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風地蔵徒然日記

ギャラリーカフェ風地蔵の毎日を
お届けいたします。

映画「三池」掲示板より

2006年11月14日 12時07分09秒 | 映画・本
三池1.jpg

http://www.cine.co.jp/cgi-bin/miike2/miike.pl

映画「三池」のHPです。
ここの掲示板は、映画のタイトルどおり
炭坑の物語は今でも終わってないことを
裏付けています。

全国から、必死な意見が掲示板に寄せられています。

映画を見たあと、すぐに
このHPがあることを知り、書き込んだ私でしたが、
あとで、すべての声を読み、息を呑みました。
そして、丁寧に大牟田市の行政の方が
お返事くださっています。

興味がある方はぜひ読んでみてください。
もちろん映画も!

わたしの投稿だけ紹介しますね。



No.133 監督が来られた次の日にシネマスコーレで見ました。 投稿者:田中 美帆
2006/11/04(Sat) 10:46:26

熊本出身、現在岐阜に住んでます。
大牟田は亡き祖父の実家があり、小さい頃に数回行ったっきりですが、やはりつながりのある場所で、思い入れがあります。

名古屋のシネマスコーレで予告を見たときから
「絶対見るぞ」と思っていました。

この映画をみるまで、恥ずかしいことにまったくこんなすごいことがあったことを知りませんでした。確か祖父の年の離れた一番下の妹の旦那さんも三池炭鉱に勤めてらっしゃったと聞いているのに。

映画の中の言葉はどれも深くて人生をかけた
命がけの戦いはまだ続いてるんだと実感しました。
そして、女性たちの顔の表情の明るさにびっくりしました。

あれほどの経験をされてるなんて表情からは
読み取れません。
というか、それくらいたくましくなきゃ
生き抜いて来れなかったんだなと思いました。

命がけで守るものが、あれほどまでのエネルギーになるんですね。
今の社会、矛盾だらけです。が、声を上げて闘うかといえば、
ついつい流されていってしまいます。

この映画をみて、私の中でも、立ち上がるときは今じゃないかと思いました。
小学校六年生の娘が、学校の管理教育に悲鳴を上げるクラスメイトに
、また、流される、教師や大人へ、小さいながらも精一杯の警告を発しています。

いつの世も、庶民が犠牲になりますが、だまっててはだめ。
命がけで、自分たちの暮らしを勝ち取る闘いが
必要なんだと思いました。

爆発の衝撃で子ども帰りをしてしまった
あのじいちゃんが歌ってる歌は、
「怒れるものの歌が聞こえるか!炎が・・♪」
でしょうか。

いろんな意味であの場面が頭から離れません。




No.140 Re: 監督が来られた次の日にシネマスコーレで見ました。 投稿者:大牟田の吉田 2006/11/09(Thu) 12:57:06
田中美帆さんのご意見には、只ただ感謝です。
本当にありがたいお言葉です。
今回ご出演していただいた方たちにとっても、本当に励みになる言葉だと思っています。
また、大牟田にとっても、今回の映像づくりのスタッフにとっても「作って良かった」と感じる瞬間です。
これほど真摯に、真剣に、真面目に映像の中から人々の思いを汲みとっていただいたことに心洗われ、さらなる思いが立ち上がります。
テンションを上げて私事として語らせてもらえれば、まさしく行政の仕事とは、まちづくりとは…と私たちの市の職員にも見せたい文章です。
一人でも多くの人たちに、田中美帆さんみたいな「気づき」というものにまちづくりがつながることが重要なんだ!と叫びたい心境です。
そして、その気づきから人々の思いが行動としてまちづくりへの参加になっていく、そんなまちづくりの流れが出来れば、役人冥利に尽きるのだと思いますし、皆さんの役に立つというのが行政の本来の姿だと思っています。
自分たちのまちの中にもある「目に見えない財産」を発見できるか、できないかが、これからのまちづくりにとって重要なことだと思っています。
それは、一人の人間として心の中に感じることを、大人(社会人等)として、自分の言葉として未来社会(未来の市民:子どもたち)のためにメッセージしていくことの必要性を感じています。そんなことが「目に見えない財産」ではないかと思っています。
大牟田の吉田でした。




No.142 吉田さんから 投稿者:田中 美帆 EMAIL URL 2006/11/11(Sat) 16:10:02

私、これを書いた後で、ここの掲示板をすべて印刷して、読んでみたんです。
ものすごい書き込みばかりで、「まだ終ってないんだ。そしてこれくらい、いのちそそがれた出来事だったのだなあ」と、改めて思っていました。
どの方も、みなさん映画自体の一方的な批判ではありませんね。
よかったから、言いたい。考えたい。
そう伝わってきました。

このことがすばらしいなあと思います。

現代もなお、三池のことでこれだけの人が
魂を揺さぶられています。

私も、吉田さんからのコメントが欲しいなあと思っていました。笑。
大変でしょうが、皆さんにコメントしてあげてと言いたいくらいです。

どなたも、お金を払って映画をみられて、さらに、ホームページを探して、勇気を出して書かれてる。
その行動にいたったことをとてもすばらしいことだと感じてます。

吉田さんからのお返事と、
同じ時代を生きる方たちが、まだこんなにも
燃えてらっしゃるのがとっても嬉しくって、また書きました。

余談ですが私はこの映画を、一番大切な人と観にいったのです。
よかったです。




ディア・ピョンヤンの映画監督ヤンヨンヒさんと話す

2006年11月09日 13時15分58秒 | 映画・本
111.jpg


今朝、映画「ディア・ピョンヤン」の監督ヤンヨンヒさんから
電話を頂いた。

先日、映画と本をみたあとに、りおんと送った
ソナ(ヨンヒさんの北朝鮮に住む姪)への小包の
お礼だった。

嬉しかった。
あの映画と本を読んだ跡で、他人事ではないと、
まるで家族の一員になったような気持ちだった。

今もその気持ちに変わりはないが、
受話器の向こうの声の人が
監督!あの映画をとった人!本を書いた人!と
思うと、なんだかそわそわ・どきどきした。

何を話したかわからない。

「ヤンヨンヒです」といわれ
「あーー、ヤンヨンヒー!!」といったような気もしないでもない。
心の中では感激のあまり そう思ってた。
口にしてたらごめんなさい。

きのう、私が休みのときに、店に電話があったことは
スタッフから聞いていた。
「えーー。本人と話したの?あの国際的に二つも受賞した
あの映画の監督と?えーー??えー?」
と興奮してしまった。

「そうですよ!!話は聴いてます。って答えました。
明日からまた海外に行かれるそうですよ」
と教えてくれていた。

だから今日は、空港から出発直前の電話だった。
これまでも、
世界中あちこちと、忙しいようだった。

「またゆっくりメールします。」
と言ってくれた。

アボジ(お父さん)の容態だけ聞いた。
だいぶん元気になられたようだった。よかった。

ディア・ピョンヤンも全国一斉ロードショーにするべきだと思う。
「太陽」でも、そうなったのだから。

みんなにみてほしい。

私は、あれからますます見方が変わり、
いろいろ考える。
人間ってなんだろう?

最終的にはそこへ行き着くのだけれど、
一人ひとりが大切に尊敬されるべき
世の中を作っていかなければと思う。


トンマッコルへようこそ

2006年11月05日 09時39分41秒 | 映画・本
みんなの評判のいい作品。
期待してみてきました。

VFSH0333.JPG

りおんは、最後、泣いてました。
帰りに、自分から
「お母さん。今の映画どうやった?」
と聞き、
「りおんはすっごくよかった。最後泣けたな。
この映画を総理大臣や、アメリカの大統領に
観てもらいたい。
そうしたら、戦争はいかんって気がつくやろう。
でもお母さんは、今回泣かんかったやろ?」
と言います。

み「うん。どこで、そう思ったの?」
と聞きました。

いい映画だとは思うけど、私にはぴんときません。

り「なんでえ、憎みあっとる敵同士が、
あんなに簡単に仲良くなれるんやよ。
それってすっごいすばらしいことやんか。
もう、りおん、感動したわ。」

私は、なんでみんなのように思えないんだろう・・・。

トンマッコルのHPのコメントも全部読んでみた。
みんなえらい(すごい)評価をしてる。

読めば読むほど???
なんで「???」なんだろうと、コメントの言葉とかから考えてみる。

そして、なんとなくだが気がついたらしいことがある。
「毎日がトンマッコルの村にいるみたいだからなんだって」
こと。

人を愛して、助け合い、ささいなことも
時間を割いて、一生懸命考えている。
笑顔をみたいがために、いっぱい真剣に悩みあう。
今の時代、もったいないこと。むだなこと。
なにもかたちにならないこと。評価できないこと。
そんな「みえないもの」を大切にしてる日常に
どっぷり暮らしている。からなんだ!!

わたしにとって、トンマッコルは、ファンタジーの世界でもないし、
昔懐かしいよき時代の話でもない。
戦争の起きない唯一の国でもない。

今生きてる場所そのものが
トンマッコルだ。

だから、それは普通の心の動きであって、
改めて感動することではないと思ったのかもしれない。

そして、この映画をみて改めて、戦争はしてはいけないと
思ったり、人が大切だ。人を思う心が美しい。
敵も味方もない。みんな同じ人間だ。

なんて、日常的に深く思っていることだなあ。
と、コメントを読みながら感じたことです。
また、コメントを読みながら、特別な世界のように
思われる(書かれてる)トンマッコル。
それだけ人間同士の絆が、薄れていってるのかなあと
とても不安になりました。

つながりあうことの難しい世の中で、こんなんだったら
いつ、戦争になってもおかしくない路線まっしぐらなんかなあって。

少なくとも、勘違いだとしても、誰もそうは思わなくっても、
自分がトンマッコルに生きているなんて思えてる私は
とても幸せものだなあって、思いました。







映画「三池」

2006年11月02日 11時40分18秒 | 映画・本
VFSH0333.JPG

予告編を見てみたかった映画。
「三池」観てきました。

ドキュメンタリー映画なので、
ディア・ピョンヤンと同じ、役者はいません。

登場人物は、歴史を生き抜いた本人たちです。
顔の1本1本のしわに、深く苦しい歴史を
感じました。

どうじに、強い精神力と勇気と愛を感じました。

笑う場面なんてない、面白くはない映画です。
福岡県大牟田市が舞台です。

うちのじいちゃんの出身地です。
じいちゃんの親戚も、三池炭鉱に勤めていた人もいたかもしれません。
でも、ちっともそんな話は知りませんでした。

大牟田にはじいちゃんのお父さんの通夜の晩に
幼い頃一緒に行った記憶があるくらいです。
大きな船を川に流す、しょうろう流しをやりました。

「昔は船頭さんじゃったけん、上手にどこまでも沈まず
こぎよらすねえ」と誰かが言ってた言葉だけを
ばあちゃんの手をつなぎながら見ていました。

きれいな、行事でした。

その大牟田にこんな大きな過去があったとは?
いつの時代も女は強い。
家族を支え、命がけです。

528年前、燃える石、「石炭」が発見され、
今日の閉山に至るまで、朝鮮からの強制連行、囚人労働、
戦後の労働争議、
人が人ではなくなる瞬間。
今も引きずる生き地獄。

炭鉱爆発事故で458人と言う多数の死者をだし、生き残った
人たちも、ショックで気がふれた。
一瞬の事故で、脳障害、精神障害をもたらした。
眠れない、暴れる、記憶がなくなる、
子どもに帰ってしまう、さまざまな症状を
現在も引きづる当時炭鉱で働いていたお父さん。
子どもに帰ってしまった人は、
おじいちゃんになった今も、その様子はかわいらしい幼い男の子のようだった。

いつの時代も命がけで闘わなければならないときがある。

女性のたくましさは、すさまじかった。

今の世の中、子ども地獄。お年より地獄。
社会の弱き立場の人たちが
犠牲になってるさかさまな世の中。

わたしは、じっとはしてられません。

ピョンヤンのソナへ荷造り。

2006年10月10日 11時37分44秒 | 映画・本
先に、映画「ディア・ピョンヤン」の
感想は すでに書いたとおりです。

きのうのお休みに、前日の危うく火事になる騒動
(ブログを読んでね!)
だった、うちは大掃除をしました。

おかげで、台所も、寝るところも新居のようです。
(いつまでつづくか・・笑)
おまけに、衣替えまでしてしまいました。
いいお天気でお布団も干して季節物に変えたし。
店に貸してたステレオも
コードをつなぎ、聴けるようになったし。

洗濯機も何度回したことか。

美しい。

「おかあさん!ごはんつくって!
きれいな台所やで はりきって!」
といわれ、気持ちよく健康的な生活。

途中の、休憩の仕方が
我が家のオリジナルでしょうか。

自転車に乗ってぶらっとする。
(たわしとか、換気扇カバーとかもついでに買う。)
トトロを見る。(カットしながら)

夕方、その美しい部屋で、
りおんはライオンキングを見たり、マンガを読んだり。

わたしは、小さな映画館で買ってきてた
「ディア・ピョンヤン」の本を読むことにした。

映画はドキュメントなので
本の中の1部分でした。
映画では、主人公の、娘である監督の気持ちよりも
主人公のアボジのかわいらしさ、
人間性に感動していた。

この娘よりも、私のほうがアボジを理解してるかの錯覚に
とらわれるほどに。(笑)

そう、思わせる表情をとっていたのが、
この娘なのに。
娘の名前は、ヨンヒ。きのう本でいっぱいでてきたので
やっと覚えた。

本では、これまで知らなかったことや、
何でかなあと思ってたことが
押しつけがましくなく、
しかも難しくなく、すでに、
自分がヤン家の家族の1員になったような気がしてる時、
とても入りやすい場面で
詳しく書いてある。

韓国籍か朝鮮籍かどちらを選んでも
よかったのに、両者選んだ理由とか、
選ぶにあたっての、韓国側、北朝鮮側、
日本の歴史の中で出した「条件」だとか。

そこで、韓国チェジュドウ出身(チャングムでも出てきた場所)の
アボジ(父)が、朝鮮を選び、朝鮮総連の幹部として
生きてきたわけ(きっかけ)(そのとき、韓国と朝鮮、日本に何があったか)もわかった。

ディア・ピョンヤンをみる前から
北朝鮮へのイメージはマスコミや、
みんなが話すそれとは違っていたが、
あくまでも、人間はみんな一緒なんだ!という、
大まかな観点から思っていただけだったけれど、
(これが一番大事なことだと思ってる)
この本を読んで、知らないことを知ることができて
よけいに、ますます、その思いは強くなった。

すべてが納得できた。
よくぞ書いてくれたと思った。
この本を読んでもなお、
万景峰号が新潟港にきて、ぞーっとする人や
岸壁で船に向かって反対運動デモを
する人がいるだろうか?

わたしだって、万景峰号に乗って
ヨンヒの兄さんたちと、その子どもに
会いに行きたいと思ったくらいだ。

北朝鮮を動かす国自体がやってることは
人民を苦しめるだけのことだと思う。
早く、北朝鮮で暮らす人が安心できる
国にして欲しいと強く願うが、
これは、今の、世界の中の北朝鮮の位置づけからは、
北朝鮮独自では解決できそうにないかもしれない。

だからこそ、くっついてる近隣諸国は
仲たがいせずに仲良くしないといけないのに。
国という大きな欲がボーダーラインによって作られてる以上
子どもでもわかる、みんながハッピーになることを
考えることはできないのか。

いろいろ思う。

だけど、わたしは、ヨンヒの姪のソナに
オモニ(ヨンヒの母)の変わりに
荷物をひとつ送ろうと思う。

いま、アボジの病気が大変で、アボジも必死に
生きようと闘っている。
あのかわいらしいアボジが、また北朝鮮の地を自分の足でふめて
かわいい孫や息子たちに逢える事を、
ヨンヒもオモニも心から願ってる。

近くて遠い国。北朝鮮と唯一結ばれているのが
万景峰号なのだ。
飢えと寒さと生活難で苦しむ、
本来なら大阪の地に残ってそんな思いをしなくても
よかった人たちが、日本からの荷物を首を長くして待っている。
この生活物資援助を運ぶのが
万景峰号で帰国者にとって、重要な生命線なのだと
ヨンヒは書いている。


万景峰号には、腰の曲がったおじいさんたちが
10個、20個と北で暮らす子どもたちのために
せっせと荷造りをして持っていくのだ。

いったん、日本から帰っていった北朝鮮で暮らす帰国者は
もう2度と日本へは帰れないという掟があるのだから。

送り出した当時は
日本政府も「北の楽園」だといって応援し、
見捨てた、見殺しにした日本、(出身地の)韓国の仕打ち
に比べれば、自由な国とうたった、北へ行けば、
このあと幸せになれる。はず・・・。

そう思って、かわいい息子を、娘を送り出した
今では年老いてしまったオモニやアボジたちの、
日本にいる(日本に残った兄弟たち)子どもの中には
北朝鮮へは絶対に行きたくない。
北へ帰った兄弟のことは忘れたいという人もいるそうだ。
だから親は、
自分が死んだあと、北に住む子どもたちはどうなるのかと
「死んでも死にきれない」となげく船内。
子を思う老人たちの思いが
万景峰号の中に帰国した家族の命をつなぐために
老体に鞭打って荷物を運び続けているのだ。

朝の2時間だけ、少量の水しか出ない暮らし。
電気もとおっていない。
現に、ヨンヒの身近な親戚が
3日間、何も食べれなかった厳しい生活。

誰が好き好んでいるものか。
報道されるのは、核実験。
戦闘的にはなす、北朝鮮のニュースキャスター。
マスゲームや行進ばかりできるような状態じゃない。
あれだけが、北朝鮮ではないのだ。

そして国が取る手段。

日本に住む家族は、心配で心配でしょうがないだろう。

他人事じゃないと思わせた、監督ヨンヒ。
娘が最愛の父を思う、家族を思う、そして、社会があり政治がある、
その中で必死に生き抜こうとがんばるアボジ。

本を読み終えて、りおんにしがみついてしばらく泣いた。
声を上げて泣いた。
夜のニュースも、朝のニュースも
北朝鮮の核実験ばかり。
心が痛む。

ますます庶民の生活は苦しくなるだろう。

映画では知り得なかった、歴史がわかり、
人の心の動きが感じ取れた今、
万景峰号を、もっと新潟港から北朝鮮の港へ。
そしてピョンヤンへ行ってほしい。

少し前、ミサイルが飛んだ時
万景峰号が港へ入れなかったりしたことがあったように思う。

たった、それくらいにしか思わなかったが、
入れないということは、
家族のいのちが危険にさらされるということだ。

なにも、報道しない、日本もどうなのか?
そして批判ばかりする人たちを
知らないからとはいえ、やっぱり許せない。

まだ小さい女の子、ソナに送ろう!!と荷造りをしてる
箱の中に、田中りおんと書いてある
まだ新しいふでばこや(もらって使ってないのがたくさんある)
買い置きしていた 消しゴム、鉛筆、ノート
温かい服、そしてけん玉とこま、など
をいっぱい入れた。

箱を閉めようとしたら
荷物が増えていた。
りおんがそっと入れてくれている。
笛、オカリナ、かわいいメモ帳。
映画はみてるので、ソナにあげたいものを
自分で考えたすばらしい贈り物だった。

わざわざそのために買ったわけではない。
いつか使おうと家にあるものばかりだけれど、
熊本のみかん箱いっぱいになった。

これを使うソナの顔を映画の表情と照らし合わせながら、
箱につめる私は、オモニの深い思いと、あの笑顔を
思い出しながら
私の家族に荷造りする気持ちでつめた。

もしかしたら、いらないかもしれない。
検査官がだめというかもしれない。
規制が厳しい。

地図ではあんなに近い 近くて遠いとなりの国が
本当に、近くなりますように。

そして、今の報道で感じる「怖い北朝鮮」ばかりを
これ以上、考えれないこの国の人たちにうえつけないで。

「ディア・ピョンヤン」の本の中には
皆さんの家族となんら変わらぬ、
いとおしい思い 愛があふれています。

核実験でさらに世界の敵国 北朝鮮。
これ以上経済制裁をして、死ぬのは
私たちの家族と同じ人だってことを
忘れないでいてもらいたい。

ソナ・・・生きて。