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Paraiso Bookshelf

友だちに、こんな本がよかったよとお知らせできるようにブログを始めましたが、途中で普通の日常報告&旅メモと化しています。

遠い薔薇

2015年06月20日 | 
「遠い薔薇」

昔の恋がなつかしいので
遠い薔薇を私は思ふ。

うなだれた青い前額の
そのかみの日の情熱。

忘却の上に流れる
ほのかな匂ひの幽霊たち。

昔の恋がなつかしいので
遠い薔薇を私は思ふ。

堀口大学
『日本の詩歌 17』
中公文庫


夕ぐれの時はよい時

2015年06月20日 | 
「夕ぐれの時はよい時」

夕ぐれの時はよい時。
かぎりなくやさしいひと時。

それは季節にかかはらぬ、
冬なれば暖炉のかたはら、
夏なれば大樹の木かげ、
それはいつも神秘に満ち、
それはいつも人の心を誘ふ、
それは人の心が、
ときに、しばしば、
静寂を愛することを、
知つてゐるものの様に、
小声にささやき、小声にかたる……

夕ぐれの時はよい時。
かぎりなくやさしいひと時。

若さにほう人々の為めには、
それは愛撫に満ちたひと時、
それはやさしさに溢れたひと時、
それは希望でいつぱいなひと時、
また青春の夢とほく
失ひはてた人々の為めには、
それはやさしい思ひ出のひと時、
それは過ぎ去った夢の酩酊、
それは今日の心には痛いけれど
しかも全く忘れかねた
その上の日のなつかしい移り香。

夕ぐれの時はよい時。
かぎりなくやさしいひと時。

夕ぐれのこの憂鬱は何所から来るのだろうか?
だれもそれを知らぬ!
(おお!だれが何を知つてゐるものか?)

それは夜とともに密度を増し、
人をより強き夢幻へみちびく……

夕ぐれの時はよい時。
かぎりなくやさしいひと時。

夕ぐれ時、
自然は人に安息をすすめる様だ。
風は落ち、
ものの響は絶え、
人は花の呼吸をきき得るやうな気がする、
今まで風にゆられてゐた草の葉も
たちまちに静まりかへり、
小鳥は翼の間に頭をうづめる……

夕ぐれの時はよい時。
かぎりなくやさしいひと時。


堀口大学
『日本の詩歌 17』
中公文庫



海の風景

2015年06月20日 | 
「海の風景」

空の石盤に
鷗がABCを書く

海は灰色の牧場でる
白波は綿羊の群であらう

船が散歩する
煙草を吸ひながら

船が散歩する
口笛を吹きながら



堀口大学
『日本の詩歌 17』
中公文庫




なげき

2015年06月20日 | 
「なげき」

愛せらるるは薔薇の花。

愛することは薔薇の棘。

花はあまりに散り易し。

棘はあまりに身に痛し。

堀口大学
『日本の詩歌 17 現代詩集』
中公文庫


散る日

2015年04月12日 | 
「散る日」

さくらの花が散る 惜げもなく己れを捨てるすばらしさ

うれい顔がそれを眺める いま見たときから散りはじめたようなはなやかさを


見ているあいだに散り果ててしまいそうな風情

こんなにゆたかな心がどこにあろう 誰にも見られないうちから散っているのだ

そしてまた 落下に酔った者たちが去ったのちも

さいはてに向かって散りつづけているのだ


金井直
『日本の詩歌 27 現代詩集』
中公文庫