陣屋へのりこむ一団を目視すると、総司は静かに、剣をぬく。
その鉄の重みが手のひらに伝わる。かつてあれだけ、軽々と振り回していたその一振りは、とてつもなく重く感じられた。
握る力をなくした腕が、刀を落としてしまわないように、細くちぎった布で、ぐるぐるとまきつける。
たとえ、ここで果てるとしても、あの人を生かしてみせる。
誰よりも、あの近藤さんが生かしたかった人を、新選組を背負うその人を。誰よりも大好きな・・・
浪士や、隊士たちが入り乱れての乱闘が始まる。
総司は、迷わず、陣屋の中を目指した。
途中、総司に気付いた、隊士たちが声をあげたが、
「僕にかまってる暇があったら、浪士どもをなんとかしなよ。陣屋の中まであげて、どうするのさ」
怒りまじりに声をあらげて先へと切り込む。
多勢で押し掛けた浪士どもが、もう、屋内にまで入り込んでいる。
頼りの斎藤も、会津藩への用向きで不在ときてる。
先の戦いでの負傷者が多かったのも災いしていた。
目指す部屋をみつけると、その中からも刃がかち合う音が聞こえた。
中に数人、襖扉をあけようとすると、総司をおった浪士どもも多勢でせまってくる。
「ちっ」と舌打ちをしながら総司がそれを薙ぎ払う。
と同時に部屋の中から、「ぎゃー」という断末魔の悲鳴があがり、襖ごと、吹っ飛んできた。
追いかけるように、そのできた空洞から外へでようとした瞬間目にうつる総司の姿に、瞠目する。
それをしり目に総司が、次々と多勢の浪士をきりふせる。
それでも埒があかない。
「貴様、何者だ!!」
一歩もひるまぬ総司を目にした浪士たちが、口々に声をあげる。
総司は不敵な笑みを浮かべて見せた。
みるみるうちに、髪が白く染まりゆく。
風に揺れる髪の隙間から、紅い瞳があやしくゆれる。
「化け物・・・」
その姿の変貌に、おののく浪士を射すくめて自分の存在をたからかに名乗る。
「新選組、一番組組長、沖田総司!!この先へ行こうとする奴は、僕が全員斬って捨てる」
腕についた血の塊をぞろりと舌でなめとりながら、刀を握る手に力をこめる。
新選組にあだ名すものを許しはしない。
言い終わるが早いか、閃光が閃く。
立ち向かう幾多の群れに、おくすことなく、打突をくりだす。
『まだ、戦える』
新撰組、最強の剣士。
近藤勇に育てられ、土方歳三に愛された、1番を背負うその名を。
血しぶきが、その身をよごし、視界をさえぎろうとも、一歩もひくわけにはいかないのだから。
俺もまた刀を構え直し、その戦線に加わる。
何故、そこに総司がいるのか、それを聞いてる暇はなかった。
総司と背中合わせに浪士どもと対峙する。
「ちょっと、土方さん、隊士の教育、なってないんじゃないですか?」
背中がふれるなり、総司が不平をいいだす。
「うるせぇ、相変わらずの人手不足なんだよ」
緊張感のかけらもない会話。
「ほんと、これじゃぁ、おちおち休んでられないじゃないですか。千鶴ちゃんはどうしたんです?」
「あぁ、島田に頼んで裏口から逃がした。」
「そういうところはぬかりないんだ」
向かい来る浪士どもをあしらいながら、無駄口をたたき、前からくる浪士を蹴飛ばし、刀を振るって次の新手をねじふせる。
懐かしい、まるでまだ、日野にいたころのようだった。
喧嘩をうってくる輩の挑発をかっては、二人で暴れた。
総司はめっぽう強かったし、俺も、そうだったから、よくこうして、総司が嫌味をいい、俺もそれにのって、こんな調子で戦っていた。
それを知った、近藤さんや姉には、よく怒られたものだが、総司ときたら、
「僕のせいじゃないですよ。土方さんが喧嘩を買うからいけないんです。囲まれちゃったら、倒すしかないじゃないですか」
と言うものだから、自分が先に喧嘩を買ったくせに人のせいにしやがって、と言い合いが始まり、「まぁまぁ」と困った顔をして近藤さんがなだめ、姉は深いため息をはく。
あまりにとめどなくやっていると、しまいには、姉が切れて、木桶にためた水を勢いよくかけはなち、水浸しで二人、茫然と姉を見上げた。それが日課のようなものだった。
斬っても斬ってもきりがない。
風間にやられた切り傷が、ずきりと痛む。嫌な汗が額を伝わり、背中へとおちていく。
「きつそうですね、土方さん。けが人はそっちで休んでたらどうです?」
総司がいう。
そういう総司も、息があがってきていた。
羅刹で、常人ではない力を発揮しているとはいえ、労咳を抱えた総司にとって、これほど動きまわるのは、自殺行為に等しい。
「てめぇにだけは言われたくねぇな。そっちこそ病人のくせに無茶しやがって」
「ご老体の土方さんと違って、僕はまだ若いですから。多少無理をしても平気なんですよ」
「誰が老体だ、まだまだ、負けるわけにゃぁいかねぇんだよっ!!」
まだ動こうとする、足元の浪士の手を踏みつけ、横からくる奴の溝打ちに、刀の柄を力強くうちこむ。
総司の打突が、得意の二段突きを見舞う。
それでも絶えずに無駄口をたたく。
こいつがいれば、負けることなどありえないと信じているから。
「副長、ご無事ですか」
裏口のほうから、隊士が数人入ってくる。先頭にいたのは、斎藤だった。
会津藩に用向きにでていたのだが、どうやら帰ってこれたらしい。
「遅いよ、一くん」
打突でつらぬいた浪士を足でけり倒しながら、援軍に笑みを送る。
「総司・・・」
斎藤が、驚いた顔で口をあけた。襲いかかる浪士を五月蠅いとばかりに腕で押しのけながら、抜刀を放つのを忘れない。
「一くんが来たなら、ここは大丈夫だね。僕は、外のやつらをなんとかしてくるよ。」
総司が身をひるがえし、突破をかけようとする。
「待て、総司!」
斎藤が声をあげるが、総司はにいっと笑うと、
「土方さんは、まかせたよ、一くん」
猫のように軽やかに、止める間もなく、刀を翻して廊下の闇へと消えていった。
-つづく-
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