鬱病徒然日記

鬱病を患って早4年。一旦治癒したかと勘違いをし、更に悪化させてしまったどうしようもない人間の闘病日記。

誤診からその後。

2006-02-22 19:51:34 | 回顧録
さて、セカンドオピニオン探しを試みるが、とっぱじめのミステイクがひびき、どこにしたものか逡巡が続く。
予約したカウンセラーも、身体が動かずキャンセル。

精神の荒廃は混迷の度を極めた。

なんとかたどり着いた先の医師は、最初、まったくやる気がなさそうに見えた。それが癇に障ったようで(ようで、というのはこの近辺の記憶があやふやで、看護師さんたちから後で聞いた話なのだ)、突然『もう、いい!帰る!!』と席を立った。
のだが、周りから取り押さえられ、鎮静剤を打たれた。いい若者ならそんな制止ぱっと振り切れるだろうが、疲労困憊した身体にそんな余力はなかった。
日々のストレス、限界まで張り詰めていた精神はあっという間に眠りを受け入れた。

気が付くと、診察室。
なんと親父もいた。私が眠っている間に、実家に連絡していたようだ。

嘘のように(憑き物が落ちたと云えばよいか)、気持ちは楽だった。
さっきまでの医師とは思えない対応が続く。やさしく、懇切丁寧に、現状を診断してくれている。
疑問に思い、『なんでこうも対応が違うのか?』と、ストレートに聞いてみた所、何も変わってはいない、同じことを説明し、話を聞いているのだという。

つまりは疑心が暗鬼を生じた状態で当初、診察を受けていたため何も受け入れる体制ではなかった、というのだ。そして、突然怒りだし、挙句『帰る!』・・・そりゃ、取り押さえられ、鎮静剤も打たれるわな(笑)。

そんな正に顔から火が出る思いで『うつ病チェックシート』を神妙な面持ちで書いた。
結果、軽度ながら間違いなく『鬱病』であった。
溜飲が下がる思い、というのは是を云わずして何を云うのだろう。

とにかく、診断が下された以上『鬱病患者』である。
車を病院に置かせてもらい(鎮静剤も手伝って、運転は絶対にダメとのこと)、親父の助手席で昏々と眠り、自宅へ帰った。

続く。

誤診。

2006-02-22 00:22:03 | 回顧録
本日(2/21)。一日臥せっていた。昼中ベッドの中。食事も一人で別に摂った。
気だるさが全身から抜けない感じ。
気持ちの起伏は少ないのが救いか。

さて、前回からの続き。

適当に電話帳で調べた心療内科へと向かった。
それまでに、予備知識として『うつ病』とはどんなものかがあったため、該当する事項が多く、自分も多分それだろうと思い、向かった。

が、そこで待ち受けていた『誤診』が一つ目の歪を生む・・・。

―パニック障害。
そう告げられた。
大したことないよ。などと、その医師は目もあわせず言い放った。
目の前に患者がいるにも関わらず、自分の仕事はカルテを処理することだけだといわんばかりの態度だった。忘れられはしない。あの態度と言動。

与えられた薬が合う筈も無く、症状は悪化の一途を辿った。

相変わらず鬱々とした日々が続いた。

医師に『全く快方に向かわない』こと『こういう状態が続くものか』と言及するも、『素人が口をはさむな』と言わんばかりの体で相手にもされなかった。

意を決し、セカンドオピニオンを探すことにした。

続く。

発症。

2006-02-21 00:36:42 | 回顧録
本日(02/20)の調子。
前日、徹夜をしたせいか、ナチュラルハイな状態で朝を迎え、愛犬の散歩をする。
家族とも会話は出来た。
所用をすませ、正午に午睡をとる。しかし、あまり眠れず。
夕食は家族で摂った。
午睡のせいもあり、ハルシオンを服用するも眠れず、これを書いている。体は疲弊しているが、神経がどうも眠らせてくれない。


さて、今日から、うつを発症しどのように現在に至るかを書いていこうと思う。

始まりは3年前の夏。
いや、思い返せば予兆はそれよりもっと前にあったのだが。
職場は自動車部品の製造工場。
主に流れ作業なのだが、その仕事でミスを連発するようになる。
自分ではきちんとしているはずなのに、ミスが起こる。
性格も手伝って、自分を責める日々が続いた。
休日になると、予定があっても身体が床から離れてくれない。
何もする気になれない・・・。
休日は臥せっていることが多くなった。
当時はお付き合いしている女性もいたが、大抵その日に断ることになるのである、予定を。・・・何もする気になれないから。
人付き合いも得意なはずだったのに、人と会いたくなくなる様になっていった。
その内、仕事場に行くのも嫌になっていく自分に気付く。
ミスをしないように・・・気を張る→精神が真っ先に疲れだす→当然、集中できなくなりまたミスを出す・・・以降その繰り返し。

そうこうしている間に、ついに職場で持病の過呼吸発作を起こした。
過呼吸発作は高校生時分に発症したが、頻度はきわめて少なかった。
それが毎日になってきた。

これはいよいよ何かの病か・・・
とりわけ、精神科に対する日本人的な偏見を持ち合わせてなかった自分は、あっさりと精神科に向かった。

そこで、誤診が待ち受けているとも知らず・・・。

続く。

はじめまして。始めます。

2006-02-20 05:33:11 | うつ
鬱病歴約3年(もうすぐ4年目)のゆずと申します。

開設しようかしまいか迷った鬱日記。どうでも良い日々がどうでも良く過ぎてゆき、毎夜自殺願望に苛まれ、社会は廻っているのに、自分はそのループに参加も出来ない・・・。その逡巡を毎日繰り返すだけ。

この日記をつけることで、何が変わるか期待すらもしてはいない。

ただ、どうでも良く過ぎていく日々でも『足跡』が残ってたら・・・
もし自分がこの病を克服できたときに、その『足跡』を見返してどう思うのか・・・。
単純に、それが知りたかった。
鼻で笑えるだろうか。
苦労したな、自分・・・と思うだろうか。
それとも・・・
命を絶つ方が先か・・・。

飛び降り未遂はあっても今のところリスカはしていないので、重度の人に比べれば、てんで大したことのない鬱だろう。

でも主治医からは“難治性うつ病”と診断され、精神病患者認定も受けている。(そういえば制度が今春変わるな)

まだ自分は大したこと無い、
そう思うのがまた良くないんだろう。甘く見れば10倍のしっぺ返しを食らうのは目に見えている。というか昨年暮れに味わった。

・・・なんて脈絡ない文章だろうか。稚拙。

失礼。

また次の日から、その日の具合と今までの鬱病歴を綴っていこうかと。