今回は『POSSE』vol.17に掲載された濱口桂一郎さん(独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員)と、今野晴貴(NPO法人POSSE代表)の対談企画の一部を紹介します。
今野が『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)を出版したのは記憶にあたらしいところですが、2012年の後半は「ブラック企業」という言葉がメディアに取り上げられる頻度も増え、社会的な広がりを持つようになってきています。こうした状況の中で、ブラック企業を批判する言説には、悪徳な経営者へのバッシングという性質のものや、ジャーナリスティックな問題関心から報道されるものも多いです。
対談では、こうした表面的な批判や論評ではなく、理論的な視座をもって議論がなされ、ブラック企業問題への対案として重要になるのは契約の限定とノンエリート論だと述べられています。
濱口「ここに触れないと絶対にブラック企業の問題が解決しないと思っていることがあります。それは、エリート論をエリート論とし撃沈と立てろということなんです。つまり、日本では、本当の一部のエリートだけに適用されるべき、エリートだけに正当性のあるロジックを、本来はそこに含まれない、広範な労働者全員に及ぼしています」。(p.131)
今野「現在では、正社員とはまったく違う仕組みであるはずの非正規雇用の中なかでも、契約内容が日本型正社員と同じように崩され、無限定に命令されてしまう状況にひきずられています。正社員とは仕事内容も待遇も違う働き方を主張することが、実は一番、労働者の権利を擁護する主張なのではないかということだと思います」。(p.133)
濱口「釣り合いがとれている一部のエリートのあり方を、あたかも全体の姿であるかのごとく、欧米のサラリーマンはこうなるんだと持ち出すと、課長になれる3割にどうやって入るんだという脅しのロジックになります。結局、いままでの日本型システムはダメなんだという議論が、一見日本型システムを否定するようにみえて、実は日本型システムの根幹の部分を維持することによって、かえってブラック企業現象を増幅している。そこのところをきちんと批判しないといけないと思いますね」。(p.134)
今野「ブラック企業に対する対案はノンエリートでなければなりません。とにかく3割しか残れないという仕組みの話を議論する(※)のではなく、切り離された7割の人たちのための雇用システムを議論していけばよいということだと思います」。(p.134)
(※城繁幸『7割は課長にさえなれません』PHP新書)
ブラック企業の定義について、今野はひとまず「日本型雇用からの逸脱」と規定しています。すなわち、従来の正社員であれば日本型雇用システムの枠内で雇用保障がなされ、高処遇にあり、その対価として広範な指揮命令権のもとでの過剰な労働を受け入れるという「釣り合いのとれた」関係がありました。しかし、現代のブラック企業では正社員ですら離職に追い込まれるように、雇用保障がなくなっているが過剰な労働を行なわなければいけないという関係に変化してきています。
こうした広範な指揮命令権の根底にあるのは、雇用契約が職務に基づいていないために、契約内容が実質的に無限定となっていることです(詳細は濱口桂一郎『新しい労働社会』などを参照)。この前提に立ち、ブラック企業問題を克服するため必要なのは、政策的に雇用契約の内容を明確化すると同時に限定をかけることと、無限定の労働が伴う従来の正社員モデルではなく、高処遇ではないが雇用契約が限定された新しい正社員として「ノンエリート論」を立てることの二つだというのが対談で両者の主張が一致したところでした。
ノンエリート論については、昨今注目を集めつつあり、常見陽平『僕たちはガンダムのジムである』や熊沢誠『労働組合運動とはなにか――絆のある働き方をもとめて』といった書籍でも論じられています。ブラック企業への対案としてノンエリート論は、言説的に今後広がりをもっていく可能性があります。
ここではブラック企業への対案についてみてきましたが、対談ではブラック企業の起源や近年の雇用政策の誤謬など、興味深い論点が多数挙がっています。『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』から、さらに立ち入った議論に触れてみたい方、より理解を深めたいという方は一読してみてはいかがでしょうか?
『POSSE』編集部ボランティア(大学生)
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