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le drapeau~想いのままに・・・

今日の出来事を交えつつ
大好きな“ベルサイユのばら”への
想いを綴っていきます。
感想あり、二次創作あり…

SS-71~ トップ☆シークレット・・・ !?( 真夏のC a l e n d r i e r d e  l' A v e n t2019 ) ~

2021年07月12日 00時21分51秒 | SS~Calendrier de l'Avent2019~

~ ト ッ プ ☆ シ ー ク レ ッ ト ・・・ !? 
       ( 真夏のC a l e n d r i e r d e  l' A v e n t2019 ) ~


むき出しのスマートフォンの画面を見つめ、アンドレが大きな溜め息をついた。その、一瞬浮かんだ表情を見逃さず、
「だから、手帳型のケースにしろと言っただろう? もしくは、裏返しにしておくんだな」
何の説明も受けていないのに、オスカルは茶を啜りながら、平坦な口調でそう言った。
「ああ、そうしたいのはやまやまだ。おまえが困らなければ、な。この業務用のスマホに私的な用事で連絡してくる人なんかいないだろうし……」
そして、ちきしょう、またやられた、と、乱暴な言葉を投げた。

アンドレは、勤務中は私物のスマホの電源を絶対に入れない。それはマナーや常識と言ってしまえばそれまでだが、アンドレにはそんな社会通念など関係ない。実は、今以上に煩わしいことに巻き込まれたくないという深層心理が働いての事だと、周囲の者達は察知している。
その代わり、一日が終わって帰宅準備をする頃、仕事用の通信機器は完全にシャットダウンされ、この執務室に置き去りにされる。
私的なスマホの番号を知らせている仕事仲間は限られている。仕事の用件が私的なスマホに入って来るのは、よっぽどの時だ。まさか、明日の展示会用の風船が納品されないなどという主幹レベルで解決できるような困りごとの連絡が来るなどあり得ない。
よって、未だかつて、私用のスマホに仕事上のトラブルが連絡されたことはない。

そんな風にオンとオフを切り替えつつ日々を過ごす、社長付筆頭秘書の最近の悩みの種は、数か月おきかに訪れる、この、メッセージ攻撃だ。
しかし、それさえも、涼しい顔で上司は「えっ? 私は全く困らないぞ」などと言ってのける。
「……そうか。分かった……」
一瞬ムッとした。そう答えると、アンドレはピカピカとしつこくグラデーションに光り続けるメッセージをタップした。
《 ハ、ヤ、ク、キ、テ 》
《 イ、マ、ス、グ、キ、テ 》
よくもこんなスピードで次々に文字入力ができるものだと感心しているうちにも、メッセージは増えて行く。
《 ハ、ヤ、ク、シ、ナ、イ、ト  コ、コ、カ、ラ  ト、ビ、オ、リ、ル 》
《 マ、ッ、テ、イ、マ、ス 》

マナーモードのバイブレーションも、1秒も待たずにヴィンヴィンと振動し続ければ、立派な騒音だとオスカルが思ったままを口にすると、アンドレの眉間に皺が寄った。
「泣き落としならぬ、泣き脅しだな。いつもの事だが……」
溜め息交じりに言うオスカルに対し、
「手帳型のケースだろうと裏返して置いておこうと、こうも派手に鳴り続けていたら、役に立たない度合いは同じだな……」
事実を、自分の言葉で伝えることは、忘れない。
更に増え続けるメッセージ。
アンドレは懲りずにそのひとつひとつを律義に読み上げる。

オスカルは、うんざりだなと笑い、
「いっそ、ケータイの番号を変えるか!?」
冗談とも本気とも判断できない微笑みをアンドレに向ける。
「《オ、ソ、イ サ、ミ、シ、イ》」わざとメッセージを読み上げ半ば投げやりに言う。「何なりとお好きなようになさってくださいませ」
「な、何だ……」
「それこそ、おまえが困るだけだ。このスマホの中に入っている膨大な数の取引先に番号を変えた旨の知らせをして……。そうなると、場合によっては出向かなければならないお相手も……」
喉の渇きを覚え、ひと息吐いた後、まだまだ光り続けるスマホを再び手に取ろうとする社長付筆頭秘書に、
「もう良いよ。分かったから……」
オスカルは未練たっぷりに茶を飲み干すとそう言い、ようやく立ち上がった。
「……全く、営業妨害も甚だしい」
「そりゃあ、クレーマーなんだから、そんなもんでしょ」
妙に悟ったアンドレの言い草に、ぎろりと切れ長の流し目睨みだけを与える。

それでも、嬉々としてドアを開けようとするアンドレの名を呼び、振り向かせる。その圧が求めている事を間違わずに、アンドレはオスカルの腰をぐっと引き寄せ、
「すぐに支度する」
短いくちづけを交わすと、あっという間に扉の向こうへと消えて行った。
「あ、いや……。支度するって、そんな大袈裟な……。何も夜中にパリまで行くわけじゃなし……」
取り残されたオスカルは独り言ちる。
しかし、くちづけの余韻に浸る時間はない。この後の予定もいっぱいだ。さっと歩き出す。社長室を出るとすぐ右斜め前にある階段室の扉を開け、2段抜かしで階段を駆け上がる。エレベーターを待っているよりは、よっぽど速いことは知っている。

『関係者以外立ち入り禁止⛔』と書かれた扉は社屋中に何百とあるだろう。その中でも、屋上入り口のセキュリティーの厳重さは、特に入念なはずだ。
ひと足先に着いていたアンドレが、セキュリティーボックスを開け、4桁のコードを入れる。
オスカルは、その指の動きをぼーっと眺めながら、
「関係者以外という場合、関係者は含まれるのか、含まれないのか……。いつも迷うのだが……」
「また、どうでも良いことを……」
アンドレは呆れながら息を吐き出す。明らかな現実逃避な発言だと見破られているようだと、オスカルはちょっと肩を竦めて見せた。
「だって……。おまえは思ったことはないのか? 10以下と言った場合、10は入るか入らないか?」
カチンとなったロックの解除音に、アンドレは鉄のドアノブに手をかける。
「……入る……」
今後の宇宙平和を担保する為、常日頃からご下問には懇切丁寧に答えることに気を配っている秘書は、即答した。

「……だろう? では、『関係者以外立ち入り禁止』と言った場合、関係者は立ち入れるのか、入れないのか? この扉の内側……外側か? どっちでも良いが……。入れなくとも良いと、おまえも本当は思っているんだろう」
以心伝心。思わずご名答と言いそうになり、アンドレは慌てて口に手を当てた。
「そもそも『関係者以外立ち入り禁止』と言った場合、中に入れるのは誰なんだ?」
「あ~、もう!」
首がちぎれても拾ってやらないぞと言うオスカルの非常な言葉を無視し、アンドレは頭を振りながら派手に髪をわしゃわしゃする。

鉄柵を張り巡らした屋上にはその柵に沿って、内側に大振りのコニファーが植えられている。その高さは、外柵の背の、中ほどまでに達する物もある。そして、その内側に小ぶり
の太陽光用ソーラー板が、二重になって設置されている。さらにその内側に残された、小さな空中庭園には、ダグー率いる緑化営繕部門の者達の手で季節の花が管理され、咲き乱れる。
今、百日紅の濃いピンクとひまわりの黄色がバランスよく配置された木陰のベンチに、彼女は微笑み腰掛けていた。
「……やっぱり来て下さったのですね」
芝居臭い言い方。目にはいっぱいの涙を溜め、
「シャルロットは信じておりました。オスカルさまは、きっとシャルロットをお救い下さると……」
オスカルは、軽く首を振る。ネズミどころか、アリが入ることさえ不可能なはずのトップシークレットのセキュリティーを、なぜ彼女はいつもいつも、こうも簡単に破ることが出来るのだ、という初歩の疑問は後から解決するとして、まずは、目の前の現実に対処する。

「ここには、飛び降りれるような、むき出しの場所はありません。ましてや、この柵を越えることはできないよう、私がこの場所の安全策を高じさせました、貴女の為に……」
「私の為?」
「そうです。貴女がお母様と喧嘩する度に弊社のホームページに事実無根の、あらぬことを書き込み、クレーマーと化すのは周知の事です。ホームページだけでは飽き足らず、貴女自身のSNSにも、ね……」
「だって……」
「そして、挙句、私の秘書用スマートフォンに信じられないくらい膨大な量のメッセージを送りつけて来る。勿論、今日も私が階下の執務室にいることをご存知の上で……」
「だって……」
「こうやって、毎回、ここに来ては飛び降りる振りをして、私が来るのをお待ちになっていらっしゃる」
「だって……」

「今日は……」言いつつも既にアンドレが開いているタブレット画面に目を遣る。「なるほど。《デパ地下の試食用のローストビーフが薄かった》と。《あれでは味が分からない》」
そうしているうちにも、アンドレは、オスカルが先ほど言ったシャルロットのSNSのページを開く。と、同時に、
ンげぇΣ(‼❍ฺω❍ฺ‼)
信じられないほど甲高いアンドレの叫びに、オスカルはちらりと視線を送る。
シャルロットのウキウキ感がそのまま、ハートビーム♡になって飛んで来る。
そのシャルロットの視線を遮るかのように、アンドレが、オスカルの顔前にタブレットを突き出す。
「……これは……。ほぉ~」
明らかに唇の端をひきつらせながら、オスカルは努めて冷静な感嘆の言葉を唇に載せ、先を続けようとする。
嬉しそうに、目の中に星を飛ばしていたシャルロットが言う。
「どうですか? 私のページのトップ画。これ、先ほど替えましたのよ。オスカルさまが母を言い負かしているところって私、大好きなんですの」

ピキピキとオスカルのこめかみがひきつる様に、火に油を注ぐようで悪いのだが、と断ってからアンドレが言う。
「おまえ、見ていなかっただろうが、前々回くらいのトップ画が『お母様を睨むオスカルさま』だったんだぞ」
「睨む……?」
小声で説明を加えるアンドレに、これまた小声で返しながらもきょとんとするオスカル。
「言っただろう、シャルロット嬢の『記憶』の中では、おまえはヴェルサイユ宮に使える士官で、お母君は高級女官だか何だかで、王妃のお気に入りの座を、おまえと争ったんだと……」
「ああ、前世の記憶とか言う、あれか……。それで、宝石部門統括部長のデザインを大いに気に入っているというのも胡散臭いと、おまえは思っているんだな?
「何せ、その名がアントワネット! 本当にそのデザインを気に入っているのか、機嫌を取って引き抜きたいだけなのか疑わしい。……しかし、今現在うちにとって大得意様であることに違いはないからな……とは言え、こうも易々と子供にケータイ番号を教えるとは……」
まあ、良い、そのことは、とオスカルは遮りつつも、気になることの確認は忘れない。
「しかし、この図は、何だ?」

シャルロットが嬉しそうに反応する。
「お母様に『更年期障害か』って言い放つオスカルさま、ですわ」
「……えっ?……」
「そこに至るウヨキョクセツがあるんですの。お母様は、あらゆる手段を使って、オスカルさまを陥れようとしたんですもの。そのくらい言われて当然です」
悪怯れた様子など全くなく、むしろ胸を張るシャルロットに軽いめまいを覚える。ウヨキョクセツって言葉の意味、分からずに使っているだろうと言いたかった。
その気配を察し、アンドレが慌てる。
「落ち着け、オスカル。おまえの方が血圧が上がるぞ」
「落ち着け!? 私は落ち着いている! ああ、冷静この上ないよ!」

アンドレは、いちおう助言はしたぞとオスカルに微笑み、ぱたりとタブレットを閉じ、
「シャルロット嬢。このようにオスカルは参りました。後は、何がお望みですか?」
ついっと1歩前に出ると、そう言った。
「ああ、それと念の為申し添えておきますが、貴女様が弊社のホームページのお声欄に書き込まれた《デパ地下の試食用のローストビーフ》ですが、ご指摘の日時にご試食の提供は致しておりません」
「だ、だから、何よ……」
トーンダウンしたシャルロットに、今度はオスカルがとどめを刺す。アンドレの冷静さに、オスカルも我を取り戻したようだ。
「今回のご縁談は、どのようなものでございましたか? お母様が貴女の為に選りすぐったお相手、さぞ素敵な殿方だったでしょう?」
無言のまま、シャルロットは不愉快そうに首を横に振った。
「お母様は家の安泰しか考えていません。でも、シャルロットは、まだまだ学びたいことがたくさんあって、結婚なんてもっと大人になってからで、良いのです。それに……」
そう言うと、一瞬だけ躊躇する様子を見せたが、
「私は、オスカルさまが大好きです。その辺の殿方など、みぃんな雑魚にしか見えません。……そうだ! オスカルさま、私と結婚してください」
「えっ???」

あまりにも突然のプロポーズに、オスカルは呆然とする。
「えっ、あ、いや……。いくらこの国の法律が同性婚を認めているとは言え、貴女はまだ結婚年齢に達していないし……」
「じゃあ、私が18歳になるまで待ってくださいな」
「あ、いや……。そういう問題ではなく……」
しどろもどろのオスカルを遮って、アンドレが言う。
「シャルロット嬢。オスカルは貴女と結婚はできません」
「なぜ!?」
「オスカルは、私と結婚するからです」
アンドレはシャルロットを見つめ、きっぱりと、そう言い切った。
大きな瞳をさらに見開く令嬢を尻目に、アンドレは、オスカルにウィンクを投げて寄越す。が、瞬きさえ忘れ、アンドレを見つめるオスカルの瞳とかち合ってしまう。

シャルロットは、沈黙を自ら取っ払い、
「そうですか……。では、仕方ないですね」
意外なほどあっさりとそう言うと、
「アンドレさん。私のような幼き者がこのようなことを申し上げるのは僭越ですが……。ひとつ、助言しても宜しいですか?」
本心はそうは思っていないだろうと、噛みつきたくなるほどに、遜(へりくだ)ったシャルロットの態度に、アンドレは身構える。
「セキュリティーコード、あからさま過ぎますわよ、いつも」
「えっ……」

アンドレは絶句する。
「こんな暑い所にいつまでもいたら、干からびてしまいますわ。先に行ってロザリーお姉さまに美味しいレモネードでも奢っていただきましょ」
シャルロットは言いたいことだけを言い残すと、さっさと社屋内へと消えて行った。
「あからさまって……」
アンドレにとっては、あまりにもショックな、しかし、オスカルにとっては何のこっちゃなひと言だった。
「セキュリティーコード、何だったんだ?」
「えっ……」
呆然としたままのアンドレに、オスカルが訊く。
「えっ? ああ。今は1225……」
「なるほど。確かに分かりやすいな」
言いつつも、なぜか顔がにやける。しかし、気になって質問を足す。
「以前のは?」
「ああ……。1789とか0714、とか……ポンッと頭に浮かんだ数字で、周期的に変えているんだが、なぜかシャルロットには破られてしまう」
「ふーん。だが、1789も0714も、“私達”に直接関係のある数字ではないだろう? 百貨店にとっては創業記念日でもある、大事な革命記念日にまつわるものだが……」
「いや、それが……あるらしいんだ。“私達”ではなく、“私”……つまり、おまえに……」
「“らしい”って何だ?」
「分からん。分からんとしか言えないけど……。この前、破らえた時にシャルロット嬢に訊いたら『アンドレさんの潜在意識の中にオスカルさまと結びつける数字があるのです』とか言って……シャルロットお得意の『前世の記憶』とかかな……。良くは分からん」

そうかと、オスカルは曖昧に笑った。そして、
「そんな事より……。動議だ」
「はっ?」
何やらいつの間にか顔つきまでもが仕事モードに変わったオスカルに動議を発動され、アンドレは戸惑う。
「な、何……?」
何の会議をしていたっけと本気で悩んでしまうほど、オスカルは真剣な眼差しでこちらを見ている。
「先ほどの『オスカルは、私と結婚するからです』について、異議がある」
「えっ……。動議ってその事?……で、異議って……? えっ? まさか、撤回しなきゃなんないとか……?」
「場合によっては、そういう事もあり得る。まずは、補足説明だな。プロポーズはシャルロットの方が先だった。何しろ、私はおまえからプロポーズされた覚えはない」

自慢げに言い放つオスカルに、
「……オスカル……」
アンドレは、この世の終焉を迎えているかような情けない声を出す。
「この期に及んで、それはないだろう? ちゃんと指輪も誂えて、プロポーズしたぞ、おまえの誕生日に……」
「昔のこと過ぎて、記憶があやふやだ」
「忙しいばかりで、何でこんなに時間が経ってしまったのか分からないけど……一生、守り通すことだけは誓える」
「簡単に破らえてしまうセキュリティーコードしか浮かばないくせに?」
減らず口だけは、負けない。

「あっ!!」
雰囲気に任せて抱きしめようとしたが、寸前で、アンドレはオスカルの肩を両の手でがっしりと掴んだ。
「良いコードを思いついた。絶対に誰からも破られない」
「えっ?」
「0712」
「今日……?」
「……そうとも言う。だけど、今日は、特別な日だ。俺の確かな前世の記憶によれば、……今日は……俺達が……」
「ん?」
「初めて結ばれた日(/////)キャッ……」
「えっ……? えっ……」
ひとり悦に入ったアンドレは、赤面しつつも呆けた眼差しを向けるオスカルをギュッと抱き寄せた。
    

《fin》



コメント

SS-57~ Calendrier de l'Avent2019③ ~

2019年12月25日 00時13分10秒 | SS~Calendrier de l'Avent2019~


~ C a l e n d r i e r d e l' A v e n t 2 0 1 9  ③ ~


「……すっかり、雪景色だな」
オスカルは嬉しそうに窓の外を見つめ、ハッとなる。そして、先手必勝とばかりに言う。
「雪かきは誰かに任せて、おまえは自分の仕事に専念してくれ」
「えーっ! マンションの前くらいだけでも他人に迷惑かけずに自分でしなきゃ」
「それをやり始めたらキリがないだろう。おまえは加減と言う言葉を知らないからな」
オスカルは言いながらも、これの方が大事だとアドベントカレンダーの日付を確認し、ポケットからオーナメントを出す。
「それにしても……」
ツリーは既にほとんどの枝が重たそうに下を向いている。オスカルは、取り出したばかりの金色のトナカイのオーナメントを飾りながら、アンドレの方に顔だけ向ける。
「なぜ25日まであるんだ?」
「えっ? ああ、ポケットが1個だけ余るのもナンだし……。オーナメントも大量にあるからさ……」
説明するアンドレに、
「大量に買い込んだのは、おまえだろう」
呆れたようにオスカルはぼそりと言う。

週末には、ちょっと屋敷に顔を出そうなどと言えているうちは、まだ余裕があった。
しかし、ノエル前の大バーゲンが主な原因で、皆が忙しくなる季節であることはとっくに分かっていたことだ。例年のことだ。オスカルもアンドレもそれぞれが自分の責任を持つべき分野で走り回っていた。
「客商売である以上、この時期に暇なのはむしろ屈辱でしかないからな」と先代の口癖を真似るオスカルの仕草までが将軍そっくりなことに、アンドレは必死で笑いを堪えた。

主な出勤先は本部だが、時間を縫っては各支店の様子も見に行きたいと思うと、パリのマンションまで帰るのが面倒臭く、ヴェルサイユの屋敷に泊まり込むこともあった。
互いが今行うべき仕事を優先させて動くので、すれ違いも多くなる。それも今年に限った事ではない。今までもそうやって過ごして来た。創業記念日もそうだった。顔を見ないままで幾日も過ごすことは繁忙期にはよくあることだ。
一緒に暮らし始めて初めて、互いの温もりのない寝台で休む夜もあることに気づかされたオスカルは、人生初の淋しいという気持ちを抱いているのかもしれないと思い、そんなしおらしさに自分自身が思いっきり失笑した。

だからメールやメッセージを送る。事務連絡ではないやり取りは、会えない時間さえ超越したような気がしていた。
《今日は早く帰れそうだ》
オスカルはそう一文だけ送ろうとしたが、ふと思った。ノエルには二人だけでゆっくりしたいと、オスカルがアンドレに素直に送る。アンドレからは速攻ではあるが『激しく同意』とスタンプだけが届いた。
「全く……」
笑いを堪えるオスカルの机の上にカフェを置きながら、
「お顔がにやけてますよ」
ブラッスリー主任のロザリーは静かに言った。オスカルは大きく目を見開き、
「そんなことはないだろう」
言いながらも、ロザリーの左手薬指に光るリングを目敏く見つけ、
「おまえの方こそ顔が綻んでいるぞ。遂に婚約したんだな、おめでとう!」
「あ、いえ……。婚約と言ってもベルナールは当面はイギリスに行ったきりですし、お式なんていつになるか分かりませんが……」
「……招待状はいただけるのかな?」
「お送りしても宜しいんですか?」
「もちろん! 大切な妹分の結婚式だ。喜んで参列させていただくよ」
「そうお聞きしたからには尚更、ノエルにベルナールが帰って来たらせっついてお式の日にち決めます」

勢いよく宣言するロザリーに、オスカルはにっこりと微笑み、
「プロポーズは向こうから?」
指先を組み合わせながら、珍しくも踏み込んだ質問を重ねた。
「え、ええ。まあ、古臭いんですけど『男のけじめだ』なんて言って……。大笑いでしょ?」
「……確かに……」
オスカルも苦笑いになる。しかし同時に少しだけ羨ましくもあった。
先日のフェルゼンとの会話を思い出す。
『世界中が彼女の敵になっても、私だけは彼女を生涯愛し抜き、守り通すと誓えるでしょう』
アンドレがフェルゼンに送ったという手紙。
おそらく、オスカルがプロポーズすればアンドレは諾の返事をくれるだろう。だが、それで良いのだろうかと心配になる。

ふっと翳るオスカルの表情にロザリーは納得気に、
「オスカルさまは……待っている、というところでしょうか……」
図星だけに反論もできない。
「こちらから言うのは簡単なんだ。私の意思は既に確固たる物だ。だが……」
「アンドレの人生を縛ってしまうかもしれないことに躊躇していらっしゃる……?」
それも大正解だ。
「一緒に暮らしたからと言って、何か新しい発見があるわけでもなし……今更……」
「背中に黒子があるかどうかは問題ではなかった、と……?」
「ああ……」
定番の男女ネタにクスリと笑う。そして、ふといたずら心が湧き、訊く。
「ベルナールには、背中に黒子があるのか?」
「内緒です」
にっこりと笑うロザリーに、
「余裕の笑みだな」
オスカルは肩を竦めて見せる。

「こちらから言うのは簡単なんだ」
同じ言葉を繰り返した。
「アンドレにそれだけの覚悟があるかどうか、という事ですか?」
「そうだな……。あ、いや……覚悟と言うのとはちょっと違う。……単に一緒に暮らすというのとはわけが違うだろう?」
オスカルは、ちょっと言葉を選び、
「彼の人生を縛ってしまう……。うん、やはりその言葉が一番ぴったり填まるかな。私のこの先の人生は決まっているし、選べない。……いや。決まっている、この人生を既に選んだのかもしれない」
ロザリーは黙って聞いていた。何事においても素早く、多くの者が正しいと納得出来る選択をしてきたはずのオスカルが、珍しくも迷っている。

「一度、ゆっくり話し合わなければならないな。例えば、今日にでも……」
「今日は、アンドレも帰りが早いのですか?」
「……たぶんな。15時からの開発部の会議のダイジェストがついさっき届いたからな。後の予定はなかったと思う。私はこの後、とりあえず自宅に戻る途中で本店の様子を確認するよ」
淋しそうに笑う。
「お夕飯に試作の……」
ロザリーが言いかけた言葉は、オスカルのスマホのバイブレーションに消される。失礼と言いながらオスカルはスマホを開き、くすりと笑う。
「……振られた」
「えっ?」
「アラン達と即席忘年会だそうだ。試作品持ち合って……」
「ご一緒なさらないんですか?」
「アランのプライドだな。私の前で愚痴は溢したくないらしい」
「なるほど……」大きく頷きロザリーは「それだったら、本店のブラッスリーに連絡しておきますので、そのアランの自信作と思われる来年のノエル用の試作品、生チョコムースをお持ち帰りください」
「ありがとう、そうさせてもらうよ」
微笑むオスカルに一礼すると、ロザリーは執務室を辞した。

「……で?」
「で?……って何?」
「“隊長”に嘘ついてまで俺を誘った理由は何だ?」
「嘘って人聞きの悪い言い方するな」
アンドレは、カウンターの上のグラスに手を伸ばしながら笑った。
「……まあ、忘年会に違いはないがな……。男2人のショボい……」
そう言い、ぐるりと首を回すとアランは訊いた。
「隊長に言えない話でもあるのか?」
アンドレは曖昧に微笑み、
「その“隊長”って呼び方。相変わらずだな。俺もふざけて時々言うけど……。オスカルの立場が変わってもおまえらにとっては何も変わらないってわけか。妙に似合ってるが……」
「まあな。隊長は隊長だろう?」
そう言い、アランはグラスを空け、続ける。
「まあ、おまえにとっての隊長は劇的に変わったんだろうが……」

アンドレは意外そうにアランを見つめる。そして言う。
「そんなには変わらないんだ、それが……。何て言うか、極端な言い方をすれば、寝起きや食事の環境がぎゅっと凝縮されただけ」
「はっ……。ごちそうさま」
「あ、いや。そう言う意味じゃなく……」
「そういう意味ってどういう意味だ?」
「おい! ガキみたいな絡み方は勘弁してくれ」
笑いながら、肩を小突き合う。

「俺の気持ちは決まっているんだ」
何杯目かのジントニックを空けるとアンドレは静かに言った。
「気持ち?」
「……ああ、俺の気持ち」
「どんな?」
分かり切っているような気がしたが、アランは敢えて訊いてみた。
「オスカルを一生守り通す」
宣言するでもなく、静かに当たり前のことのように呟くアンドレの顔にアランは見入る。そして、視線をカウンターテーブルに移すと、
「さっさとその気持ちとやらを伝えれば良いだろう。プロポーズでもすれば?」
アンドレと同じくらい静かに言った。

「うん。そのつもりはある」
意外にも、アンドレは即答した。アランはおやっという表情をすると笑う。
「じゃあ、何のことはない。こうやって俺相手にグダ巻いてる時じゃないだろう?」
「別にグダ巻いてるわけじゃ……」
アランの言いがかりに、また丁寧に応戦しようとしたが、アンドレは、
「オスカルが迷ってる」
「えっ?」
「俺じゃなく、オスカルの方が、迷ってる」
「……よく分からん」
「たぶん、なんだけど……」
「うん?」
「俺の人生を縛ってしまうってことを、心配をしているっぽい……」
「ほぉ~」
なるほどね、と言いながらアランはまたグラスを空けた。

「二人が結婚したら、おまえは隊長から縛られることになるのか?」
アランは、無言のまま、更に空にしたグラスをトンと静かに置くと、そう訊いた。
「少なくともオスカルはそう思ってる」
「何で?」
「何でって……。うん、例えば一緒に暮らそうって言った時だって、そうだ」
アンドレもまた1杯を飲み干す。
「夏には……、あ、って言うか今でも根底は変わらないんだけど……。少なくとも、俺は会社にとってはいくらか役に立っているという自負はある」
「そりゃそうだろうな」
つっけんどんにアランは頷く。アンドレは、そんなアランの様子をちらりと見て、
「それで良かったんだ、俺は……」
「良かったって?」
アンドレの言わんとするところがアランに伝わらなかった。
「ん~」アンドレはちょっと考え「うまく言えないんだけど……」
苦笑いになった。

「『会社にとっては勿論、何より私にとってなくてはならない存在だ』って……」
「隊長が?」
「ああ。……さすがに、ここ最近は言わなくなったけど……毎日。一緒に暮らし始めてから、『おまえが分からないなら、分かるまで言い続ける。しつこいと言われようと、呪文のように刷り込んでやる』ってさ」
「ふ~ん……」
まるで、興味がないことのように、アランは相槌を打った。そして、
「それなのに、何を迷ってるんだ?」
「あいつが言うには、俺のアドバイスは冷静で的確らしい」
「……だろうね」
アランは肩を揺らす。声に笑いが含まれる。
「私生活ではとんでもないヤンチャだったりするけど……少なくとも会社組織の中のおまえは、ブレない」
手放しの称賛にアンドレはメルシィと小さく笑う。

「社員として、秘書として必要なだけで良いんじゃないだろうか……って……隊長がそんな風に考えてるって事か?」
アランは、何のヴェールにも包まないまま、そう言葉を発した。アンドレは、アランの顔を見つめた。
「……おそらく……」
そう答えるアンドレに、アランは続けて、こう言う。
「会社組織全体のトップだからな。万が一にも事業自体がやらかすようなことがあったら、その最終的な全責任は隊長が負うんだもんな」
「おいおい、財政面だけで言うなら、少なくともここ数年は安泰の見込みだぞ。売り上げにしたって、大きな黒字は無理でも、マイナスが何か月も続いたってことは、もう何年もない。……その為におまえらも頑張ってくれてるんじゃないか」
「まあ、な……」
アランは鼻の頭を掻く。

「オスカルが言うには、経営だとか……、とにかく会社そのものの運営に関しては全て俺があいつに助言しているらしい」
「……本人、全く自覚なしか」
「まあ請われれば助言は勿論するけど、業務上の最終決定は、オスカルがしなきゃならない」
「おまえは……」アランは新しく運ばれて来た飲み物を口にして喉を潤すと「それで良いのか?」
アランは首を傾げアンドレの方を見ると、声のトーンを落として、言った。
「仕事のことはそんな感じで良いとしても……。隊長は……おまえに、二人の人生の最終的な決断をさせたいんじゃないのか」
「最終的?」
「そう。人生におけるおまえの決断」
「……あいつが抱えるものは大きすぎる」
アンドレは、言った。アランは、
「そして、おまえはそんな隊長を守り通すと決めている」
「ああ」
「じゃあ、何も考えることなんてないだろう? 二人とも、心の深い所を複雑骨折してるな」
アランは、空に向けグラスを捧げるとカラカラと笑った。

そして、
「おはよう……」
忙しい日々には変わりなかったが、オスカルは何とかアンドレと一緒に誕生日の朝を迎えた。
ぼさぼさの髪でオスカルが寝台を抜け出してきた時、リビングは既に適温に温められていた。
「やあ。よく眠れたかい?」
アンドレは『愛の賛歌』を鼻歌で奏でていた。

前夜、久し振りに揃って本部を出た二人は、そのまま教会のミサに行った。
パリの自宅に帰っても簡単な食事を済ませると、どちらからともなく寝台に倒れ込んでしまった。疲れもピークだ。だが、一緒にいるという事がこんなにも充実しているのだとオスカルは、上機嫌な様子のアンドレに、
「顔を洗って来る」
そう言うと、洗面所へ向かった。

普段着に着替え、再びオスカルがリビングに戻ると、テーブルの上にはアンドレが二人分の朝食を並べ終えていた。アンドレは、まだキッチンにいる。洗い物をしているようだ。
オスカルは席に着きかけたが、アドベントカレンダーに“25”のポケットがあったことを思い出し、ツリーの横の壁に寄る。
「……何時までに行かなきゃなんないって?」
伸ばそうとした手を、アンドレの問いが止める。夜、ジャルジェ家で行われるノエルの食事会についての確認だと、すぐに分かった。
「えっ? ああ、姉上達が揃うのが5時くらいだろう。それくらいまでに……」

そして、カレンダーのポケットに手を入れ、
「えっ……」
オスカルは、驚きの声を上げる。
「アンドレ! 何だ、これは……?」
「何が……?」
不思議そうに振り返ったアンドレが目を見開く。
「オ、オスカル……」
遠くもない距離をバタバタと走り寄って来ると、オスカルが手にした紙切れを奪い取る。
「“お預かり証”って何だ?」
「あ、いや……」
珍しくもアンドレが汗を拭き拭き言う。
「オーナメント、重たかったから……。あ、あの……ちょっとここに入れるの無理だったんだ」
「……にしても、なぜわざわざ預かり証が必要なんだ? しかも、うちの店の……」
言い掛けた言葉は途切れた。
預かり証の担当欄には、ジャルジェ百貨店本店の宝石部門統括部長アントワネットのサインがあった。

「アンドレ……。あの……。まさか……」
言い淀む。当然だ。アントワネットと言えば、フランスの中でも屈指の宝石デザイナーの一人だ。その高貴な佇まいと、そこから生まれる斬新なデザインから《王妃》とさえ渾名される。長年フリーで活動していた彼女を、オスカル自らが口説き落としてジャルジェ百貨店と契約したのは数年前のことだ。統括職などなかった宝石部門に、名誉職として、これもオスカルが新しく設置したポジションだ。
本来、伝票など切る立場にない彼女のサインの入った預かり証を、アンドレが持っている。
考えられることは、おそらくひとつしかない。

アンドレはバツの悪そうな顔をしている。
「まさかとは思うが、アンドレ……」
オスカルは1歩アンドレの方ににじり寄る。アンドレは手の中の紙切れを握り締める。
「まさかアンドレ……」
アンドレには、いよいよ逃げ場がなくなってしまう。
「アンドレ……。それ……」
オスカルはそう言うと、アンドレの握り締めた方の手首を掴み、顔面まで上げる。アンドレは抗わない。
「……どこの誰に、素晴らしい贈り物をするつもりなんんだ?」
アンドレは、ちょっと困ったように笑う。
「もしかしたら私は今日、最高のノエルと最高の誕生日を同時に迎えることになるのか?」
オスカルは、首を傾げる。

アンドレは、何も言わず握られた手首を器用に解くと、そのまま目の前のオスカルをそっと抱きしめた。自然とオスカルもアンドレの背中に手を回す。
「覚えているか、オスカル? 一緒に暮らそうとおまえが言ってくれた時『他人だとか本気で思っているなら、大泣きして、セーヌは大氾濫を起こすだろう』って、鼻息荒く言っただろう?」
「何だ、その“鼻息荒く”って……」オスカルは笑いながら「クレームには迅速に対応すること。それが我社のモットーだ」
「畏まりました。前言撤回。勢い良く、でどうだ?」
「あまり変わらないが、まぁ良しとしよう」
「……で。セーヌが洪水なんかになったら世界中とんでもない騒ぎになるに違いない、と……」
「世界平和の為か?」
面白くないと言い、オスカルはアンドレの背中をぎゅっと握った。
「語弊がある言い方なのは十分分かっているし、これが公式発表の時に使われたら、あっという間に炎上するから、内密にしてほしいんだけど……」
「回りくどい」
オスカルは、次にアンドレが言うであろう言葉を内心ドキドキして待ちながらも、減らず口だけは叩く。

「世界平和を目指し、セーヌが氾濫しない為にも……」
アンドレは、オスカルを強く抱きしめた。
「俺は、おまえを悲しませたくない」
「……アンドレ……」
「途中で指輪受け取ってからと思っていたんだが……」
計画通りには進まないなぁとアンドレは苦笑いで頭を掻いた。そして、静かに深呼吸をしてから、言った。
「結婚してくれ、オスカル……」
オスカルは何度も何度も頷いた。溢れる涙はアンドレのTシャツを濡らす。

「あ、ダメだ」アンドレは笑いながら、「嬉しくても号泣するんだ。それでセーヌを氾濫させたんじゃ、世界平和どころか世界中を敵にしてしまう」
オスカルは、
「それでもおまえだけは私を生涯愛し抜き、守り通すと誓えるんだろう?」
そっとアンドレにくちづけた。

≪fin≫

【あとがき・・・と言う名の言い訳】

ご訪問ありがとうございます。“どこをどう押せばそんなばかげた考えがわいて出るのだ”と自問中のおれんぢぺこでございます。

何のことはない、最後の数行を書きたかったばっかりに、こんなにも長ったらしい話におつき合いいただく羽目になってしまい、申し訳ございません(;^_^A。。。
(1) 一緒に買い物に行って (2) アドベントカレンダー買って (3) A君、指輪をカレンダーのポケットの隠しておく (4)見つかっちゃったけど、めでたしめでたし、、、という頭の中の妄想が、なぜ、現代物になってしまったのか書き手自身にも分かりません。
その上、取り囲む環境等を変えたので、その部分はちょっとご説明しなきゃとか、あーでもない、こーでもないと一人うんうんと唸っているうちに、こんなにも長くなってしまいました。
加えて。何だか、②から③へのつながりが矛盾してるなぁとか思わなくもないのですが、書き進むに連れ、『ここは端折って……』とか『この場面は断念』とかいうシーンが沢山になってしまい、私の中では今回の話はダイジェスト版のような感覚になってしまっております。
もしも、またの機会をいただけましたなら、もうちょっときちんと考えて、練り直した(って、そんな技量は元々ないかぁ 笑)展開にできたらと思っています。
どうでも良いことですが、ついでのついで、で。書き手は生まれてこの方、一度も会社組織の類に身を置いたことはございません。よって、役職の肩書の順番とか権限がどうのとかいう話も(いつもの事ですが)都合の良い解釈の一部です。

まあ、しかし。何はさておき・・・・・・

オスカルさまへ 
「 B o n  A n n i v e r s a i r e !! 」  を、お届けしましょう。


いよいよ冬本番。皆様、隊長への気遣いもございましょうが、どうぞご自身の体調にも十分お気をつけ下さい。
またお時間のある時にお立ち寄り下さいませ。


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SS-57~ Calendrier de l'Avent2019② ~

2019年12月24日 02時26分13秒 | SS~Calendrier de l'Avent2019~

~ C a l e n d r i e r d e l' A v e n t 2 0 1 9  ② ~


雪が舞い始めた。
出窓の枠に身を預け乗り出すようにして外を眺めていたオスカルは、こうも異常気象が続けば、この時期の初雪が早いのか遅いのかさえ既に分からないと、仏頂面で言った。
アンドレは、キッチンでカフェ・オ・レ用のボウルなどの朝食後の簡単な洗い物を終えると、水栓レバーを下げ湯を止める。タオルで手を拭き、オスカルの方へと近づきながら嬉しそうに言う。
「……ちょうど良かった。どうせ遠出はできそうにないから、買い出しに行こう。きっと、色々掘り出し物も見つかるよ。せっかくの休みだ。有意義に使わなきゃ」
「ブラックフライデー……?」
明らかに迷惑そうなパートナーの肩を抱き寄せ、アンドレは笑う。
「色々バタバタしてたから、冬シーズンの物は何も買い揃えてないだろう? 樅の木もないんだ。それから始めなきゃなんないけど、いい加減、ノエルの準備もしなくちゃな」
温かい室内ではいつも半袖Tシャツのアンドレは、言いつつも既に椅子の背に掛けていたシンプルなクルーネックの濃紺のセーターを取り、首を突っ込んでいる。
何とも単純明快な分かりやすい性格にオスカルは吹き出しそうになったが、大袈裟に肩を竦めると、
「準備して来る」
そう言い、寝室へと消えた。



一緒に住み始めて3か月が過ぎた。
何がきっかけだったのかさえ、もうどうでも良い。何しろ幼馴染の二人は同じ空間で過ごす事、既に四半世紀を超えていた。
だが、その割には恋人としての時間は始まったばかりだ。

何もかもが唐突だった。行き当たりばったりと言うと、あまりにもパートナーに対し失礼な気がするが、事実、その場の勢いで言ってしまったような言葉だった。
「とりあえず一緒に暮らさないか?」
そう切り出したのはオスカルの方だ。
“とりあえず”という言葉で誤魔化してはみたものの、心の奥底に、ずっと一緒にいたいという気持ちがあればこそ、そんな言葉も自然に出て来た。

そのひと言から、実際にここに移り住むまでには既に丸2か月が経っていた。
アンドレはその間、自分の方からそのことに触れることは一切なく、それまでの日々と何も変わらない毎日を過ごした。
ジャルジェ家所有の全財産を統括する執事とばあやは本宅の一部に住まう部屋を宛がわれている。他に、本宅の敷地内に職員寮を完備し、交代勤務で24時間常駐を強いるメイドや運転士などが困らないようになっており、アンドレもその中のひと部屋を借りていた。しかし、常時オスカルに帯同するアンドレは、事によってはオスカルの部屋の居間のソファをベッド代わりに寝入ってしまうこともしばしばだった。
気分的には同棲と変わらないのにな、などと思いながらもアンドレの生活は充実していた。

ジャルジェ百貨店の本部の創業日は、7月14日。フランス革命記念日のパリ祭の賑わいにも負けじと、例年老若男女あらゆる客層をターゲットに、一大イベントが執り行われるのが習わしだ。毎年、奇を衒った催しが繰り広げられる。
今年の担当は、アラン・ド・ソワソン率いる食品開発部。つい先日まで当日発表を目標に、新商品の開発に励んでいた。しかし、マスカットアイスクリームの販売に関し、最終決済が下りなかったショックからアランが企画を変更したと聞かされた食品開発部は、右往左往していたと、後に聞かされた不動産統括部のフローリアンは笑った。
「決済も何も……。それよりも、彼も……何やら、一生分の失恋をしたようです。それで一気に気力も何も喪失してしまったとのことでした。……ご新居には至る所に怨念と嫉妬から来る罠が張り巡らされているかもしれません」
脅し文句と一緒に鍵を受け取ったアンドレは本気で震え上がり、そして、自分もオスカルに恋していたと言わない所が彼らしいよなぁと、大笑いした。

荷造りも一人ではできないとオスカルは自嘲した。
パリの外れにあるマンションの最上階フロアを新居に見立てた同棲生活は8月末にスタートした。オスカルは引っ越しの日を、あえてアンドレの誕生日にした。
「その方が忘れられないから良いだろう?」
そんな風に軽いノリで言ったが、実のところは何か形のある、目に見える誕生日のプレゼントを渡したかったのかもしれないとオスカルは自己分析した。勿論、去年までも誕生日のプレゼントは心を込め、時間を費やし選んできたつもりだ。今年は特別だからなとオスカルは笑った。

「信じられない」と、昔気質のばあやは大騒ぎする。「そんな! 嫁入り前の年頃の娘が恋人と一緒に暮らすなんて、ばあやにはとうてい許す事などできることではございません」
泣き落としに近い言いようだった。
アンドレも最初は単純に大喜びしていた。だが、半ば冗談として受け取っていたオスカルの気持ちが揺るがない物だと知ると、立場を弁えろと言うようになった。
恋人としてなら、同棲も選択肢として十分に納得できるが、ジャルジェ家を継ぐ者の選択としてはあまりにも浅はかではないかと言い募った。

新居とするマンションも、ジャルジェ百貨店本部不動産部の管理する物だから、セキュリティーも万全だ。通いの家政婦と運転手付きの送迎車。ヴェルサイユの本部までの通勤距離が長くなり、住環境が今までと比べると狭くはなったが、二人だけの空間は無限のような気がした。
ぎくしゃくした雰囲気もあったが、何を今更と言う気持ちの方が大きかった。世間的には同棲と言われるのだろうが、
「どこが屋敷にいる時と違うんだろう」
と、オスカルが首を傾げるのも当然だと、アンドレは思った。

変わったことと言えば、会社本部のオスカルの机の上には『代表取締役/CEO』という、最近置かれた役職札があるくらいだろうかとオスカルは認識している。
アンドレがいて、自分でいる。
何も変わらない。
オスカルは、その平凡な日常のありがたさに感謝しつつ、夏から忙しく動き回ってくれた恋人の為に、とりあえずはその希望を聞き、買い物に付き合おうとクローゼットを開いた。

ふわっと甘い香りが漂う。
ベルガモットを基調としていながら、時間が経過すると薔薇の香りが重なって来るらしい。商品開発部化粧品部門の新作だと言って、試供品をアンドレが持ち帰らされたのは、先週末のことだった。
「おまえをイメージしているらしいよ」
フランソワからそう聞いたとアンドレは付け足した。
「商品開発部ってさ、食品部門と化粧品部門に分かれているけど、結局、どっちがどっちか分かんないくらい、ごちゃごちゃしてる」
「良いんじゃないか? 互いに切磋琢磨し合ってくれれば……」
「アランが上手にまとめてくれてるからな」

そんな過日の会話を思い出しながら、何を着て行こうと考える。
何を着て行ったらあいつは喜ぶだろうと考えると自然と笑顔になって来た。たかが買い物に一緒に行くだけなのにと表情はさらに綻んだ。
そして、並ぶ衣装をしばしボーっと眺めていたが、
「アンドレ! 何を着たら良いか分からない。おまえがコーディネートしてくれ」
結局、これさえも彼任せなのかと情けなくもなったが、
「おっ! 了解」
嬉しそうに走り込んで来る恋人に、つい抱きついた。



久し振りにプライベートで満喫するパリは、ノエル前の賑やかさを引き算すれば、昔と何も変わらない、見慣れた場所のはずなのに、腕を組み歩くだけで景色が違って見えた。あちこちの屋台や店先を見入るオスカルの目から、完全に仕事の情報をシャットオフすることはできない。それでも、見る物聞く物全てが新鮮に感じるよと嬉しそうにアンドレに向ける瞳は、アンドレにも幸せを与えていた。

途中、アンドレが嬉しそうにオスカルの腕を引っ張る。
「アドベントカレンダー」
店先に飾られたひとつを指さす。
「今から?」
オスカルは不服そうに、もう間に合わないよと頬を膨らませて見せる。
「良いの良いの」言いながらアンドレはオスカルを引っ張り、店へと向かい「何事もカタチから入んなきゃ」
子供のようだとからかわれながらも、嬉々としてフェルト生地の壁掛けカレンダーを選んだ。買わなくても良いと文句を言っていたはずのオスカルが、
「大きなポケットの物が良い。オーナメントをいっぱい入れておいて、片っ端から飾ろう」
横から口を挟み、また二人で大笑いした。

結局、シンプルな樅木を模ったカレンダーを選び、嬉々として店を出た。
「おっ!」
ぶつかりそうになった人影に腕を掴まれ、慌てて詫びの言葉を発しながらオスカルが顔を上げると、そこには懐かしい笑顔があった。
「フェルゼン……」
「にやにやしながら歩いているから、ぶつかっても気づかないだろう」
一転、憮然として、オスカルは相手を睨む。
「……わざとだろう?」
「そんなわけないだろう」
芝居がかったゼスチャーを交え、フェルゼンはアンドレに顔を向ける。
「久しぶりだね、アンドレ。元気そうで安心したよ。相変わらずオジョーサマにこき使われているようだね」
何十年も変わらない笑みを見せ、握手を求める。まだ睨みを利かせているオスカルにおお怖っと言いながら、フェルゼンは握り返すアンドレの手を両手で包み込んだ。
「《伯爵》もお変わりなく……」
「えっ? まだ学生時代のあだ名が残っているのかい? 参ったなぁ」
さほど参った様子もなく、頭を掻きながらフェルゼンはさらに大きな微笑みを見せた。

豪放磊落と言う言葉はこの人の為にあるのではないだろうかとアンドレは思ってしまった。しかし、それは今現在の彼の姿だ。かつて、生きるか死ぬかの大恋愛をしたはずの目の前の男は、人生の大きな波を乗り越えた結果、こんなにも穏やかな笑みを湛えることができているのかもしれないとアンドレは思った。
オスカルもそうなのだろうかと、ふと考え、不安になる。
かつて、オスカルはフェルゼンに恋していた。オスカル自身は、ひた隠しにしていたつもりのようだが、それはアンドレの目にははっきりと分かり、かつアンドレ自身の絶望的な片想いの始まりでもあった。

実らぬはずだった恋が成就し、ましてやオスカルが一緒に暮らすという選択肢を提案した時には天にも昇る気がした。だが、オスカル主導で全てが成されて行く様に、ふと不安を感じることがある。
二人の立場や位置関係は何も変わらない。会社組織の中でもプライベートでも、オスカルがしたい事をサポートしフォローするのが自分の役目だという思いは一貫している。
卑屈になるつもりはない。オスカルから愛されているという自負と自惚れも持っている。 

「時間があるなら、一緒にお茶でも……」
フェルゼンから誘われるまま、3人は目の前のカフェのテラス席に陣取った。やって来たギャルソンが、三者三様の神々しいしさに口笛でも吹きそうに肩を竦めた。
カフェ・オ・レやエスプレッソが、寒ささえも和らげる。オスカルはショコラのカップを包み込むように両手で持ったまま、フェルゼンの近況を嬉しそうに聞いている。
アンドレはカップを持ち上げ、空であることに気づく。ふと手持ち無沙汰になり、思い出したようにオスカルに声を掛ける。
「ちょっと……。さっきの店に気になるオーナメントがあったから……」
「あ、じゃあ……」
立ち上がろうとするオスカルを制し、アンドレは言う。
「ちょっと行って来るよ。すぐに戻るから、伯爵にお相手してもらってて……」

背の高いアンドレでさえ、人ごみの中に簡単に消えて行った。オスカルはしばしその後ろ姿を目で追っていたが、フーッと息を吐き出すと、
「背中が弾んで見えた」
抑揚なく、無表情で呟いた。
「そうか?」
フェルゼンはオスカルの言葉に深い意味も感じず、即答した。
「何かよっぽど良い物を見つけていたんじゃないのか?」
「そう思うか?」
オスカルの表情は変わらない。
「あいつは……」
言いかけて、通りかかったギャルソンにホットレモネードを注文する。それにつき合うかのようにフェルゼンも同じ物を、と言い添え、そのギャルソンにチップも含め2枚の紙幣を渡す。

「あいつは、一緒に暮らすようになってから、一人の時間になるとウキウキしているように見える」
「えっ……」
文字通りフェルゼンは絶句した。
「何もかもが強引に私の気持ちだけで決まった気がする。……最初は腹立たしかったんだ。あいつは会社にとっては勿論、何より私にとってなくてはならない存在なのだと、毎日でも言い続けなければ分からない、と少し逆ギレに近かったんだ」
「おまえが?」
「ああ。だから、それを教えてやろうと思って、言い続けた、本当に毎日」
フェルゼンは目の前に置かれたばかりのレモネードでコクンと喉を潤す。

オスカルは、フェルゼンが何か言うのを待つかのように、カップの縁を指でなぞっている。
「で? アンドレは呆れたと言うか飽きたんじゃないかと思っているってわけか?」
静かにフェルゼンは訊いた。オスカルは曖昧に微笑んだ。
「おまえ……。もう随分と昔に私に言ったことを覚えているか?」
「えっ……?」
「『愛してもいないのに結婚するのか』と……」
辛い片想いから逃げる為に結婚話を進めようとしていた若き日のフェルゼンに、そう詰問したのは、オスカルだった。
「オスカル……。今、逆におまえに訊く。愛し合っているのに、何を躊躇うことがある? それとも何か、俺からアンドレに言ってほしいのか『オスカルが悩んでいるから慰めてやってくれ』とでも……」
「とんでもない!」
オスカルは、フェルゼンに即答しつつもちょっと考え、それから言い足した。
「正直言うと……。勢いで一緒に暮らそうと言ったものの、結婚なんて考えたことはなかった。……ただ……」
「ただ……?」
「うん。ずっと一緒にいるという事が、いつの日にか、そういう形に繋がって行ったらどんなに素晴らしい事だろうって……」
オスカルはそう言い、通りに目を遣った。
「なるほど……」フェルゼンは微笑み「単なるノロケってわけか」

愉快そうに笑うフェルゼンの顔が淋しそうに見えるのはなぜだろうか。
「実は、アンドレから夏に丁寧な挨拶状をもらったんだ」
「えっ?」
「私が贈った引っ越し祝いと言うか二人の新生活祝いと言うか、アンドレの誕生日祝い……。うん、名目はそれだったからな。……メールじゃなく手紙っていうのがいかにもアンドレらしくて良いなぁなどと思った。えーっと……」
ガサガサと鞄の中を探ると、スマートフォンを出す。カバーのポケットから紙片を取り出すと、そっと広げオスカルの目の前に置く。オスカルは手に取らないまま、表面の字面を追う。
「……『極端な話。たとえば、世界中が彼女の敵になっても、私だけは彼女を生涯愛し抜き、守り通すと誓えるでしょう』……」
フェルゼンは、今まさにオスカルの目に入って来ている言葉を口にした。

ポトンと、紙面に雫が落ちた。
「雪……」
「ああ。本格的に降り出す前に引き上げよう」
フェルゼンの促しで立ち上がった瞬間、先ほど消えた人込みの向こうから、アンドレが大きく手を振りながら近づいて来た。
オスカルはグイっと頬を拭うと微笑んだ。その気配に気づいたようで、小走りにやって来て、アンドレは紙袋を拡げて見せる。
「大収穫だ。こんなにいっぱい買い込んだから、アドベントカレンダー、もう1個あった方が良いかも」
オスカルのほんの一瞬の不安など知る由もなく嬉しそうに笑った。

オスカルが慌てて振り返るとフェルゼンは既に二人に背を向け、雑踏へと足を踏み出していた。図ったかのようなタイミングだとオスカルは思った。
なぜ、大事に手紙を持ち歩いているのかを詰問する暇も与えなかったなと思った。しかし、その件を追求したら、どう足掻いてもフェルゼンには分の悪い話にしか行き着かないのだろうと思った。

「……妖怪トムテの悪戯だったのかもしれない」
ぼそりと呟くオスカルに、何だってと訊き返したが、答えを求めるわけでもなくアンドレは言った。
「さあ、帰ろう! 今夜はあったかいオニオンスープにしよう」
「おっ! 良いなぁ。パルメザンチーズを載っけて……。バゲットにはガーリックバターをたっぷり塗って……」
「えーっ。たっぷりは、ちょっとまずいだろう?」
「なぜ……?」
「なぜって……。くちづけが、気になる」

そっぽ向いて答えるアンドレに、オスカルは通りの真ん中で立ち止まり赤面する。
「ああ、それよりも、まずツリーだな。夕飯づくりはティナに任せるとして……」
アンドレは通いの家政婦の名を出し、丸投げする意思を示す。それを聞いて、オスカルはちょっとだけホッとする。
何もかもを全て自分一人だけで担おうとするつもりは、ないようだ。
「アドベントカレンダーも準備しなきゃなんないし……」
「忙しいな」
嬉しそうに言うオスカルに、アンドレは、
「指揮だけじゃなく手伝ってくれよ、隊長殿」
笑いながら敬礼した。

≪continuer≫

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SS-57~ Calendrier de l'Avent2019① ~

2019年12月23日 00時17分57秒 | SS~Calendrier de l'Avent2019~



~ C a l e n d r i e r d e l' A v e n t 2 0 1 9  ① ~


【人間関係、書き手にもよく分かりません。
時代設定としては、何となく現代物という括りになるのでしょうか。
1回きりの話のつもりで、25日を目指していたのですが・・・。
毎度と言うか……無駄に長くなり過ぎてしまったので、
緊急! 本日から3連投致します。宜しければ、おつき合いくださいませ。
……と言いつつ、最終段階には、まだ行き着いていません(;^_^A】


何もかもが唐突だった。
「とりあえず一緒に暮らさないか?」
そう切り出したのはオスカルの方だ。
あれは6月の下旬。発端は、売り言葉に買い言葉的なあやふやな物だったとアンドレは思っている。本当にどう考えが行き着いたら、そんな言葉が出て来るのだろう。

片想いで人生を終えると思っていたアンドレにとって、想いが通じ合ったことさえ奇跡だったのに、オスカルのそのひと言は天にも昇るほどの喜びではあった。だが、万歳しかけた手を引っ込めて、アンドレは律義に訊いた。とてつもない不安に駆られたからだ。
「あのさ、オスカル……」
「ん?」
新作のマスカット100パーセントと言うアイスクリームを試食していたオスカルは、その手を止めて、アンドレを振り仰いだ。
「あの……。い、一緒に暮らすってことは……。あの……夜の……営みとか……も、ありってことかな?」
「没だな」
握っていたスプーンを放り出すように皿に戻しながら、迷いもなく即答。
「そ、そうだよな。うん、そうだ。そうに決まってる」

うんうんと頷くアンドレを怪訝そうに見つめ、
「考えてもみろ、だいたいマスカット100パーセントとか言いながら、なぜそれをわざわざアイスクリームにするんだ!?」
オスカルは言った。
「えっ……」
「マスカット100パーセント」
「えっ? ああ、そうだね。そう言ってたね。アランは『自信作だ』って豪語してるらしい」
「マスカット100パーセント! それを謳いたいなら、王道と笑われようと、ここはシャーベットにすべきだろう」
アンドレは、にっこりと微笑んだ。
「……そうだね」
「アランにそう伝えておいてくれ」
「……御意。『商品開発部食品部門の諸君の意欲と努力は評価する』とね」
「ああ、そうだ。シャーベットに生のマスカットをブロックにして入れるとか……。あ、いや。どうしてもアイスとコラボしたいなら逆にマスカットの粒そのものをアイスクリームの中にいれる方が良いかもな。ああ、いっそ、マスカット生地のシャーベットにアイスクリームを混ぜてみるか? 既に、どれもどこにでもありそうだが……」

考えているというより、口が勝手に動いているんだろうなと思いながら、アンドレはオスカルの前の皿を片づける。
「……向こうでカフェでも淹れよう」
有能な秘書は気分転換を図ろうとする。執務用の机に座り直すとオスカルは訊く。
「で……?」
「で……って、何?」
机の上の役職プレートに、食器の端がコンと当たり倒れた。アンドレはひやっとしたが、元よりそのような細かいことを気にする性質ではないオスカルは、アンドレの様子に首を傾げながら名札を戻した。


ヴェルサイユの一等地に会社本部を構える『ジャルジェ百貨店』はフランスの中でも老舗中の老舗だ。国内の主要都市と国外にいくつかの支店を持つ。
オスカルは現状以上の出店の拡大を望まない為、店舗数や総合的な売り場面積では同業他社に水を開けられているものの、営業成績はここ数年横ばいで安定している。
その歴史は、遡れば18世紀から始まる洋服生地の卸業者だったという事は従業員の誰もが就職すると最初に叩き込まれる知識だが、今では屋号を冠したオリジナル商品の開発にも力を入れている。特に無添加の化粧品や食品の開発には多くの人材と経費を惜しまない。

長きに渡り本社の経営に尽力してきた父が第一線を退いたことに伴い、この6月に末娘のオスカルが代表取締役に就任した。
5人の姉達やそれぞれの夫君が本社や本店、支店で重要なポストを担っているが、なぜか本社のトップの地位に就こうとする者がいなかった。
結果、当然のように、“将軍”と言われるジャルジェ氏の手腕をそのまま後継したオスカルに白羽の矢が立った次第だ。
オスカルはゆっくりと顎の下で白い指先を組み合わせると、言った。
「どうせ私は座っているだけで、実質的な経営はアンドレがしてくれるでしょう」
呑気に構える跡取りの取締役会議での発言。それに余裕すら感じた血縁にない取締役達は、内心ホッとしながら、やんやと喝采の拍手をした。
名指しされたアンドレは真っ黒な瞳が飛び出しそうな表情をしたが、発言権もないが故に、曖昧に微笑んだ。そんな様子にさえオスカルは動じなかった。

ただ一人、将軍の後ろに控えていたマロン・グラッセだけが激怒した。
生まれた時代を間違えていると揶揄されるマロン・グラッセは、滅私奉公を地で行くような人柄だ。ジャルジェ氏の養育係として採用されて以降、何よりも主家大事会社大事とひたすらに仕えて来た。その功績は高く評価され、定年後も“ばあや”なしのジャルジェ氏はあり得ないと言われるほど、常に将軍に寄り添っている。
夫人からの信頼にも答え、6人の娘達の養育にも尽力した。まさに公私の区別なく身も心もジャルジェ家に捧げてきた人だ。

そんなばあやにとって、一介の従業員に過ぎない孫息子に、まるで社運さえ掛けるかのような跡取りの発言は許されざることだ。
8歳で孤児となった孫息子を引き取って、自分の元に置き、本家に住み込みで育てた。主家の名を傷つけることがないようにと、ひたすらそれを念頭に置いて教育は徹底してきたつもりだ。長じてからは次期当主の筆頭秘書を務めるほどまでに立派に育ち上がったアンドレを見るにつけ、満足と充実と、もう自分がいなくとも大丈夫と言う若干の淋しさを同時に抱いていた。
将軍の勇退に伴い、自分も今後は一歩下がった所から行く末を見守るだけだと、先を案ずることは何もなかった。

それなのに、と大きな溜め息が出た。
しかし、会議の場はどんどんと進行して行く。次期CEOを決定する重要な話し合いにも関わらず、場の雰囲気に緊張感は全くなく、気がつけば、採択の必要さえないほど反対意見は皆無で、物事は将軍の思うように決定していた。
公の議事録として、オスカルの発言の件は留められないだろうが、と、ばあやは会議室から三々五々引き上げる中の一人を追った。
「お待ちくださいませ、ブイエ様」
「あ?」
既にその手にはスマートフォンが握られている。愛人を呼び寄せようとしていたであろうことが安易に想像できる。トップ画に愛人の盛った写真を使うのはよせと何人もから注意されているのが、未だに分からないようだ。

唯一と言っても良いほど将軍に異議を唱える人物を、ばあやは引き止めた。
「何だね、私は忙しいんだが……」
役員報酬の改定さえ決まれば他に用はないと、その表情から読み取ったばあやは、
「あの。先ほどのオスカルさまのご発言、どのようにお受け止めでいらっしゃいますか?」
あまり時間を取らせ逆ギレされては困ると踏んだばあやは、単刀直入に用件を切り出した。
「どのようにも何も……。私は今回の消費税の値上げに伴った役員報酬の改定さえ決まれば他に用はないよ」
ばあやが予想した通りの言葉を口にし、氏はさっさと玄関ホールへと向かう。
わずか0.02パーセントのアップに小躍りしながら帰って行く後ろ姿が、とても資産家とは思えず、ばあやはがっかりしながらも笑いを堪えた。

四面楚歌。孤立無援。
そんな言葉が頭の中を巡るばあやの、このところ弱くなる一方の視力でも、その姿ははっきりと見えた。
アンドレの背中だ。という事はその少し前方をオスカルが歩いているはずだ。
あの二人は、つい最近、単なる仕事上のパートナーの域を超え恋人になったと報告を受けた。
世が世なら身分違いの恋だとか言い、大騒ぎにもなるだろう話が、周囲の誰もが『何を今更』と言う雰囲気で受け止めていたのが嬉しいやら申し訳ないやらだった。
ばあやは大慌てで、廊下を曲がりそうな二人の背中を追った。

「オスカルさま!」
バタバタと走り寄る。
孫息子を呼び止めただけでは用を為さないことも十分に知っている。
振り返る令嬢は回廊の明り取り窓から降り注ぐ太陽の光を受け、その金の髪をキラキラと光らせた。
かつて、商品開発部の化粧品部門が、その髪の輝きを見て、新しいシャンプーを生み出すきっかけになったとはなるほどだと、ばあやは感嘆しながら、
「後生でございます。先ほどの役員会でのご発言、どうぞ撤回して下さいませ」
「えっ?」オスカルは不思議そうに呟く。「なぜ……?」
その真意こそが分からないという風に、ばあやは訊き返す。
「『なぜ?』」
「そう。なぜだ?」
「『なぜ?』ではございませんでしょう? ばあやは、ご先祖様に申し訳が立ちませんよ」
「なぜ?」
この問答は永遠に続くと判断したアンドレが横から入る。
「おばあちゃん、そういきり立たなくても、大丈夫だよ」
ポンポンと老婆の肩を優しく包み、
「オスカルだって何も本気で言ったわけじゃないんだからさ……」
そうは分かっていても、とブツブツ言うばあやにオスカルはにっこりと微笑む。
「……いや。本気だぞ」
「えっ……」

当然、次に疑問の声を上げるのはアンドレ自身だ。
「本気って……。いや、オスカル。冗談だろう?」
瞬きをすることさえ忘れたかのようにオスカルを凝視する。
「俺は……。俺はてっきりシネマの開始時間までにランチも済ませたいという魂胆で早々に会議を終わらせたいというおまえの深層心理が働いた結果だと……」
「ああ、そんな句読点もない長ったらしいセリフを言わなくとも良い」
「……そうじゃなくて……」
アンドレは、脇に抱えていた小ぶりのブリーフケースをグイッとオスカルの顔面に突き出し、
「この中の書類のどこに、そんなくだらない一文が書かれているんだ」
「ああ、確かに……」
動じる様子もないオスカルに、アンドレは逆に拍子抜けする。だが同時に、背筋にひやりとした物が流れる気配を感じた。
「だが、残念なことに、アンドレ」にっこりと微笑むと、オスカルは続けた。「最終決定権は私にある」
本人にその気があれば、無限大に価値のあるその微笑みは、ヴェルサイユどころかフランス中、いや世界、もしくは全宇宙をも支配できるだろうはずなのに、オスカルは惜しげもなく、目の前のたった一人の男に向かってその笑みを見せると、呟いた。

「私の考えは、おまえの頭の中にある。おまえの考えることは、つまり私の考えだ」
「……わけわからん」
「えっ? そうか……? 今日までの会議で、おまえの助言に従って私が言ってきたことに、異議のひとつでも上がったことがあったか?」
「そうじゃなくって!」
「アンドレ、分を弁えなさい」
ばあやの声が重なる。
大声を出すアンドレに、オスカルは不思議そうに首を傾げる。そして、周囲をきょろきょろと見渡すと、
「こんな所で大声はみっともない。とりあえず部屋に戻ろう。場合によってはシネマは明日でも良い」
そう言い、先に立って歩き出したが、数歩行ったところで足を止めた。
「ばあや、申し訳ないが、とりあえず後から報告に行くからしばらく時間をくれ」
ばあやが加わると、まとまる話もまとまらなくなるからな、という別の本音をぐっと堪え微笑んだ。
「畏まりましてございます」
慇懃に腰を折るばあやを残し、二人はクラシック調の両開き扉の向こうに消えた。

オスカルは『取締役』と『副社長』と別々に並べられた役職のプレートを手で払いのけ真正面に立つアンドレと対峙する。アンドレはアンドレで広くなった机上にバンッと大きな音を立て、両手を突き身を乗り出した。
「いいか、何もかもがおかしいだろう?」
苦虫を噛み潰したような顔をしている。
世間的に見たら、全幅の信頼を寄せられていると喜んでも良い場面に違いないとアンドレ自身も心の底では思っている。だが、と眉間の皺をもう一段階深くした。このおジョーサマには自覚がないらしい。

「あのね、オスカル……」
表情とは裏腹に、まるで幼子を諭すかのようにアンドレは優しく言った。
「俺は……。単なる雇われ秘書なの」
「ほぉ~」
ピキッとオスカルのこめかみが鳴った。
「会社経営に携わる者が、そんな重要なことを他人に任せるなんて軽々に言っちゃいけない」
「ほぉ~」
同じトーンで頷いた後、初めて聞いたよ、と地の底から吐き出すような声でオスカルは静かに言った。
何やら忌諱(きき)に触れたことに気づかないまま、アンドレは続ける。
「だから、もし、おまえが代表取締役をしたくないと思うなら、今からでも、お姉様かお義兄様のどなたかに頼むなり……」

アンドレの言葉は途中で遮られた。
「おまえは……」
ようやく机の上で突っ張っていたアンドレの手は、言いたいことを先に言えたという安堵感から、その場から離れ、オスカルの呼びかけに応答する。
「ん? 何……」
オスカルはひと呼吸置いた。
「“単なる雇われ秘書”でも、ましてや“他人”でもない」
言葉を失うとはこういう状態だという見本を示すかのように、アンドレはきょとんとしてオスカルを凝視した。
「おまえは……」
オスカルは、もう一度言った。
「私にとって、誰よりも大切な存在で……。確かに雇用契約は結んでいるが、それはおまえと会社との契約で……。“単なる雇われ秘書”だとか“他人”だとかおまえが本気で思っているなら、私は大泣きして、セーヌは大氾濫を起こすだろう」
アンドレは、まだ呆然としている。

オスカルはちらり壁掛けの時計に目を移し、
「もう……。今日は、シネマは無理だ」
そう言った。その決断は早かった。アンドレは意識を取り戻したかのようにハッとして、時計を見た。
「……そのようだな」
そして、
「あ、あの……。どう言ったら良いか分からないけど、俺の言い方が悪かったのなら謝る。俺も会社のことはとても大切に思ってるし、日々辛い状況に対処しているおまえの、少しでも力になれればとは、当然思っているよ。でも、俺にとっての会社や店舗と、おまえにとってのそれは明らかに重さが違うはずだし、そうじゃなきゃいけない。おまえが今後も会社を担って行くなら、勿論俺はどんな協力をも惜しまない」
息も継がずにアンドレは言った。オスカルは尚も何か言いたそうにアンドレを見つめた。しかし、それ以上は言葉を発することもない。

オスカルの沈黙は続いた。時折不敵な微笑みを浮かべている。何か思案を巡らせているのだとすると、それを邪魔するわけにもいかない。
アンドレは、考えに没頭しているオスカルの、その様子を見ていたが、やがて、満足げに言った。
「昼食は……。今更食べに行くのもかったるいな。何か軽い物を準備してもらうように社員用ブラッスリーに連絡するよ」
言いながらも、オスカルの返事を待たずに既に部屋に備え付けの電話機に手を伸ばす。
「……そう。ああ、サンドウィッチか何かで良いよ。……えっ? 何の……? 分かった。一緒に準備してもらえる?」
受話器を戻し、オスカルに笑顔を向ける。
「何か見繕って運んでもらうよ。あと、試食用のデザートも……」
返事をしないオスカルの様子に、機嫌が悪いのかなとバツの悪そうな視線を送ったが、アンドレは昔からの習慣で“触らぬ神に祟りなし”という事は心得ている。黙って自席に座って、とりあえず書類を取り出した。
 
L字に配置されているオスカルの机の位置からアンドレの動きは丸見えになる。オスカルは、平然と書類を捲り始めたアンドレの指先に視線を送っていたが、静かに呼びかけた。
「アンドレ……」
「ん? 食事の前に何か甘い物を口に入れるか?」
言いつつ、既に立ち上がりそうになっているアンドレの耳に扉をノックする音が届いた。
「あ、はい……」
視線はオスカルに残したまま、ブラッスリーからの昼食が届いたに違いないと思ったアンドレは、とりあえず扉の方に反応した。案の定、ブラッスリー主任のロザリーがワゴン車を押して入って来た。
「遅くなって申し訳ございません」
「いや、ごめんね、ロザリー。無理を言って申し訳なかった」
言いつつも、アンドレの手は習慣に従って奥のダイニング室への扉を開ける。
「オスカルさま、今日は新作のシャーベットのご試食をしていただきたいと開発部が持って来ておりましたので、ちょうど良かったです」
「そう……?」

覇気のないオスカルの答えに、状況を知らないロザリーは慌てた。役員会が面白くない終わり方をしたのかもしれないと咄嗟に判断し、
「あ、いえ……。あの、外出のご予定をキャンセルなさったとお聞きして、今、お持ちしましたが、開発部は今の今でご試食を希望しているわけではございませんで……」
しどろもどろになりながら言った。
「ロザリー。あとは俺がするから、デザートは冷蔵庫に入れておいてくれる?」
視線をダイニング室の隅の冷蔵庫に送りながらアンドレはロザリーに声を掛けた。
「失礼します」
挨拶をしたロザリーが、外から扉を閉めようとした瞬間、オスカルは、それを待つのももどかしいかのように、甲斐甲斐しく配膳を始めたアンドレに、
「とりあえず一緒に暮らさないか?」
静かに言った。
扉の向こうで、ゴンとロザリーがどこかにぶつかったらしい大きな音が響いた。



≪continuer≫



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