時には、旅の日常

管理人:taろう/旅先で撮ったスナップにコメントを添えて、他にも気の向いた事を綴っていきます。

初海外1990 チェコスロバキア&DDR-15~プラハ モーツァルトゆかりの地 ベルトラムカ

2019-06-02 22:09:03 | チェコスロバキア
 プラハ郊外のコノピシュチェからプラハへと戻ると、プラハ中心市街地でも南の、モーツァルトにゆかりのある地を訪ねました。

 <<初海外1990 チェコスロバキア&DDR-14>

 モーツァルトが滞在した貴族の別荘に身を置いて、その足跡に思いを馳せるのも、乙な気分♪
 訪れる人も疎らな、こじんまりとした隠れ家のような居心地の良さを堪能した、モーツァルトの記念館でした。

 <ベルトラムカ>

 ※ ベルトラムカに続いて訪れたビシェフラットと共通の地図となっています。

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 郊外のコノピシュチェ城(Zámek Konopiště)からプラハ(Praha)へと戻ると、今度はプラハの南の市街地を巡ります。
 まず訪れたのは、「ベルトラムカ(Bertramka)」という、貴族の別荘だった建物。
 (画像クリックで、別ウィンドウが開きます)

 1787年にプラハで初演されたオペラ「ドン・ジョバンニ(Il dissoluto punito, ossia il Don Giovanni(罰せられた放蕩者又はドン・ジョヴァンニ), K.527)」は、モーツァルト(ウォルフガンク・アマデウス・モーツァルト/Wolfgang Amadeus Mozart)により、彼が滞在したこの館で制作されました。



 この館は、チェコの作曲家フランチシェク・クサベル・ドゥシェク(František Xaver Dušek)の別荘でした。
 元々(17世紀から18世紀にかけて)は、ワイン農家であったとのこと。
 ここでドゥシェクは、モーツァルトを、1787年(「ドン・ジョバンニ」制作の年)や1791年(モーツァルト没年)にもてなしたと記されています。

 モーツァルトが滞在した縁で、ここにはモーツァルトに関する展示もあり、こじんまりとした閑静な雰囲気に包まれて、ゆったりした気分で楽器等の展示に見入っていた記憶があります。

 閲覧し確認した(2019年6月2日現在)、上記ベルトラムカのリンク先によると、その後モーツァルト関連の展示はなくなり、所有者のドゥシェクのみに関する施設となったようです。
 2019年6月2日現在、グーグルマップには所在地に特に名称等は付されておらず、閉鎖となっているのかどうかも不明です。



 ベルトラムカ荘の門前へは、一筋の通りが延びています。
 (画像クリックで、別ウィンドウが開きます)

 車やゴミ箱のデザインが、往時の東欧のレトロな雰囲気を思い起こさせてくれます。

 ストリートビューで今日の姿を辿ってみると、門の面影や通りの石畳の佇まいは変わっていませんが、門扉は閉ざされ、敷地内の茂みも放置されているような印象を受けます。
 塀には落書きもされてしまっていて、痛々しい景観でした。



 この石畳の通りは、その名もズバリ「モーツァルト通り(Mozartova)」。

 もちろん、この通りが突き当たるベルトラムカの、モーツァルトとの縁から命名されたことは、想像に難くありません。
 ベルトラムカからモーツァルトの展示は撤去となりましたが、彼がそこに滞在し「ドン・ジョバンニ」を制作した事実はかわらないので、今日に至るも、通り名はそのままとなっているのでしょうね。

 ベルトラムカを辞去し、次の目的地である、ブルタバ川(Vltava/ドイツ語:モルダウ(Moldau)川)の東の対岸に聳える城跡、「ビシェフラット(Vyšehrad)」を目指します。

 <初海外1990 チェコスロバキア&DDR-16>>

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 約8か月ぶりとなってしまった、「初海外1990 チェコスロバキア&DDR」のシリーズ…ようやく更新再開となりました;

 画像のスキャン、記憶の整理や改称された地名の確認等、1つの記事が完成するまで、他のシリーズ記事に比べて手間と時間とを要し、気力も必要ですが、29年も前の旅に再び出ているようにも思え、ついつい時間の経つのも忘れて楽しく作業に没頭してしまいます。
 相変わらずの週一更新のペースとせざるを得ない状況の中で、他ジャンル記事との兼ね合いもあり、相変わらずいつ完結するかの目途すら全く立ちませんが、引き続きノンビリ気ままなペースにお付き合いくだされば、嬉しいです。



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (タヌ子)
2019-06-06 07:01:42
プラハとモーツァルトの関係は全く知りませんでした。
ドン・ジョヴァンニはここで制作されたのですね。
チェコにはハンサムが多いので、良いインスピレーションが得られたのかもしれません(笑)
いつかまたモーツァルト関連のものも展示されるようになれば、クラシックファンも喜ぶはず。
素敵な館が廃墟になってしまわないことを願うばかり。
taろうさんの29年前のチェコ旅行の更新を拝読し、私も現在の旅行記と次回の旅行記が終わったら、3年前の南欧の旅の続きを書く気力がちょっと湧いてきました。
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Unknown (プー太郎)
2019-06-07 06:13:02
お久しぶりです!
なんと偶然にも、今年の3月にプラハを訪れた際、ドン・ジョヴァンニが初演されたエステート劇場(Estates Theatre)でモーツァルトのオペラ「魔笛」を鑑賞してきました。18世紀の当時の雰囲気がしのばれる素晴らしい劇場でした。
後日「カルメン」と「売られた花嫁」をナショナルシアターで観ましたが豪華絢爛な内装にもかかわらず、私はエステート劇場のほうが好きでした。
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タヌ子さん。 (taろう)
2019-06-07 07:39:47
プラハは、モーツァルトとのゆかりの深い街です。
ウィーンで不評であった彼の作品が、プラハでは好評を博したこともあって(街によって好みが違ったりもしたのでしょうね)、彼もプラハには良い印象を持っていたようです。
ウィーンとはまた異なる空気や気質のプラハで、仰るとおり、新たなひらめきがったのでしょうね。
そうしたフィーリングを、名曲に仕立て上げる才能こそが、モーツァルトの天才たる所以だと思います。
今日のベルトラムカ、建物は現存しているようですが、放置され荒れているような雰囲気で、心配です。
タヌ子さんの旅行記、楽しみにしています!
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プー太郎さん。 (taろう)
2019-06-07 07:49:07
お久しぶりでございます!
今年も既にプラハへいらっしゃったとのこと、とても羨ましく思います。
プラハは、モーツァルトその他の音楽家達が活躍した多くの劇場が、そのまま残っているのが、素晴らしいですよね。
30年近く前のこの旅では、建物を見るだけで満足してしまい、芸術鑑賞は今日にいたるまで、宿題となったままです;;
劇場ごとに、建築や装飾の様式も個性的で、年月を経て使い込まれた円熟した雰囲気を纏っているのが、プラハの魅力だと思います。
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