権がlatidensの方にあるため、serumはジュニアシノニムの位置に退いた形ですね。
アフリカとユーラシアのホモテリウム、さらに北米と南米のホモテリウムはそれぞれが比較形態学の見地から同一種とみなされてきたので、以上の全てが同一種であるという見方になるのだと思います。ただ、ホモテリウムは鮮新世前期には出現しているわけですが、単一種というのはヴィラフランカ期(350万年前~100万年前)以降のものに当てはまることで、それ以前の分類については特に言及が見られませんね。
そのことと関連して、ホモテリウムがオーストラリアと南極以外の世界中の大陸に分布していたのも、サイマルな分布であったかまでは、分かっていないのです。上述の北海産の標本の年代(~2万8000年前)が確かめられたことで、更新世中期に絶滅したとされたユーラシアの個体群が、北米産と同様、後期終盤まで存続していたことが判明したので、全北区についてはサイマルな分布だったのでしょう。
いずれにしても、「ライオン系統」などと並ぶ驚異的な分布域の広さではあり、剣歯猫では他に比肩できるタクソンはありません(もっとも、中新世のアンフィマカイロドゥス属は亜北極帯、中南米を除いてホモテリウム属とほぼ同等の分布を持っていて、その頃にパナマ地峡が形成されてさえいれば、南米にも進出できた可能性はありますね、たらればですけど)。