Kanako days

日々の思い・・・from Kanako

自己矛盾かな。

2008年11月13日 | Weblog
先月「オメデタク」性別が女になったけど、性同一性障害の当事者活動はまだ続けている。テレビに出ることもあるし、取材されたりということもある訳だけど(ちょっとだけ、ネ)それ以上に大きな比重を占めているのが「それいゆミーティング」という、当事者を中心としたワークショップ。

当事者中心とは言っても、あくまでも「中心」なだけで、そうでない人達も大勢やってくる・・・ったって、毎回の参加者は20名程度の、こじんまりとした集まりだけど、毎月行なっていて、毎月やってきてくれる人も多くなったなぁ・・・と、つくづく。

でも、今、このワークショップが問題になってしまっている。参加者が余りに「受け身」で、何もかもを主催側でおぜん立てしてあげないと、黙祷するだけの集まりになってしまいかねないから。

もともとこのワークショップを提案したのは私だった。東京で毎月行なわれている「T'Sキッチン」を、福岡でもできないだろうか・・・と、思ったのがきっかけ。それまでは当事者たちが集まって何か話をするにしても、お酒を飲みながらでしか行なえなかったのを、お酒抜きで昼日中にやってしまおうよというものだったから。そして、その場に当事者ではない人達にも来てもらい、外から見た当事者の姿に気付いて欲しいという思いがあったから。

でも、スタッフで意見を出しあっているうちに、フリートークのワークショップという目的からはずれて、テーマ別のワークショップという形になってしまった。しかし、みんなで決めたことは仕方がない・・・とにかくやってみようよと始めたのが半年ほど前・・・でも、半年経っても状況は変わらないままで、ワークショップはマンネリ化していく一方になっている。そして、私達スタッフはその傾向に手を打てないでいる・・・

私なんかもう当事者として活動すべきではないのかもしれない、だって、当事者じゃなくなってしまったから。女と同居しているから、見ようによっては相変わらず「セクマイ」の中にいるのかもしれないけど、私自身は男性を好きになる可能性だってある訳で、そうなるとただの「マジョリティ」の一人になってしまう。そして、私はやはり女社会に埋没して生きていきたい、静かに暮らしていきたいという思いを持っている。なのに、当事者活動である。ちょっとかもしれないけどメディアに姿を晒したり、集まった人達の前で自身の「当事者」としての過去を話さなければならないのは、つらいことだし、出来ればしたくないという思いはある。でも、過去を切り捨てて生きていくことは出来ない、男性だった、男の子だったという過去を持っているかもしれないが、その過去の上になり立っているのが今の私なのだから、切り捨てることは出来ないという信念がある。そして、なによりワークショップを提案したのはこの私だ、なんとしても続けていく・・・一定の役割を終えたと思えるまで、何らかの成果を得るまで続ける責任があると思っているから、参加し続けている。

でも、これだけメディアで取り上げられ、社会的関心をひいたという事では、ワークショップを開催して一定の成果を達成したのかもしれない・・・これだけ情報が簡単に取り出せる世の中になっているのだから、いちいちワークショップを開催する必要はなくなっているのかもしれない。そう言った意味ではそろそろ見直しの時期なのかもしれないのかな・・・と、感じている。