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ルーツを求めて

神社・磐座・歴史・音楽など気になっていることを気ままに載せていきます

新年明けましておめでとうございます

2012-01-01 13:39:15 | 日記

今年もマイペースでやっていきたいと思います。年末には愛知県の蒲郡市を訪れ、須田郡司さんの本で紹介されている磐座を見てきました。写真は蒲郡市拾石というところにある大巌神社の磐座です。

豊受大神は古代イスラエルの神

2011-12-25 10:47:48 | 日記
 今から20年近く前のことになります。以前から日本古代史に興味があった私は澤田洋太郎著『ヤマト王朝は渡来王朝』(新泉社)を読んでいて驚くべき記述に出くわしました。

「…籠神社(京都府宮津市に鎮座する丹後国一の宮)の責任のある立場の人も、「豊受大神は古代イスラエルの神であり、ユダヤの神宝が伝えられていたが焼失した」という衝撃的なことを言明していることを付記しておく」

 この記述に出会ったことがきっかけで、私は日本とユダヤとの関係についていろいろと調べるようになったのでした。まずは近くの書店に行き、そういうことを扱っている本を探したところ見つけたのが、飛鳥昭雄・三神たける著『失われたカッバーラ「陰陽道」の謎』(学研)でした。この本の内容もかなりショッキングなものでした。日本人のルーツ、神道のルーツについての納得がいく解答が得られ、認識がまったく変わりました。現在も日本とユダヤとの関わりについて情報を集めたり、自分自身で調べに出かけたりしていますが、多くの日本人のルーツが(血統的な意味での)ユダヤ人であるとの確信が深まるばかりです。

須田郡司さんの「世界の石カレンダー」

2011-12-18 13:49:11 | 日記
 先月のことになりますが、知人の須田郡司さんから以下のようなメールをいただきました。須田さんは世界各地を巡り、巨石の写真を撮っておられます。『日本の巨石―イワクラの世界』『日本石巡礼』『世界石巡礼』『日本の聖なる石を訪ねて』などの著作を通じて、巨石の魅力を発信しておられます。


ご無沙汰しております。お元気ですか?
この度、世界の石のカレンダーを自費制作することになりました。
ご案内をさせていただきます。

◎石のカレンダーを東日本大震災の被災地へ200部、お届けします!
3.11(東日本大震災)後、東北の被災地を訪ねました。
いくつかの仮設住宅などを巡りながら、 自分は一体何ができるのかという
思いになりました。私はこれまで日本石巡礼などの活動で東北の石を巡っ
ています。今回の地震や津波でも残った釣石神社、遠野の続石などを確認
しました。石文化の存在は、今後の復興への心の支えになることを強く感じ
ています。そんな時、世界で出会った巨石をカレンダーにして、被災地の
方々へ届けたいと思いました。私は、これまで世界中の多くの巨石と出会い、
石そのものから大きな力をいただいてきました。地球は大きな石の塊と想え
ば、石には根源的なエネルギーがあると思います。石が持っている存在感
は、人々を素直にさせ、和みや勇気や希望を与えてくれるように思うのです。
そこで、この石のカレンダーをご縁のある被災地へ届けて、皆さんが少しでも
元気になっていただければありがたいと願っています。

「2012 VOICE OF STONE CALENDAR PHOTO BY GUNJI SUDA」
B5(縦18.5cm ×横25.7cm) 中綴じ冊子カレンダーで開くと
B4(縦36.4cm ×25.7cm)、28頁
1部、1,000円(税+送料込)

カレンダーの売上は制作費と被災地への発送費用として活用させて
いただきます。宜しければ、ご注文をよろしくお願いいたします。
2011年11月17日 VOICE OF STONE プロジェクト代表 須田郡司 拝

※カレンダーのご注文は次のメールアドレスからお願いします
info◎voiceofstone.com(◎を@に変えて)に変更していただければ、
大丈夫です。


 私もこのカレンダーを注文しました。これを読まれて須田さんの趣旨に賛同された方は注文してみてはいかがでしょうか。



八幡神と契約の箱

2011-12-18 08:48:11 | 日記
 日本には契約の箱があるという説を唱えている人がいます。契約の箱とは『旧約聖書』に記されている、十戒が刻まれた石板を収めた箱のことです。私もその説を信じている一人です。その根拠はいくつかあげられていますが、今は私が以前から興味深く思っていることを書いてみます。
 宇佐八幡宮は「おみこしのふるさと」といわれます。日本に数限りなくあるおみこしの元になったものこそ契約の箱であり、それは宇佐八幡宮にあったと考えられます。なぜなら、宇佐八幡宮の縁起を伝える次のような話が伝わっているからです。
 「和銅5年(712年)、この地に体は一つであるが頭が8個ある翁が出現した。その翁に近づこうとする者は大抵死んだが、大神比義という男が見に行くと翁は金色の鷹、そしてやがて金色の鳩に変化した」
 これを読んだとき、「体が一つであるが頭が8個ある翁」とは契約の箱を表しているのではないかと私は思いました。1つの箱、つまり1つの直方体には頂点が8つあります。「体が一つであるが頭が8個ある」とはそういう直方体の性質を象徴した表現なのだと。
 また、「その翁に近づこうとする者は大抵死んだ」というのも、契約の箱が凄まじい力を持っていることと一致します。旧約聖書によると、契約の箱に触れることができるのは、祭司の家系に生まれたごく限られた人だけでした。ですから、それ以外の人が触れるとたちまち契約の箱から凄まじい力が発せられ、その箱に触れた者は死んだといいます。しかも厳格な掟に従って扱わない人に対してもやはり恐るべき力が発せられたそうなのです。
 どうでしょう。「体が一つであるが頭が8個ある翁」を契約の箱とすると、実にうまく説明がつくのではないでしょうか。
 ところで、宇佐八幡宮の発端を伝える話にはまだ続きがあります。
 「これは神様に違いないと感じた比義はそのまま山中で三年間修業して神の示現を待った。そしてその日。神は三歳の童子の姿で現れた。「辛国の城に始めて、八流の幡(旗)を天降して、吾は日本の神となれり」比義はその地に祠を建て、この八本の旗を伴った神を八幡神と呼んで祀った」
 この続きの部分についてもいずれ解明したいと思っています。

太秦(ウズマサ)はアラム語の「イエス・キリスト」がなまったもの

2011-12-04 08:01:55 | 日記
 広隆寺がある京都の太秦。太秦と書いてウズマサと読む。なんでそう読ませているのか不思議です。『失われた原始キリスト教徒「秦氏」の謎』(飛鳥昭雄・三神たける著、学研)はこの謎を見事に解き明かしています。
 太秦の漢字は、エルサレム教団の首長を意味する称号であると同時に、ローマ帝国の出身であることを表す。そしてウズマサという読み方は、「イエス・キリスト」を意味するアラム語「イシュ・メシャ」がなまったものである、というのです。
 つまり、太秦(ウズマサ)という地名をつけた秦氏のルーツは、イエス・キリスト直系の弟子からなる組織、エルサレム教団だというのです。エルサレム教団は、ユダヤ人がローマ帝国と戦った第一次ユダヤ戦争が始まると、エルサレムの地を離れ、ガリラヤ湖南方、ヨルダン河東岸にあるペラというギリシア人都市へ集団移住。その後行方がわからなくなっています。彼らがシルクロードを通ってついには日本にやってきて定住したということも考えられす。そうだとすれば、秦氏の氏寺である広隆寺にインドや西アジア、ローマ帝国で信仰されたマダラ神、つまりミトラ神が伝わっているのもうなずけます。
 『失われた原始キリスト教徒「秦氏」の謎』では、秦氏の「ハタ」という読み方についても述べています。漢字辞典をひいても「秦」の字には「ハタ」という読み方は載っていません。「ハタ」は「イヤハダ」、つまり「ユダヤ」を意味するアラム語「イエフダー」が変化したもので、イヤが欠落して「ハダ」となり、さらに「ハタ」となった。ちなみに、秦氏と関わりが深い「八幡神」の「ヤハタ」もやはり元は「イヤハダ」である、と述べています。
 話は変わりますが、イエスは12歳のときにエルサレムの神殿で学者や祭司たちと議論を交わしたという話が伝わっていますが、その後宣教を始める30歳までの間どこで何をしていたのかがわかっていません。その間インドを訪れていたという説もあります。『イエスの謎』(学研)は、シカゴ大学神学部のN・リチャード・ゲール博士がイエスのインド渡来説を論じる上でいちばん納得できる証拠としている聖典の存在を紹介しています。それは2世紀に成立したカシュミール地方に残るヒンドゥー教の聖典『バビシャ・マハープラーナ』で、それには外国からきた「神の子」がシャリーバハナ王を訪れて会談したという話が記録されているそうです。異国からの訪問者は、自らを「イシュバラ・プタラム、イシャ・マシー、カニャ・ガルバム」と名乗ったそうです。博士はこのサンスクリット語を次のように訳しています。「処女から生まれた(カニャ・ガルバム)、神の子(イシュバラ・プタラム)、メシヤ・イエス(イシャ・マシー)」。この聖典はサンスクリット語の辞典にも載っており、確かに実在する文献なのだということです。
 この異国からの訪問者が自ら名乗ったという名前の中にも「イシャ・マシー」(メシヤ・イエス)が入っています。イエスの弟子の末裔である秦氏は、イエスが名乗っていた「イシュ・メシャ」「イシャ・マシー」という名をこの日本に伝え、地名に残したのではないでしょうか。