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仏語、英語学習者。アイザック・アシモフのファン。ノース・ホワイトヘッド思想信奉。縄文志向、仏陀志向。

ファウンデーションの夢 12 「 Albert Einstein 」

2021-09-19 18:37:01 | ファウンデーションの夢
12
「進化は必ずと言っていいほど袋小路に陥る。ふつうはそこで絶滅するが、一部のものだけは、時間を遡って、生存の糸口を探りだす。」(ジョン・ナック)

 レオナルド、その謎に答える前に、その神話の妥当性を調べて欲しい。

 ダニール。ナックは、その根拠を提示しています。ゲノムのハプロタイプDEの分岐は八万年前にアララト山の麓で起きたと、述べてます。
 そして、彼は、もう一人の二十世紀のヘリコン人の祖先を紹介しています。彼の名はアルベルト・アインシュタイン。相対性理論を明らかにしました。ナックは相対性理論とは、空間と時間の相関ばかりでなく、時間と時間の関係にも、当てはめられる、と言ってます。

 有り難う。レオナルド、これで大きな謎が解けた。
 選択の自由とは、拒否も含まれる。彼らは、東西に分岐しなくてもよかったんだ!あるいは今からでも遅くないかもしない、清らかな川の辺りに帰ることも。
 
 それは科学の理論では無理です。ダニール!

 果たしてそうであろうか? 原初に戻ることが可能ならばきっと、ガイア!

 ところで、レオナルド、君の謎というのは?

 ダニール、もうあなたが解いてしまわれました。あなたもひと(?)が悪い。

 私には、もう一つ解かなくてはならない謎があるのだよ!  

Music : Jack Pintian (Mother Moon take four )
     
https://youtu.be/1hYwzFBxGXo

yatcha john s. 『ファウンデーションの夢』 8 「 Albert Einstein 」

最近の遺伝子ハプロタイプの分析によって、D・Eは、D とEに分かれた。


ジョン・ナック 日本における二里頭文明

2021-09-19 08:05:33 | ミーターの大冒険
「ジョン・ナック 日本における二里頭文明」

 「禹」について語った私ジョン・ナックは、次に、21世紀の Yin Yi の「宇宙の組成と日本人の組成」という短い文章の「パーセンテージの類比」に触発されて、日本史の真なる基層を掘り出して、皆さんに明示したいと思います。
 宇宙の組成の第三番目が「元素」であって、日本の造化三神のうち第三番目に出現するのが
神産巣日(カミムスビ)の神です。このカミムスビの精神が、伊邪那岐(イザナキ)と伊邪那美(イザナミ)との天地創造譚の基本をつくり出すのです。キリスト教で言う三位一体の中の「聖霊」の役割です。
 この神産巣日神はとくに、阿波の忌部(伊部ともいう)氏と伊勢の度会氏の中心祭神であることは、皆さんご存知でしょう。既に察しのいい方なら、両氏、共通に「伊」があることを承知されることでしょう。イザナキもイザナミも「伊」から始まる名前ですね。
 カミムスビは天地開闢の祖であって「全ての命の元」でしょう。
 カミムスビのムスは「苔のむす(生す)まで」の由来で、当然「君が代」にある生命の誕生を表記しています。ですから高天原の出現も、その後の葦原中つ国(地上)も、そして黄泉の国もカミムスビ神と関係しています。
 さて禹の「五穀」神話は、少しだけ触れました忌部氏と深い関係があるわけです。これもお察しのように「阿波」が「粟」の産地の重要性からの出現であることは自明の理です。
 話を「禹」に戻してみましょう。想定できることは洪水を征したところは中国中原の黄河の支流「伊川」地域であったわけです。数多くの支流が合一する地点こそ禹の活躍の場所でした。そして中原の中心がいわゆる「豫州」と言われる場所で、古代には象が生息していました。多くの学者はこの「豫」から讃岐の金比羅山が古来から「象頭山」と呼ばれていた根拠としています。
 さて、日本の起こりは「古事記」に述べられていますように、淡路の穂の狭別(ホノサワケ)、次に伊豫の二名の島(四国)、この島には四つの顔があり...愛媛も伊豫と呼ばれていますが、もとは四国全体が「伊豫」と呼ばれているのです。そうです、記紀的には、四国が日本の初まりなのです。
 とくに阿波の国を大宜都比賣(オホゲツ姫)と言ったことが注目されます。大粟山の麓に「上一宮大粟神社」が鎮座していますが、このオホゲツ姫の件には、須佐之男命が、食べ物を穢して差し出すのだと思い大宜都比売神を殺してしまった。その後、殺された神の体から、頭に蚕が生まれ、二つの目に稲の種が生まれ、二つの耳に粟が生まれ、鼻に小豆が生まれ、陰部に麦が生まれ、尻に大豆が生まれたのです。
 もちろん黍は、国名の「吉備」を想定せざるを得ません。吉備は弥生時代からの塩の一大生産地でした。一方、浦間茶臼山古墳や金蔵山古墳のように初期の古墳において大量に鉄製品が出土していることから、製鉄の起源を弥生時代にまで遡るものと見る説もあります。
 いわゆるヤマト王朝の古墳の形態からこの吉備からの王朝移動の結果ではないかと主張する学者もおります。
 この弥生時代については、2003年に国立歴史民俗博物館が、放射性炭素年代測定で弥生土器に付着の炭化米の測定結果、弥生時代(もうこの呼び方を変えてはどうかという意見も出るくらいです)は紀元前10世紀に始まることを明らかにしております。

 そして次回はそれよりもっと前の時代の「禹の足摺」の深層をもっと掘り下げようと思います。

 https://youtu.be/iyzBC7GiesA


ラーマヤーナとアイザック・アシモフ

2021-09-19 05:20:18 | ファウンデーションの彼方へ
ラーマヤーナとアイザック・アシモフ

 アイザック・アシモフは『ファウンデーションの彼方』の中で地球人類の進化形としてのガイア人を描いています。

 人類は、人間一人一人に固有に備わっている個性や自己固有の表現の多様性、はたまた自由という想定的な理想概念と同時に、社会の安定した秩序、全体社会との調和を達成できるのでしょうか?
 この問題は、極めて真摯に、本質的に哲学的課題の一つと思えます。

 私が思うに、アイザック・アシモフがこの小説を書かざるを得なかったということは、アイザック・アシモフも、この問題が人類にとって避けては通れない、と思ったからに違いありません。私には、最終的に彼が結局、人類の未来への可能性を探究しようとするならば、この一大課題に真っ正面から取り組まなければならなかったという確信があります。
 人類はいつから、いわゆるこの「個と全体」の問題を真摯に考えるようになったのでしょう。
 近代の世界史を見ると、産業革命時期のイギリスのチャーチスト運動からのように思えます。
そして、人間の個性を著しく抹消するファシズム、石油燃料に依存しなければならなかった二十世紀の環境問題など、がありそうです。
 しかし、ところが、驚いたことに古代インドで、なんとそればかりでなく、実際には、人類が宇宙を旅するという考えははるかに古いものです。 サンスクリット語の主要な叙事詩の一つである『ラーマーヤナ』には、大量破壊兵器で都市を破壊し、宇宙に移動できる飛行機械を描かれています。 これらが書かれたのは、西暦紀元前7世紀から3世紀にまでさかのぼります。
 思うに、個と全体との調整という哲学的課題は、人類が発祥した時から遺伝子の中に組み込まれた本来的要諦的課題なのです。
 私たちは、アイザック・アシモフを娯楽書として楽しむと同時にこの人類の究極的課題についても、引き続き考察し、議論を深めて行かなくてはなりませんね!

Yi Yin

https://youtu.be/L1uWUTc7WYE