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1960年代生まれの音楽メモ。

好きな音楽やあの時観た映像をクリップしておくブログ。

成人式。

2014-01-15 22:21:27 | その他
今年の成人式は立派だった。ここしばらく(10年くらい?)、荒れる成人式とかいって なんだこれは?? と思わせるものが多かったなか、テレビで観る今年の成人式での言動は立派なものが多かったような気がする。

だいたい、年配者は、若者を見て、自分たちの世代時代が持っていた良い要素部分が拡大進化していると感じたときは「今の若者は立派だ」「自分たちにはとても出来なかった」と感じ、悪い部分要素が拡大増悪していると感じたときは「だから今の若者は」「日本の未来が心配」と感じるものだと思うが、報道で見た今年の新成人たちの言動は、概ね立派だったと感じた。
2014年、新しい時代の予感?

※もっとも、韓国のTV局による韓国内の反日デモの姿は、デモが起きたという事実は紛れもない事実なのだが、シュプレヒコールの表情に勢いが足りない、それじゃテレビ映りが悪い、はいこうやってもう一度、などと練習させて、「ベストショット」が撮れたら、はいありがとうといってニュースで報道したりするものなのだそうですから、普段テレビが報じる「若者はこうだ」という姿も、良い方も悪い方も、印象の半分はテレビが作り出しているものかもしれません。大人の反応が過剰なのだとしたら、それはテレビや報道が生み出しているのかも、しれません。韓国内の反日運動については、そうだとテレビで言っていました。

特定秘密保護法案に反対。

2013-12-05 22:48:48 | その他
特定秘密保護法案に反対。

 ・Wikipedia 1
 ・Wikipedia 2
 ・google検索

 ※治安維持法

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 2013-12-07 11:59に追記。

  成立しました。
  他人同士とか法律、つまり「公の場面」の自由が減っていかなければいいけど。

  公の空間、つまり他人同士の関係や国の制度は、礼儀や公正さがあれば、それでいい。
  無理強いされる(強制される)不自由や不公正は欲しくない。

  でも、賛成して喜んでいる人も多いですね。「今」はそういう時代なのかもしれません。
  ・たとえば

伝統。

2013-11-09 05:02:25 | その他
今回は、ちょっと面白くない話を。

最近、ラジオで、「日本の食の伝統は食べる人への思いやりです」という言説を聞いた。
ところで、食べ物屋さん関連で近年時事を賑わしているのは、高級料亭やホテル、品位で売っているデパート(※)の品名偽装・産地偽装や、ファミレスなどチェーン店のアルバイトさん達の、体ごと冷蔵庫に入ったり、土足で厨房の調理台に上がったりして写真に撮る行為だ。ともに、「食べる人への思いやり」とは正反対の行為だ。利用する人にとっての高級さ・作る人たちにとってのプロフェッショナル度という尺度で見れば、頂点と裾野の両方、ということになる。そしておそらく、状況からいって(ニュースの広がり、展開からいって)、それは 発覚した件・個社 特有固有の問題ではなく、“その分野その世界全体の問題”という雰囲気だ。

これは、現在(いま)日本の食の伝統が失われている、取り戻さなきゃ、と理解すればいいのか?それとも、ラジオで聞いた件の言説はギャクです、風刺でした、と理解すればいいのか?それとも、現実がそうでないからこその希求を聞いた、と理解すればいいのか?それとも、件の言説は臭いものへの蓋(目を逸らしたい、目を逸らさせたい)だった、と理解すればいいのか?それとも、世の主流には居ないけど、探せば、日本のどこかに、その伝統を守っている人たちが息づいているのだ、と理解すればいいのか?それとも、個人経営のレストラン(個人シェフがオーナーの店、みたいな)はがんばっているということなのか?

伝統には、良き伝統も悪しき伝統もあると思うけど、「今」私たちが引き継いでいる伝統は、どの伝統だろう。それはどこに現れ、どのような形・表現で表出しているだろう?


※「管理の問題」:会見で、デパートの経営陣の口から出てきた言葉だ。食の問題に限らず、何か不祥事が「発覚」すると、当事者だけでなく、報道の人の口からもよく出てくる言葉だ。でもこういう事件というか事象は、社会現象としてみた場合には(会見を見て強く思ったのだが、固有の出来事としてみた場合にも?)、これは「管理の問題」ではなく、「個々の当事者の、携わっている仕事に対する責任感やプライド、愛情や丁寧さといったものの欠如の問題」なんじゃないかなあ。「管理の問題」といわれると、何かはぐらかされているような、目を逸らされているような気がしてしまう。

注:あのラジオの中の人は、事実を踏まえたうえでの現実を喋ったつもりではなく、個人の思いを口にしただけのことだと思っています。ニュースとか報道とかドキュメンタリーの類ではなく、娯楽番組ですし、この項は、「あの喋った人」を批難するつもりではまったくありません。いっぽうでこういう話があって、でも現実はどうか、という話です。誤解無きように。

面白くない話でした。

「あのころ」と「いまどき」。

2013-08-24 04:16:15 | その他
再びになってしまうけど、オリジナルと、カバーと。素晴らしい。う~ん、素晴らしい。

Black Biscuits - Timing
タイミング ブラックビスケッツ カバー 奥田民生
徐若? - 時機 ~ Timing ~ (2011)
森恵「Timing (BLACK BUISKETS)」

ビビアン・スー  日本デビュー (1995)
POWER
ブラビ スタミナ

↑このころのは、観てると、何かを与えてくれそうな、提供してくれそうな、肩の力を抜いてくれそうな、語弊があるけど、「わかって」くれているような、あるいは何かを示唆してくれそうな、そういう気がしたんだよね。「いま」テレビで平日朝(6時から7時くらいにやっている)の情報バラエティ番組を観ていると、なにかを吸い取られそうな、大事なものを奪われていきそうな、なにかをせがまれているような、あるいは、頼んでもいないものを押し付けられてしまいそうな、そんな気がすることが多い、気がする。茶の間で息抜きに娯楽で観ているはずなのに、押し付けられる圧迫感を感じることが多い気がする。どうかすると、脅されて凄まれているような気がすることさえあるような。たとえて言うと、打ち明けられる友達や親切な近所のお姉さんが来た時間、というよりも、ヤクザや圧力団体、右翼の街宣車が隣に来た時間、というような。脅されて、さあ吐け、考えを改めろ、と凄まれているような。恐怖政治に、思想洗脳にあっているような。昔の、ニュースを柔らかくしていった頃の(当時はニュース情報番組)、ほんわかとした好き好きパワーはいいなあ、ほっこりする。でも、いつの頃からだろう、今のギスギスと責められる(せがまれる)感じは嫌だ、荒んできてしまう、ただ放っといて欲しいと思う、ただそれだけ、みたいな。

ただたんに、「サビ」の直前でちょん切れてCMに入り、CM明けにまた「イントロ」から繰り返されるようになったとかの狡っからさ、世知辛さの増濃にうんざりしているだけなのかなあ。CMの前に、テレビの中の人が堂々とおしっこタイムですよ、と言わなくなったような遊びや余裕の部分の減少に窮屈を感じているだけなのかなあ。いや、好きな部分もあるんですよ。たとえば、ジャニーズの人達なんて、あれ、日本の「良い部分(?!←なんだそれ)」と思うこともあるし。

お?「あのころ」とか「いまどき」とかって、私がおじさんになっちゃったってこと?
さて、リラックス、リラックス↓
Be cool !
Da Pump - Feelin' Good It's PARADISE
  ↑youtubeに今付いてるコメントはなんだかひどい。そういうことを言いたいんじゃない。でもこのころのって、キレがあってカッコよくてもどこかのんびりしてるというか、余裕があるというか。ほんわかとした陽だまりだったのが、今はヤケクソな圧力団体になってしまった、という感じ。いまこの関係においてはサービスの提供者はあなたなのに、なんで私が?とおもわず思ってしまうような圧迫感を感じさせるというか、つけこまれる感じがするというか、焦りを感じさせるというか、ヤケクソな笑いというか、いわゆるところの「威圧のための笑い」というか(だとしたら、何かの最終手段か末期症状?(煮詰まった感じ?))、電波を介して同調圧力をかけてる感じというか(放送の世界に登場した新たな「技」?新しくはないんだけど、高じたの?)……目の前にこの人たちがいたら突き付けてくる圧迫感から自分はきっとエビ反りにのけ反るだろう、あるいは一歩引くだろう、という感じというか……なんて言うのがいちばんぴったりくるんだろう?
あ、「情報を伝えよう」「自分の意見・考えを表明・主張しよう」という感じではなく、「相手(視聴者)の意思をコントロール下に置こう」という感じ、といったらいいのか。それって報道じゃなくて、プロパガンダ・洗脳・押し付けだ。だから、「圧迫感」を感じるんだ。ああ、きっとそうだ。信頼関係のない人のでも意見は聞けるけど、信頼関係のない人にコントロールされようとしたら、「嫌な感じ」が最初にくるよね。

画面から伝わってくる感じは、そういう感じ。舞台裏では、何があったんだろう?