定年夫婦の暮らし方(店長日記)

盛岡に住む定年夫婦(昭和20年生)の暮らしを分ち合います。

115回ピースボート世界一周航海記その44(スリランカ コロンボ港)

2024年03月26日 | 思い出の旅行

 2023年ピースボート航海記 その17 コロンボ港 スリランカ

          日の出:         日の入:

  11月20日(月) 入港6時 コロンボ港UCT埠頭着岸予定
              Colombo port UCT「Unity Container Terminal」
              
                      利用ゲート ゲート2番または1A番
              ゲート2番の通称:G.O.H.ゲート
              ゲート1A番の通称:チャイティアゲート
       出航22時
       帰船リミット  21:00

 6時、起床
 7時、5階レストランで和食、京都の中年の女性(50歳くらいか?一緒に乗っている子供は別行動、本人はオプショナルツアーに参加するとのこと。)と同席、ピースボートの観光のこと等、懇談する。話の中で中南米に多い建築途中と思われる鉄筋剥き出し状態の住宅は税金対策(ガイドの説明では建築途中の場合は税金が安くなる)とのこと、ようやく疑問が解けた。
 8時、帰室
 9時、準備して下船、少し待ってシャトルバスで市内へ、コンテナターミナルのため出口まで遠い。出口では観光ツクツクが10台以上待っている、断ってもついてくる、客を探すのも大変だが、断るのも大変。外の日差しはキツイ(日陰は涼しい)、取り敢えず、小さな店が並ぶ道を歩く。
 IDカードのようなものを下げたおじさんがツクツクを呼んで無理無理乗せた、値段交渉も出来ないまま「まあまあ」のような感じ(怪しいと思ったがその通りだった)、2時間観光すると言う、インドのヒンズー寺院に行くと「10ドル」と言う、入館料か?興味ないので断る、次は中国が建てたと言ういやらしい塔(蓮の実をイメージした?)、中に入るかと言われ断り写真を撮ったけ(写真も撮りたくない)、ノリタケのショールームがあったので「ノリタケ!」と言ったら停めて店に案内された。買う気も無いので一通り商品を眺めただけ。
 次はお茶を飲まないかと言う、ご馳走してもいいかと思い「Ok」と言うと店の前に停める、カフェではない、紅茶の販売店だった、入るとお茶が出て一通り、商品の説明が始まる、これを買えと言うことらしい。紅茶の土産は買う予定だったので少し買う。
 次は宝石の説明を始める、断っても宝石屋に連れて行かれる。待ってましたとばかり店員が商品を持って来て説明を始める。カミさんは断れず彩子と愛子用と言ってネックレスを買う、そしたら次にブレスレットを持ってきてカミさんの手につける、カミさんはもう買う気モードに入った、「記念に」と言い出す。結局、一番高いブレスレット買う羽目になった。
 運転手にコロンボ国立博物館に行くように伝える、博物館に着いてここで良いと言うといきなり「40ドル」と言われる、一人、14ドルのはずだった、車代を書くように言っても書かなかった理由が分かった。最悪のツクツクに捕まった、油断した自分が悪いと半分の40ドル支払った。そしたら二人分だから80ドルと言い出したので日本語で「ふざけるな!」と怒鳴ったらスゴスゴ引き下がった。
 博物館は前回のピースボートの旅で訪れたところ、ツアー客(団体)も来ていた、エアコンは無く大きな扇風機が回っているだけ、日陰は涼しいので問題なかった。
 仏教やヒンズー教の遺品(金属、石、象牙、土製)が面白い、仏像の表現がそのままヒンズー教に生かされている(顔の表現は似ている)、仏教文化を壊して再構築したのではない。
 仏像を制作した鋳造技術だけでなく生活に必要な鉄製の道具(斧、鍬、鎌、鑿、楔、釘、ハサミ)も展示されていた。また、復元したものか出土したのか丸太舟が展示されていた(真っすぐな丸太(直径70〜80センチ、長さは10メートルはあったと思う)をくり抜いていた。)スリランカの周辺で使っていたのか、帆は張れないのでオールで漕いだろう。
 中国からの渡来品(陶磁器は素晴らしい)が完全な状態で展示されていた。東西交流の証である。直接中国から伝わったものではなく東南アジア経由しではないか。伝わった当時、スリランカには始末な土器しかなかったのでは、そうであれば中国磁器は宝物だったろう。
 仏像もヒンズー教の神像も同じように腰がくびれている、また顔も鼻筋が通って唇が厚め。ヒンズー教の神像は豊満でうねるような動きが魅力的、仏像とは全く異なる表現手法である。
 石像を制作する道具は興味深かった。モデルになる仏像の要所に上から重し(木?)を付けた糸を垂らして位置を決め彫っていくようだ。(石彫には色々な測定方法がある)
 職員に連れて行ってもらい建物の外にあるトイレに入る、大便器は昔の日本と同じだった。カミさんは汚そうだから入らないと言う、大変だ!博物館を出ると通りの向かいに綺麗なコーヒーショップあったので入ることにする。エアコンが効いて涼しい、建物は新しくきれい、アメリカンコーヒーとマンゴジュース、サンドイッチ、ホットドック、ケーキを頼む、美味しい。トイレも綺麗とカミさんは満足していた。
 一息ついて、ツクツクに乗る、こりたので値段交渉をしっかりする、もちろん紙にも書く。「Pettah」まで600ルピー、妥当だ!運転手に歳を聞くと笑いながら70歳と言う、我々は78歳と言うと驚いていた。
「Pettah」は小さな店が表通りから裏通りまでギッチリ並ぶ繁華街、人で溢れている。歩いていると店員に声をかけられる「ジャパン、今日は!」「ありがとう!」「東京?」などと気さくな人々だ。靴、鞄、スマホ部品、衣類、電気製品、CD、スパイス、ナッツ、などの店、店員は皆男だ。
 駅があったので屋根がある陸橋を渡る、階段を上がったら道路の半分は店になっていた。ものもらいもいた、ここであれば日差しも雨も避けられるし人は通るので商売にも良い場所だ。駅でどこから来て、どこに行くのか?バックパッカーの欧米の男女の若者が切符を買っていた、すごいエネルギーだ、良い経験になるだろう、ちょっと羨ましいかった。 
 駅を見物してシャトルバス乗り場に向かう、途中、池がある小さな公園で休む、日陰は涼しい、石のベンチ(カミさんと一緒にウエットティシュで綺麗にして)に腰掛けて涼む。魚は住めそうにないが鷺が数羽、藻で緑色になった池に立っている、壊れて使われていない様な鉄橋を扉がない列車が走って行った。
 ヒルトンホテルが見えたのでお茶を飲むことにする。リュックを背負った姿でちっと気が引けたが堂々と乗り込んだ。荷物チェックがあったがホテルマンはにこやかに迎えてくれた。屋上にカフェがあったら行きたいと言ったら女性職員に2階に連れて行かれて写真を撮って1階へ戻った(伝わっていなかった?)、カミさんが2階いた女性職員に折り鶴をプレゼントしたら喜んでくれた。
 1階のカフェでコーヒーとマンゴジュースを注文する。wi-fiもパスワードとユーザーネームを職員に聞いてメールの処理をした、なぜかLINEは使えなかった。エアコンが効いているカフェでゆっくり休み、綺麗なトイレを利用して元気になったので帰ることにする。
 シャトルバス乗場はカミさんが見つけてくれた。20分ほど待ってバスに乗り込みパシフィック・ワールド号の前で降りる、残った500ルピーでお土産を買って17時、帰船、シャワーを浴びてコロンボの誇りを落とす。
 18時、14階で夕食、ビールを飲む、冷えていて美味しい。
 19時、帰室、カミさんは寝る、私は記録を作成。
 23時、出港

 

 コロンボ港

 

 善人が豹変した悪徳運転手(観光すると言うツクツクは必ず紙に書いてもらうことが必要)

 

 ヒンズー寺院 興味なかったが連れて行かれた

 

 中国が建てた蓮形の気持ち悪いタワー ここも連れてこられた、運転手も嫌いだと言っていた。 

 

 コーヒー、紅茶、香辛料屋さん

 

 宝石屋さん カミさんは勧められると断れない

 

 コロンボ国立博物館で 涅槃像

 

 釈迦坐像 

 

 マカラ(インド神話に登場する怪魚)アーチ下の瞑想像 

 

 衣の襞が美しい仏像、ギリシャ彫刻の影響か?

 

 中国の磁器は中国との交流を物語っている

 

 

 鉄製品 左はナタ、右は鍬?

 

 鎌?

 

 博物館前のカフェで昼食 店もトイレも綺麗だった

 

 商店街風景、小さな店舗が並ぶ昔のアメヤ横丁の雰囲気

 

 食品のショーウィンドウ

  

 コロンボ駅前の歩道橋 露店が並んでいる

 

 コロンボ駅構内の風景 列車が見える

 

 ツクツクのパトカー?

 

 公園で休んでいたら古びた鉄橋を列車が通過して行った、ドアは開け放しだった。

 

 ヒルトンホテルで一休み、ここは別世界だった。

 

 

 


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