Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

角田光代「三月の招待状」

2012-12-20 01:13:41 | 読書感想文(小説)



8歳年下の恋人・重春と暮らす充留のもとに、大学時代の友人夫婦・裕美子と正道から「離婚式」の招待状が届く。
その離婚式のパーティで、充留はかつて好きだった男・宇田男と再会するが、彼は充留の学生時代の友人の麻美と
関係を持ち…離婚して正道のいない生活を送る裕美子、若い恋人がいながら裕美子との暮らしを思い返す正道、
宇田男と麻美の関係を知って動揺する充留。そんなある日、麻美が忽然と姿を消し…



※ネタバレあります。要注意!




“大学時代を共に過ごした友人たち”は、友達が少ない私にもいるので、社会人になっても学生時代の仲間と
会えば、学生時代のノリに戻ってしまう、という充留たちの気持ちが少しはわかります。言いたいことをぽんぽん
無軌道に言い合ったり、他人が聞いてもわからないようなマニアックなネタで盛り上がったり。

違うのは、私がいたグループには裕美子と正道のような“グループ内のカップル”がいなかったので(グループ内に
恋人がいないだけで、別に全員がシングルというわけではない)、裕美子と正道のようにくっついたりわかれたり
する人を皆で生温かく見守るようなことはなかったです。まあ、だからといってグループ内での片想いがまったく
なかった、わけではないでしょうけど。表には出なくても。

なので、充留たちが30半ばになっても、大事な話をするために集ってもワーワーキャーキャー、とりとめもない話に
終始してしまうのは、気持ちが若返っちゃうんだな、と思ったのですが…。

麻美がいなくなった後、正道のマンションに集まった充留たちが麻美を案じるわけでもなく、まるでホームパーティの
ために集まったがごとく騒いでいるのを見て、正道の新しい恋人でまだ20代の遥香が

なんていうか、この人たち、すっかりおばさんなんだわ。

と心の中でつぶやくのを読んで、がーんとショックを受けました。…そうです、おばさんなんです。
20代の学生時代を共に過ごした相手と一緒にいる時だけ、おばさんは学生時代に戻れるのです。
ただしそれは仲間同士の間でのみ。学生時代を共に過ごしたわけではない人、ましてやリアルに若い人たちから
見れば、充留も私たちもがっつり歳を取っているわけです。そして、自分たちは若くない、青春は過ぎ去ってしまった、
前へ進まなくてはいけない、そういった当たり前のことから目をそらすために、自分たちを守るために、充留や裕美子や
正道たちは、無意識に若い遥香を弾き出してしまうのでしょう。


「麻美さんがどこかにいったのは、たぶんあなたたちのせいだと思う」

充留たちがつくる雰囲気から弾かれた遥香が、恋人の正道に対して放ったこの言葉は、彼女自身の過去の問題から
来るものでした。しかし、誰よりも失踪した麻美の気持ちに寄り添ったものでもありました。

麻美は、学生時代から生真面目で、充留から見れば堅苦しくてつきあいにくいタイプでした。本人もそのことに
気がついているくらい。皆のように気の利いたジョークがぽんぽん思い浮かばない、いまは笑うところなのか
そうじゃないのか、判断してから笑う。友達なのに、何のしがらみもない学生時代の友達のはずなのに、どこか
ぎくしゃくしてしまう。びくびくしてしまう。充留や裕美子や正道のように、輝いている自分になりたくて
いつまでもじたばたと、もがき苦しんでいる。そんな麻美の悩みは、私にも覚えがあるものなので、麻美が
不実な宇田男にのぼせてしがみついたり、自分の都合のいいように思い込んで行動したり、仲間たちに構ってほしくて、
自分はすごいんだと思ってほしくて、徹底的に空回りしている姿がかつての自分と重なって(さすがにここまでじゃ
なかったけど)どうしようもなく痛くて痛くて、思わず

「もう、いいんだよ…」

と優しく、肩を抱いてあげたくなりました。でも、誰も抱いてくれないんだなぁ。充留も裕美子も、ましてや正道も
宇田男も。この突き放しっぷりには、不快に思うのを通り越して笑ってしまいました。

最終的に、裕美子と正道は別々の道を歩むのかよりを戻すのか、正道は遥香と別れるのか、麻美は離婚するのか
はっきりわからないまま物語は終わります。その中で唯一はっきりしてるのが、充留がもう宇田男への思いを吹っ切った、
ということ。なんとなく充留だけずるいな、という気もしますが、まあそれくらいは仕方ないかな。おそらく、
充留は作者の分身あるいは自己投影だろうから、すっきりさせないと。

充留たち学生時代の仲間たちが醸し出している、ぬるくて居心地のいい空気と、そんな彼らを遥香や重春がぴしゃりと
評する時に漂う冷たい空気。そのどちらも大切なんだろうなぁと、読み終わってからしみじみ思いました。


ところで、小説を最後まで読んで気がついたのですが、充留の学生時代の仲間たちの中にいた「邦生」なる男、
最後まで活躍の場がありませんでした…邦生目線の章があるわけでもなく、他の登場人物と絡むわけでもなく。
角田光代の作品には男の存在が空気、なものが多いですが、ここまで空気な人は初めてです…。角田さん、まさか
書いてる途中で邦生の存在を忘れちゃってたわけじゃないですよね?ね?

あと、初出が2005年の割には、充留たちの学生時代に出てくるアイテムが古い気がしました。私が学生の頃は、
音楽サークルでもベルベットアンダーグラウンド聞いてる人はレアでしたよ。角田さんの趣味なのかもしれないけど。

登場人物が30前後の若者(?)ばかりなのでドラマや映画にしやすそうだなとは思いましたが、今のところ
映像化はしてないんでしょうか。もしされたら見てみたいけど、結末がはっきりしてないから難しいかな。




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