労働再審シリーズの最終巻。本書は、福祉国家のもとで周辺化された人々とのかかわりから労働と生存権の関係を問い直し、現在の雇用の質が劣化した状況を踏まえ、あらためて労働と福祉の接続のあり方を模索するものである。
このうち、第1章の遠藤美奈の論文では、「「健康で文化的な最低限度の生活」とは何か」と題し、生存権と労働について論じている。憲法25条は「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とし、いわゆる生存権を定めたものである。では、ここでいう「健康で文化的な最低限度の生活」とはそもそも何なのか。それは、単に人間が自然的な存在としてのみ生きるもの、生物としての生存を維持できているという程度のものではなく、人間に値する生存と言い得るものを可能とする程度のものでなければならない。経済的に自立しているかどうかだけでなく、生存権や社会権が絡み、個人の尊重や幸福追求権の保障が認められるのである。
この権利が労働関係をも規律するということは言うまでもない。労働条件の最低基準を定める労働基準法1条では「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」と定められており、同様に、最低賃金法9条および労働安全衛生法23条でも規定されている。これらは、憲法25条の理念を労働関係の場に具体化しようとするものと理解されているのだと、著者は強調する。
そして、最後に「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の視点から、労働の現状を考察している。第一に、勤労で維持される生活は人間らしい生活でなければならず、これに関しては賃金と労働時間が関係してくる。すなわち、賃金が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むに十分な水準であり、労働時間が心身の健康を保つことができ、社会生活や家族生活を営めるものでなければならない。この点で、著者はワーキングプアや低賃金からのダブルワークなどを例に挙げ、フルタイムで就労する労働者が税金や保険料などを負担した上で、人間らしい生活がおくれる水準での賃金の引き上げが課題だとしている。第二に、労働環境そのものでも「健康で文化的な最低限度の生活」はかなえられるべきものとし、長時間労働や過重労働を問題として挙げている。それらを原因とする過労死や過労自殺は、働かせ方に原因がある。そのような働かせ方に対して、労働者保護立法の制定はもちろん、その内容が「健康で文化的な最低限度の」労働基準から使用者が逸脱することを実際に阻止できるものでなければならない。
長時間労働をはじめ、過労死や職場うつなどが問題となるなかで、労働と生存権について考えるうえでは興味深い一冊である。
編集部スタッフ(POSSEでの参加歴1年半)
◆書誌情報
山森亮編『労働と生存権 労働再審6』
出版年月日:2012/01/20
ISBN:9784272301867
ページ数:4272ページ
定価 :本体2,600円+税
目次
序章 福祉国家における生存権と労働(山森亮)
1章 「健康で文化的な最低限度の生活」とは何か(遠藤美奈)
2章 社会保障・社会福祉における排除と包摂(堅田香緒里)
3章 年金権の国際比較からみた貧困とケア労働(田宮遊子)
4章 障害・労働・所得保障(岡部耕典)
5章 ワークフェアと生存権(小林勇人)
6章 最低賃金と給付付き税額控除(村上慎司)
4章 保険料支払い困難者の年金
5章 最低賃金と給付付き税額控除(村上慎司)
7章 私たちはいたるところ隠れたるこの「分有」を見いだす(入江公康)
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