Rondo Capriccioso ~調律徒然日記~

Piano Labo.(代表)竹宮秀泰によるブログ。
「ピアノ」を主題に気まぐれなロンド形式で綴ります。

Favorite Piano #5 【IBACH GP】

2014年07月22日 | ピアノいろいろ

数年前の話ですが、懇意にお付き合い頂いているピアニストから、新居に納めるピアノを探して欲しいとのご依頼を承りました。

時間的な猶予はある程度頂けたので、なるべくご希望に添える一台を探そうと色々と条件を絞り込んでいきました。
予算、大きさ、タッチ、響き、耐久性、品質……ピアニストなので、見た目にはそれほどの拘りはなく、何よりも音とタッチが最優先でした。

色々とツテを辿って、数ヶ月ほど全国を探し周りました。
途中、某最高級国産ピアノの出ものにも巡り会いましたが、決定的な魅力は感じず、なかなか難航しておりました。

ご依頼を頂いてから半年程経った頃、静岡県の某社よりご連絡頂きました。
手頃な価格で珍しい名器が入ったよと。

早速お客様と一緒に見に行きましたところ、国内では滅多にお目に掛かれないドイツ老舗のメーカー「IBACH(イバッハ)」のGPに出会えたのです。




早速弾いてみたところ、直ぐにはこのピアノの魅力は掴めませんでした。
いや、すごく良いピアノだとは思いました。
すごく鳴る上、弾きやすい。
音にパワーも感じるし、素直な発音をしてくれる……これが僕の第一印象でした。
ただ、第一印象で掴めなかったことは、何故こんなに弾きやすいのだろうか?という技術者目線での構造的な理屈です。

おそらく、ピアノが修理工場内に無造作に置かれていたことも一因です。
試弾には、もっとも適しない環境だったと言えるでしょう。
それ以上に、まず音やタッチより、豪華な外装やフレームに目を奪われてしまったことも大きな要因です。
それぐらいフレームの装飾も華やかですし、譜面台も凝っていたのです。






もともと、見た目には関心のなかったお客様ですが、それでも良いに越したことはありません。

しかし、彼女は流石はプロの演奏者だけあって、見た目や音場に惑わされることもなく、直ぐにこのピアノの本質的な良さを見抜きました。

まず、ベースはもちろんのこと、中音から高音に掛けて、音の伸びがすごいとのこと。
よく見ると、全弦玉作り張弦(一本張り)でした。
これは、有名どころだとベーゼンドルファーなどが採用している方式で、高度な技術や多大な手間と引き換えに、伸びのあるクリアな音を生み出し易いなど、沢山のメリットもある張り方なのです。



アクションは、全てレンナー製のパーツに交換済みです。(もっともオリジナルもレンナー製ですが)



筬の構造も独特で、バックレールの位置を随分手前に持ってきてます。
こうすると、鍵盤の高さを揃える際に、微調整がやや困難になりますが、バックレールクロスへの負担は軽減され、消耗と落下音と弾き心地はかなり改善されます。



ちなみに、筬の左側に筬受けの板バネが付いています。
つまり、このピアノはソフトペダルを踏むと、鍵盤が左へ動くのです。



さて、次の写真、これこそこのピアノの最大の魅力を示す特徴が隠れています。
すぐに気付いた方もいられるかもしれませんが、框(フレームの手前部分の外装)が通常の倍以上分厚いのです。



何故でしょうか?
これは、その分鍵盤を長くする為です。



鍵盤の動きは、円運動の断片です。
垂直に動くようで、実際には弧を描きます。
つまり、回転半径が大きい程、弧が線に近付く為、タッチ感が良くなります。
また、アクション側の運動にもロスが少なくなる為、ピアノは鍵盤が長い程有利な構造なのです。

小さなピアノなのに大きなピアノのような音量を出すこと、或いはそう感じさせることは、困難とは言え可能です。
例えば、スタインウェイのS型なんて、ボディサイズからは想定出来ない豊かな音を鳴らします。

しかし、小さなピアノなのに大きなピアノのようなタッチを得ることは、構造上の力学の要因が大きくなる為、どうしても誤魔化し切れない一線があるのです。

このイバッハは、この両方を一気に解決しております。
ボディサイズ以上のパワーを、ボディサイズ以上のタッチ感を伴って鳴らしてくれるのです。

それこそ、彼女が真っ先に気付いことなのです。

「この大きさなのに、フルコンを弾いてるイメージが出来る!」

構造的な理屈より前に、彼女は感覚で瞬間的に見抜いたのでした。
そのピアニスト特有の嗅覚に感嘆すると共に、私自身も理屈抜きにピアノの本質を見抜く直感や感性は、もっと磨いていかなければ……と痛感しました。

 

 


Favorite Piano #4 【FEURICH 132】

2013年08月25日 | ピアノいろいろ


今回のピアノは、私が自宅で使用している愛器、FEURICH 132(1921年製)です。



2004年に開業して間もない頃。
何とか独立開業は果たしたものの、当初はさほど仕事も入らず、兼ねてより深いお付き合い頂いていた某社に、修理のバイトを(無理矢理)頂いたりしていました。

ある日のこと、やはり修理の手伝いで、泊り掛けで某社に出向いていた時のことです。
空いた時間に、倉庫をブラブラとしていました。
すると、何百台と無造作に並べられている中から、ふと気になるピアノが目に留まりました。
それは、外観からして個性的で、重厚な雰囲気が漂っておりました。
その存在感に引き寄せられ、試しに音を出して見ると・・・調律も調整も出来ていない酷いコンディションながら、淡くて深くて甘ったるい音色が飛び出し、瞬時に魅了されました。

「このピアノ、欲しい…」

聞いてみると、入庫されたばかりでまだ買い手は付いてませんでした。
恐る恐る卸値を聞くと、無理すれば払える金額でした。

もちろん、その場で無理することにしました。
ピアノを衝動買いしたのは、おそらくこれが最初で最後です。



名古屋の工房に届くと、早速修理に取り掛かりました。
弦を張り替え、ハンマーを交換し…
過去に何度かオーバーホールされているようで、使える部品もたくさんあります。


 

また、特殊な構造の部品もあり、珍しいのでそのまま使用しました。
少しでもジャックが戻り易くするため(であろう)、バネの力でジャックトップを押し下げるようになっています。
しかも、キャッチャーシャンクにスクリューを植え込み、バネの力が調整出来るようになっています。





こちらは、フレームのメーカーロゴです。



JULIUS FEURICH LEIPZIG
と書いてあります。


アップライトピアノには珍しく、響板にもメーカーの焼印があります。


 

そう、フォイリッヒは旧東ドイツのライプツィヒで製造されていた、老舗のピアノブランドです。

ライプツィヒと言えば、ブリュートナーも有名ですが、戦前は西側諸国に対抗出来るピアノとして、このライプツィヒ製の二大ブランドは一目置かれておりました。


それを裏付けるように、全体的にほぼ手作りで、非常に丁寧に、かつ、丹念に作られており、職人達の息遣いまでが刻み込まれているかのようです。



白鍵は勿論象牙、しかも質の良い一枚象牙が使われており、90年以上経過した今も、変形や変質は見られません。
黒鍵は黒檀が使われており、今のピアノよりもやや細い寸法です。
その分、黒鍵と黒鍵の間(白鍵の奥)が広くなりますが、ドイツ人の指のサイズに合わせた作りかもしれません。



筬も非常に良質の松材が使われており、バランスピン、フロントピンの植え込む位置には、丁寧にブナ材が埋め込まれています。
それなら、わざわざ彫り込んで埋めなくても、貼り合わせた方がずっと楽なのに…とも思いますが、まぁ、当時の技術ではそっちの方が楽だったのか、耐久性に優れていると判断されたのか…譲れない拘りがあったのでしょう。



元々は、一目惚れしたピアノとは言え、販売が目的でした。
しかし、修理に思いのほか時間を費やしてしまい、その間に結婚し、子供が出来、引越しをし…と気が付けば、息子の練習用ピアノになってしまいました。
実は、まだ未完成で、タッチに若干の違和感と不揃いがあるのですが、早く不具合に気付いてくれるぐらい上達してくれないかなぁと心待ちにしております。

まぁ、最終仕上げはそれからでも良いかな、と自分に言い聞かせ、後回しにしています。

 


Favorite Piano #3 【BOSTON GP-178】

2013年03月13日 | ピアノいろいろ

ボストンは、ご存知の方も多いでしょうが、スタインウェイが設計しカワイ楽器でOEM製造されているピアノです。

なぜスタインウェイがOEM製造で第2ブランドを立ち上げたのか?といったメーカーの戦略や経済の話、時代背景、業界のしくみなどは、ここでは割愛させて頂きます。

このピアノとは、まだ私が独立する前、某社の社員として働いていた時からのお付き合いになります。

ある日のこと、師匠のお客様がピアノを買い換えられることになり、このピアノを選びました。
当時のボストンは、既に高い評価を得ていたものの、出荷調整はカワイが行っており(と言うか殆ど行われておらず)、新品を仕入れても、一から調整をやり直さないといけない楽器でした。
会社が販売する時はショールーム等で行えるますが、このピアノは師匠が個人で販売し直接納品したので、お客様のご自宅で調整する必要がありました。

(※2004年4月から、スタインウェイジャパンが出荷の一括管理を行うようになりました。それに伴い、丁寧な出荷調整が施されるようになり、品質が向上したと言われています。しかし、個人的には、品質そのものはさほど変わっていないと思っています。それまでは出荷時の状態が酷かった上、大半が再調整を行なわずに納品されていただけだと思います。)

余談はさておき、このピアノは師匠がお客様宅で作業を行う時間がなかなか取れず、バイトとして私に納品調整を御依頼くださったのです。

一通り整調を行い、ダンパーは一度全て外して付け直し、調律、整音までやってこいと厳命…いや、指示して下さり、丸一日掛けて作業させて頂きました。
確か、2001年5月のことです。



 

フレームのロゴには、「DESIGNED BY STEINWAY & SONS」と書かれています。




 

この角張った腕木のフォルムは、ニューヨークスタインウェイを彷彿させます。



 

カワイが製造しているとは言え、ラインは勿論別ですし、部品の材質や設計も、全てスタインウェイによるデザインです。
また、アクションのパーツも、合成樹脂ではなく、木材が使われております。



代理で納品調整を行って以来、その後のメンテナンスもずっと任せて頂けることになり、現在に至ります。
つまり、ピアノラボ開業の前からのお付き合いになりますので、私の一番古いお客様ですし、最も長い期間、見守らせて頂いているピアノなのです。

あの納品調整から、間もなく丸12年になります。
この12年は、退社、名古屋への引越し、開業、結婚などを経験し、子供も出来…と人生の激動期だった気がします。
お客様も二度お引越しされ、あの大地震にも被災されました。


そういった訳で、個人的にこのピアノへの思い入れは強く、最も困難だった時期を共に歩み、共に成長した気がしてなりません。
人生の様々な断片を圧縮し、奏でてくれる気がするのです。


 


Favorite Piano #2 【STEINWAY&SONS S】

2013年02月25日 | ピアノいろいろ


1940年に製造されたこのS型の思い出話は、とてもとても書き切れません。

出会い、オーバーホール、シーズニング・・・そして、納品。
しかし、暴れん坊のこのS型は、その後も落ち着くことなく荒れまくり、名古屋と東京を何度も行き来する羽目に。

数年後、お客様は引越され、また新たな環境での適合に時間を費やし…

いつの間にか、納品から丸7年が経過しました。
私もお客様も家族が増え、互いの子供の話に花咲かせ、親戚に近い感覚でお付き合いさせて頂く関係になりました。

あんなに荒れ放題だったこのS型も、ようやく落ち着く気配を見せ始め、年々深みのある音色に熟成し、繊細なppからパワフルなffまで表情豊かに奏でてくれます。

イタリア時代も含めると、スタインウェイのS型は実にたくさん見てきましたが、私の中ではこのS型が際立っています。



状態の良い象牙の白鍵に、黒檀の黒鍵。
ハンマーは新品に交換し、今年73歳になる本体を労わりつつも奮い立たします。



弦は勿論、張り替えました。
しかし、フレームの扱いには悩みました。

実は、オーバーホールを始める前から、このピアノは特別よく響く楽器でした。
勿論、古い楽器なので、過去に最低一度はオーバーホールされています。

解体してからも、フレームを外すべきかかなり悩みました。
外すと、フレームの塗装が出来るだけでなく、響板や駒の点検も出来、ニスの塗り直しも出来ます。

一方で、フレームを乗せ直すことにより、微妙に本体との関係が変わってしまうことを恐れました。
これ以上ないぐらい、良い響きだったのです。

色んな方に相談し、最終的には私の判断で、フレームを取り外さないことに決めました。

正直なところ、フレームは綺麗にしたいと思いました。
しかし、響板や駒、響棒などに問題が見当たらず、ニスも綺麗に塗られているし、弦圧も理想である以上、見た目だけの為に音が変わる恐れのある工程を、わざわざ行う意味が見当たりませんでした。

結果、正解だったと思っています。
スタインウェイは、フレームをいかに鳴らすかが大切な楽器です。
わずか数mmのズレがバランスを変え、リムや響板への振動伝播を変化させ、「鳴り」や「響き」を劇的に変えてしまうぐらい繊細な楽器なのです。
そして、フレームを外して乗せ直すと、それぐらいのズレはどうしても出てしまう可能性があるのです。

このピアノは、オーバーホール前に感じた特別な響きを保ったまま、再生することが出来ました。

何より凄いことは、ヘビーユーザーが弾き続けて7年が経過したというのに、一向に衰える様子はなく、むしろ、益々ポテンシャルを高め続けていることです。

ただでさえ、凄い!と感じたピアノ。
しかし、その凄みは年々更新されます。
一体、どこまで登りつめるのでしょうか…

いやはや、なんとも恐ろしくすらあるピアノです。

 


Favorite Piano #1【SCHWESTER No.57】

2013年01月14日 | ピアノいろいろ



今年から始める新企画として、個人的に思い入れの強いピアノを、少しずつ紹介させて頂こうと思います。

第一弾は、SCHWESTERの57号です。
SCHWESTER(シュベスターと発音します)は、実は長い歴史を持つ日本のメーカーです。

シュベスターピアノの特徴は、簡単に言えば手造りにこだわっていることです。
厳選された上質の素材のみを使用し、丁寧で丹念に作り上げられた非常によく歌うピアノで、個人的にも何かと縁があり、技術者としての土台を築いてくれたピアノです。

と言いますのも、私の師匠は、かつて長年に渡りシュベスターの技術トップだったのです。
師匠の元で丸五年、修理の修行をしましたが、それはそのままシュベスターのピアノ作りに通じる技術に他なりません。

いや、もっと言えば、全てのピアノの設計論や構成論に通じる普遍的な技術とも言えますし、大量生産のピアノを触っていても決して学ぶことが出来ない、貴重な体験でした。

そのシュベスターのアップライトピアノのラインナップで、異質な光を放つ特別なピアノが、この57号です。

まず、何よりも孔雀を連想させる艶やかな上前板に圧倒されます。




更には、アップライトピアノでは珍しい丸脚も、上品な加工が施されています。




この57号は、滅多に市場には出ない珍しいピアノなので、生涯目にすることはないかも、と思っておりました。

ある日のこと、ある先生から生徒さんのピアノを探して欲しいとご依頼頂き、色々と打ち合わせをしました。
音やタッチ、外観、表現力、そしてご予算、なかなか全てが合致するピアノは見つかりませんでした。
何かを妥協し、それでも納得は出来る物を探す方向に切り替え始めた折、このピアノの中古が入荷されました。
滅多に生産されない57号の中古なんて、まず手に入る機会はありません。
想定すらしていなかった展開に、不思議な縁を感じ、お客様も非常に気に入って頂き、後はトントン拍子で話が進みました。

この57号は、見た目だけでなく、楽器としても最高級品なのです。
北海道産の赤エゾ松を響板に使い、レスローワイヤーが張られ、レンナーの最高級ハンマーが使われております。
アクションも全てレンナー製で、非常に反応が良く、コントロールしやすいタッチです。

重厚なベースに、よく伸びる中音、キラキラ輝く高音…
こう聞くと、鋭い人は気付くかもしれません。
そう、シュベスターはベーゼンドルファーをコピーして作られているのです。
個人的見解では、アップライトピアノは、本家を越えた完成度を感じます。

とにかく、よく歌う楽器です。




ピアノの中には、古い調律カードが入っておりました。
メーカーの備え付けカードで、出荷記録も書かれておりましたが、出荷点検の責任者の欄に師匠のサインがありました。

約30年前、師匠が送り出したピアノだったのです。

このピアノは、お客様と一緒に大切に育てていこうと思います。
いつも師匠に見張られている・・・いや、師匠が見守ってくださっているピアノですから。