かものはし通信

他是不有吾

「未踏峰」

2012-06-13 06:12:29 | 
笹本稜平著 「未踏峰」 祥伝社文庫

読み始めは、「前振りが長いなあ、かったるい。」と思いながら頁を繰っていた。冒頭のベースキャンプへ向かう場面の後に始まった回想が、いつまで経っても終わらない、時間が現在になかなか追いつかないのだ。
やっと時間が追いついたのは、210頁目。なんと、本のちょうど真ん中あたりである。しかし、この頃には気づいていた。この話はこれまでの笹本氏の山岳小説、「天空の回廊」や「還るべき場所」とは違う。他の冒険小説とも全く違うのだと。
ヒマラヤ未踏峰への困難な登攀が主題で、雪崩、悪天候、滑落等々を乗り越えていくのだろう、などという浅薄な先入観を抱いていた自分が少々恥ずかしい。
障害や前科を抱え日本社会から疎外され生きる希望を見失った若い3人と、彼らを支えつつも自身も彼らによって生きる希望を取り戻せた登山家の、強く、だが温かく「生きること」を求める心の有り処。それが読む者の腹にずしんと堪える。200頁近い回想は、未踏峰へと歩みを進める若い彼らの姿、胸の内を、より鮮明に描き出すためになくてはならぬものだ。
読み進めながら、たいした冒険もない、ある意味青臭いこの作品が、もしかしたら自分にとっての笹本稜平氏のBestになるのではないか、と感じ始めた。

「天空の回廊」は最後の最後までどんでん返しが続くので、この作品は大丈夫、彼らは必ず登れる、と思いながらも、もしかしたら・・・と落ち着かず、頁を繰る手が速まる。
そしてラストでは、彼らと一緒に一歩一歩、薄い空気に喘ぎながら、足を進めている自分が居ることに気づいた。頂上直下の岩場。その後の緩い傾斜の雪面。山頂に近づく彼らの喜びを自分も感じ、彼らと一緒に胸を熱くし、彼らの満面の笑みを見た。これまで相当数の山岳小説を読んだが、こんな体験は初めてだ。
手放しに賞賛したい。こんな小説を生み出せる著者を。


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