わが故郷青森県に奇妙なスポットがある、 青森県三戸郡新郷村にある「キリストの墓」である。
なんで「キリストの墓」とよばれるようになった経緯を説明しよう。
昭和10年、新郷村に竹内巨麿なる皇祖皇太神宮の管長と名乗る人物が現れ、「竹内家に伝わる古文書にキリストがこの村で106歳の天寿を全うしたとの記述がある」と説き、沢口家の敷地にあった「2つの土まんじゅう」を見つけ右側をキリストの墓「十来塚」左側をキリストの弟イスキリの墓「十代墓」であると断言してしまったのが始まりである。
ただの二つの土まんじゅうキリストの墓、キリストの弟イスキリの墓と決め付けるのはかなり強引である、かなり胡散臭い。
しかもその竹内家に伝わる古文書なるものは「竹内文書」と呼ばれるもので、新興宗教団体である「天津教」の教典でもあるものでこれ自体がかなり胡散臭い。
それは神代文字で記された文書とそれを武烈天皇の勅命により武内宿禰(たけのうちのすくね)の孫の平群真鳥(へぐりのまとり)が漢字とカタカナ交じり文に訳したといわれる写本群と文字の刻んだ石、鉄剣など一連の総称で要は聖書のように日本の歴史とかを記したもので、平群真鳥の子孫であるとされる竹内家に養子に入ったとされる竹内巨麿(たけうちきよまろ)が昭和3年(1928年)3月29日文書の存在を公開した。
その内容はかなりトンデモである。
* ビッグバンさえ起こっていない紀元前3175億年に上古初代天皇が存在し、上古2代天皇の在位が320億年に達している(もっとも上古天皇では天皇の名前は世襲であり、1代=数十人だとしているが)。
* 「イスキリス」(イエスキリストとされる)が十字架上で死なずに来日しキリストの墓が青森県の戸来村(現在の新郷村)にある、モーセの十戒は実は表十戒、裏十戒、真十戒が天津教の神宝として天津教が所有し天皇が来日したモーゼに授けモーゼの墓が石川県の押水町に存在している、釈迦も来日したなど世界の大宗教教祖はすべて天皇に仕えたことになっている。
* 皇祖皇太神宮(富山県)が全世界の中心である。
* 「天浮舟」という飛行機や「ヒヒイロカネ」というオリハルコンを思わせる金属が登場している。
* 不合69代神足別豊鋤天皇の代にミヨイ、タミアラが陥没した(なおこのミヨイ、タミアラの文字は昭和15年10月の『天国棟梁天皇御系図宝の巻き前巻・後巻』児玉天民著が初出である)とムー大陸(昭和13年6月号の『神日本』の「陥没大陸ムー国」が日本での初期紹介)やアトランティス大陸を思わせる記述がある。
* 3000億年以上前の上古2代天皇の時代に16人の弟妹たちが全世界に散らばり、彼らの名前は今も地名として残っているという。その中には「ヨハネスブルク」「ボストン」「ニューヨーク」といった名前が見られる。
* 約3000年前のウガヤフキアエズ64代の時代に皇子31名と皇女43名が巡幸し、長である万国巡知彦尊が知勇大力で外敵を制圧したのが「桃太郎」の起源だという。
ウィキペティアより引用、詳しくは竹内文書 - Wikipedia参照されたし!
かなり胡散臭い内容であり信用ならないが、それ以外に様々な証拠とされるものがある。
* 墓のある丘はもともと沢口家のもので伝わるその沢口家の家紋はユダヤのシンボル「ダビデの星」と酷似しており、沢口家は、キリストの子孫といわれている。
* 村(青森県南と岩手県北)に伝わる盆踊り歌「ナニャドヤラ」、その歌詞は、「ナニャードヤレー ナニャドナサレデア ナニャドヤラヨー」というもので、これをヘブライ語として訳すと、「聖前に主を讃えよ、聖前に主は逆賊を掃討したまえり 聖前に主を讃えよ」。「神のもとに、自分の軍は敵をやっつけたのだ。自分たちの大将を誉め称えよう」という意味になるのだという。
* この地方では、父親のことを「アダ」「アヤ」「ダダ」、母親のことを「アバ」「アパ」などと呼ぶ。これはそれぞれ、「アダム」と「イブ」のなまったものであるという。
* 子を初めて戸外に出すときに子供の額に墨で十字を書く
* 手足が痺れたとき人差し指にツバをつけて額に十字を三回書くと痺れがなおる。
まあ最初の根拠が胡散臭い「竹内文書」なので後付けっぽいので、どちらにせよ信用できないが、ただ「複数の墓がある可能性」というものがある。骨などを分割すると墓はいくつでも作ることが出来るので、イエスの墓が複数見付かっても不思議ではないのである。
例として仏教の開祖の釈迦の骨はすぐに36に分割され別々に墓が作られた。その後それらは米粒の大きさにまで分割され、アジア各地に墓が作られ日本にもそれは存在する。それは墓とは呼ばれず仏舎利塔、ストゥーパ、などと呼ばれる。ただ全ての仏舎利塔が本物の釈迦の骨を含むわけではないそうだが。
結局胡散臭さばかりのようで、あまり信用性はないが、まあなんとも魅力あるロマンあふれるミステリーではないだろうか?
実際に私も幼いころ実際に新郷村にある「キリストの墓」に言ったことがある、そのときはこのような知識はなく「あのキリストの墓かもしれないんだ!」と素直にワクワクでいっぱいだった。
そのワクワクは今では薄れている気がする、そんな「ワクワク」をもたらしてくれた「キリストの墓」は魅力あるスポットだと思っている。
ちなみに私はそのあと青森県三沢市にある仏沼沼付近で「ガリレオの墓」なるものを発見し、さすがにガリレオはありえないので「キリストの墓も同じようなものか・・・」と幻滅してしまった。ガリレオの墓は誰も知らないんだよなぁ・・・辺境にあるし、明らかに胡散臭すぎるからかなぁ・・・?
参考サイト
山根:キリストの墓紀行
キリストの墓 - Wikipedia
キリストの墓
なんで「キリストの墓」とよばれるようになった経緯を説明しよう。
昭和10年、新郷村に竹内巨麿なる皇祖皇太神宮の管長と名乗る人物が現れ、「竹内家に伝わる古文書にキリストがこの村で106歳の天寿を全うしたとの記述がある」と説き、沢口家の敷地にあった「2つの土まんじゅう」を見つけ右側をキリストの墓「十来塚」左側をキリストの弟イスキリの墓「十代墓」であると断言してしまったのが始まりである。
ただの二つの土まんじゅうキリストの墓、キリストの弟イスキリの墓と決め付けるのはかなり強引である、かなり胡散臭い。
しかもその竹内家に伝わる古文書なるものは「竹内文書」と呼ばれるもので、新興宗教団体である「天津教」の教典でもあるものでこれ自体がかなり胡散臭い。
それは神代文字で記された文書とそれを武烈天皇の勅命により武内宿禰(たけのうちのすくね)の孫の平群真鳥(へぐりのまとり)が漢字とカタカナ交じり文に訳したといわれる写本群と文字の刻んだ石、鉄剣など一連の総称で要は聖書のように日本の歴史とかを記したもので、平群真鳥の子孫であるとされる竹内家に養子に入ったとされる竹内巨麿(たけうちきよまろ)が昭和3年(1928年)3月29日文書の存在を公開した。
その内容はかなりトンデモである。
* ビッグバンさえ起こっていない紀元前3175億年に上古初代天皇が存在し、上古2代天皇の在位が320億年に達している(もっとも上古天皇では天皇の名前は世襲であり、1代=数十人だとしているが)。
* 「イスキリス」(イエスキリストとされる)が十字架上で死なずに来日しキリストの墓が青森県の戸来村(現在の新郷村)にある、モーセの十戒は実は表十戒、裏十戒、真十戒が天津教の神宝として天津教が所有し天皇が来日したモーゼに授けモーゼの墓が石川県の押水町に存在している、釈迦も来日したなど世界の大宗教教祖はすべて天皇に仕えたことになっている。
* 皇祖皇太神宮(富山県)が全世界の中心である。
* 「天浮舟」という飛行機や「ヒヒイロカネ」というオリハルコンを思わせる金属が登場している。
* 不合69代神足別豊鋤天皇の代にミヨイ、タミアラが陥没した(なおこのミヨイ、タミアラの文字は昭和15年10月の『天国棟梁天皇御系図宝の巻き前巻・後巻』児玉天民著が初出である)とムー大陸(昭和13年6月号の『神日本』の「陥没大陸ムー国」が日本での初期紹介)やアトランティス大陸を思わせる記述がある。
* 3000億年以上前の上古2代天皇の時代に16人の弟妹たちが全世界に散らばり、彼らの名前は今も地名として残っているという。その中には「ヨハネスブルク」「ボストン」「ニューヨーク」といった名前が見られる。
* 約3000年前のウガヤフキアエズ64代の時代に皇子31名と皇女43名が巡幸し、長である万国巡知彦尊が知勇大力で外敵を制圧したのが「桃太郎」の起源だという。
ウィキペティアより引用、詳しくは竹内文書 - Wikipedia参照されたし!
かなり胡散臭い内容であり信用ならないが、それ以外に様々な証拠とされるものがある。
* 墓のある丘はもともと沢口家のもので伝わるその沢口家の家紋はユダヤのシンボル「ダビデの星」と酷似しており、沢口家は、キリストの子孫といわれている。
* 村(青森県南と岩手県北)に伝わる盆踊り歌「ナニャドヤラ」、その歌詞は、「ナニャードヤレー ナニャドナサレデア ナニャドヤラヨー」というもので、これをヘブライ語として訳すと、「聖前に主を讃えよ、聖前に主は逆賊を掃討したまえり 聖前に主を讃えよ」。「神のもとに、自分の軍は敵をやっつけたのだ。自分たちの大将を誉め称えよう」という意味になるのだという。
* この地方では、父親のことを「アダ」「アヤ」「ダダ」、母親のことを「アバ」「アパ」などと呼ぶ。これはそれぞれ、「アダム」と「イブ」のなまったものであるという。
* 子を初めて戸外に出すときに子供の額に墨で十字を書く
* 手足が痺れたとき人差し指にツバをつけて額に十字を三回書くと痺れがなおる。
まあ最初の根拠が胡散臭い「竹内文書」なので後付けっぽいので、どちらにせよ信用できないが、ただ「複数の墓がある可能性」というものがある。骨などを分割すると墓はいくつでも作ることが出来るので、イエスの墓が複数見付かっても不思議ではないのである。
例として仏教の開祖の釈迦の骨はすぐに36に分割され別々に墓が作られた。その後それらは米粒の大きさにまで分割され、アジア各地に墓が作られ日本にもそれは存在する。それは墓とは呼ばれず仏舎利塔、ストゥーパ、などと呼ばれる。ただ全ての仏舎利塔が本物の釈迦の骨を含むわけではないそうだが。
結局胡散臭さばかりのようで、あまり信用性はないが、まあなんとも魅力あるロマンあふれるミステリーではないだろうか?
実際に私も幼いころ実際に新郷村にある「キリストの墓」に言ったことがある、そのときはこのような知識はなく「あのキリストの墓かもしれないんだ!」と素直にワクワクでいっぱいだった。
そのワクワクは今では薄れている気がする、そんな「ワクワク」をもたらしてくれた「キリストの墓」は魅力あるスポットだと思っている。
ちなみに私はそのあと青森県三沢市にある仏沼沼付近で「ガリレオの墓」なるものを発見し、さすがにガリレオはありえないので「キリストの墓も同じようなものか・・・」と幻滅してしまった。ガリレオの墓は誰も知らないんだよなぁ・・・辺境にあるし、明らかに胡散臭すぎるからかなぁ・・・?
参考サイト
山根:キリストの墓紀行
キリストの墓 - Wikipedia
キリストの墓