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ルーツを求めて

神社・磐座・歴史・音楽など気になっていることを気ままに載せていきます

弥勒菩薩=ミトラ=イエス・キリスト

2011-11-26 08:56:39 | 日記
 古代ローマ帝国では、ミトラ教がミトラス教と呼ばれる独特な密儀を行う宗教へと発展します。ミトラス教の主神ミトラスは太陽神なのですが、これがイエス・キリストとよく似ているのだそうです。『失われた地底王国「シャンバラ」の謎』(飛鳥昭雄・三神たける著、学研)では「ミトラス、すなわちミトラの正体はヤハウェであり、イエス・キリストなのだ。古代アーリア人が絶対神ヤハウェを指して、ミトラと呼んだのだ。彼らの中にも預言者がおり、イエス・キリストが降臨することを予言し、その儀式を伝えていたのである」と指摘しています。だとすると、弥勒菩薩はマイトレーヤ、つまりミトラなのですから、弥勒菩薩はイエス・キリストでもあることになります。
 細かい点を端折ってしまいましたが、私は仏教もキリスト教もルーツをたどっていくと結局共通のところに行き着くのだと思っています。このあたりのことについては機会があればまた書きたいと思います。

マダラ神はミトラ神

2011-11-23 09:54:59 | 日記
 以前から気になっていたことに、マダラ神のルーツがあります。マダラ神とは、京都の太秦にある広隆寺で行わる牛祭りの中で、仮面をつけ牛に乗って登場する神です。かつては、広隆寺の境内社である大酒神社の祭りとして行われていたそうです。『仏尊の事典』(学研)には「比叡山常行堂の後戸に祀られる天台宗念仏法門の守り神とされる」とありますが、あまり聞きなれない名前の神様です。 
 この神のルーツに関する興味深い記述を2つ紹介します。
 1つは、『秦氏の秘教』(菅田正昭著、学研)の中で、「竹内氏(竹内健氏、劇作家)はオリエント学に造詣が深く、「魔多羅神はミトラ神だよ」と熱っぽく語っていたことを記憶している」というものです。
 もう1つは、以前から読んでいた『古代ユダヤの暗号』(月海黄樹・石沢貞夫著、日本文芸社)の中の「魔陀羅の色は、ペルシャにおける最高神を表わす色であり、広隆寺の本尊が弥勒菩薩であることから考えると、この牛にまたがっている魔陀羅が、ミトラであることは間違いない」という記述です。
 たしかに、マダラとミトラ、音が似ています。ミトラとは『広辞苑』によると、インド・イラン人の神で、リグ・ヴェーダでは契約と友愛の神であり、ペルシアにおいても契約の神であったそうです。ローマに入ってミトラ教の主神となり、ローマ帝国全域に広まりましたが、キリスト教に圧迫されて衰えたとのことです。
 しかも、このミトラが仏教に入り、マイトレーヤ、つまり広隆寺の本尊である弥勒菩薩となるのです。広隆寺は秦氏の氏寺ですが、秦氏は大陸にルーツを持つ渡来人です。マダラのルーツがミトラであるなら、秦氏のルーツもインドかペルシヤかローマ帝国に求めることができます。さらに秦氏の秦の字を含んだ大秦は、中国の後漢の時代において古代ローマ帝国を表していたそうです。秦氏のルーツについてはまた書きたいと思います。

祇園守紋について

2011-11-21 21:21:57 | 日記

 それにしても、祇園守紋というのは複雑で謎めいた紋章です。この紋章から今私が読み取れることは、①十字が描かれていること、②十字を形作っているのは何か重要な2つの巻物であること、③蛇が描かれていること、の3つだけです。
 十字といえばキリスト教です。とすれば、交差している2つの巻物とは「旧約聖書」と「新約聖書」なのでしょうか。そういえば、蛇は日本の神話にも出てきますが、聖書の中にも重要な存在として登場します。
 この紋章はいつから使われていたのでしょう。もしキリスト教が日本に伝来する16世紀よりも前に使われていたのだとすると、イエズス会が日本にキリスト教を伝える前にすでに日本にキリスト教が伝わっていて、それを信じる人々がいたということになるのかもしれません。

祇園守紋と鈴鹿明神社

2011-11-20 16:51:14 | 日記
 
 
 今日、相模の古社、有賀神社の元宮とそのすぐそばの湧水地、それから座間神社を訪れたあと、鈴鹿明神社を訪れました。以前から気になっていたのですが、この神社は「祇園守紋」と呼ばれる変わった紋を使用しています。巴紋と木瓜紋が京都の八坂神社(祇園社)の表の紋章とすれば、祇園守紋はいわば裏の紋章なのだそうです。確かに以前八坂神社を参拝した際にも、境内でこの紋を見つけることはできませんでした。
 ところが、鈴鹿明神社に実際に行ってみると、この祇園守紋を境内のあちこちで目にしました。興味深いことに神社名が刻まれた碑にも三つ巴紋と並んで祇園守紋が刻まれていたのですが、神社の名前を示す文字は八坂神社の宮司によるものだということでした。いったい鈴鹿明神社と八坂神社はどういう関わりがあるのでしょうか。

 
 参集殿でご朱印をいただいた際に、この神社の由緒が記されたものをいただけないかとお願いしたのですが、あいにく全部配ってしまって今はないとのことでした。謎めいた祇園守紋。それを隠すことなく至るところに使っている鈴鹿明神社。どちらも興味をそそられます。