ブログ 認知症一期一会にコメントを書き込みました。(11/18)
頭の状態が、宙に浮いたようで落ち着かない、力が入らない、と。
そうしたら、水木さんからお返事がありました。
不安が消えることはないよ、ずっと続いていく・・・
それなら、不安とも仲良く付き合おうよ、という様な意味の事でした。
その最後に、書かれていたのが
「不安という名の 私の友人が・・・大丈夫だよ、と言っている・・」
と書いてありました。
不安も、友達?
一緒にブログを読んでいたサポーターさんが、大きな声で「そうね、そうね!」
と、私の肩をたたきました。
「今まで、あやちゃんの不安を少なくしよう、とか出てきたら、早く無くしてあげようとか、考えてきたけどそれじゃいつまでも、あやちゃんも私も頑張ることになるよね。」
「アルちゃんと仲良く行こうとしたら、あんたを苦しめる不安も友達だと受け止めてみることかもね」と薗部さんはいうのです。
頭のざわざわや、画面がパッと付いたり消えたりするテレビのような状態が、
私の友達なのか、分かりませんが、友達という言い方には親しみを感じます。
どうやって、受け止めるか、分からないのですが・・・・。
(今日は、白菜の漬け物をする予定でしたが、雨なので明日に延期です)
頭の状態が、宙に浮いたようで落ち着かない、力が入らない、と。
そうしたら、水木さんからお返事がありました。
不安が消えることはないよ、ずっと続いていく・・・
それなら、不安とも仲良く付き合おうよ、という様な意味の事でした。
その最後に、書かれていたのが
「不安という名の 私の友人が・・・大丈夫だよ、と言っている・・」
と書いてありました。
不安も、友達?
一緒にブログを読んでいたサポーターさんが、大きな声で「そうね、そうね!」
と、私の肩をたたきました。
「今まで、あやちゃんの不安を少なくしよう、とか出てきたら、早く無くしてあげようとか、考えてきたけどそれじゃいつまでも、あやちゃんも私も頑張ることになるよね。」
「アルちゃんと仲良く行こうとしたら、あんたを苦しめる不安も友達だと受け止めてみることかもね」と薗部さんはいうのです。
頭のざわざわや、画面がパッと付いたり消えたりするテレビのような状態が、
私の友達なのか、分かりませんが、友達という言い方には親しみを感じます。
どうやって、受け止めるか、分からないのですが・・・・。
(今日は、白菜の漬け物をする予定でしたが、雨なので明日に延期です)
本当に不安が強いときは誰かにそばにいてもらえばいいですよね。
今、あやちゃん様はひとりで頑張っていらっしゃる。
その頑張りが結構大切なのかもしれません。
そうか、と思うとはっきりと筋道を立てて、話が出来たり、少し前のことでも、思い出せたり。
こうして書いていると、話しているときよりもずっといろいろでてきます。
でも、あんまりつづかなくなってきました。
不安は、無くなりませんね。
ホントにずーっとあります。だから友達なんでしょうね。
でも・・・方便として・・・異常は友人だと思った方はそれなりの正常ではないでしょうか。
健康だと自負されていた方が・・・・急に亡くなられることがあります。
満足でない死といえます。
それを思へば・・・私は日々予告されているのですから、日々お経をあげるこのもできるのです。
「この病」と宣告されて・・・始めたのです。
ある意味で69歳を行き切ることができます。
深刻・・・になることはやめました。
私のぶろぐを読んで、水木さんの一期一会も読ませて頂いて、「友達というのは大切にしなさいよ、不安が無ければ幸福かって言うと、そうでもないし、一生懸命生きてるって意味では、あんたの方が私よりまじめだわよ」と言いました。
お友達の不安さんに共にいてくれてありがとう 位のことを言いなさいよ、と。
どうしたって一緒にいるんですね。
深刻になっても仕方がないか。