京都

東本願寺 御影堂門

「春の法要」に合わせて御影堂門楼上が一般公開されています。
御影堂門は明治44年(1911)建立された我が国最大級の二重門。

それでは上がります。
・・・・
・・・・
・・・・
高くないですか?

楼上より「お東さん広場」側

「真宗本廟」扁額
伏見宮貞愛親王による揮毫

楼上に安置された三尊像

欄間の十字斜材格子

楼上より御影堂と阿弥陀堂
次回も東本願寺、の飛地から

東本願寺 御影堂門

「春の法要」に合わせて御影堂門楼上が一般公開されています。
御影堂門は明治44年(1911)建立された我が国最大級の二重門。

それでは上がります。
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高くないですか?

楼上より「お東さん広場」側

「真宗本廟」扁額
伏見宮貞愛親王による揮毫

楼上に安置された三尊像

欄間の十字斜材格子

楼上より御影堂と阿弥陀堂
次回も東本願寺、の飛地から
京都

東本願寺

「京の冬の旅」「宮御殿」と「桜下亭」特別公開です。

今回は「僧侶がご案内する特別拝観」に予約して行きました。

最初は宮御殿。
大宮御所から移築された建物だそうで、美しい大和絵の襖絵と畳の縁が紅色なのが雅な印象。

御影堂を借景とした池泉式庭園

次に桜下亭※撮影不可の為公式よりの引用
霞ヶ関別邸の一部を移したもので、三つの部屋に岐阜別院より移された円山応挙の襖絵がある。
更に奥にはこのツアーでしか入れない茶室がありました。
曲り木の床柱、繰りぬきの書院棚がある八畳の一室です。

最期は能舞台
紅白でadoが歌ったところだそうです。

白書院前の桜

東本願寺

「京の冬の旅」「宮御殿」と「桜下亭」特別公開です。

今回は「僧侶がご案内する特別拝観」に予約して行きました。

最初は宮御殿。
大宮御所から移築された建物だそうで、美しい大和絵の襖絵と畳の縁が紅色なのが雅な印象。

御影堂を借景とした池泉式庭園

次に桜下亭※撮影不可の為公式よりの引用
霞ヶ関別邸の一部を移したもので、三つの部屋に岐阜別院より移された円山応挙の襖絵がある。
更に奥にはこのツアーでしか入れない茶室がありました。
曲り木の床柱、繰りぬきの書院棚がある八畳の一室です。

最期は能舞台
紅白でadoが歌ったところだそうです。

白書院前の桜
京都は堀川通寺之内

興聖寺
通称は「織部寺」と呼ばれています。

古田織部像

降り蹲踞
昭和時代に造られた。脇には織部燈籠も。

織部流お茶席
さて今回は、こちらで呈茶があるとの事でうかがいました。
「織部流」とありますが、織部流も色々な流派があるようでこちらは「織部流古織会」なのだそうです。

擇木寮
こちらでお茶席がありました。

内部の様子。吊釜です。

床
香炉や花入は織部焼。

鎧櫃・胡床点
織部が名護屋城にて武将を招き鎧櫃を台に、胡床に腰掛けて点茶をしたと伝わるそうです。

古田織部の家紋「丸に扇(地紙)」紋が施されている。

楯筏(胡床点)
こちらは矢楯を2つ並べ筏状に組んだ上で点茶をおこなうのだそう。野点を意識しているのだとか。

胡床と丸華台

お菓子です

お茶です。茶碗は黒織部です。

擇木寮からお庭を眺めます。
武家茶道をかなり意識されている内容でした。

興聖寺
通称は「織部寺」と呼ばれています。

古田織部像

降り蹲踞
昭和時代に造られた。脇には織部燈籠も。

織部流お茶席
さて今回は、こちらで呈茶があるとの事でうかがいました。
「織部流」とありますが、織部流も色々な流派があるようでこちらは「織部流古織会」なのだそうです。

擇木寮
こちらでお茶席がありました。

内部の様子。吊釜です。

床
香炉や花入は織部焼。

鎧櫃・胡床点
織部が名護屋城にて武将を招き鎧櫃を台に、胡床に腰掛けて点茶をしたと伝わるそうです。

古田織部の家紋「丸に扇(地紙)」紋が施されている。

楯筏(胡床点)
こちらは矢楯を2つ並べ筏状に組んだ上で点茶をおこなうのだそう。野点を意識しているのだとか。

胡床と丸華台

お菓子です

お茶です。茶碗は黒織部です。

擇木寮からお庭を眺めます。
武家茶道をかなり意識されている内容でした。
京都は京都御苑の一角

拾翠亭

五摂家の一つ九条家の屋敷の遺構で、築造時期は明らかではないが約200年ほど前の建築と考えられています。

蹲踞

それでは中へ

広間
十畳。七畳半の次の間が続く。

床
床柱は桜の皮付

広縁から九條池を眺める。
次は二階

二階広間
十一畳半

踏込床に、床脇には天袋が設けられている。
一階に戻ります

水屋

小間の茶道口と給仕口

三畳中板入の席

点前座

床
床柱は百日紅の曲がり木で床框は黒柿。

三畳中板入の席の外観

露地庭の四阿
屋根の上部にいるのはシーサー像。
数少ない貴族茶室の遺構。東博にある九条館も元はこちらにあったそうで元々の規模はどれだけだったのか想像してしまいます。

拾翠亭

五摂家の一つ九条家の屋敷の遺構で、築造時期は明らかではないが約200年ほど前の建築と考えられています。

蹲踞

それでは中へ

広間
十畳。七畳半の次の間が続く。

床
床柱は桜の皮付

広縁から九條池を眺める。
次は二階

二階広間
十一畳半

踏込床に、床脇には天袋が設けられている。
一階に戻ります

水屋

小間の茶道口と給仕口

三畳中板入の席

点前座

床
床柱は百日紅の曲がり木で床框は黒柿。

三畳中板入の席の外観

露地庭の四阿
屋根の上部にいるのはシーサー像。
数少ない貴族茶室の遺構。東博にある九条館も元はこちらにあったそうで元々の規模はどれだけだったのか想像してしまいます。