昨日は義父の命日、義妹は父親の大好物だった”鮎”を備えに
40数年間必ずやってくる。
義妹の顔を見たせいか?私が結婚したばかり、小学校1年生だった頃の義妹に
夜寝るとき、歌ってやった歌を思い出した。
【 暗いみそらの 流れ星
何処へ なにしに 行くのでしょう
林のはての 野の果ての
誰も知らない 湖に
喉の乾いたお星さま
お水を 飲みに 参ります】
私が幾つだったか?妹が生まれていたのか?覚えてないが?
寝るときに枕元で「ねえや」が歌ってくれた唄。
85年以上前に聞いた歌。メロディーもはっきり覚えてる。
60数年前、義妹に歌ってやった唄、彼女もちゃんと覚えていた。
歌にはその時の沢山の思い出がありますよね。
私も懐かしい曲を耳にするとその頃の思い出が蘇ります。
パコ丸さん、前回のコメントの『グチさん』とは、
Yappyさんではない方のスタッフです😊
女性のほうのグチさんですよ♪
ありがとう😊
グチさんわかりました。田でなくて、口ですね。懐かしいです。
ヨロシクお伝え下さい。
流れ星の歌、全く聞いたことがありません。
10年ほど前、甍の波と雲の波♬という鯉のぼりの歌を大学生が全く知らなかったことにショックを受けましたが、逆に、最近小学生が歌っている歌を知らなかったり、童謡でも世代が違うと分からないものですね。
50年後、どんな歌が残っているでしょう・・・
人間の記憶は、まだ残ることのない時代の事でも、音だけは生まれた時からの事が残っている。・・と。
どんな部屋で、どんなおばさんが歌ってくれたのか解らなくても、美し流れ星の歌が頭の中を流れた行く。
これをパコ丸と話し合っていたらいつまでたっても終わることは無い。結局これが音楽の世界に導いてくれた「原点」だった。
まだ小学校に入る前から姉の持ってくる美しい歌にメロディをつけてあげると、よく歌っていた。
そして一生涯音楽の世界に生きることになってしまった。
先日地区の会長さんから、今年は音楽すべての会合は中止。と、連絡があった。
まだピアノの前に座れば自然と指が動いていく。
この感覚を貰ったのも、この「流れ星」が原点。
いくら書いても思い出は限りない。あの戦争が無かったら作曲者で一生を送ったのかな??
なかなか書く勇気が無くて、今になってしまった。