アートな 「広島拘置所」 壁画 2007年05月18日 08時54分54秒 | Weblog 広島から帰る朝、私たちはどうしても行きたい場所が2つありました。 1箇所はここ。 広島市民に親しまれるようにと、アートな「広島拘置所」です。 すばらしい壁画です。 ぐるり半周、何枚写真を撮ったことか・・・。 そのうち、玄関へ。 待合場なのでしょうか。 私たち二人、早朝、拘置所の門の前に、じーーと立ち、中を想像します。 そのとき、重たい鍵を開ける鈍い音が・・・・ ぎいいーーーー重たい門が開きました。 驚くのなんのって・・・。 なかからは、関係者の方が車で出てきました。 ちょっとどきどきしました。
「倉敷」~広島 岡山GW旅の思い出 2007年05月07日 07時27分46秒 | Weblog ここは、「倉敷美観地区」。 満奇洞をあとにして、倉敷へきた。 美観地区といわれる、その一部分以外は、まったく、そんな素振りを見せない町だった。 一歩、美観地区に入り込むと、そこは、別世界。 この小さな範囲だけで、これだけの人を 呼べるのはどうしてだろう?? 気持ちは はやります。 アイビースクエアにはいっていきました。 通り抜けると、そこは川をはさんで、情緒ある白壁のまち。 きれいだけど、 似たような風景は、他でも、見たことがある。 大原美術館の前で、絵描きさんを、じっと見つめる りおん。 お抹茶を頂きましょうか。 井戸を覗き込むと、1000年の風が吹いてくるようでした。 あちこちで、パレードや、ステージでのイベントがおこなわれてます。 そこは素通り。 倉敷の魅力とは?? さて、次回は、おめあての大原美術館へご招待いたします。
ペリーの黒船 唐人お吉の生涯 2007年04月07日 07時10分51秒 | Weblog 政府の強引な依頼で、アメリカ初領事ハリスの侍妾になった10代のお吉。 恋人、鶴松とも離別、美人芸奴で評判のお吉は、 アメリカ人のところへ出入りするようになって、 下田の人々に、「唐人」といわれ、さげすまれた。 42歳で、小料理屋「安直楼」を開業するが、 酒におぼれ、身を崩し、川に入水自殺をする。 部屋に飾られた、この絵がお吉の一生をものがたってる。 売りに出た「安直楼」を、今のご主人のおじいさんが買い、 一般公開しながら、おじいさんが説明してくれる。 いいなあ。 この階段。 2階の廊下の窓から見えた、なまこ壁。 下田の夕暮れ時は、人もまばらで、寂れた町。 旅館に向かう車の中で、ホームシックと言うか、 淋しい気持ちになりました。 が、それもつかの間、お宿についたら、淋しさもいっぺんに吹き飛びました。 あすは、おもてなしの宿をご紹介します。
新たまねぎと春キャベツ 2007年03月10日 07時43分36秒 | Weblog 春を炊く。 新たまねぎは まるごと 春キャベツは 葉っぱのあいだに豚肉をはさみながら キャベツの形にまあるく戻したら 圧力鍋に放り込むだけ。 ことことことこと 春の匂いがしてきたら できあがり♪ とろりんと やわらかくなった 春の野菜たちを いただきまーす。 ごはんはもちろん「豆ごはん」(こんなにおいしいものをリオンはきらいだけど) 豆ごはんは ばあちゃんが作ってくれた大切な思い出と 春の匂いと 目にも春の この季節だけの大好きなごはんです。 みなさんは何を食べたら、春がきた!!と思いますか? そして何を思い出しますか?
あたらしい朝 2007年01月01日 13時27分25秒 | Weblog 暗黒の 荒波越えて 年越えて あたらしき日を 挑み にらみて 31日の夕刻には 掃除も終わり、車も洗い、お風呂にも入り 夕飯も、そばも食べ、 お正月に向けて準備万端だった。 ふっと何もすることがなくなったとき、 3時間ほど 本を片手に 布団にもぐりこんでしまった。 りおんは、わたしは本を読んでいるのだと疑わず、 紅白を見ているらしい。 この胸の騒ぎはなんだろう。 夜の恐怖から逃れるかのように さわぐ心地を 押し殺すように 児童書を 読みあさる。 作家「森 はな」氏の 文章が 琴線にふれた・・。 あぁ。涙がでてとまらない。 本を読んで涙を流すのは 不思議なことではなく 存分に泣いていられるはずだけど、 いつまでこうしているのかと ただただ、逃げさまよう。 紅白で「みんなのうた」の歌が流れ出し、 りおんが、一緒に歌う声が聞こえてきた。 子どもの生命力とは なんという力だろう。 その歌声から いのちの躍動を感じる。 なんの不安もなく うしろを振り向かない その姿に 助けられる思いがする。 ふっと おせちは今日中に作らなきゃと 思う。 9時ごろから ごそごそとやっと起きだした。 海老の殻をむき、わたを取り、揚げる。 よこで、茶碗を洗ってくれるりおんがいる。 ことしも除夜の鐘を つきに行くんだと 11時まで頑張ってたりおんだけれど、 眠くて仕方がないらしい。 ふんふん・・いいながらも、眠ってしまった。 ふつうでいいよ。 いつものように、そう、いつものように一緒に眠ろう。 あしたの朝日は、いつもとおなじ。 なにもかわらない、あしたという日なだけだから。 朝は、おとそを酌み交わし、 1年の抱負を互いにいい合った。 今日は1月1日という、 あたらしい日。 りおんは朝から外に何度も遊びにいくが、 外には子どもの姿がまるでないらしく ちょっと出かけてはすぐ帰ってくる。 わたしはまだ、外には出れないでいたりする。 でも、始まったあたらしい日。 さて、この先どうなるのだろうか? だれにもわからない。 毎日が綱渡り。これもまた人生かな。