波の中へ

連続HC戯曲、歌詞対訳、クラストコア、ノイズコア、USコア、ジャパコアなど、なんでもかんでもな内容のブログです!

祝!DOOM来日記念その6!!(歌詞対訳付き)

2017-03-12 03:56:05 | 祝!DOOM来日記念!!(歌詞対訳付き)

ANTI-SECT オフィシャル・サイトから、本当に返信は来るのか!?

 

ブログ『波の中へ』。

いつも、 し〜ん  としている。

 

この静けさが良い。

贅沢な空間。

 

“IN SILENCE, THERE IS NO…..CHANNEL 47.”

 

ここで、ダンボール箱からドラゴン登場!

 

 

うむむ! 確か一頭だったはずだが、何年振りかで姿を現わすと、いつの間にか増殖していた。

脱皮だか細胞分裂だか、はたまた激熱的精神分裂か、そんなことはどうでもいい。

なんとなく首の辺りが黒ずんでいるのは、もしかして、インク壺(PILOT:製図用)の底で泳いでいたヤゴを食べ過ぎたのか?

(※コピー裏に貼った両面テープにゴミがひっついて黒く透けてしまった)

 

よし、ドラゴンよ、今夜、名前を付けてやろう。

君の名は、 “Black Yagoss”。

決して、希望ではない。(いま、知らなくていいし)

 

「47」(ルーツ)から「0」(原点)へ。

歌詞対訳を下に掲載。

 


CHANNEL ZERO (REALITY)       ANTI-SECT      

 

WE CALL IT TELEVISION. IT COULD BE USED AS THE GREATEST

私たちはそれをテレビと呼ぶ。それはいま存続する情報を大量に伝達する最大

FORM OF MASS COMMUNICATION OF KNOWLEDGE THAT IN THE

の表現形式として利用されている。

PRESENT DAY. HOWEVER, WHAT WE SEE ON OUR SCREENS IS

とはいえ、わたしたちが画面で見ていることは、

MERELY A VERY ACUTE REFLECTION OF THE PATH THAT

「自分の」情報不足のために信じ込んでしまう人間の道や、

MANKIND HAS TAKEN IN “HIS” SHORT AND SOMEWHAT ERRATIC

いくぶん常道を逸脱した存在を真に受けたりする人間の進路を

EXISTENCE. IS IT NOT IRONIC THAT THE KNOWLEDGE AND

単に抜け目なく感じやすい影にしたものに過ぎない。

TECHNOLOGY THAT BROUGHT FORTH THIS MARVELLOUS

人類の進歩よりも前に位置する努力の一部を

INVENTION COULD NOT BE PUT TO FURTHER USE IN THE FIELD OF

排除する分野においてはこの驚くべき

ELIMINATING SOME OF THE STRUGGLES THAT STAND BEFORE

発明を産み落としてきた知識や科学技術が、

THE PROGRESSION OF HUMANITY? FOR EXAMPLE LEARNING TO

一向に利用されてこなかった。たとえば周囲を取り巻くものと

LIVE IN TRUE COHESION WITH OUR ENVILONMENT, AND RIDDING

本当につながりのある生活を身につける一方で、

OURSELVES OF THE BURDENS OF POVERTY, INEQUALITY AND

貧困や不平等や強欲に対する責任を取り除いている。

GREED. LIKE MANY OTHER “ADVANCEMENTS” IN THE PRACTICE

あたかも他の多くの人文科学という実践における「前進」のように

OF HUMAN SCIENCE. TELEVISION HAS BEEN PUT TO USE IN A

全くテレビは退化する一面においてのみ利用され続けている。

WHOLLY RETROGRESSIVE WAY. FAR FROM ENHANCING THE

生活の質の向上を図るどころか

 

QUALITIES OF LIFE, ITS POSSIBLE BENEFITS HAVE BEEN LARGELY

反対にその恩恵の可能性をたいてい見逃している。

OVERLOOKED. WHAT WE ARE LEFT WITH IS THE MIRROR IMAGE

後に残されることといえば、

OF OUR OWN SHALLOW AND PRETENTIOUS LITTLE “WORLDS” WE

薄っぺらな一般概念を再現したり、

LAUGH, WE CRY, WE FEEL HATRED, WE FEEL LOVE, AS WE ABSORB

わたしたちがおもしろがったりすすり泣いたりまたは憎悪や慈悲を感じる

OURSELVES WITHIN THE CHARACTERS PORTRAYED ON THE

この偽りのつまらない「憂き世」を模倣したりすることである。

SCREEN, WHEREAS IF WE WERE TO TAKE A STEP SIDEWAYS, WE

すなわち画面に映された特性に感化されてしまうので、

MIGHT RECOGNISE THE CHARACTERS AS BEING SEVERAL SHADES

仮に一歩でも横に動いたとしても、自分たちを個別の存在として

OF OURSELVES. TELEVISION TO MOST, IS REGARDED AS A

明確に理解することができない。多くの人々にとってテレビは

PRIMARY SOURCE OF ENTERTAINMENT, RATHER THAN ONE OF

教養や啓蒙の実現のひとつというより

MANY POSSIBLE FORMS OF EDUCATION OR ENLIGHTMENT, WE

楽しい気晴らしの拠り所として重要視されている。

ALLOW OURSELVES TO SWITCH OUR OWN MINDS OFF, AND WE

わたしたちは自分たちが創造的思考力を失っていくのを許し、

PLUG INTO THAT OF ANOTHER, ON THE WHOLE, TELEVISION DOES

好みを別なところへ転化させていく。

NOTHING MORE THAN PUT INTO PERSPECTIVE OUR OWN

つまりテレビは私たち自身の欠点を全体的につかむことが

SHORTCOMINGS.

できないのである。

 

TURN AWAY FROM THE CATHODE RAY AND FACE REALITY,,,,

ブラウン管を追っ払ってしまえ。現実を直視するんだ。

A WORLD OF GREED, PRETENCE, AND FEAR AND MISERY.

貪欲で見せかけの世界や恐怖に悲観という事柄を‥‥。

THE FOCAL POINT OF VIEW IS THE MEANS FOR OUR ESCAPE,

ものの見方の中心に、この現実逃避という方法しかなければ

AND UNTIL WE REALISE THIS PROBLEM, THE SHOW REMAINS

この問題を実感するまではテレビ番組が同じ「たれ蔵」状態

THE SAME.

である。

 

 

ゼロ・チャンネルの実況中継。

虚空間。

まぶたに広がる重々しくも、

打ち負かされた狂気———  

 

Cheers!

 



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