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最新霊界情報 

 ●令和時代は、いよいよ霊主文明の夜明けです。

妻も子もあった恋人

2007-05-16 19:38:24 | 災難


   自分の人生は、憑依霊の人生であった!

  山形県 佐川咲子(仮名)さんの体験です。

 私は高校卒業と同時に妙に家を出たくなり、一人でアパートを借りて
スポーツ店に就職しました。

そこで、お客様だった公務員の青年と知り合い交際が始まったのです。
私にとっては、その人と会える事が楽しい毎日でした。


しかし、休日が同じではなかったために、彼から日曜休みの職場に代
わるよう云われ、丁度保育園で保母の募集をしていましたので、そこの
保育園に就職しました。

私はもちろん、結婚を考え、他の男性には目もくれずに彼だけを愛し、
六年が過ぎました。
そんなある日、突然一人の女性が私のアパートに血相を変えてやって
きたのです。

話を聞きますと、なんと交際している彼の奥様だと云うのです。
そして、彼にはすでに二人の子供までいるという事でした。

あまりの出来事に私は声も出ず、目の前が真っ暗になる思いが
しました。
何の疑いもなく、ひたすらに愛し続けて来た彼に、実は妻も子も
いたなんて…………。
そのまま私は、不倫の恋に苦しむ毎日に生活が一変致しました。

そんな時、中学の同級生の谷本良子(仮名)さんに久しぶりに会
ったのです。
谷本さんから、初めて『霊的療法』(施光)の話を聞いたのです。
……と同時に、彼と別れられないでいた私は、妊娠している事に
気付きました。
これは、私にとって大問題です。

私は迷いましたが、『霊的療法』(施光」を受けるようになってからは、
大分気分も落ち着いてきたのです。
ちゃんと赤ちゃんを産んで、子供のためにも、 “彼とは別れよう”と
妊娠をきっかけにやっとふんぎりがついた時には、彼と交際を始めて
実に、十年が過ぎておりました。

 そして、―――――――
更に、ビックリするような事が分かってきたのです。
実は、友人からの紹介で 『霊的療法』(施光)をその時から続けて
いたのですが、道場に通い 『霊査』(霊的診断)を受けた時の事です。

私に憑依していた「霊」は、男女間の因縁の霊(女性)である事が判明
したのです。

その女性の霊の告白によれば、私は前世、男性で武士だったそうです。
そして、前世の私とその霊とは、お互いに愛し合って結婚の約束をして
いたのに、私は自分の栄誉のために、その約束を破り他の女性と結婚
してしまった、との事です。

しかも、お腹の中には赤ちゃんも居た と云うのです。
そして、その時の苦しみや、くやしかった状態を必死で訴えたのです。

結局、「霊」は裏切った私を今日まで永い間に亘り怨み続け、同じような
苦しみを私に与えて気付かせようとして来た、と云うのでした。

実際に、彼との関係は正にその通りの姿だった事におどろきました。
今更に、自分の業と、深い罪穢を悟らせていただきました。

  ■〔霊的解説〕 霊的知識を身につけようね!
  ―あなたの人生を左右する…霊的知識の活用―

 誰もが願っているのは、“幸福になりたい!” という事です。
 “不幸にはなりたくはない”…………皆、一緒の想いのはずです。

 しかしナゼか? 自分の願っているような幸福な人生を歩む人は
 非常に少ないのが現実です。

 佐川咲子さんも、幸福になることを信じていたはずです。
 それが まさか前世の因縁が自分の人生に影響が出てくるとは
 思わなかったでしょう。

 咲子さんは、『霊的療法』(施光)を体験されて初めてその事実を
 知ったのです。
 実は、不幸現象の原因の約80%が霊的要因にあるのです。


 中々信じられない事ですが、自分で体験するしか分からない世界
 です。
 霊的体験は、「今すぐ」にでも、だれにでも簡単に出来ます。

              それでは またね…   (233)


             
    
 先祖供養や霊的療法その他霊的用語等についての詳しいことは
               HP「先祖供養専門館」・「相談コーナー」 へどうぞ
                        【↓】
          
ホームページ http://www.k4.dion.ne.jp/~sskan 
              ーどうぞ よろしくお願いしますー                  

 

 

 


家庭不和

2007-01-31 18:41:09 | 災難

 
  離婚寸前の夫婦だったが……


 埼玉県川口市 坂崎一行(仮名)さんの体験です。

私は、川口市で洋品店を経営しております。
長野県で生まれ、二十二才の時父が急逝したために、それ
までやっていました衣料品店を閉鎖のやむなきに至りました。

なんとか家を再興したいと、母と幼い妹二人を残して上京し、
住み込み店員として十八年間頑張り、念願の独立開店を果た
すことが出来ました。

その間に自宅も建て、母を呼び寄せてホッと一息ついた折も
折、結婚十年目の妻との間がまずくなり、また長男が紫斑病
を発病してから、妻との間が本格的な争いとなり、遂に毎月
家庭裁判所の調停を受けにいく状態に陥ってしまいました。

私共夫婦は憎悪の塊となり、顔を見るのもいやで、一つ家に
住みながら仇同志のように、どうしたら早く別れられるか、どう
したら子供や財産をやれずに、妻を追放できるかと、それの
みを思い暮らすようになりました。

あげくには、そのつど中に入って、色々と心配して下さった方々
も次第に遠ざかり、互いに親兄弟を背景にして、家対家の争い
にまで進展して行ったのです。

毎月調停に行くうちには、三人の子供の分け方、いかに資産を
分けるか等々の話も煮つまり、もうどうしょうもない破局への道
を突っ走るばかりでした。

そんな時、書店にて一冊の本が目に止まり、『霊的療法』(施光)
をはじめて知ったのです。

さて七月の調停日は十三日で、この日に最終的な結論を出す 
ことになっており、三才の長女を妻に渡し、慰謝料はだいたい
これ位と、私は心に決めておりました。

ところがその十三日の朝、突然妻の側の弁護士から電話で、
調停は 都合で九月十七日まで延期になった旨を通告して
きました。

――――――そして、いよいよ調停の日となり……
家庭裁判所に出向いたところ、妻が長女を連れて来ているので
「なんでこんな所へ、子供を連れて来たんだ」と腹を立てる一方
子供への不憫さが一層つのり、胸がいっぱいになりました。

今まではいつもよそに預けて、子供もまた、付いていくとも言わ
なかったのに、この日に限ってどうしても連れて行けといって聞
かなかったといいます。

さて調停室に、妻の側の弁護士と共に入りました。
それが どうした事か? 今までは妻の側に立って、頑固で全く
手のつけられなかった、その弁護士が突然人が変わったように

「あなた方夫婦は、もともと別れるほどの理由はないですよ。
私が仲に入って説得しますから、一切を私におまかせ願いたい」
と言ってきたのです。

この時私は、「こんな事って、あるんだろうか!」と思いました。
心の底からの感動で、「ぜひよろしくお願いします」と頼んで別れ
ました。


そしてその夜十時頃、店から自宅に帰りますと、めずらしく妻が
待っていて、「本当に私が悪かった、許してください」と、両手を
ついてあたまを下げてくれたのです。

原因はすべて霊的要因であったのですが、私共夫婦はその霊
にあやつられっ放しであって、誰が悪い、彼が悪いと言い合って
いた と云う事です。


 ■〔霊的解説〕 霊的知識を身につけようね!
 ―あなたの人生を左右する…霊的知識の活用―

坂崎(仮名)さんですが、七月十三日の調停日の予定が、相手
側の弁護士の都合で、九月十七日に延期されたのです。
(これが実は、“霊的しくみ”なのですが……)

その二ヶ月間、坂崎さんは本で知った 『霊的療法』(施光)の
浦和の研修会場で『施光』を受けるために、毎日通ったのです。


二十日間ほど通った頃に、『霊査』(霊的診断)をして頂くことに
なり、最初の頃は ハッキリしなかったのですが、魂霊が浄化
されるに従って、だんだんと分かってきた事は………


前世での夫婦間の怨みの霊的障害が起因となっていた事が
判明しました。

「前世、子供二人と幸せな家庭生活をしていた夫婦だったのが
十年ほど経った頃に、夫が浮気をして、妻の私を無理やりに
家から追い出した」

「その後子供にも会う事が出来ず、私は自分で命を絶ったが
その怨みの気持ちは、どうしても忘れる事が出来なかった」

「家庭をメチャメチャにしてやりたい」 と思っていたとの女性
の霊だったのです。

さらにその後、坂崎家のご先祖様の訴えもあったのです。

家庭裁判所での九月の調停前の、八月の中旬に、坂崎さんの
自宅には仏壇はありましたが、位牌は無かったので改めて位
牌を準備して、正しい祖霊祀りをされたのです。

しかし家の中では、その頃はもちろん、夫婦間は一切口もきか
ない状態での生活だったのです。

坂崎さんは、相談もせずに勝手に祖霊祀りをしたのですが、
不思議なことに、それからしばらくして気がつかれた事は、奥
さんがちゃんと仏壇に食事の供養を、供えてくれていた という
ことです。

坂崎さんの話では、妻から聞いた後日談ですが、……
「なぜかご先祖様に対しては、何の抵抗もなく食事の供養を
差し上げたくなってやれた」
「自分でも、なぜそんな気持ちになったのかよく分からない」
というのです。

実は、ご先祖様の方々の位牌が祀られる事により、初めて
先祖と子孫との想い(交流)が可能になるのです。

今ではご夫婦は、十年振りに心から手を取り合い、今までの
事がまるでウソのように、円満な毎日を送っておられます。

             それでは またね   (光・生)

    霊的用語ならびに霊界のことや先祖供養については
    HP 「霊界なんでも館」 相談コーナー ヘどうぞ。
            【↓】
    
http://www.k4.dion.ne.jp/~sskan/nandemokan.html
             ―どうぞ よろしくお願いしますー



 

     


家庭崩壊から脱して!

2007-01-27 15:47:02 | 災難

 


 兄弟の事業失敗から…離婚そして娘の非行
 

東京 海田由美(仮名)さんの体験です。

私は、二十三才の時に嫁ぎました。主人は六人兄弟の四番目
でしたが、兄たちが独立して各々事業を営んでいた関係で、主
人が親の面倒をみるために家を継ぐ事になりました。

私たち夫婦と主人の母、姉、妹の同居生活となり、やがて長女
長男に恵まれ、ごく普通の生活をしていました。

ところが、そんな平凡な生活に突然大きな問題が持ち上がった
のです。

不動産事業をしていた主人の兄が、突然開発に失敗し、家の
財産一切を手放す事になってしまったのです。

家は姑の名義になっており、親の面倒をみるということで家を
継いだ主人が、相続する事になっておりましたので、ここで
醜い親兄弟の争いとなってしまいました。

その果てに、家を失った私たちは小さな家を借り、親子四人で
新しい生活を始めることとなりました。

このような事態になり、それまで以上に夫婦の気持ちを一つに
して、頑張らなくてはいけないというのに、主人は投げやりに
なってしまい、私も主人に対して不平不満がつのる一方で、完
全に心がすれ違っておりました。

何度話し合っても意見がかみ合わず、とうとう離婚となってしま
ったのです。

私は高校と中学の二人の子供を引き取り、生活のために必死
で働きました。

私としては、一生懸命のつもりでしたが、仕事に追われて心に
ゆとりの持てない毎日でしたので、子供たちにとっては、ただ
親のエゴを押し付けられるばかりで随分つらい思いをしていた
のでしょう。

その頃から、長女の非行が始まりました。

長女はどんどん反抗的になっていき、とうとう夜遊びをして警察
に保護されてしまいました。

私は「子供についていてあげたい。しかし、働かなくては生活
できないし・・・・」どうして良いかわからないジレンマに陥り、焦る
ばかりの私は、そんな気持ちを紛らわすために、ただ闇雲に
仕事に明け暮れました。

そんなある日、当時同僚だった西田(仮名)さんから『先祖供養』
の大切さについて話して下さったのです。
そして 娘の非行も、『先祖の供養』と関係がある――との話を
聞き、少し気にはなっていました。

しかし、私は日々の生活に追われ、目先の事にとらわれて、
あっと云う間に半年ほど経ち、先祖に対する意識も薄らいで
いました。

そして、営業の仕事で一日中歩き回っていた私は、突然両足
の親指の付け根に激痛が走り、まったく歩けなくなってしまいま
した。

医者に行ったところ、「外反母趾」(がいはんぼし) と診断され、
手術を勧められました。

「一、二ヶ月で復帰できますよ」 と軽く云われましたが、私に
とっては、たとえ一ヶ月といえども 仕事が出来なくなったら、
生活が成り立たなくなってしまうし、入院したら、子供たちは
尚の事 荒れてしまうのでは・・・と様々なことが頭に浮かんで
きました。

「私たちは、どうなってしまうのだろう」 と何もかも投げ出した
くなり、痛む足を引きずりながら 途方に暮れていました。

そんな時、ふと同僚の西田さんの顔が浮かび ―――――
相談すると、「丁度 今週の週末から【初級研修会】があるの
で、霊界と先祖供養についてのお話を聞いてみたらどう?」
と さりげなく誘われ、すぐに承諾しました。

それから一ヵ月後、早速月末の給料日に、位牌と仏壇を購入
し、月初めに祖霊祀りをさせていただきました。

いつもの事ですので、特に気にはしていなかったのですが、
それまで フライパンを持ったり、ぬれたタオルを絞る度に
鈍痛があり、とても不自由だった左肘の痛みが、祖霊祀り後
まったく無いのに 初めて気付きました。

そして問題の、両足の親指の あれほど痛かったのが、すっ
かり消えており、子供たちも段々と素直で、明るい性格へと
変わらせてもらって、親子共々大変喜んでいます。

 

  ■〔霊的解説〕 霊的知識を身につけようね!
  ―あなたの人生を左右する・・・霊的知識の活用―

海田由美(仮名)さんは、若い時から非常に肩がこり易く、
いつも ずっしりと重い感じだったそうです。

そのせいもあったのか、両腕が上の方に上がりにくく、特に
左腕が常に神経痛のように なんとも云えない鈍痛があり
ました。

また、「外反母趾」(がいはんぼし) と診断された通り両足
の親指の痛みもあった との事ですが・・・・・


以上のように ――――  
 ① 子供の時分からの重度の肩こり。

 ② 体の左側の病気やケガ。

 ③ 手足などの親指の異常。

などの症状は、90%先祖の戒告現象です。 

特に多いのは、先祖供養がなされていないか、先祖供養の
仕方などに関する場合ですが、いずれにしても ・・・


先祖が子孫に対して、何か訴えている霊的現象です。

故に、それに応えるべく、子孫として先祖に対して、やるべき
事をちゃんと実行させて頂く事により、はっきりと症状の変化
で明確になるものです。

              それでは またね・・・      (383)

    

   


   霊的用語ならびに先祖供養 についての詳しいことは
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