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おもむくままに * 白梅の道

辿ってきた道
創っていく未来
我が道を行く

夫婦 3

2014-11-14 19:54:47 | 日記
死別でなく

契約満了を迎えるには

迎えるなりの

衝撃的な出来事を味わうのだが、

どこにそんなにも潜んでいたのかと思うほどの

疑い・憎しみ・恨み・怒り・・煩悩にまみれて

穏やかそうに見せたその仮面は

解ったようなつもりの真理など

いとも容易く剥ぎ取られてしまうのである。



「最も憎むべき相手」を

「最も感謝すべき相手」と思えるまでを

如何に過ごせという・・。


時間に頼るほかあるまい。

長い長い時間をかけて

お互いのカルマの総清算を果たしたその後の

それぞれの生の中で

しみじみと

そう思える日が来ることを期待しよう。







ひとつの船。

どちらかが

この船を下りたのかと思っていた。

そうではなかった。

客室の階が違ってしまう。

そういうことだ。

船は同じ。

生まれて死ぬまで・・同じ船なんだ。

逢えたということが

お互いの相手として手を挙げあえたということが。

魂の仲間。ソウルメイト。

その中の最も結びつきの強い人。





ありがとう。



           完









夫婦 2

2014-11-11 06:47:22 | 日記
「夫婦とは、契約で結ばれた浄化の相手

 一番やっかいな嫌な役を引き受けあった

 最も感謝すべき相手」


契約 ― 一定の当事者間において締結される

     法律上の拘束力を持つ合意をいう。






婚姻 ― 夫と妻の法的、社会的に認められた結合で、

      当事者間の子供に社会的地位を与え、配偶者の権利と義務を

      規定した法律、規則、習慣、信仰などにより統制される。

      異なる社会や文化においても、婚姻には性的満足の創造と提供、

      子供の養育・教育・社会化、両性間の分業、経済的な生産と消費、

      愛情や地位や交友に関する人間的な欲求の充足などの

      さまざまな普遍的社会・人間機能を有する。

                  ブリタニカ国際大百科事典より




夢も希望もないのは、どちらも同じ様なものだ。

愛情を感じ添い遂げようと一緒になった二人の関係性を

こんな、つらつらと味気ない言葉で表していたのか・・・。






「夫婦とは、契約で結ばれた浄化の相手

 一番やっかいな嫌な役を引き受けあった

 最も感謝すべき相手」


契約 ― 一定の当事者間において締結される

     法律上の拘束力を持つ合意をいう。



魂の解釈を選択したのであれば

わたしたちの「契約」は満了を迎え、更新はしない。

ということになるのだろう。

わたしたちの「契約満了日」は

「二人の間に生まれた、二人の愛しい子供が自活するまで」

ということだったようだ。

振り返ると

安堵の日は・・心から安心を味わえる二人ではなかったかもしれない。

当たり前だ。

今世、お互いのカルマの総清算の相手を務めるのが約束・・契約ならば

幸せの・・安心の中だけでは、辛苦は得られない。

二人の間に起こる体験によって

喜怒哀楽を激しく体感することから得られるものによって

カルマをひとつづつ消尽させていくのだから。


魂のシナリオというものによって

合意した関係性だとは言え

その契約満了日に向かい

人間としての感情は、魂のシナリオをすんなりと受け容れ難く

泣き叫び、怒鳴り散らし・・

あぁ、これは

夫に対してではなく

魂の選んだシナリオに対してだったのかもしれない・・。




残念なことに

体験型・・型を示す役割だからなのか

青写真を見せられてから始まる 事の全て は

何も解らず闇雲に動き回る事以上に 苦しい



            わたくしごと 長くなりました

            続きは また今度







夫婦 1

2014-11-07 23:32:19 | 日記


仲良く

共に白髪が生えるまで



選択したつもり・・・




悲しいかな

夫婦たるもの

お互いを愛し結ばれたのにも拘らず

日々の暮らしの中で

男でも女でもなくなり

交わす言葉数も減る。

それでも

重ねた年月の中で

望んだかどうかも解らないけれど

阿吽の呼吸さえ身につけてしまう。



顔を見ずとも言葉交わさずとも

何を言いたいのか分かってしまう。

よいのか、悪いのか・・・。


 * * * * * * * 


理解できなかったことがある。

「夫婦とは、契約で結ばれた浄化の相手。

 一番やっかいな嫌な役を引き受けあった

 最も感謝すべき相手」

「お互いに手を挙げて

 僕が、私が、

 今回

 君の、貴女のカルマの清算の手伝いをしよう」

「僕が、私が、

 君の、貴女の嫌なところ浮き彫りにしてあげる」


そういう結びつきなのだそうだ。


これでは、夢も希望も失せてしまう。


若くて結婚したばかりの私には、理解不能だった。

相手が喜んでくれることを想い

優しい言葉を掛け合っていたのだから

「結婚」というものを

「夫婦」というものを

魂と肉体は、真逆のところから始めるのではないか。

と、

すると

体験という時間を動かして

真ん中に辿り着くその時

お互いの為に引き受けた役割というのが

終わるのだろうか。

終わりを迎えたら

「夫婦」という関係性は、どうなるのだろうか。

死別であったり、離婚であったり

仕事をやり終えて喜び合える、新しい関係性を続けていく。

で、あったり。



それは

選択できることなのだろうか。



・・・・それは

そこに辿り着くまでの

二人の在り方次第なのかもしれない。


こんなことを考えていた時分を

思い出す。







         続きは また今度














戯言 2

2014-11-05 20:36:39 | 日記



「 気が済んだでしょう 」


力んでいたのでしょうか。

その一言で

何もかもが緩んでいきました。



何のために生まれたのか

何をすればいいのか

どうなりたいのか

過去が 今が 未来の自分が

どうでありたいのか

どこに行きたいのか



在るべき場所 在るべき自分



探し続けたモノすら

拘り続けたアイデンティティさえ

この言葉の前に

何か無意味に思えてしまうのでした。



 「 気が済んだでしょう 」



充分 

足掻いた果てに辿り着いたところは



ただ この川の流れに乗って

何処に行きたいのでもなく

辿り着いたところが、わたしの在るべき場所で

どうやって泳ぎたいのでもなく

ただ この流れに身を任せて

ただ 浮いて・・真ん中を浮いて

水に溶けるように浮いて


そんなことだったのです。


高見ばかりを求めてきたこれまでに

水は下へ下へ

低いところへ流れていくという

自然の当たり前を見たような気がします。




すべては

なるようになるでしょう。

年を重ねるというのは素晴らしいことです。

今だから

今だから 分かること。







本日 11月5日の月は「後の十三夜」

171年ぶり。

見れること自体が奇跡な月だそうです。

望みを叶えるための知恵を授けてくれる月なのだそうです。

冷たくなった風を受けながら、奇跡の月を見ました。

今ここに在ることを、奇跡に立ち会うことの今に感謝。

戯言 1

2014-11-02 12:13:58 | 日記





お葬式の夢を見ました。

「まだ若いのにね。32歳ですってよ」

わたし自身のお葬式でした。



子供の頃から

“今回は35歳”

と、思い込んでいました。が、

何だかここまで生き延びています。

35歳までにやり終える任務が

未だ

達成されていないのでしょうか。

それとも

本筋から離れてしまったからでしょうか。

何かしらのシナリオ変更によって

何だかここまで生き延びています。





10月の初め

“思考”という頭をお預けしました。

自分自身の事については

とんと情けないわたしです。

考えても考えても出せない答えに、

考えて考えて絞り出して出した答えに

自分の中のどこかが違和感を唱えている様な気がして、

天に丸投げした次第です。

その答えを頂きに、旅に出ました。

 

  「 気が済んだでしょう 」


言葉は、それだけです。

けれど

それは

問うた事柄だけでなく

これまでのわたしの全部に

言えることなのだという事を

感じずにはおれません。

喜びも悲しみも 善いことも悪しきことも

己の想いが現実化した現象を

右往左往、考え

抉じ開け、崩しながら

更なる苦しみを生み出していく。

己の尾を追いかけて

ぐるぐるとその場をただ廻り続けるように。

その仕組みを思い知らされたようです。


 「 気が済んだでしょう 」


苦しいことが起こる度

それが大きければ大きい程

わたしは

天を近くに想い、神に愛されていると

思う自分に、何の疑問も違和感も抱いたことは

ありませんでした。

そう思うことによって

現象は

外からやってきて

喜怒哀楽は

誰かによって齎されている



思い違えていたのでしょう。



 「 気が済んだでしょう 」



 「 はい 」