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くりぴょんBlog。

ブルース・リーは言った。「Don't think , Feeeel !!」

何歳になっても。

2019-07-17 22:02:08 | Weblog
💔
私は仲間を3人、自殺で失っている。
ゆかりの地や命日、ふとした節目にいつも思い出す。
でも自分はノコノコと生きている。
 
時々、なんで生きているのか!?わからなくなる。
嫌なことがあった時、しかも理不尽な思いをした時。
何が楽しくてこんな思いをするの!?って。
 
幾度となく「もう二度と目を覚ましたくない」とか
「プツンと人生を断ちたい」と頭をよぎっても、
高い崖とか行くときはちっとも死ぬ気なんてない。
 
そうやって今後も毎日を紡いでいくんだろうな。
なんだかんだと風に吹かれながら、
亡き仲間を思い出して手をあわせる。
 

2度ある事は3度ある、ささやかす過ぎるお知らせ。

2018-12-30 22:43:48 | Weblog

またしてもお久しぶりです。
2度ある事は3度ある、しょーもないお知らせです。

くりぴょん。の日々修行。

2019年、JGCとSFCの修行にチャレンジ。

実は、こっちもちょいちょい更新しているんです、すみません。
こちらはガチで飛行機旅ネタだけです。

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なかなかこっちのブログを書かずに、申し訳ございません。
良かったら、しょーもない道楽っぷりをどうぞ。

再び、ささやかす過ぎるお知らせ。

2018-06-24 22:37:50 | Weblog

またしてもお久しぶりです。
再び、しょーもないお知らせです。

くりぴょん。のゆるゆるBlog。

 何も考えずに生きてみないか…写真クリックで画像大きくなります。

実は、こっちはちょいちょい更新しているんです、すみません。
もともとは東北限定での道楽ブログでした。
しかし、あっちこっち行くようにもなり、カテゴリーを変更しました。
↓ これに変えました。

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なかなかこっちのブログを書かずに、申し訳ございません。
良かったら、しょーもない道楽っぷりをどうぞ。

ささやかす過ぎるお知らせ。

2017-11-11 22:25:45 | Weblog

ご無沙汰しています。
くりぴょんBlog。の逃北専用写真だらけブログのお知らせです。
※ 逃北 … 能町みね子さんの著書「逃北」のイメージに近いので、失礼ながら言葉を拝借しています。

くりぴょん。のゆるゆるBlog。

 何も考えずに生きてみないか…写真クリックで画像大きくなります。

説明不足にも程がある、東北放浪の写真ブログです。
ブックマークにも登録しました。
機会がございましたら、参考の一角にでもなれば幸いです。

ロクシタン。

2017-01-21 20:37:45 | Weblog

いわゆる「化粧品」が苦手なオバハン。
しかし冬になると、どうしても手が荒れる…(涙)。
これまでは「オロナインH軟膏」で効果があり、困らずにいました。
しかし…この冬はダメ。うぅん。

あ、そーだ…と、たまたま我が家にあったロクシタンのハンドクリームを使いました。
すぅごく匂いが強い。でもでも効いてるっ!!。
寝る前によりどりみどりで、気分のままに使っています。

写真にはない、一番オーソドックスな「シア」は仕事場に。
写真左から
「ヴァーベナ」柑橘系の爽やかな付け心地。
「ローズベルベット」(2種)王道ロクシタンなフローラル。
「チェリーブロッサム」フルーティな日本人向け!?。
「ピオニー」立てば芍薬の上品な香り。
「ラベンダー」癒し抜群な香り。

期間限定品は持っていませんが、ショップに行く機会があればゲットしてみたいです。
その前に、こんなに一人で使い切れるのか(笑)!?。

冬鍋。

2016-01-31 01:23:45 | Weblog

寒い冬の夜。
鮭の程良い脂身、シャキシャキの白菜、彩りの人参…。
全ての食材が、人身を温めてくれました。

わたしのスマホ遍歴。

2016-01-10 00:32:45 | Weblog

2016年初の記事です。今年もよろしくお願いします。
さて、大袈裟なタイトルをつけましたが…要は自分が使ってきたスマートフォンのスペックを、あれこれ比較してみたくなっただけなんです(笑)。

 
左から、F-02H・SH-01F・L-01D、と遡る感じで置いてみました。

2015年12月 F-02H … 富士通 arrows NX F-02H
2014年 1月 SH-01F … シャープ AQUOS PHONE ZETA SH-01F
2012年 1月 L-01D … LG Optimus LTE L-01D

あ、ガラケーで撮っている姿が反射しているのはご愛敬ってことで(笑)。
大きさは左から、5.4インチ←5.0インチ←4.5インチなのですが、写真の写っていない厚さは逆にどんどん薄くなっています。
「買うぞ」「買い替えるぞ」って思った時に、無い知識を絞り出して決めているので、どのスマホも後悔はないし、今でも2つの機種は家専用ながら現役続行中です。

 
↑ スペック比較一覧です。画像をクリックすると大きくなります。
一度、ご自分がお使いのスマホの遍歴を見てみると、傾向と対策!?があるかもしれませんね。

『青天のヘキレキ』

2015-11-05 22:13:35 | Weblog

10月10日、青森県としては初のA5ランクのブランド米『青天の霹靂』が発売開始になりました…とはいっても、今は主に青森県内での販売のようで、先日、都内でPRイベントが行われていました。

さて画像は何ぢゃ!?、というと、2016年版『青森県民手帳』の表紙です。
ちなみにこの色に名前がついていて、その名が『青天のヘキレキ』色です。

そうだ、球場に行こう。

2015-03-07 00:07:50 | Weblog
私は超のつく野球オタクなので、毎年どこかの球場には行ってはいるのだけど、ここ数年はチラホラと行く程度になっていた。
い、いかん。
よし、野球場に行こう。

…そう思いたったのは1ヶ月くらい前。
公式戦日程を見ては「ふむふむ」と悩む日々。
時間をかけているワリには行く先がちーっとも決まらない。
ただ、ひとつ。
「ファンが面倒臭い」所に行く気力体力が無い(笑)し大っ嫌いなので、今季はイースタンリーグとか、ローカル球場での公式戦とか、誰にも不要に邪魔されず、フラッと行ってフツーに観戦できそうな所を中心に行きたい…これだけは決まっている。

プロ野球12球団のフランチャイズで行けていないのは、改名後の楽天Koboスタジアム宮城と、移転後のMazda Zoom-Zoom スタジアム広島。
これは今季でなくても良いから、とにかく制覇したい。
…で、だ。
せっかく「SHIMOYANAGI 42」と「SHIMOYANAGI 91」レプリカシャツがあるんだけど、楽天は一軍監督が替わるまで公式戦には行かないと強く決めているので(譲れない)、しばらくタンスでひと休みかな。

とにかく、のんびりした気持ちで観戦したいわぁ…そう思うオバハンは、まだまだ悩み中。

2015.3.7 くりぴょん。

四半世紀。

2015-02-23 20:49:11 | Weblog
私は、子供時代の写真を持っていない。
母は、決して笑わずいつも苛立っていた。
とても神経質で、未だに理解が出来ない。
父は、離婚を口にするまで4年も見え透いた嘘で固めていた。

「子は親を選べない」

恨みこそせずも、見えてしまう現実に絶望するのがお子ちゃま時代なワケで…。
でも、学生時代のクラスメイト達は「逃げの口実」としか言わない。でもって助けてくれるワケでない、本当の口先だけ。

そりゃあ、傷つくわなぁ。
当時10代だったもんさ。

なんだかんだあって、高校生の時に、母と妹と、家と父を捨てた。
過去を捨てれる限り捨て去った。

だから、学生時代の友人は、親しい人しか私の行く末を知らない。
でも、別に不自由なく生きている。

東日本大震災でやたら「絆」という言葉が氾濫したけど、口先だけの絆は本当の絆なんかではない。

あの日から、もうすぐ四半世紀。
私の目の前を通った出来事は、決して明るい事ばかりではないけれど、現実というものだけが通り過ぎていく。

2015.2.23 くりぴょん。

続・Starting Over。

2014-08-17 00:22:00 | Weblog

月日の流るるは光か矢かのごとく速くて、先輩Sさんが自ら天に召された酷暑の悲劇から、もう1年が経とうとしています。

当時の思いは… Starting Over。
こちら から、どうぞご覧ください。

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私は7年半前、とっても寒い日に、同い年の仲間を自らの絶命で失っています。
キャラクター的にはカッ飛んだ奴でしたが、頭のキレが良く仕事上の評判の良い奴でした。
訃報にふれた時、同僚が「アイツだいぶ精神的にやられていたみたいでさ…」って平然と言うのを聞いて、すごく悔しかったのと周囲の薄情な態度に恐怖心を感じて、気持ちがガタガタと震えたのを今でも覚えています。
それ以来「もう二度と仲間を失いたくない」と勝手に心に決めていました。
なのに…よりによって…。

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Sさんとの出会いは友達の同僚で「友達の友達はみな友達」的に知り合い、近所で飲んでいると言っては誘っていただきました。
会えば兄弟のようにバカばかりやっていました。
何年も前の話ですが、たった1年だけ一緒の部署で仕事をしました。
お世辞にもみんなが憧れる仕事ではないし、たまたま私の係にいた先輩上司達はコソコソ話や逆ギレ等、決して温かいとは言えない雰囲気でした。
Sさん自身、山のように抱えきれない仕事がいつも目の前にあって、イライラした空気がSさんを包む日も多々ありました。
そんな時、他人がどうであれ、変わらずに楽しく私に接してくれたのがSさんでした。

たまたまSさんが初めてで私には経験があった仕事をサポートした時は、恐縮してしまうくらいとっても感謝をしてくれました。
配置異動で私が別の施設に移ると決まった時、Sさんは唯一涙を浮かべて悲しんでくれた先輩でした。最後の日の晩にはハグをして別れ…それが最期になってしまいました。

1年経って、少しは遠い記憶のものになるかなぁ、っていう期待半分裏切り半分な気持ちでいましたが…周囲の人達はもう過去の出来事と化しているようですが、お互い彼氏彼女でもないのに、思いの外、私の中では消化しきれない気持ちが残ったままです。
いくら何年も楽しく過ごしていても、大事な時に助けられないなんて後輩としてただ好き勝手甘えていただけだったんだな。7年半前に嫌だなと思った周囲の人達と何ら変わらないのかな、自分…一人の力って脆くて儚いなぁ、と強く思わされ続けた1年間でした。

Sさんは、私が今の仕事に就いて何千人といる職員の中でも5本の指に入るほど、20年近くお世話になった方だったので、やっぱりいつか掌を合わせたいし、お線香の一本もあげたい…ご遺族のご意向が緩和されてそれが出来る日が来るといぃな、と切に思っています。

2014.8.17 くりぴょん。

LaLaLa。

2014-06-25 07:00:00 | Weblog
血沸き肉踊るワールドカップ。
たかが西洋蹴鞠、されどボールひとつの行方に世界が注目します。

日本代表の試合が終わり、思った事を書こうと思います。但し、いち観戦ファンの単なる感想です。異論があっても受付しません(笑)。

'98年フランス大会から連続出場している日本代表。
今回は一番冷めた気持ちで観ていました。

何か違うな…って。

TVの特集番組も鬱陶しく感じて、殆ど見ませんでした。
当然、出る選手からしたら、大会に出るからには優勝が目標だろうと思います。
でも現実はグループリーグ突破が最高成績、温度差みたいなものを感じ続けていました。
日本国民なら自国の代表が勝つのを願って当然なのでしょうが、どこか遠くから見ている自分がいました。
もしかしたら単純に不完全燃焼なだけかもしれません。

先輩がこう言っていました。
「サッカーの神様を怒らせてしまったのではないか!?」と。
口では優勝と言ってもまず16強、8強、4強…と一歩ずつ実績を積むのも大切ではないか、という意味らしいです。
私は個人的にとても納得出来ました。
地に足つけて…。

前回優勝国のスペインが惨敗、サッカー発祥国イングランドも敗退。
逆にコスタリカの大躍進など中南米国の活躍が顕著ですね。

どこの国の試合でも、ワクワクするものは心に響くし、どこの国の選手でも、素晴らしいプレーには心が踊ります。

国歌斉唱も各国90秒のルールを無視しているとはいえ、音楽が途切れても歌いきるグルーヴ感は鳥肌半端ないものがあります。

ワールドカップって、生き物のような気がするんです。時に魔物が棲み、移ろ気な女神が気まぐれに微笑む…大きなウェーブの中で生きているような感覚です。

残念ながら日本代表の試合は終わりましたが、まだまだここから。トーナメントになってサドンデスな闘いになります。
ファイナルを迎える時まで、ひとつでも心が揺さぶられるプレーに出会いたいと思います。

2014.6.25 くりぴょん。

おっぴちゃん と わたし。

2013-10-05 22:33:44 | Weblog

私はずっと「おっぴちゃん」というのはアダ名だと思っていました。
実はただ単に方言で、曾祖父母のことを「おっぴさん」と言うそうです。
ちなみに宮城県北部で主に使われているらしいです。
たしかに親戚の話題以外に出てこない言葉です。

それはそうと。
私は母のことを「お母さん」以外に呼んだことがありません。
「母ちゃん」ですらダメ、「ママ」「おふくろ」なんて論外です。
子供時代にそう叩き込まれた感じです。昔、何故か!?を母に問うと
「そんなの当たり前でしょ」
…答えになっていない回答3秒瞬殺でKO負けでした(涙)。

ちなみに母は他人(娘)には厳しいのですが、母自身はグダグダ。
というか、親戚一同ではお互いみんな名前呼び。
たとえ尊属の叔母でも継母でも「~ちゃん」呼び。
当然、親戚から呼ばれる時は、母も私も「~ちゃん」で呼ばれます。

でも、なぜか曾祖母は「~ちゃん」呼びでなく「おっぴちゃん」。
これは親戚一同、みんなそう呼んでいます。
どーでもいー事ですが、気にすると気になる気になる気になる。

あと…これは他の地域でも多々あるようですが、
母の出身地付近では、女性でも「おれ」と言います。
さすがに若い人は殆ど言わず、年配の方々ばかりのようです。

思えば、私はずっと自分を呼ぶ時は「私(わたし)」です。
時々くずれて「わぁし」になっている事もあるけど、基本は「私」。
よく自分を名前で呼ぶ人がいますが、私は皆無です。
だからか!?は不明ですが、名前を呼び捨てされるのが大嫌いです。
「親しき仲にも礼儀あり」
…そんなカタい話なワケはなく単純に嫌いなんです。なんでだろ!?。
どーでもいー事ですが、気にすると気になる気になる気になる……。

2013.10.5 くりぴょん。

Starting Over。

2013-09-29 03:38:30 | Weblog

もうすぐ、私がお世話になった先輩の四十九日です。
でも、ご遺族のご意向で、仕事関係の人はお焼香が出来ません。
それも当然なので、仕方ないです。

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亡くなった先輩のお父様が亡くなったのが15年ほど前。
その時、周りのみんなが、独身の先輩に向けて
「お父さんに孫を見せてあげられなかったね」
そう言っていたのが、何故か忘れられません。

その話から遡ること約5年。
当時22歳だった私は、有休をもらって地元の庁舎に行きました。
自分の両親の離婚届一式を持って。
歩いて10分の距離がとってもとっても長く感じました。
時々「出さずにとんヅラしたら、どうなるんだ!?」と思いつつ
与えられた任務を遂行する事に気持ちを向けるようにしました。

不思議と一滴も涙が出ませんでした。

離婚する何年も前から母子家庭状態で父とは別居していたので、
事実上の状態に紙の上も一致するようになっただけだったのです。
でもお上は、その紙を出すことによって出る手当があります。

本当は、離婚届を出す前に色々と助けて欲しかったんです。
ルールに無い事はお上は手助けなんてやってくれません。
世はバブルの絶頂期に、生きていく為だけに私は就職しました。

今でもこの就職の決断が良かったのか!?、正直わかりません。
ただ、亡くなった先輩をはじめ、素敵な仲間達が出来ました。
それは40歳を過ぎても今の仕事をしていられる唯一の宝です。

私には子がいません。
私には少し年の離れた妹がいますが、6歳から持病があります。
私達姉妹は、自分達の赤ちゃんには出会えない可能性が高いです。

やっぱり、それは…どんなに色々あった親だとしても
「親御さんに孫を見せてあげられなかったね」って
そう思われてしまうのかなぁ…と、ふとした時に悩む事があります。
いくつになっても親不孝な娘なんだなぁ、って。

先輩は52歳まで独身のまま、自ら天へと旅立ちました。
「お母さんに孫を見せてあげられなかったね」
あの時のみんなは、今もそう思っているのかなぁ!?。
もうそんな言葉すら忘れちゃったかな!?。

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starting over って「再出発」的な意味だそうです。
いろいろな意味で、私自身、再出発しなくてはいけない。
…先輩の死は、そんな事をいっぱい考えさせられました。

2013.9.29 くりぴょん。