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「沖縄文教学校」「沖縄外国語学校」から「琉球大学」へ…「戦後高等教育発祥之地」うるま市田場

2014-03-14 | 教育

 戦後沖縄の教育は、うるま市石川の「城前小学校」で始まり、同校には、「戦後教育発祥之地」の碑があります。うるま市田場には、「沖縄文教学校」「沖縄外国語学校」などが設立され、学校跡地に、「戦後高等教育発祥之地」の碑が建立されています。「沖縄文教学校」「沖縄外国語学校」は、「琉球大学」の開学により吸収されました。「田場小学校」は、「沖縄文教付属小学校」として創立し、その後、「田場初等学校」として独立しました。

01-0302 戦後教育発祥之地

参照(城前小学校_jp- http://shiromae-sho.edu.city.uruma.okinawa.jp/

「沖縄文教学校(おきなわぶんきょうがっこう)は、1946年1月に具志川村(現在のうるま市)田場に開設された沖縄戦後初の教員養成機関である。当初は「師範部」「外語部」「農林部」の3部で構成されたが、「外語部」は沖縄外国語学校に、「農林部」は現在の沖縄県立中部農林高等学校に分離独立した。 修業期間は1期生は2か月、2期生は4か月、3期生は6か月と次第に長期化していった。修了者には教員免許が付与され、1年間の教員勤務が義務付けられた。 1950年の琉球大学開学に伴い吸収された。」

引用(沖縄文教学校 - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%96%E7%B8%84%E6%96%87%E6%95%99%E5%AD%A6%E6%A0%A1

02-0306 戦後高等教育発祥之地

03-0306 戦後高等教育発祥之地

04-0306 戦後高等教育発祥之地

05-0306 戦後高等教育発祥之地

06-0306 戦後高等教育発祥之地

「戦後高等教育発祥之地…太平洋戦争直後の一九四六年一月より四年余、ここ田場原頭に、極度の窮乏のなかで、学びて倦むことを知らぬ、燃える青春群像があった。 琉球大学の前身としての役割を担った沖縄文教学校、沖縄外国語学校が、幾多の俊秀を世に送り出した、ここは、戦後高等教育発祥の地である。 一九九〇年三月三十日 設置者 具志川市 土地提供者 沖縄文教外語同窓会」

07-0306 田場小学校

08-0306 田場小学校

09-0306 田場小学校

10-0306 田場小学校

11-0306 田場小学校

参照(学校沿革 うるま市立田場小学校_php http://taba-sho.edu.city.uruma.okinawa.jp/index.php?oid=38&dtype=1000&pid=5

12-0309 首里城跡

13-0309 琉球大学跡

「琉球大学跡…琉球大学は 一九五〇年五月 第二次世界大戦で崩壊したここ首里城跡に開学した。 琉球王朝の中心であったこの地は 新しい時代の 学術文化の創造の場として蘇り 向学の志に燃える青少年の希望の地となった 以来 一九八二年に移転するまで この地において 総合大学として発展し 多くの人材を世に送り出してきた ここに琉球大学が誕生し 沖縄における大学教育が開始されたことを記し 碑を建立する 一九九四年一月 琉球大学 琉球大学同窓会」

参照(琉球大学沿革概要 http://www.u-ryukyu.ac.jp/univ_info/gakucho/school_history.html

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