西浦の時間≪Nishiura no Time≫

思いつくこと全てやってしまいたい。
しかし、それには時間が足りなさ過ぎる。
時間を自分のものにせねば。

ドストエフスキー「罪と罰」。

2009-11-26 | マンガ・ドクショ(インドアな面白さ)
ついに読み終えました。
なんとゆうんでしょうか、この達成感とゆうか。
悪霊に打ち勝ったような清清しさがあります。

ストーリーはウィキペディアの方に、
うまくまとめてあると思うので、
ここでは西浦なりの理解を書かせていただきます。

大学をやめて引きこもりを始めたラスコーリニコフは、
せまい安アパートの中で人殺しの理論を紡ぎ出し、
金貸し老婆を殺しても自分は大丈夫と盲信し実行する。
(勢い余って、老婆の妹まで殺してしまう)
ところが、実際殺ってみると、
想像してたのと何かがちょっと違う。
このおれ様だったら、
もっとカッコ良く殺せるはずだったんだけど・・・と、
いろいろ戸惑ってしまう。
あれ? ん? おやおや? となるわけですね。
こんな感じで、
自分の頭の中と現実とのギャップに気付くところから、
物語はスタートしてるように思います。

西浦にとってドストエフスキーとゆうのは、
50代くらいになって、
いろいろ知識や考えが深まった頃に、
サッと開いてフムフムと理解できる、
それくらい遠い世界の作家でした。
ところが、ふと読もうと思ったんですね。
遠い存在と思ってるだけなら、
いつまでも遠いままだし、
自分から近づいてかなければならないと、
まあ、そう気付いたんでしょう。

で、上下巻(全6部)読んでしまったわけですが、
意外とゆうか、かなり面白く読めました。
キャラのセリフがやたらに長いのを除けば、
シンプルなサスペンスなんですね、これ。
もっと「哲学書!」って感じをイメージしてたので、
拍子抜けた感がありました。

個人的に気に入ったのは第1部と第5部、
それからエピローグ。
特にエピローグは自然描写がめちゃくちゃキレイ。
自然に対して神々しささえ感じてしまいますね。
ドストエフスキーの、あの薄汚い顔からは、
ちょっと想像できないような美しさでした。

第1部はラスコーリニコフの状況説明と、
思弁と、それから理論の実行。
ここはかなりスリリングでした。
「今から面白いことが起こりますよ」
と言わんばかりに書くので、
殺人が起こると分かっててもゾクゾクします。

第5部は佳境ですね。
今まで仕掛けられてた地雷が、
ここで一斉に爆発して、
祭のような熱気に包まれます。
これは独特なものがありますね。
何百ページも読んできて、
初めて体感できるような気がします。
楽しくて仕方がない。

確かにいろんな思想が飛び交って、
至る所でとうとうと語られますが、
やはりこれはエンターテイメントですね。
人を楽しませるために書いてある。
眠い議論があっても、
(ドストエフスキーはよくわきまえてますね)
読み飛ばす人のために、
ストーリーが分かるよう作ってある。
「じゃあ、書くなよ」
とは、まあ、言わない方が良いでしょう。

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