1、事案の概要
2001年6月16日、トステム綾部工場に勤務していた中田衛一さんは、急性心停止にて弱冠22歳の若さで亡くなり、2007年6月、衛一さんのご両親が会社を相手に裁判を起こしました。本件の経緯と問題点は以下の通りです。
(1)経緯
1997年3月、衛一さんは高校卒業後トステム綾部工場に勤務し始めた。
1998年、DSジャストカットライン部門に配属され、主として窓枠製造作業をしていた。
2000年、日勤だけから日勤と深夜勤の二勤交代勤務体制となった。
2001年5月、労基署の立ち入り調査があり、その後上司から「残業を減らして効率を上げる」ように言われるようになった。
2001年6月、急性心停止により死亡した。
2007年6月、ご両親が会社を相手に裁判を起こした。
(2)労働実態と問題点
①長時間労働
まず、過労死の原因として長時間に及ぶ労働という問題があります。以下では作業の内容、なぜ長時間労働を行わざるを得なかったか、また会社側の時間管理および衛一さんの勤務状況について紹介します。
Ⅰ.作業の内容
DSジャストカットラインでは木製窓枠の加工梱包を行っており、7つのラインに分れ、二人一組でさらに前工程と後工程にわかれて作業を行っていました。衛一さんの担っていた後工程は製品の加工(形材の穴あけ等)・梱包に加えて完成品の検査という作業があり熟練した技術と注意力が要求されるものでした。また、10キログラム近くある形材を材料置場から作業台へ運搬するという作業を行うこともありました。
またDSジャストカットラインでは製造能力を考慮して計画的に製造を行うのではなく、受注先からきめられた製品数を納品期限までに製造しなければならず他の生産ラインに比べて負担の大きいものでした。受注は1日に午前と午後の2回あり、当日または翌日発送分の製品数が指定されていました。発注数は日によって変動はあるものの、作業員らはとにかく受注した製造数を完成させるまで作業を終えることができないため、深夜や明け方にまで残業が必要となることもありました。
Ⅱ.労働時間管理の実態
衛一さんの2001年3月以降の所定労働時間は8:30~17:20の日勤と20:30~5:20の深夜勤の2種類でした。しかし、残業時を含めノルマの多いときは休憩を取らずに続けて仕事をすることもありました。
また、本来会社は作業員の労働時間を適切に管理しなければならないのですが、タイムカードなどは存在せず作業員の労働時間のカウントは通常ラインリーダーにより残業時間が多くならないように極めて恣意的になされており、正確な労働時間のカウントは行われていませんでした。作業員らは一様に給与明細上の労働時間は実際の労働時間よりも2割くらいは少ないように感じていたそうです。
Ⅲ.衛一さんの勤務状況及び労働時間
衛一さんは、どんなに少なく見積もっても1日5時間の時間外労働を行っていました。例えば日勤のみであったとき(1997年3月~2000年9月)には、日付が変わる以前に帰宅できればよいほうであり、遅いときには午前2時3時まで仕事が続くこともありました。仮に所定休日通りに休日をとれていたとしても、一か月の時間外労働数が合計105時間に達する過酷な長時間労働にさらされていたことになります。
②過酷な職場環境
長時間労働のほかに過酷な作業環境が過労死の一因になったと考えられます。
衛一さんの働いていた工場内には一応空調の設備が存在していましたが、シャッターの開け閉めが頻繁に行われていたために外気が流れ込み、夏は暑く冬は寒い中での労働を余儀なくされていました。また、DSジャストカットラインのみが深夜も稼働していたのですが、17時以降は空調が切られてしまいより過酷な温度での作業を強いられていました。
さらに、工場内では木製の窓枠を切ったり穴をあけたりという作業がなされていたために、常に粉塵が舞っている状態でした。
③作業の過重性
過労死の原因の一つとして最後に過酷な環境の中で行われていた長時間労働の内容としての作業の過重性について触れておきます。
Ⅰ.立ち作業
衛一さんは窓枠の穴あけや梱包という作業にあたっては、常に立って作業を行っていました。加工にあたっては1~3キログラムある部材をもち作業を行い、梱包後においてはそれらの重さは約10キログラムにもおよぶものを扱っていました。作業中に座れば監督官に注意されるので、足に疲労が来ても休憩時間まで我慢するしかありませんでした。
Ⅱ.後工程作業
DSジャストカットラインの後工程における検査(寸法や外観など)が出荷前の最終の検査であるため、他の者のミスで形材に傷が入っていたとしても、傷が入った商品が出荷されれば、検査作業に従事した後工程の作業者の責任とされていました。このように、他人がしたミスであってもすべて梱包の段階で検査をした人間の責任とされるため、検査作業を含む後工程は、従業員から嫌われる作業でした。
Ⅲ.派遣労働者の指導
派遣社員は短期でやめる者もおり、新しい人が入ってくるたびに正社員がその指導をしなければならず、衛一さんも例外ではありませんでした。指導の際にはラインを止めなければならず作業の能率が下がることになります。派遣社員は定時で帰ってしまうので、こなせなかったノルマについては正社員が残業をしてこなすことになるので、指導をしてラインを止めた分についても、すべて正社員の負担として跳ね返ってくることとなっていました。
Ⅳ.深夜交代勤務
衛一さんは深夜交代制の勤務をしていました。人間や動物の身体機能は1日24時間の周期で変動(サーカディアンリズム)しており、このリズムは数週間夜勤を続けた場合でも完全には逆転しないとされています。これによって、サーカディアンリズムに逆らって作業することになる深夜勤の者は、睡眠の質が低下するなどの弊害が生じることになります。
衛一さんは子供のころから健康であり、急性心停止を引き起こすような疾患は全くありませんでした。それにもかかわらず急性心停止により22歳の若さで亡くなったというのは、以上のような長期にわたる長時間労働、劣悪な作業環境、さらには深夜勤務を含む過酷な労働条件で働いていたからに他ならないものといえるでしょう。
2、法的な問題点
今回の事案では、使用者の安全配慮義務違反が問題にされていました。安全配慮義務とは労働契約に付随する義務で、労働契約法5条によれば「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体などの安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とされています。具体的には、労働時間の適切な管理、深夜業をさせるのであればその身体的負担を考慮した勤務回数の制限や休憩時間の確保、定期的な健康診断の実施などの義務が使用者にはあるといえます。
しかし、先に述べたように衛一さんの職場にはタイムカードは存在せず、労働時間が適切に管理されていたとはいえませんし、ノルマ達成のために休憩をとらないということも日常的に行われていました。また、深夜業を行うものについてはとくに6か月に1回の健康診断が義務づけられている(労働安全衛生法66条1項、労働安全衛生規則13条1項2号ヌ、同規則45条)にもかかわらず、会社はこれを怠っていました。
会社がこれらの義務を果たしていれば、衛一さんの過労状態を見落とすことなく、適切な疲労回復措置がとれたはずです。したがって、これらの義務を果たさなかった会社は衛一さんの過労死について責任を負うべきです。
3、社会的な問題点、裁判支援の社会的意義
①労働時間規制の不存在
過労死の原因の一つとして長時間労働があると先に述べましたが、労働基準法は原則として労働者の労働時間を1日8時間週40時間以内(法定労働時間)と定めています(労働基準法32条1項)。この規定に従えば、過労死してしまうような長時間労働は起こらないとも思えます。しかし、実際には同法36条の定める協定を結べばこの制限を超えて労働者を働かせることができるとされています。そして、現時点では法定労働時間を超えて働かせることができる時間については、告示によって一定の基準が示されているにすぎず、告示には法的な強制力がないゆえに、実質的にはなんの事前の制限もない状態です。過労死などの結果が生じて初めて会社の違法性を争うしかないのです。
したがって、会社としては業務の必要性があるかぎり労働者に長時間労働を強いて、仮に体調を崩したり過労死してしまったりした場合で、かつ労働者側が損害の賠償を請求してきた場合には賠償金を払って済ませる、というふうにするのが経営上合理的であるという判断になりえます。よってまずは、実質的に長時間労働を規制するための法律等の規制が必要であるといえます。
しかし、法律ができればそれで長時間労働の問題が解決するわけではありません。現時点でも労基法は様々な労働者の保護規定を定めていますが、それらが守られないということは頻繁に起こっています。これは、会社側の企業間競争に生き残るための経営上の法律無視に対して、法律を守らせるという社会的な力が負けてしまっていることが原因であると考えられます。よってNPOや労働組合などの活動により、企業活動を監視して違法・不当な行為は許さないというような圧力・規範を作っていく必要もあるといえます。
②労働時間などの立証の困難、証拠の偏在
もし過労死が起こってしまった場合、会社の責任を追及していくためには、当該死の責任が会社にあるということを労働者側が裁判で立証していかなくてはなりません。具体的には、労働時間はどれくらいであったか、作業環境はどのようなものであったか、休憩は適切な形で与えられていたかなど様々です。この点、これらの事実を立証するための証拠の多くは会社側が握っているために証拠の入手自体が困難であったり、改竄や隠蔽が行われたり、会社内で箝口令がしかれることも予想されます。
今回の事案においては、そもそもタイムカード等ある程度客観的な形でないという、安全配慮義務上も問題のある形の労働時間管理であったゆえに、さらに実際の過労死につながってしまったような労働時間の立証がより困難になってしまうという問題が生じています。
③親会社・子会社、下請け関係における責任追及
今回の裁判で被告となっているのはトステム綾部工場です。これはつまり、トステム本社とは法律上別の会社が被告であるということです。しかし、トステム本社は実質的には綾部工場を支配する立場にあるので、工場を閉鎖するような判断も可能です(実際に現在は閉鎖されています)。被告である工場が閉鎖されてしまっては、原告は責任を追及して最終的に賠償金を払わせるということが困難になってしまいます。したがって、最終的にはトステム本社に責任を追及していくことが必要になるといえます。
このように親会社に責任を追及しようとした場合、親会社は、親会社自体と子会社は法律上別の会社であるから、自分たちにはなんの責任もないということを主張します。
しかし、いくら法律上別の会社であるからといっても、その会社の閉鎖なども含めて経営上の実質的支配力を有しており、さらには子会社における労働者の労働の利益を享受する立場にあった会社に何の責任も問えないというのは問題があると言えます。
したがって、今回のような事案において、本社に責任を追及していけるような施策が必要であると考えられます。
④裁判で争うこと・それを支援することの意義
現在、多くの会社で安全配慮義務に違反したような働かせ方が行われています。しかし、たとえ違法であったとしても待っていれば誰かがやってきてそれを適法な形に是正してくれるわけではありません。違法な状態に対してこれはおかしいと声を上げる(たとえば裁判で争う)必要がまずあると言えます。声を上げ違法な状態を否定することによって違法な労務管理は許されないのだという社会的な規範が生じてくるといえます。逆にいえば、たとえ違法であっても争わないのであれば、この程度の法律の無視は許されるのだ、というようなことになりかねません。ここに個々の事案について裁判で争っていくことの社会的な意義があるといえます。
しかし、裁判で争うというのは精神的、肉体的、金銭的にも大きな負担を伴いうるものです。そして、過労死で亡くなった方の遺族の方などが単独で巨大な組織である企業と争っていくのはとても大変なことです。したがって、当事者以外からの支援が必要になってくるといえます。
またNPO法人POSSE(ポッセ)としては、裁判支援をつうじて労働問題の背景に対する知見を深め、過労死が起きないような職場環境をどう作るか政策提言のレベルで考えてく必要があると考え裁判支援を行っています。
4、次回裁判のお知らせ
2011年5月25日(水) 13:00~ 京都地裁にて判決がなされます。
裁判の傍聴に行くことによって、今回の裁判及び過労死事件に対する社会的な関心を裁判官に対して示すことができます。社会的に関心の高い事件であれば、裁判官も慎重に判断せざるを得ないはずです。今回の判決は、これから親会社であるトステムに対して責任を追及していくという非常に重要な試みの第一歩となるものです。ですから、一人でも多くの人がこの事案に対する関心を示す必要があります。当日お時間のある方はぜひ裁判支援(傍聴)にご協力ください。
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