強犬堂

スタジオストロングドック・加藤慎隊長の頑固な小言

キャノンボール

2006年03月18日 | その他
ちょいと話題にキャノンボールがでた所で、キャノンボールの説明をしてみたい。
まあ、そう嫌がらずに読んでけよ。ヒマジン。

2000年の7月から2004年の11月まで足掛け四年にわたって、
年二回ほど、通算8回開催したくっっっっだらねえイベントがそれだ。
使う時間はほぼ丸一日。
ゲームの内容はいたって簡単。
スタート地点に車で集まって、誰が一番最初にゴールにたどり着くか、
というのが簡単なルール。
例えば談合坂サービスエリアに集合して富士山五合目がゴールとか、
大黒サービスエリアに集合して三浦半島城ヶ崎がゴールとかね。

で、まっすぐゴールまで走ってちゃ面白みがねぇので、
富士スピードウェイの正面ゲートを撮って来いとか、信玄神社や、恵林寺を撮って来いとか、
毎回5つぐらいのチェックポイントが存在し、
それらを携帯などで撮影し、行った証とするわけだ。
ちなみにナビは禁止。DVDのディスクを抜いて人に預けなくてはなんなかった。

で、そのイベントを関東近県の各都府県で行い、
東京から始まって千葉、静岡、山梨、埼玉、神奈川、茨城、栃木と通算8回行った。
各イベントごとに旧来のF-1に準じて上位六人に上から10-6-4-3-2-1とポイントを与え、
全9戦の総合得点でワールドチャンピオンを決めようという下らない遊びだった。

これがまたなかなか時間のかかる遊びで、
そりゃそうだ小田原に集合して伊豆半島南端のサボテンパークまで行って、
御殿場まで帰って来い、ってんだから丸1日は軽く消費した。

この下らないイベントに集ったのは通算12名のバカ。
集った車種もバラエティーに富んでおり、
多かったのは我が栄光の180SXを中心としたインプレッサやアルテッツア、
S15やS13シルビアのような2000CCの車種だった。
ほかにも小さいのはK12マーチやモコといった小型車から、
スープラ、グロリア、しまいにゃステージア260RSのような限度を知らない車種まで登場する有様。
気候も快晴の日もありゃ、炎天下があり、雨があり、
ひでえ所で宮野木ダムでは雪まで降ってきやがった。

もともとはドライブに毛が生えたようなのんびりムードが漂っていたはずで、
第一戦東京の奥多摩では日原鍾乳洞をのんびり見てたはずだったのが、
いつの間にやら負けず嫌いにエスカレートがかかり、
先述の宇都宮城や足利学校なんてのもチェックポイントになってはいるもののほとんど見てない。
ひどいとこだと降車もしねぇ。
鶴が丘八幡の大銀杏なんてのはほとんどが境内をテメエの足で走りぬけてるはずだ。

で、先述のとおり、四年八戦の段階で、
着実に上位進出を果たし続けた私、加藤慎と180SXがポイントでトップに立ち、
最終戦をやらずして総合優勝を決めた。
そのラウンドが栃木だった。まあ栃木はオレにとって験のイイ土地とも言えるか?
二位が泉澤とS15、三位が薗田とインプレッサ、四位に山崎とアルテッツアだったか?
しらねえよ三下の成績なんて。

その後、紆余曲折がありその後やってはいねえんだが、
まああれだ、マフラーだ車高調だ、アウトINアウトだ何だといって、おっせーなーオメエら。
待ってる間に日が暮れちまうぜ。
オレ最速。

というイベントをやっとりました。それがキャノンボールです。
ヒマジンは俺らか。