最近、NHKの衛星・ハイビジョンで
ちらっと、おもしろい番組を見た
哲学的な感じの番組
絵本について、おとなが語っている番組
あと、久石譲さん×操上和美さんの対談も。
(音楽家×写真家)
おふたりは、~大衆性と芸術性~
について、語っておられて
直観が第一
観察に基づいた反射がアート(その瞬間の自分を入れる)
自信は毎日失っている、いつも怖い
などなど。
すごく興味深く、ふむふむ。。と聞いた
「わたし」を抜きにしては
響かないこと、、とてもうなずけて
舞台で
頭の中身を形にするとき
頭の中身と、観客との距離を考えつつ
それでも、届けたい「何か」があったり、、、
たとえば法話(ほとけ様のお話)でも。
ほとけ様からの、距離はゼロでも
わたし・わたし達~ほとけ様までの、距離は
やっぱり「わたし」を抜きにしては
縮まらなかったり、、、
向き合って行くのは
どこまでも自分でしかなく
苦しい作業だけど
何かを全力で、伝えようとするということは
たぶん、そういう事で。
誰かに、何かを届けることと
生きることは、なんだか似ている、、
そして、それは最高に
素敵なことだと思う。
ちらっと、おもしろい番組を見た
哲学的な感じの番組
絵本について、おとなが語っている番組
あと、久石譲さん×操上和美さんの対談も。
(音楽家×写真家)
おふたりは、~大衆性と芸術性~
について、語っておられて
直観が第一
観察に基づいた反射がアート(その瞬間の自分を入れる)
自信は毎日失っている、いつも怖い
などなど。
すごく興味深く、ふむふむ。。と聞いた
「わたし」を抜きにしては
響かないこと、、とてもうなずけて
舞台で
頭の中身を形にするとき
頭の中身と、観客との距離を考えつつ
それでも、届けたい「何か」があったり、、、
たとえば法話(ほとけ様のお話)でも。
ほとけ様からの、距離はゼロでも
わたし・わたし達~ほとけ様までの、距離は
やっぱり「わたし」を抜きにしては
縮まらなかったり、、、
向き合って行くのは
どこまでも自分でしかなく
苦しい作業だけど
何かを全力で、伝えようとするということは
たぶん、そういう事で。
誰かに、何かを届けることと
生きることは、なんだか似ている、、
そして、それは最高に
素敵なことだと思う。
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