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日記

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猫脳

2010年06月18日 | Weblog

 おいで、と呼んでも、来ない、でも人が動くと着いてくる。抱くと嫌がる、たまに、にゃー と言う。 大体が猫の脳は人間のそれと、かなり違うね。

              

  

  あんまり好かれていないな、と感じるこの頃。 レモは相変わらずマイペースで生きてるみたいどす。 ある時はこんな感じで、

 実に自由なのであります。

  そしてテレビCMをまねして、

                

                    

                              入りました。。          

 退屈なときは、

   ひとり遊びしてます。

 

 やっぱり猫です。本物の魚でなくても、興味津々です。

   

       

  瀬戸物の箸置き、 だから食べられません。

 

  

 

 

 

 


猫の元気草

2010年02月07日 | Weblog

数ヶ月経って成長したレモを見た親戚の人が、レモちゃんは「普通の猫やねえ・・・。」

そう、その辺のどこにでもいる、トラ柄の猫になりました。

だけどペットを飼っている人なら誰でもが、我が家のが一番、可愛いと思っている訳で、当然、我が家の‘レモちゃん’もやはり、ほかのどの猫より、かわいいのです。

連れ合いが、こんな物を買ってきた。飲み込んだ毛玉やほこりを、吐き出させ胃を守ります。

こんな草たべるんやろか。犬は散歩の途中で同じきまった草を食べて胃腸を快調にしてるけど、猫は知らなかったよ。

よく見ると、『すぐ伸びる新鮮生野菜』と記してあるではあーりませんか。

ようするに、「カップ麺」ではなく、「カップ生野菜」な訳ですね。数日すると、芽がでてくるそうです。

一日目

二日目

全然変わってないじゃないですかあ。?

 

いつかはこの元気草をたべさせてやるからね・・・。

何も知らないレモは今日もマイぺースに生きています。

 

 


価値観は転換?

2010年01月27日 | Weblog

こいつが来てからもうすぐ5ヶ月目に入る。高いところとゴミ箱漁りが大好きな奴。最近はイタズラもよくする。手と口の届く壁に留めていた画鋲はみなはずしてしまった。     

そろそろ ‘爪とぎ’をはじめる歳の頃で、手製の「爪とぎ器」を作ってやった。・・・が結局見向きもしなかった。風呂場のマットと、押入から出てきた網かごを使って時々練習してる。

この中で詰め研ぎの練習。

あまり写真も撮らなくなってしまったが、相変わらず可愛い。可愛いの頭に「憎たらしい」をつけてやりたいと思うときもあるんだが・・・。

 

レモの話はこれくらいにして、といっても特別なことがある訳じゃない。車で走ってて、レモと同じような鯖トラ柄(最近知った言葉でたぶん虎猫柄?)の猫が車に轢かれて死んでいた。無惨な姿だった。見た一時はすごい可哀想だと思った。・・・しばらくしたらそう思ったことも、死んでた猫のことも忘れていた。そうなんだ、自分に係わりがないようにと無意識に忘れている。きれいな朝日を見たちょっとした感動も、夕べの酒の肴の味も、新聞の天声人語も、あかい夕焼けさえも忘れている。忘れてるというか忘れている時間の方が多い。夢はほとんど忘れてしまうが、何かの肥やし、糧になってるんだろうか。どんなに忘れても一度経験したことは何かしらの糧になって私がいてあなたがいる。

国会の中継を聞いた。経済的観点からいうと、日本の将来のヴィジョンを語るときに最後に重要な事は「価値観の転換」だそうで、・・・あれれと思った。発想の転換とか価値観の転換とかは3,40年前から日本人に問われていた事ではなかったか。たぶん日本人はこれからも特に変わることなく平均的日本人を誰も誰もがが求めていることさえも気づかずに身近な不満を言いながら同じように生きていくんだろう。

イギリス人が日本の会社の朝礼、何処でもやっている体操や何とか確認の連呼等をみて‘資本主義の服を着た共産主義だ’と笑いをこらえたらしいが、向こうの人から見ると北朝鮮のあの儀式と特別な差は感じていないのかもしれん。

 


こっちも雪が降りました。

2010年01月14日 | Weblog

あまりにも寒いのはイヤだけど、雪が降るとちょっとだけ嬉しい気分になるね。雪だるまなんてこの歳になると作らないけど、近所の子供が作ってくれたよ。クロは異常な寒さでちょっとびっくりしたようだけど、元気。

正月から続いてる痛い話は、今度は背中が痛くて寝返りを打つのに難儀する始末。どうも今年は体調が今ひとつ。・・・もう歳だからしょうがない・・・。

躯以外はいたって平穏無事で、生まれつき‘幸せ不安症’である自分は、こんな平穏であると何か不安になってしまう。あえて何もしなくても普通に生きていけるのは・・・あくまでも情緒的な話だけど、ほれじゃぁイカンと思っている妙なところがあって、こんな気持ちは誰もが持っているもんなだろうか、とまた思ってしまう。

 

さいきん気付いたんだけどレモはよく、乳のみ行為なるものをしていて、これがどういう意味なのか、皆さんのたいていの想像どおりのものかどうか、これをすれば大抵眠りに入ります。

というわけで動画撮りました、http://www.youtube.com/watch?v=4jEWMQyP5t0


痛い正月

2010年01月03日 | Weblog

 もう吐き出してしまうと、クリスマスも正月もいらないね。・・・なんて言ってもしょうがないけれど、区切りがあるということは、それに合わせてこちらもそれなりに世間様同様にしなくてはいけないのが、面倒くさい。休みはあったほうがいいが、正月早々から歩けなくなり、38度の熱を出したんじゃあ、何が「飛躍」のとしだぁ?病院にいってもリーマンヘボ医者で軽くあしらわれて検査しないとわからんね。インフルエンザのほうも見ておきますかだって・・・。となりのおっさんの方がもっとましな事いってくれるワ。

というわけで本年は出発地点ですでに故障中です。・・・が快復しました。いまさっき。

とりあえずおめでとうございます。でレモの画像を。

親戚の意見を入れて鈴もつけたのだよ。

こんな姿は普通に普通なんじょ。

箱ものは大好き、

です。   

んでまた眠ります。

 

 

 

 

 


年末あれこれ

2009年12月25日 | Weblog

 とにかく年末はいそがしいね。

あまりウンコも溜まらないし、とりあえずレモはこんな感じっす。

レモの後ろには年末ジャンボの夢が・・・。

またまた寝ていますが・・・。

 やっぱり寝ていますが・・・。

 


最期

2009年12月16日 | Weblog
 人は生まれて、・・・、そして必ず死んで行く。この生まれてから死ぬまでの間に、〈人生〉がある。

 奥さんが逝ってから、ひと月もたたないうちに、残された相方が先日、あとを追うように亡くなった。顔だけでも見ておきたいと、夜分に見舞ってきた。

 少しこの生きてるあいだの〈人生〉について考えてしまった。人の最後には早く死ぬことを願って生きるということもある。 合掌。

進化

2009年12月12日 | Weblog
今回はさらりと受け流してくれればいい話でありますが、 
人はどのように進化したのか。ちょっと興味ありますが、ここ五万年くらいは進化してないらしい。進化の話では千年二千年は最近の事柄に属し、進化に対してあまり現実感が湧かないのはしょうがない。最近のはなしでは、少子化。これについては、どうにかせねば、という意見と、全然問題無し、という意見がある。自分としては問題無しという方だが、こと身内に関してくると、そうはいかないのが難しいところ。最近の若い人のアンケート調査で子供を産まんでもいいよ、という考えが増えたらしい。すると人類の危機に問題が発展するかというと、そうでもないような気がする。子供を欲しがらない人は当然子供を産まないか少なく産む。子供をたくさん欲しい人は、可能であれば希望の家庭を築く。当然子供を増やしたいという人が子孫を残すから増えていく。つまりこの世界で生き継がれ行くDNAは子供を増やしたい側の世界になっていく。でいま世界の人口は増えすぎているという話。どの立場になって考えるかで微妙に変わる。
 立場が変わると意見も変わる、ということから言えば、この国の政治の現象はまったくその通り。理想を言えば立場環境を越えて、意見を言える人が政(まつりごと)を行うのがいいんだけれどね。

 ついでに気になる事がひとつ。外国の有名ゴルファーが芸能ニュースを賑わしているんだけれど、あの相手の女性はどう考えているんだろう。個人的な電話の内容をおおやけにして何が面白く愉しいんだろう?。アメリカの女性はこちら日本人男性から見れば、とんでもない奴だね。日本の常識、文化が今後アメリカの常識になって行くようであれば、未来を憂いますね。
 他人事だからついでに言うと、日本でも芸能人を先頭に、浮気から離婚に至る事象があって、これも直ぐに離婚ですかあ、と考えてしまう。夫婦を含め人間関係っていろいろなごちゃごちゃがあり、暗も明もあって、それで一緒に生きて行くことに価値があるように思うんだけどね。縁を切ってしまったら、楽かもしれないけれどお終いなんだよね。
絶対別れられない関係と思うことだね。片方だけじゃなく関係している皆が良い情況をイメージして生きていければね。その方が面白い。関係悪化すると、いまや親戚縁者でも直ぐに絶縁したがるけど、お終いにならないように我慢は大事です。

食用ガエルはウシガエル

2009年12月12日 | Weblog
 あまり見かけないものを触ってしまった。鳴き声はたまに聞くが、その姿はほとんど見かけない。躯はぶよぶよしていて、素手で触るのはちょっと勇気がいる。顔は可愛い。

 それにしても「食用ガエル」という名前は可哀想だ。ちゃんと「ウシガエル」という名前があるのに、今では食べもしないのに、「食用ガエル」とは。

・・・ウシガエルという名前もどうですかね。