帯とけの古今和歌集

鶴のよわいを賜ったというおうなの古今伝授。鎌倉時代に秘伝となって埋もれた和歌の艶なる情がよみがえる。

帯とけの古今和歌集 巻第十三恋歌三619~621

2009-08-27 07:22:25 | 和歌

  



 よみ人しらずの恋歌。内一首は人麻呂の歌という。併せて、万葉集の、人麻呂の死を知らされた妻の歌を聞きましょう。


  古今和歌集 巻第十三恋歌三
       619~621


619
 題知らず
             よみ人しらず
 よるべなみ身をこそとほくへだてつれ 心は君が影となりにき

 寄る辺がなくて、身は遠く隔ててしまった、心は君の影ぼうしとなった……たよる処なくて、身おこそは、遠く隔てて、心は君の面影
ばかりになってしまった。

 「よるべなみ…寄り付く辺りなくて…頼りとするところがなくて」「身を…身お…おとこ」「こそ…強調する意を表わす…子そ…おとこよ」「とほくへだてつれ…遠くへ隔てた…遠いところへ旅に出た…いでていった」「かげ…影ぼうし…おもかげ…実体のないもの」。

 上一首。女の歌。



620
 いたづらに行きてはきぬるものゆゑに みまくほしさにいざなはれつゝ

 いたづらに行っては来たことなのに、逢いたさ見たさに誘われつづけて……いたづらに往来した物のせいで、見たさ欲しさに誘われつづけて。

 「いたづら…悪戯…出来心」「ゆきてはきぬる…行き来した…通った…逝き起した」「きぬる…返って来た…山ばなどがきた」「ものゆゑに…ことなのに…物が原因で…おとこが原因で」「見…覯…合」。

 上一首。男の歌。

 伊勢物語65では、事あって遠い国へ流された男、その魂は夜毎に女の許へ飛んで来るが、お仕置きのため蔵に閉じ込められた女に逢えない。女は帝に仕えるための修行中だった。男は遠い国にあって、この歌を詠んだという。



621
 あはぬ夜の降る白雪とつもりなば 我さへともに消ぬべきものを
           このうたは、ある人のいはく、柿本人麻呂が歌なり

 逢わない夜が、降る白雪のようにつもるので、我さえ共に消えるのだろうな……合わぬ夜が、ふる白ゆきとなりつもるので、我さえともに、消えるのだろうなあ。
           この歌は、或る人の言うには、柿本人麻呂の歌である。

 「逢わぬ…妻と逢っていない…妻と合っていない」「白雪…白ゆき…おとこ白ゆき…おとこの情念」「と…として…となって…とともに」「つもる…雪が積もる…月日が重なる…おとこ白ゆきつもる」「消ぬ…消えてしまう…死んでしまう」「べき…にちがいない…ことになっている…推量・予定などの意を表わす」。

  上一首。白雪に寄せて、みやこにのこした妻と再びはあえぬこいの歌。


 石川の貝にまじりて在りと

 柿本人麻呂は、和泉式部の言うように、柿が遠い国へ流れ流れて梨となった人。即ち流されて消えた人。

 万葉集には、人麻呂の死の知らせを聞いた時の、人麻呂の妻の悲痛な歌がある。次のように聞くと、人麻呂の歌も、より心が伝わるでしょう。

 万葉集巻第二224・225 柿本朝臣人麻呂死時妻依羅娘子作二首
 且今日且今日とわが待つ君は石川の貝に交じりてありと言はずやも

 今日か又は今日かと、わが待つ君は、その辺の川の貝に交じって健在だと言ってくれないのかあ……且つ今日且つ京かと、わが待つ君は、その辺の女のかいに交じりて健在だよと、言っておくれ否、言わないであゝ。

 「且…また…そのうえ…なおも」「けふ…今日…期日…京…極まったところ」「石川…ありふれた川の名…その辺りの女」「石、川(水)、貝(峡・谷)……女」。

 直にあふはあひかつましじ石川に 雲立ちわたれ見つつ偲ばむ

 ただに逢うことは叶わないでしょう、石川に雲立ち渡れ、見つつ君を偲びましょう……直に相合えないでしょう、いし川に君の心雲立ち渡れ、見つつ偲びましょう。

 「石川…女川…女…わたし」「雲…心に湧き立つ諸々の思い…君の思い…君の情念…君の魂」「見…覯…合」。

          伝授 清原のおうな

 鶴の齢を賜ったという媼の古今伝授を書き記している。
          聞書 かき人しらず