講読している雑誌、「ブリコラージュ」(11月号、介護関係の雑誌)に竹本匡吾氏という方の記事で「なんのためにはたらくのか」というのがありました。
ほんの一部引用させていただくと、
「仕事なんて金もらうためなんだから内容なんてどうでもいい、と思っているような奴は、複雑多様化する社会のいろんな価値観に対してなんの敬意も払おうとしないにちがいない。この世の中には信じられないほど美しいものを生み出す芸術家とか、呆然とするほど美味しい料理をつくる天才シェフとか、理解するのに一生を要するほど偉大な思想家たちが、過去から現在までそれこそ山と存在するのに、他人の仕事に敬意が持てないようなバカでは、哀れなことに一生縁がない。」
これは、この前に若い人の「仕事観の話」の流れがあるのだが、若い人に限らないと僕は思う。竹本氏も特に若い人とは断っていない。
そもそもこういう若い人がいるというのは、そういう大人がいるからなのだと思う。だらしない若者が多いように、だらしない大人も多い。とりあえず、肩書きを持って偉そうにしてはいても、その肩書きを取られるととたんに、依怙地になってしまう人間は意外と多い。過去の栄光をいつまでも忘れられないものは、特に男に多いような気がする。
僕はそういう人間にはなりたくない。
ほんの一部引用させていただくと、
「仕事なんて金もらうためなんだから内容なんてどうでもいい、と思っているような奴は、複雑多様化する社会のいろんな価値観に対してなんの敬意も払おうとしないにちがいない。この世の中には信じられないほど美しいものを生み出す芸術家とか、呆然とするほど美味しい料理をつくる天才シェフとか、理解するのに一生を要するほど偉大な思想家たちが、過去から現在までそれこそ山と存在するのに、他人の仕事に敬意が持てないようなバカでは、哀れなことに一生縁がない。」
これは、この前に若い人の「仕事観の話」の流れがあるのだが、若い人に限らないと僕は思う。竹本氏も特に若い人とは断っていない。
そもそもこういう若い人がいるというのは、そういう大人がいるからなのだと思う。だらしない若者が多いように、だらしない大人も多い。とりあえず、肩書きを持って偉そうにしてはいても、その肩書きを取られるととたんに、依怙地になってしまう人間は意外と多い。過去の栄光をいつまでも忘れられないものは、特に男に多いような気がする。
僕はそういう人間にはなりたくない。