杜の里から

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福島を巡る(二日目)〔その一〕

2015年07月03日 | 福島
福島ツァー二日目、晴れてれば郡山市のお隣の三春町散策を予定していましたが、この日も天候は安定せず、そこで急遽予定を変更し、この日は奥さんのリクエストで伊達政宗ゆかりの地を訪ねる事としました。

三春町に着いてうろついていたら案内標識を見つけました。
どこを巡るか見てみましたら、たまたまこの近くに「城山公園」がある事に気づきます(クリックで拡大)。
  

ここは『三春城』の跡地で、『三春城』と言えば伊達政宗の奥方愛姫(めごひめ)が生まれ育ったお城、早速そこを目指して急な坂を登る事に。
  

で、この坂結構な急坂でして、初め歩いて行こうとしましたが早々と挫折、車で頂上を目指します。
実際に登ってみたら実は上までかなりの距離があり、仙台の青葉城のつもりで上まで歩こうとしたのが無謀な挑戦であった事を知ります。
しばらく登ると坂の中腹ほどに愛姫(めごひめ)の碑がありました。
この地から現山形県米沢市の伊達家へ僅か12歳で嫁いでいった訳ですが、さぞかし心細かった事でしょう。
  

道路脇の紫陽花は皆満開となっていて、見事な景色となっていました。
  

  

頂上に着くとこんな看板が。ここはあくまで「跡」なので、他には何もありません。
  

ただ標識と深い緑があるだけです。
  

  

城跡にはこの様な記念碑も。確かにここの緑は印象的です。
  

  

お次は本宮市にある人取橋(ひととりばし)古戦場跡を見学。
国道沿いの田んぼの中に、標識と石碑と案内板があるだけで、普段何気なく通り過ぎてしまう様な場所です。
  

ここは天正13年(1585年)11月17日、伊達政宗軍7000騎と佐竹・蘆名らの連合軍30000騎との戦いが行われた古戦場で、当初圧倒的な差で攻めていた連合軍でしたが、戦いの最中に佐竹家の内紛が勃発、さらに留守となった佐竹の本領に水戸城主・江戸重道が攻め入ったとの報により佐竹軍は一夜で撤退、戦いは勝ち負けなく終わります。
  

続いて訪れたのは、二本松市岩代町にある「小浜城」
  

ここはそれまでは大内氏の居城でしたが、天正13年8月、当時18歳であった若き伊達政宗の侵攻により城主大内定綱は二本松城に逃れ、以後正宗の居城となります。
  

でもお城跡には、元々の城主「大内氏」の石碑が建ってました(^^;)。
  

ここの緑も見事、頂上からの眺めは今も昔も変わりない事でしょう。
  

  

ここから程近い場所に「宮森城」があります。
ただこの辺はナビにも登録されていない場所なので、近隣の人に道を聞き、迷いながらやっと辿り着きました。
  

ここも天正13年9月の伊達政宗の侵攻によって大内氏から伊達家の所領となり、父の伊達輝宗の居城となります。
  

本丸までの道は整備されていますが、ここも城跡という事で残っているのは本丸跡に建立された小さな神社と標識だけです。
  

  

本丸跡地には大きな石が。何かの建物の基礎だったのでしょうか。
  

この宮森城で大きな事件がおきます。
正宗が鷹狩りの最中、正宗の父伊達輝宗が伊達家に和議御礼で訪れた二本松城の畠山義継によってラチられてしまい、怒った正宗が軍勢を率いて後を追いますが、阿武隈河畔で追いついた正宗軍は、父親もろとも畠山義継を撃ち殺してしまうのです(天正13年10月8日)。
そして怒りに猛った正宗の、父の弔い合戦として先の「人取橋の合戦」となる訳で、天正13年という1年の中で、このエリアでは壮烈な戦国絵巻が繰り広げられた訳です。

最後に訪れたのが二本松城、二本松と聞けば「菊人形」ぐらいしか思い出しませんが、考えてみたらここはまだ訪れた事はありませんでした。
初めての道なのでナビに従ったら細い路地に誘導され、そこを登りきったらてっぺんの本丸駐車場に辿り着きました。
  

そこから城内に歩いて行くと突如目の前に現れる城壁の姿、中々の迫力です。
  

城壁を登るとそこにはさらに展望台代わりの城壁が。
ここからの眺めは絶景、別名霞ヶ城とはよくぞ言ったもので、ここから二本松市内のあらゆる方角が一望出来ます。雨振りのお天気が残念でなりません。
  

  

下界に下るとお城入り口には戊辰戦争で戦った「二本松少年隊」の像が。観光パンフにはこの場面がよく紹介されてます。
  

この二本松城も、先の人取橋合戦後伊達正宗の猛攻に合い、翌天正14年(1586年)についに伊達政宗の手に落ち、家臣の伊達成実(しげざね)らが城主を務めるという事になります。
まあ地元の人にとっては伊達政宗はまさに侵略者、城内の立て看板の説明にも「執拗な攻撃により」なんて書かれていて、何となく地元の人から見た正宗像が垣間見られます。
次回のNHK大河ドラマは「真田丸」、ここでも正宗が絡んでくるはずですから、果たして彼がどの様に描かれるのか、地元民としては興味が尽きません。

城内の松の木は、激動の歴史を見つめてきたかの様に静かにたたずんでいました。
  

その木肌には、思わず歴史を感じてしまいます(クリックで拡大)。
  

この日訪ねた伊達政宗ゆかりの地は以下の通り。

 1:三春城跡
 2:人取橋古戦場跡
 3:小浜城跡
 4:宮森城跡
 5:二本松城(霞ヶ城)跡
レキ女である奥さんのレクチャー付きの旅でした(^^ゞ。


(実は訪れたのはここだけではないのですが、書いてる内につい長くなってしまったので今回は2回に分ける事にします。)
(二日目〔その二〕に続く)


参考サイト)
・「今日は何の日?徒然日記」より『独眼流・正宗を知将に変えた人取橋の合戦』
・二本松観光協会より『国史跡二本松城/県立霞ヶ城公園 』

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