見出し画像

NPO法人POSSE(ポッセ) blog

本田一成『主婦パート 最大の非正規雇用』書評

○主婦パートという雇用形態


 800万人の主婦パートは、非正規雇用の中で最大多数を占めている。本書は、その存在に焦点を当て、主婦パートが抱える問題を構造的に捉えている。


 今日の主婦パートという雇用形態について考えるとき、変化の側面を労働者側と企業側に分ける必要がある。まず、労働者側の変化としては、主婦パートの主流が、「家計補助」型から「生活維持」型に変化したことが指摘されている。従来は家計補助的な性格をもっていたが、長期雇用慣行の縮小から、男性正社員の収入が安定せず、主婦パートも家計維持のために働いているということだ。そのことを裏付けるように、子育てがひと段落してから労働市場に戻るのではなく、子どもが小さいうちからパート就労を始める「早期パート就労」が増加している。企業側の変化としては、パートの「基幹化」にともない、「つけ込み」の概念が変化していることが挙げられている。この「つけ込み」とは、旧来、主婦パートはあくまでも家庭に軸をおいた働き方であるから、それ相応の処遇でもいいとされたことを指す。主婦パートという雇用形態は、人件費の節減としての機能を果たしたのだ。それが、新たな「つけ込み」では、人件費の削減に加え、「基幹化」によって主婦パートにも正社員並みの仕事が求められているという。


 


○「日本型福祉社会」


 もともと主婦パートを含む非正規労働者は、従来の日本型雇用システムにおいて、その枠外に置かれていた。日本型雇用においては、年功制・終身雇用慣行を前提とし、企業を媒介に、労働者とその家族への福祉の提供がなされていた。その対象は、大企業の男性正社員に限られ、非正規労働者を排除することによって成り立つ労働市場が形成された。主婦パートの場合であれば、雇用が不安定で低賃金であっても、家計の主たる担い手である男性正社員の雇用が保障されていれば、社会的に問題とされることはなかったのである。


主婦パートは、会社で「モーレツ」に働く夫を支えるために、家庭責任を一挙に引き受けた。こうして主婦パートを念頭に置いた社会保障制度が整備されていった。


 


○主婦パートの位置づけの変化


 第四章では、政策的に生み出された主婦パートの位置づけが、時代とともに変化してきたと整理されている。スーパーマーケットにおける生鮮品の加工などの作業が、標準化・マニュアル化していく中で、196070年代、主婦パートが活用されていった。80年代に入ると、「パート戦力化」が進み、主婦パートが能力や技能を高め、より高度な作業を担うようになった。さらに90年代においては、スーパー、ファミリーレストランなどが「パート基幹化」を進めた。ここでは、「もはや、主婦パートは正社員の補助的存在ではなく、基幹的労働者である正社員に近いものだと」(p77)され、それなりの働き方が求められるのである。


 


○「基幹化」の負の側面


 「パート基幹化」を進めるスーパーなどでは、主婦パートによって正社員の代替が進むにつれ、「企業は正社員を雇う必要がなくなり、ますます主婦パートに依存するようになっている」(p83)という。就労経験のある場合が多い主婦パートは、企業の厳しい指導を受けなくとも、ある程度の能力を身につけているため、与えられた仕事に対応することができる。企業はそうした環境をいいことに、正社員の教育を重視しなくなった。つまり、「主婦パートが正社員の仕事を代行すればするほど、正社員は現場でスキルを磨く機会が消え、うまくできない作業が放置されたままになる」(p147)のだ。こうして企業が適切な「人材開発」をしなくなると、「生産性」も下落していくことになる。これが、「パート基幹化」の負の側面である。企業は、短期的な収益のために人件費の削減をはかるが、結局は生産性を下げるよう作用しているのだ。これに対して筆者は、「人件費の削減によって会計上の『生産性』や利益を嵩上げするのではなく、ビジネスの中身をよく検討して『生産性』や利益を向上させるための方策をとり、人件費に見合うようにするのが本物のマネジメントである」(p91)と述べており、この指摘は的を射ているといえる。


 


○今後の展望


 最終章では、それまで述べられてきた主婦パートという雇用形態が抱える問題を解決するための方策として、「パートタイム社員」の創設を説いている。パートタイム社員とは、短時間勤務の正社員、つまり、「正社員という『身分』で短時間勤務をする雇用形態」(p166)のことをさす。パートタイム社員とフルタイム社員の時間当たりの賃金は等しくなり、これは、これまで日本の特殊な労働市場では存在しえなかった、雇用形態を超えた均等待遇の実現である。また、基幹化された主婦パートと正社員との間の利害対立をなくすことにもつながるという。そして筆者は、この「パートタイム社員」制度の導入・運用には、労働組合の力が大きく影響するとしている。ここから発展して、産業別の労働運動によって、同一労働同一賃金原則に基づいた賃金を決定し、またそれ以下では取引に応じないという「共通規則」を定めることで、雇用形態による賃金の低下を防いでいく必要があるだろう。


 


今日、非正規雇用の格差、貧困などの問題は、派遣やアルバイトを中心にクローズアップされてきたが、主婦パートは、「主婦」という身分や、家庭責任などの関係から、同じ非正規労働者と言っても、他の形態と同じように論じることはできない。本書は、そうした主婦パートを捉える視点を与えてくれるものだといえる。


 


 


●概要


書名:『主婦パート 最大の非正規雇用』


著者:本田一成


出版社:集英社新書


出版年:20101


 


●目次


第一章 主婦パートを誤解するな


第二章 主婦パート職場は「アリ地獄」


第三章 「アリ地獄」職場は官民合作


第四章 正社員なみの働きを求める「基幹化」時代


第五章 負担増加の家事・育児


第六章 「主婦パート・ショック」が家庭を襲う


第七章 「つけ込み」の代償を払う企業


第八章 「パートタイム社員」創設を








****************************
NPO法人POSSE(ポッセ)は、社会人や学生のボランティアが集まり、年間400件以上の労働相談を受け、解決のアドバイスをしているNPO法人です。また、そうした相談 から見えてきた問題について、例年500人・3000人規模の調査を実施しています。こうした活動を通じて、若者自身が社会のあり方にコミットすることを 目指します。

なお、NPO法人POSSE(ポッセ)では、調査活動や労働相談、セミナーの企画・運営など、キャンペーンを共に推進していくボランティアスタッフを募集しています。自分の興 味に合わせて能力を発揮できます。また、東日本大震災における被災地支援・復興支援ボランティアも募集致します。今回の震災復興に関心を持ち、取り組んで くださる方のご応募をお待ちしています。少しでも興味のある方は、下記の連絡先までご一報下さい。
____________________________________________________

NPO法人POSSE(ポッセ)
代表:今野 晴貴(こんの はるき)
事務局長:川村 遼平(かわむら りょうへい)
所在地:東京都世田谷区北沢4-17-15ローゼンハイム下北沢201号
TEL:03-6699-9359
FAX:03-6699-9374
E-mail:info@npoposse.jp
HP:http://www.npoposse.jp/
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「書評・メディア評」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事