眺める空に描くもの

高齢者女子のおひとりさま暮らしノート

明暗が分かれて延命した話

2024-08-26 04:45:20 | 闘病記
手術のあと、退院となって、タクシーで家まで帰ったのですが、
そのタクシーの運転手さんと、がんの話になりました。

私は自分からは話しかけない人間なので、タクシーの運転手さんとも、
あちらから話しかけられないと、静かに座っているだけですが、
そのときの運転手さんは、話しかけてくださるタイプの方だったので、
聞かれるままに、自分が手術して帰ることを話しました。

すると、運転手さんは、つい最近、同僚の方ががんで亡くなったばかり
だったそうで、あっけなく、50代で亡くなってしまったことに納得が
いかないご様子でした。

そのタクシー会社でも、健康管理はされていたようで、会社側からは
検査に行くようにと指導されていたのに、すべて無視。
運転手さんも「行った方がいい」と何度も言ったそうなのですが、
「痔だから恥ずかしい。問題ない」と言って断固検査を拒否。

大腸がんの症状だったにもかかわらず、そのままにしたせいで、
「最初の健診で言われたときに受診したら助かったはずなのに」と
かなり悔やんでいらっしゃるようでした。

最初の健診から、すでに何年も経っていらっしゃったとのこと。
親しいご関係だったようで、何度も悔やむことばを繰り返されていました。

そのお話を聞いて、口にはしませんでしたが、同じように放置していた
私との明暗を感じてしまいました。

その亡くなった同僚の方が本当にがんを疑わずに放置されていたのか、
可能性がよぎりながらも放置されたのかは定かではないわけですが、
どちらにしても、「怖い」というお気持ちが勝ってしまったのかなと。

男性は特に、病気になったときに、「怖い」というお気持ちが強くて、
病気と向き合うことをしないと言われ、女性の方が病気と向き合う強さが
あるとはよく言われるところですね。

私の場合は、腫瘍があることはわかっていて、がんであろうことは
ほぼ確実だろうと推測していましたが、あえて放置して、手の施しようが
なくなることを期待して、長く生きることを断念していたのです。

それなのに、腫瘍の方が皮膚から飛び出してしまい、大量出血が続き、我慢する
というわけにはいがす、切除手術を受けることになったせいで、手遅れにならず。

抗がん剤治療、放射線治療などは行いますが、おそらく、命に係わるようなことは
すぐには訪れないだろうという状況に、私の生命力すごしと呆れてしまいます。

ありがたいはずなのだけれど、どこか複雑。

長い在宅介護で疲弊して、慣れない新たな職種に60歳でチャレンジして疲弊して、
楽しさとか、生きがいとか、何もなく、ただ、生きている状態で生きながらえると
いうのがなんだか落ち着かない。

日々を無駄にしようとは思わないので、生かされている以上、今、できることは
探して、素直に先生方のご提案に従って治療は続けて行こうと努力はしていますが、
なんだか、なんだかなんですよね。

あっさり死にたかったなと思うのに、死なない私の生命力。ある種、選ばれし者観が
あるのではないでしょうか。不死身の私?

1回目のがんのときだって、あやうく見過ごされるところを自力で発見して、
病院を変えて、手術してもらい、危機一髪? そこから30年生きて今。

再発するんじゃないかとか、心配していたのに、30年は何もなかった。
そして、30年後、再度、がんになったのに、やはり、助かったらしく。

意図せず、すごい生命力を持っている私は「新興宗教の教祖さまになれる」と若いときに
言われたことがあるのですが、何か?

夢も何もないけど、教祖さまを目指すとか思ったら、パワーが出るかしら(笑)

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