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le drapeau~想いのままに・・・

今日の出来事を交えつつ
大好きな“ベルサイユのばら”への
想いを綴っていきます。
感想あり、二次創作あり…

SS-83~ 「愛している」と言える日まで…… ④(アンドレバージョン) ~

2023年08月26日 20時29分53秒 | SS~「愛している」と言える日まで……~

~ 「 愛 し て い る 」 と 言 え る 日 ま で …… ④ ( ア ン ド レ バ ー ジ ョ ン ) ~

いつの頃からだろう。
視線を感じて顔を上げると、ついっと顔を背けるオスカルの、金の髪が揺れる。その瞬間に、何ともたとえようのない甘い香りが漂う。ベルガモットだろう。この、くそ暑い毎日に一服の涼を与えてくれる。勿論、オスカルが色香を考えたりしないことは百も承知だ。

そんなことより、気になるのは視線の方だ。
明らかに俺の方を見ている。それなのに、俺がオスカルの方を見遣ると、慌てたようにそっぽを向く。
多分……。あれだな。この前、オスカルの戻りが遅いのを良いことに、司令官室で着替えたりしたから、本当は何らかの処分を言い渡したいんだろう。

本当は俺だって、雨に濡れて汗や埃の臭いが強調された兵士たちと一緒に、宿舎の更衣室で着替えるつもりだった。
だが、この後、おまえは、ダグー大佐やほかの将校たちと、明日以降の兵士たちの編成を討議しなきゃならない。そう分かっていれば、兵舎まで行き来する時間さえもったいない気がした。

だから、誰もいないことを幸いに、軍服を脱いだ。己の着替えを先に済ませるつもりだった。大急ぎで自分自身の身なりを整えて主をお迎えしたかった。結果、おまえの戻りの時間にかち合ってしまった。
とんだ失態だった。
勢いよく開いた扉。ぎょっとしたような、世界中の嫌悪感を集約した、おまえの顔。
「ぶ、無礼者――っ!!」

はい。無礼この上ない行為であることは、やらかした本人が一番よくわかってます……。

きっと、あれだ。
あの時……いや。あれ以降、おまえは、そして、俺もあまりにも忙しい日々を過ごしてしまった。
だから、おまえは俺を処分するタイミングを逃してしまった。

ここはひとつ。こちらから切り出した方が良いだろう。
俺は、ちょうどキリがついた書類の確認を求めるため、思い切って、重い腰を上げた。
「……オスカル……」
正面に直立不動。どうした、と言いながら書面に集中していたおまえが顔を上げた。そして、一瞬、驚いたような表情を見せる。
ひるんではいけない。
営倉入りだろうと、謹慎処分だろうと、俺は潔く受けよう。
願わくば、おまえの仕事に支障がないよう。それだけは言い添えることにしよう。

「何があった? アンドレ……」
意外そうに繰り返すおまえに、おれはにっこりと嘘くさい笑顔を向けた。
「今週の懲罰の対象兵士の一覧だ。確認して、署名を……」
「確認?」
怪訝そうな隊長殿の顔。俺は、ああ、ちゃんと確認してくれと言い足す。

いつも、この程度の、内輪でどうにでも書き換えられる書類に、いちいちオスカルが目を通すことは、ない。
元々、隊長が口を出す内容ではないのだ。
だが、衛兵隊に赴任してきて以降、書面での通達も何もなく、その場の将校の気まぐれで処分されていく雑兵たちの処遇に憤ったおまえが、将校たちにきちんと報告するようにと命じたのが、事の始まりだ。

それらは、俺の机の上に置かれる。俺は、週ごとにそれを整理し、大きな処分対象や疑義のあるものを口頭で告げる。何と言うか、面はゆいが……隊長の信頼を得ている俺のすることに間違いはないという理由で、処分の妥当性の確認は俺の仕事だ。
だから、重すぎる処分や、あまりにも甘すぎだろうという処分のほかは、オスカルはほぼ確認もしないまま、署名し、決済されている。
不思議なことに、こういうやり方をするようになってから、目に余るほどの不可解な処分がなくなったという事実もある。

そんな経過の上での、今日だ。
確認を求める俺を、オスカルが訝しく思うのも無理はない。
ぺらりと頁を捲ったおまえが、
「処分が決まっていない兵士も……」
言いかけ、正面から俺を見つめる。
「何だ、この処分対象の『アンドレ・グランディエ』とは……」
「この前、司令官室を私用で使った……。まだ、その時の処分を言い渡されていない」
「えっ……」

オスカルは、なぜか、かーっと赤面し、俯いてしまった。
「あ、あ、あ、あれは……」
しどろもどろに言い淀み、バンと机を叩くと立ち上がり、クルリと俺に背を向けた。その瞬間にも金髪が揺れ、ベルガモットが俺の鼻腔をくすぐった。
窓辺に寄り、じっと外を見つめ黙り込んでしまった隊長に、俺は言葉をかけて良いかどうかさえ分からず、直立不動を崩せない。

自分から、処分を申し出た俺を、どう思ったのだろう。
おまえはじっとしたまま、窓の外を見つめている。訓練終わりの兵士たちのおしゃべりがだんだんと近づいてくる。

いい加減、何か沙汰を下してもらわなきゃ、この後の予定にも影響してしまう。
そう考えてしまうほど長い沈黙の後、おまえは、無言のまま椅子に座り直すと、ペンを取り、さらさらと何かを書いた。そして、何やら用紙を書き足し、被せるようにして一緒に整えると、
「おまえへの処分も書き加えた。ダグー大佐に回しておいてくれ。最終決裁だ」
そう言い放つ。俺の弁明は受けつけないとでも言うように、後は、残りの書類に目を落とした。

俺は受け取った用紙を大佐の部屋に届けるために、司令官室を辞す。扉を閉める瞬間に、ちらりとおまえを振り返ってみたが、芳香を漂わせた髪が、その表情を隠していた。だが、ほんの一瞬、ほーっと息を吐く様子が見えた。
まさか、職を解かれるほどの重い処分の対象になるとは考えにくいが、もしかしたら、数日はこの部屋にも寄りつけないかもしれない。そうだとすると、色々な段取りも考えておきたい。その時間を与えてもらえるだろうか。その思いだけが何度も巡る。

処分を言い渡される兵士たちは、上官からの言葉を直接その耳で聞く。
俺は、他の兵士たちと違い、隊編成には属していない。司令官であるオスカル直属の従卒だ。だとすると、俺への処分は本来オスカルがその口で伝えても何の不思議もない。しかし、オスカルは言おうとしなかった。それをダグー大佐の口から聞くことになるのだろう。
もしかしたら、この書類を自分で確認しても、俺は、咎められないかもしれない。

そんな邪な考えから、ちょっと書類を持つ指先が緩む。その瞬間、メモくらいの紙片が零れ落ちた。
先ほど、オスカルが足した用紙だ。俺は、それを摘まみ上げて、ぎょっとした。
『私は、ひとりでは何もできない』
「……オスカル……」
そして、一覧表の俺の名前の欄には『処分なし』とあった。

俺がそれを見てほっこりしている頃、オスカルが司令官室で「あーっ! もっと上手な言い方があっただろう」と赤面しながら叫んでいることなど、勿論、この時の俺は知らなかった。まだ……。
《 fin 》

【あとがき・・・と言う名の言い訳】

上記のオスカルさまの叫びは、今のワタクシの心の代弁でございます。
本当に、お誕生日だというのに、お誕生日要素も色気もなぁんにもありません(m´・ω・`)m ゴメン…
でも、それはさておき、
 
B o n  a n n i v e r s a i r e  !!  A n d r é

三が日の話を書いている頃から、この話の心理状態って、絶対OA両バージョン成立するよなぁ、と思ってはいたのですが、さすがに間に合いませんでした。なので、その時から既に今年のA君バースデイSSのネタは決まっていたのです。が!! 書き始めたら……(いつものことですが 笑)最初と違う方向に行ってしまいました(‘◇’)ゞ
おつき合い、ありがとうございました。

メッセージをくださっている皆様に直接お返事もできないままで申し訳ありません。

Mさま・・・お褒めのお言葉、ありがたく頂戴いたします。
Gさま・・・浸ってくださった余韻の続きと言うにはあまりにもお粗末な話ですが、楽しんでいただけたなら、嬉しいです。
お名前のなかった方・・・迷惑なんてとんでもない。心温まるメッセージありがとうございました。
Hさま・・・いつもいつも温かいコメントありがとうございます。私の方こそ励まされております。ご無理なさいませんように。

暑い上に、ゲリラ雷雨に襲われたり、定まらない気候です。皆さま、どうぞご自愛ください。
またお時間のある時にお立ち寄りくださいませ。


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SS-83~ 「愛している」と言える日まで…… ③ ~

2023年07月14日 05時23分55秒 | SS~「愛している」と言える日まで……~

~ 「 愛 し て い る 」 と 言 え る 日 ま で …… ③ ~

いつ頃、聞いた話だっただろうか。
その時には、深く考えていなかった。
「『好き』と『愛している』の違い?」
幼馴染は、驚いた声を出した。ああ、とオスカルはその反応に満足げに頷いた。
「知っているか? 花が好きと言う場合、ただ花を摘むだろう。だが花を愛していれば、世話をし、毎日水をやるだろう」

難し過ぎてよく分からんとアンドレは首を傾げていた。
「『好き』だったら、その花を手折って、飾るなり何なり……一方通行で満足する」
「……なるほど……」
「だが、『愛している』場合は、育むんだな、一緒に……」

まだ、当たり前に、何の感情も持たないままに、そんな話ができていた頃だ。オスカルがどこかで聞いてきた教養は、そんな風にアンドレに伝授されるのが常だった。
この話も、そんな知識のひとつに過ぎない。忘れ去られてしまうことの方が多い。それなのに、なぜ、今、思い出すのだろう。

「愛している……」
そうひと言告げれば、自分はアンドレの愛を得ることが出来るだろう。いや、告げずとも、彼の自分に対する想いは、変わることはないだろう。
その愛の深さを、オスカルは知っている。
何を犠牲にしようとも、何を敵にしようとも、アンドレの愛が自分を裏切ることはない。
知っている。知っているからこそ、言い出せない。
これ以上の重圧を彼に背負わせることになって良いのかと自問する。

落ち着かない世相。パリも、ヴェルサイユも、いつ暴動が起こってもおかしくないほどに緊迫している。兵士たちに、十分な休養を与えてやることも出来ないままだ。
「愛だの恋だの言っている時ではない」
小さな呟きは、狭い車内で一部分だけを妙に轟かせた。
「何がないって……?」
従卒は心配そうにこちらに視線を移して来た。
「何か、忘れ物か?」
「あ、いや。ひとり言だ」

ひとり言であることに間違いはないが、あまりにも白々しい言い訳にオスカルは、息を大きく吐き出した。
「疲れてるんだろう、オスカル。本当にちゃんと眠れているのか? この前、俺が朝から厨房に入った日にも、ずいぶんと早い時間からバルコンにいただろう」
「いや、たまたま目が覚めて……。確かに睡眠時間そのものは長くはないが、何しろこれでも軍人の端くれだからな、短い時間で集中的に眠ることに、この体は慣れている」
まさか、おまえの姿を見たかったからだとは言えるはずもなく、オスカルは、しなくても良い言い訳を早口で捲し立てた。

そして、はっと気づくと、今度は、なるべく感情を出さずに、
「疲れているのは、何も私だけではない。おまえの方こそ……」
言いかけて、その先の言葉は消えた。
堂々巡り。探るような会話。何か、本音を奥深くにしまい込んだままの上辺だけのやり取り。

ふっと、もうひとつ溜息をつき、オスカルはアンドレを正面から見つめた。
「な、なに……?」
慌てるアンドレから視線を外さずに、オスカルは言った。
「おまえを休ませるには、まず、私がヴァカンスを取らなければいけないと、兵士たちから諭された」
「へぇ~」
アンドレは相槌の打ちようがなく、驚きだけを声にした。

「この前、書類をばら撒いただろう……」
ぼそりと言うオスカルに、「あれは」と口を開いたが、見えていなかったなどと口が裂けても言えない。アンドレは、
「……なるほど、疲れているというわけだ」
その妙な納得の仕方にオスカルは一瞬不愉快そうな表情をした。だが、すぐに笑顔になり、こうつけ足した。
「今の状況が落ち着いたら、長めのヴァカンスを取ろう、一緒に……」

「一緒に?」
アンドレは、今までにもオスカルの休暇には付き従ってきたはずだ。わざわざ一緒に、と言い足すオスカルの真意が少し気になった。
「……下手に屋敷にいると、またばあやにこき使われるかもしれないから、少しヴェルサイユから離れてみるか」
「……おまえに、その勇気があるなら……」
茶化すアンドレにオスカルは、微笑んだ。
「どこが良い? 考えておいてくれ」

休暇を取ることに積極的なオスカルの発言がアンドレには嬉しかった。
「分かった」
「別荘でも良いし、何なら、宿を取るのも良いかもしれないな。どこか知らない遠くの田舎町にでも逗留して、のんびり過ごそう」
仕事の鬼と例えられるオスカルが、こんなにも前向きにヴァカンスの予定について目を輝かせている。アンドレは笑みを浮かべた。
「ああ、そうだな。」
珍しく、すぐに同意を示すアンドレに、オスカルは安堵した。

つまりは、答えは単純なのだと思い知らされた。
アンドレの自分に対する無償の愛に応える、ということではなく、アンドレの為に何かをしたいと思う気持ちこそが愛なのだと、気づいた。
「何なら、私がちゃん眠れているか、夜通し観察しておいてくれ」
言うと同時に、オスカルは窓の外に視線を移した。

「えっ? えっ?」
日頃のように、すぐに「冗談だ」と言い添えないオスカルに、アンドレはどう反応しようかと目を白黒させている。

「おまえの胸に顔を埋めて、おまえの香りに包まれていれば、私は安心して眠りに着くことができるんだ」
夢の中で何度も何度も繰り返されたシーン。そう言ったら、アンドレは、どんな顔をするだろう。そう考えるだけで心臓の鼓動が早くなっていく。
そう告げることができる日まで、もう少し、勇気を蓄える時間が必要だと、オスカルは車窓に映る己に微笑みかけた。
≪fin≫

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SS-83~ 「愛している」と言える日まで…… ② ~

2023年07月13日 21時11分04秒 | SS~「愛している」と言える日まで……~

~ 「 愛 し て い る 」 と 言 え る 日 ま で …… ② ~

眠りは浅い。それでも、寝覚めは決して悪くはない。
寝台に半身を起こし、ゆっくりと膝を立てる。両膝に、それぞれの肘を載せ、指先はだらんと下げたまま、体中の力を抜く。レースの天蓋をじっと見つめた。
また、同じ夢を見た。
アンドレの胸に顔を埋めて、その香りに包まれながら、眠りに着く。

熱い接吻を受けた、あの日。拒絶するしか知らなかったその時と比べると、今は、逆に愛おしさで唇が火照って来る。
だから、ジェローデルを受け入れることが出来なかったのだと、イヤになるくらいに冷静に、結論づけてしまう。
それならば、いっそ、毎夜繰り返し見る夢を現実にしてほしいとねだってみたら、あいつはどんな顔をするだろうと、息を吐き出した。

夏の夜は短い。だから、淋しさを抱える時間も短くてすむ。
オスカルは、そっと寝台を抜け出した。中庭が見下ろせる南向きのバルコンに通じる窓に近寄る。カーテンは幾重にも重なっている。そっとそれらを手繰りながら、最小限の隙間からバルコンに出た。

かすかに、ナイチンゲールの鳴き声が聞こえる。
早番の使用人たちが、中庭を通り、それぞれの持ち場へと散らばって行く。
今日は、その中に、アンドレが混ざっていることを、オスカルは知っている。
本来ならば、次期当主付きの従僕のアンドレに、こんなに早く起きる義務はない。だが、昨日、厨房の使用人夫婦の家族に不幸事があり、急遽田舎に帰ることになったと乳母が慌てふためいていた。

オスカルが聞いている前で、会話は繰り広げられた。日頃、主家の人々に、使用人の都合など、決して耳に入れない乳母の、慌てぶりが分かる。いや、そもそも乳母にも厨房の早番の心配をする義務などないのだが、とオスカルは笑いを堪えた。
「だから、夫婦揃って同じ持ち場はダメだってあれほど言い続けたのに……。シフトまで一緒だなんて……」
嘆く祖母の肩を優しく抱き寄せ、アンドレは言った。
「事情が事情なんだから、仕方ないだろう。でも、確かに、一人だけなら何とかなるけど、二人も同時にいないとなると、明日の朝の厨房はちょっとしんどいかな」
オスカルは、自分が口出しできる分野でないことを十分に知っていた。だから、黙って成り行きを見守るしかなかった。

すると、乳母が何かを思いついたようにポンっと手を叩くと、目を輝かせて言った。
「明日の朝は、おまえが厨房に入りな」
「えっ……」
驚きの声を出したのは、言われたアンドレではなく、聞いていたオスカルの方だった。アンドレはむしろ、当たり前という表情で、
「そう言うと思ったよ。……と言うか、とりあえずは、その方が、あちこち都合を聞き回って交代するより早いでしょ」
その声は、何か言いたげなオスカルに向けられていた。

「何も、おまえが……」
言いかけたが、止めた。幼馴染が言い出したら聞かない質なのは、とっくの昔に知っている。だから、せめてもの打開策として提案してみた。
「では、明日は私の供はしなくとも良い。朝の仕事が終わったらゆっくり休め」
が、それさえも拒まれることは織り込み済みだ。
「そうはいかないよ。厨房は、明日だけだ。明日中には、厨房責任者がシフトの変更を考えてくれるよ」

そんなやり取りを思い出しながら、中庭を見つめる。
ある意味では幸運だったかもしれないと、この結果をオスカルは満喫した。こんなにもじっくりとアンドレの動きを観察するのは、幼い頃以来だ。
アンドレが、名も知らない厨房の使用人たちと一緒に歩いている姿が見える。背の高い黒髪の男は、上り始めた太陽の光を、他の誰よりも先に浴びて、いっそう輝いて見えた。
「……アンドレ、こっちを向け」
向こうから見えていない確信を持って、オスカルは、バルコンの手すりに身を乗り出すように前身を預け、心の中で呟いた。

大きなタイサンボクの葉が柔らかい風に揺れている。ぽつぽつと見える白い花の向こうから日の光が、一瞬だけ差し込んだ。その瞬間、
「オスカル! おはよう」
アンドレが、自分に向かって手を振っている。他の使用人たちは驚いたようにアンドレを見ている。
「……見えたのか……」
オスカルは、不思議そうに声にする。しかし、それに応える勇気がないまま、室内に戻った。

ポンっと乱暴に、その身を寝台に投げ出す。
「見られてしまったのか」
恥ずかしさが体中を巡る。何もアンドレを見ていたわけではないと、聞かれてもいないのに、言い訳をする。
しかし、ふと自分を取り戻すと、今度は笑いがこみ上げてきそうになった。
「本当に……。何をやっているのだ、私は……」
たったひと言を口にすることが出来ないだけで、行動さえもがおかしくなってしまっている己の幼さに閉口してしまう。

伝えたい言葉。
「……愛している……」
その言葉の重みを知っている。
アンドレにとって、それは、命をさえ賭けた言葉だった。だから、あれ以来、彼から、その言葉が発せられることはない。
それなのに、もう一度、その言葉を聞きたいと思っている。
それならば、自分もそれ相応の覚悟を持たなければ、軽々に言えるはずがないと、拳を握りしめた。
≪continuer≫


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SS-83~ 「愛している」と言える日まで…… ① ~

2023年07月12日 20時54分56秒 | SS~「愛している」と言える日まで……~

~ 「 愛 し て い る 」 と 言 え る 日 ま で …… ① ~

数日降り続いた雨が嘘のようだ。しかし、蒸し暑さは変わらない。
フランス衛兵隊ヴェルサイユ常駐部隊の司令官室。
オスカルはふーっと息を吐き出すと、持っていた羽ペンを放り投げるかのように乱暴にペン皿に戻した。
「終わったか?」
自席で、完成した書類を綴り紐で束ねていたアンドレは、
「冷たいお茶でも準備して来ようか」
言うと同時に立ち上がり、少し休んでくれと微笑んだ。

オスカルは言った。
「本当は、おまえをこそ、ひと時ではなく、ゆっくりと休ませてやりたいのだが……」
その言葉に嘘偽りなどあるはずがない。それは、アンドレ自身が一番分かっている。
「その言葉、そっくりそのまま、隊長殿にお返し致します」
だから、わざと慇懃に腰を折って、アンドレはそう言うともう一度笑みを浮かべた。
オスカルは、その笑顔を満足げに見つめ大きく頷くと、目を通し終えた書類の束をトントンと揃え、正面の従卒に無言のまま差し出した。だが、それを受け取ろうとしない無礼な男に、
「アンドレ!」
わざと威圧的に呼びかけ、
「やはり疲れているのだろう」
「あっ。ああ、すまない。……ぼーっとしていた」
まさか見えていなかったなど言えるはずもなく、アンドレは書類の束に手を伸ばした。

ほんの一瞬、指先が触れ合った。
「あっ」とオスカルが短く声を上げ、身を縮める。
アンドレは慌てて手を引っ込める。その瞬間に、書類がぱらぱらと机上に散らばった。
「……すまない……」
ふたつの声が、重なる。

意識し過ぎだと、オスカルは右手で拳を作る。そして、自分を戒めるために、その拳で額をコンと軽く叩いた。その様子に首を傾げ、アンドレが口を開く。
「おまえこそ、疲れているんじゃないのか」
アンドレは、慎重に机の上の書類を集める。オスカルは、そんなことはないと言うと、書類はアンドレに任せ、立ち上がった。
「……今日は、早く帰ろう……。お茶は屋敷に帰ってからで良い」
アンドレに背中を向け窓の外に視線を移す。

アンドレは、そうだなと返事をしながら、先ほどオスカルがしたと同じように書類の束をトントンと揃え、
「これは、全部決済で良いのか?」
そう訊いた。
「ああ」短く答えるオスカルに、アンドレは言った。
「これ、大佐にお届けしてくる。ついでに今日は、隊長は退勤すると伝えてこよう」
「そうしてくれ」
振り返らないまま、オスカルは呟いた。

静かに、扉が閉まるのを確認し、ゆっくりと向きを変えると、大きく息を吐き出す。
「……全く……」
小娘でもあるまいにと、もうひとつ息を吐く。
この想いを言葉にしてしまえたら、どんなに楽だろうと、オスカルは思った。しかし、もうひとりの自分が、それを止めようとする。

同じ夢を繰り返し見るようになった。
「最近、同じ夢ばかり見る……」
帰りの馬車に揺られながら無意識に言ってしまってから、オスカルははっとした。どんな夢だと聞かれたら、胡麻化すことができるだろうか。
しかし、アンドレは「眠りが浅いんじゃないか」と心配そうに言うと、続けて、
「良い眠りに誘えるよう、香でも焚くか」
そう言い、オスカルの方をじっと見つめた。
オスカルは、たまらずにその視線から目を逸らした。
「いや、大丈夫だ……」
静かに答えた。

どんな香木よりも効果てき面の睡眠導入剤を私は知っていると、とオスカルは無言で、斜向かいに腰掛ける男に話しかけた。
同じ夢ばかり見る。
おまえの胸に顔を埋めて、おまえの香りに包まれていれば、私は安心して眠りに着くことができるんだ、と声にしたい気持ちを懸命に堪えた。

やさしく金の髪を指先で梳きながら、
「愛しているよ、オスカル」
そんな風に甘く囁く男は、この世に一人しかいない。他の誰でもない、よく知っている、この目の前の幼馴染だ。

なぜ、そんな発想に至っているのかも、自分で分析できている。
そう、あの日……。
オスカルは、ずぶ濡れのまま、ダグー大佐に声を掛けながら司令官室の扉を開けた。
己の領域だ、当然、ノックなどするはずもない。
しかし、ガチャリと扉が開くと同時に、中でウワッと慌てる声が響いた。

双方の動きが止まった。
それは、1秒にも満たない、ほんの一瞬だった。だが、オスカルは次の瞬間には、叫び、扉を閉めていた。
それしかできなかった。
「無礼者――っっ!」

従卒が、そこにいた。
そのこと自体は何の不思議もない。上官より先に戻り、様々整えておくのはお付きの者として、当然の仕事だ。
だが、その時のアンドレは、上半身に何も纏っていなかった。そして、濡れた胸にリネンを当てていた。
おそらく、先に自分の身支度を整え、隊長が戻って来た時に万全の体制で迎えようとしてくれていたはずだ。

日頃のアンドレなら、他の兵士たちと一緒に、兵舎の片隅で着替え身なりを整えてから司令官室に戻って来ていただろう。
だが、最近の緊迫した世相を捉えた従卒は、兵舎から管理棟への移動時間さえ惜しんだ結果、まだ主の戻らぬ室で着替えていただけに過ぎない。
オスカルが帰還したら、少しでも早く、着替えと温かい飲み物を提供できるようにと気が急いていたのかもしれない。

アンドレの行動は、いつでも現実に照らし合わされている。
分かっている。何よりも職務に忠実なアンドレの性格は、誰よりも分かっている。
それでも、心臓が高鳴る。頬が赤くなるのを隠すことができない。
あの胸に、平気で顔を埋めて来たのかと、心臓の鼓動の早鳴りを静める術を見つけられずにいた。
オスカルは、それまでに感じたことのない感情を、コントロールできなかった。
≪continuer≫

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