何度も何度もあのお方はいろんな形でメッセージをくれていた。
私は何度も何度も心から頷いていた・・・判ったつもりでいた。
本当に理解できていたのなら、今になって後悔することも恐がることもなかったはず。
たくさんのメッセージを貰いながら、何もしないどころか、してはいけないことばかりしてきた。
小さな幸せを数えることもせず、いつも不満ばかりだった。
こんなことになるまで気が付かない、気が付いた時には手遅れ状態なのかもしれない。
今起きてるこの現実をしっかりと冷静に受けとめなければならない。
だけど、まだまだそこまで心が強くなれない。
今回この地震で私が失ったものは目に見えるものではない。
もちろん得たものもある。
改めて家族の大切さ、絆を感じることができた。
旦那のことも、旦那の実家のことも有難いと思えるようになった。
地震前日、電話で言い争いになってしまった母のこと、母の気持ちが今になってやっと理解
することができた。
それと今まではまだ遠い存在と思っていた「死」がいつも近くにいるってことを。
2011年に貰ったメッセージ
「この1年、笑顔を忘れないように意識して生きることが大切になります。
あなたの身の回りで起こることは、笑顔とは程遠いような苦しいことばかりかもしれません。
けれども、苦しいときだからこそ、笑顔でいることが必要。
最初は無理してつくる笑顔かもしれませんが、下ばかり向いているよりも、笑おうと努力する
ことの方が波長を高めます。
波長も高くなれば、出会いも変わります。
あなたをサポートしてくれる人との出会いやきっかけも生まれるでしょう。
苦しいことがあっても、その境遇を嘆くのではなく、笑顔でいましょう。
そしてどうすればよくなるかを考えてみるのです。
今のあなたにできることは、必ずあります。
進むべき方向を見失いそうになっても、あきらめないでください。」
このメッセージを頂いた時、「苦」という言葉だけが心に残ってたけど、こうして改めて文章を
読み直してみると、確かに、私にないもの、苦手なもの、それは「笑顔」かも。
年々無愛想になってきてるから。
これからはなるたけ「笑顔」を意識して「笑顔」でいたい。そしていつかは自然な「笑顔」に。
まだまだ続く余震、山梨・静岡でも大きな地震、原発事故、いっぺんにいろんなことが起こり
恐くてたまらないけど、だけど冷静に、日本中、世界中の平安を祈ります。
それにしても携帯の緊急地震速報の着信音、あの音が一番恐怖。
私は何度も何度も心から頷いていた・・・判ったつもりでいた。
本当に理解できていたのなら、今になって後悔することも恐がることもなかったはず。
たくさんのメッセージを貰いながら、何もしないどころか、してはいけないことばかりしてきた。
小さな幸せを数えることもせず、いつも不満ばかりだった。
こんなことになるまで気が付かない、気が付いた時には手遅れ状態なのかもしれない。
今起きてるこの現実をしっかりと冷静に受けとめなければならない。
だけど、まだまだそこまで心が強くなれない。
今回この地震で私が失ったものは目に見えるものではない。
もちろん得たものもある。
改めて家族の大切さ、絆を感じることができた。
旦那のことも、旦那の実家のことも有難いと思えるようになった。
地震前日、電話で言い争いになってしまった母のこと、母の気持ちが今になってやっと理解
することができた。
それと今まではまだ遠い存在と思っていた「死」がいつも近くにいるってことを。
2011年に貰ったメッセージ
「この1年、笑顔を忘れないように意識して生きることが大切になります。
あなたの身の回りで起こることは、笑顔とは程遠いような苦しいことばかりかもしれません。
けれども、苦しいときだからこそ、笑顔でいることが必要。
最初は無理してつくる笑顔かもしれませんが、下ばかり向いているよりも、笑おうと努力する
ことの方が波長を高めます。
波長も高くなれば、出会いも変わります。
あなたをサポートしてくれる人との出会いやきっかけも生まれるでしょう。
苦しいことがあっても、その境遇を嘆くのではなく、笑顔でいましょう。
そしてどうすればよくなるかを考えてみるのです。
今のあなたにできることは、必ずあります。
進むべき方向を見失いそうになっても、あきらめないでください。」
このメッセージを頂いた時、「苦」という言葉だけが心に残ってたけど、こうして改めて文章を
読み直してみると、確かに、私にないもの、苦手なもの、それは「笑顔」かも。
年々無愛想になってきてるから。
これからはなるたけ「笑顔」を意識して「笑顔」でいたい。そしていつかは自然な「笑顔」に。
まだまだ続く余震、山梨・静岡でも大きな地震、原発事故、いっぺんにいろんなことが起こり
恐くてたまらないけど、だけど冷静に、日本中、世界中の平安を祈ります。
それにしても携帯の緊急地震速報の着信音、あの音が一番恐怖。
節目節目で自分自身を整理されて、次へ挑むということは本当に大切な事ですが、ついついめんどくさくて避けがちです。でもruさんは常にそれを実践しておられるし、きっとそれをやらなければ前に進めないほど、いろんな事が頭の中をうねっているんでしょうね…それほど前線を突っ走っておられる証拠だと思います
生きるっていうことは、常に死と隣り合わせです。ただ、まだ死ぬわけにはいかない!と思って、私も生きています。死ねば死んだで、それはそれでどうにかなるでしょう。しかし、生きている限り、自分の力をちっぽけでも何かの役に立てたい!自分だけ安泰ならばそれでいいなんて生き方をしても、その中には微塵の価値も見いだせません。…だから、生きて、何をしなければいけないのかなんてさっぱり分からないけど、少なくとも自分のためじゃなくて、世のため人のために生きたいです!
だから、死なないでくださいね、ruさん!何があろうとも、這いずって生き延びてください!ruさんの力、生きてさえいれば凄いパワーになると思うんです!そして、いつかお会いして、モロモロノコトについて語り合いましょう
このブログで私が何回も「頑張る」という言葉を使ってきたけど、本当に頑張ったことがあったのか?いつも口先だけで終わってたのが事実・・・。
いろんなことを言い訳にして逃げてました。
だけど今回の地震、原発で、私は心の底から今までの行き方を変えなくてはならないと思いました。
今の状況でできること、冷静に穏やかに、できるだけ笑顔でいること。
何事にも、今日という1日を生きられたことにも感謝すること。
私も沙漫さんのように、世のため人のために生きられるように努力したいです。
沙漫さん、たくさんの応援の言葉ありがとう、感謝してます
私は身内の事件があってから 色々ありましたが なんとか前を向いて生活しています。
ruさんのコメントや 皆さんの 私への温かい言葉を読み、いつか皆さんと お会いしたいとそれを支えに 今まで頑張ってきました。
この度起きた東日本大震災で 自分は なんて恵まれているのだろう、東北の皆さんの今を考えたら
水も電気もガスもある。家もある。 目の前の道路は ひび割れしているけれど ちゃんと歩ける。
そして何より 命 がある。
今 原発の冷却のために最前線で闘っている方、自衛隊や東電、消防の方々は どんな恐怖の中にいるのだろう。
被災地にいる方は 寒さだけでなく 沢山の不安や家族に会えない方も。
せっかく助かった命なのに 餓死や凍死も。
私は今 部屋の明かりをつけていいのだろうか… 温かい物を食べていいのだろうか…
ruさんに会いたい るんるんさんに会いたい ekoさんに会いたい 沙慢さんに会いたい 皆さんが今を生きている事が本当に本当に嬉しい。 心から心から 感謝します。
何度もブログを開き、近況がないか
ずっと祈る気持ちでいました。
テレビで観る信じられない映像に私も、また周りも皆、涙しています。
でもこの事があって誰もが普通に生きてることのありがたみを感じています。
何もなければあたりまえに思って。
それが人間なのかも。
ruさんはいつも飾りなく自分のこと、そして
家族のことをここに書いています。
その言葉のなかにruさんの誠実さ温かみを
感じています。皆さんも同じだと思います。
うまく云えませんが、私もruさんの言葉で
気づかされているんです。
こちらこそありがとうございます
そしておひさしぶりです
せりさんお元気でしたか~
嬉しいです
またよろしくです
長くなってごめんなさい。。。下手な言葉で・・・
これからもまたなにがあるかわかりませんが
一日一日を大切に生きていきましょう
せりさんのこと忘れた日は1日としてなかったです。
絶対、絶対戻ってきてくれると信じてました。
心の底から嬉しいです!!
住んでいる所が栃木県内なので、震度は6強でしたが、我が家はテーブルの上に置いてあった物が床に落ちたこと、トイレの窓際に飾ってあった物が落ちて割れてたくらいで、大したことなかったんです。
外に避難した時も揺れは酷かったけど普通に立っていられました。
ただ旦那の会社のある工場団地方面はかなり酷く立っていることができないし、工場内はメチャクチャで今は復旧作業のため会社に行ってます。
東北の方たちは殆どの方が津波で亡くなっているんですよね・・・。
地震の恐怖、想像もしない大きな波が襲ってくる恐怖、ニュースで観ても物凄く恐怖なのに、目の当たりして、いったいどのくらいの恐怖だったかと思うと言葉になりません。
何とか命拾いしても寒さや食べる物に困り、体調を悪くして何人かの方が既に亡くなったと聞くと、何故もっと早く対処できなかったのか!?と思います。
救助活動が最優先なのもわかるけど、関東に一番近いガソリン会社にタンクローリーの数台、優先的に現地まで通すことはできなかったのかと思います。
ニュースで避難所の方たちが何もかも足りないと訴えてるのに、物資が中々届いてない現状をみてもどかしさを感じてしまいました。
津波にあいながらも何とか無事に助かったのはいいけど、体を洗うことも着替えることもできなく、その上、暖房もないなんて。
地震当日の夜、停電してたのと余震が恐かったので、車の中で一昼夜過ごしたけど、朝方の冷え込みは本当辛かったです。
たった1日でも辛かったのに、東北で暖房もないところでもう1週間以上も避難されているんですよね。
原発で最前線で働いている人たち、そのご家族の方のことも本当に心配です。
原発は安全といってきた東電に大して怒りがあったけど、利便性を求めすぎた私たちの生活にも問題があったのだと今は思えます。
多少不便だっていい、安全に安心して暮らすことができるのだったらと気付きました。
地震で亡くなった方たち、避難されている方たちのこと思うと、今普通に生活してることに罪悪感みたいな気持ちになるけど、私たちも頑張って、一時的なものではなくこれからずっと、被災された方たちをいろんな形で助けていきたいと思ってます。
今の私、日本、世界に、本当は何が大切なのかということの気付きのために、今回の大地震があり、そのために犠牲になってくれたように思えるから。
私も皆さんにお会いしたい、生きているうちに会いたいです!!
皆さんに全ての人に感謝したいです!!
関東の海のない栃木県民(その前は同じく海のない埼玉県民)の私にとって、自然災害が余りないので、あったとしてもゲリラ豪雨と落雷で、家の中にいれば防災できることで、地震はよくありますが(震源地が宮城、茨城が多かった)それほど大きな地震に見舞われることもなく・・・ただ小学時代から関東大震災には怯えてました。
関東大震災並みの地震がいつかは来ると言われて育ってきたので。
どこか地方の災害のニュースを見る度、お気の毒にと思いながらもどこか他人事で、自分が住んでいる場所は安全だと思っていたところがあったことにも気付かされました。
そして被災地になってみて、初めて、その恐怖が判りました。
もちろん東北の方と比べたら大したことありませんが、生まれて初めての最大の恐怖でした。
今回のことで、私は絶対咽喉元を過ぎても忘れない、遠くの場所で起こった出来事でも他人事ではなく自分事なんだと思える人間になりたいです。
地震前は余り孤独感がなかったけど、地震後は孤独感が強くなり、1日家の中で過ごしてるから(次男がいるけど)外の様子も判らず、人通りも車通りも少くなくなったように思うし、放射能から避難するためどこかにみんな行ってしまったのだろうか?と思わずいられないほど静かで寂しい・・・。
でも、今日ブログをみたら、ekoさん皆さんのコメントがあって、私一人ぼっちじゃないんだと安心しました。
本当にありがとう感謝してます
東北とは違うけど、近いし、新潟でも大きな地震があったから心配してます。
大丈夫ですか?お元気ですか?
沙漫さん、漢字を間違えてしまいごめんなさい。
るんるんさんは 新潟なんですね、大丈夫ですか?心配です。皆さんと一緒に祈っています。
また 茨城県が震源の大きな地震がありましたね。
いい加減、地震はこないで欲しい。
原発が本当に心配です。今更ですが 私達、東京都民のために福島に原発を作って こんな事になっている…
最初 私は被災地のために節電をしていると思っていたけれど…
息子に言われた 「違うよ!節電も計画停電も 東京都内がいっぺんに停電したら 日本の機能が止まってしまうから呼びかけてるんだよ。 東京が予測不能の大規模停電になったら どうなるか? 想像出来る?」
そうなの? 結局は私達、都民である自分自身のためなの?東京だけ 無事ならいいの?違うでしょ!
息子は言う。「日本は東京に政治機能を集中させすぎなんだよ! 原発だって大量の海水が必要だから海岸につくらなきゃだめだけど まさか東京湾につくる訳にはいかない。もしあったらどうなる? ミサイル飛んできたら 日本は終わるよ。北朝鮮みたいな国もまだあるしね…。だから 東京は 大丈夫なんだって アピールも必要なんだよ。」
息子と話していると 頭が混乱する……
でも今出来る事は 私には節電だ! 駅前の大型スーパーも ショッピングモールも 電気を消して営業している。 でもパチンコ屋が遅くまで営業している!しかも 多数のお客も…。信じられない!
東京って何だろう…。 首都機能を 東京から他に 何処か地方に移す時が何れ来るのだろうか…。
ruさんは 栃木県なんですね。 私は宇都宮と鹿沼に 親戚がいます。福島の中通りに住んでいる友人は 栃木県や茨城県に脱出しました。
日本に安心出来る日がくるのだろうか?
息子が学校で配られた英字新聞を読みながら 今日本がどんな立場で どんな風に世界から見られているか…。 一生懸命読んで聞かせてくれるが やっぱり一番の関心は 『原発』だ!
体に害はないと 枝野さんは言うが アメリカは…。
物理で習ったらしく シーベルトの単位を ミリとか メガとか教えてくれるが もうやめよう。 聞いても不安なだけだし 何もできないのだから…。 今まで電気を散々使用してきたのだから 感謝もせずに当たり前のように生活してきたのだから 会見の後に号泣している東電の専務を責める資格は 都民にはないのだ。
生まれた時から今まで ずっと都民の私達は何をするばいいのだろう…。
ruさん ごめんなさい、長々自分の事ばかりカキして。 皆さんで祈りましょう!
本当に皆さんに会いたいです!日本にレスリーが来ないのであれば 皆でエジンバラに行っちゃいますか!
それにしてもこの余震もいつまで続くんでしょう。
ACのCMもいつまで続くんでしょう。
立て続けに流れるものだから、ACと歌う女性の声がとっても耳障り。
同じように思ってる人が多かったのか、苦情があったのか、最近のCMでは女性の声がカットされてるのも流れてますね。
ところで!!せりさん、東京に住んでることに罪悪感みたいなのを感じてることは全くないんですよ!!
日本にとって東京は大事!!
江原さんの携帯サイトで江原さんが仰るには、もし東京の機能がダウンしてしまったら、日本中みんなが難民になってしまう、日本という国自体の危機になってしまうそうです。
考えて見たらそうですよね。
難しいことは全く判りませんがたくさんの電気を安くつくれるし、国からの補助金がでるようなので安全第一よりお金第一に考えた結果だと思います。
とにかく今は命をかけて最前線で働いている人たちの無事と、成功を祈ってます。
また江原さんのお話になってしまいますが、贅沢できる人はどんどん贅沢をしてもらって、外食できる人は外食してもらって、お金を使って経済をまわさないと、被災者の方を助けるどころか共倒れになる心配があるそうです。
貧乏だけど旦那のお給料日には次男とランチする予定を入れました
だけど実際は食欲なくて、地震前よりきっと痩せてるはずなんだけど、ヘルスメーターの電池を石油ポンプに入れ替えてしまったので量れないんです・・・又入れ替えるの面倒なんで。
せりさんのご親戚に宇都宮の方と鹿沼の方がいらっしゃるんですね。
私は宇都宮南部に住んでます。母親は茨城県古河市。
原発のことが心配だから母のところに行こうかな?とも考えたけど、母のところは地震が大きいので、それも恐いから動けず・・・。
そうそう全くくだらない余談ですが、枝野さんは宇都宮の出身で長男と同じ中学校出身でした。
2chで実家が宇都宮から脱出してないかチェックとか書いてあったけど、宇都宮に実家があるかどうかは不明。
栃木って中途半端に田舎だし、海もないし、これといった特徴もないのに、宮城と茨城の間にあり、福島とはお隣さんなんて、何かとっても・・・・
そうそう、レスリーの息子じゅうべー君は日本にいたとしたら、この地震に驚いたでしょうね。
たぶん、今はイギリスに戻ってしまったでしょうね・・・私たちも連れて行ってくれればよかったのに
今の私たちにできることは、1日も早く安心して生活ができることを祈ることですよね、皆で祈りましょう
…皆さんのいろんなご経験をお聞きして、もの凄く申し訳ないような気分になります。…九州はなんて何にもなくて幸せな所なんでしょう!!本当はすぐにでも阿蘇の白川水源へ水を汲みに行って、開通したばかりの九州新幹線に乗せて被災地へ運んであげたい気分なのに!一人の力って、何もできず、ホントちっぽけです…。
電池、カップ麺、缶詰も品切れ。きっと被災地付近のお知り合いのために、熊本からもみなさんが送ってあげてるんだと思います。ガソリンも「満タンにしないでくれ」とスタンドから言われたという話を聞きました。(あれからまだ一度も家はガソリンを切らしてないので。)
…だけど、こんな風に、こんな時に国民に罪悪感を持たせる政治っていったい何なんだろうと思います。米軍基地やらアメリカ国債のために血税の約半分を使うような余裕があるのに、なぜ地震王国と分かり切ってる自国の設備を整えて国民を守る事を第一に考えないのでしょうか?!…馬鹿です。本当に。