今日も手塚様の旅の記録の続きです。とても濃い内容ですので、楽しんでください。
エアーズロックの周りを一周ドライブしたのちユララリゾートへ戻り、サイトに残した荷を積む。キャラバンパークのプールに入って少し涼むが小一時間遊ぶうちに、日焼けしてしまった。日焼止めは塗ったのだが、やはり物凄い日差しの強さだ。
明日朝までどうやって過ごそうか。アイスを食べてからみやげ物屋を巡回して、ヘリの遊覧飛行で空からエアーズロックを眺めてから、またアリが待ち受けるサイトに連泊するか。
「ラクなんだけど、それはつまんねえよなぁ。」
地図を見ながら少し考えて、今夜はブッシュキャンプをする事にする。いわゆる野宿である。
この辺は国立公園であるから、ルールで野宿は出来ない。なので公園の外までゆく。
距離は200kmほどしか走らないし、まだ燃料は半分ほど残ってはいるが、念のため水も含めて満タンにし、タイヤのエアも確認する。
通行許可証が必要な道を少し通るので、ガソリンスタンドで教えてもらったセンターオフィスへ申請にゆくが、メインセンターがニューイヤーホリデーで休みである。
潤に夕食の希望献立を聞き、スーパーで買った食材や水をフリーザーに放り込み出発する。
この時はまだ、あんな夜になってしまうとは予想も出来なかった。
舗装路からダートに入り、幅広の赤い道を西へ走る。途中で大きな重機を運ぶトレーラーと、すれ違いさまに手を振り合う。この道は未舗装でこそあるが、西オーストラリアとレッドセンターを結ぶ主要地方道だ。枝道に入らなければ道に迷う危険はない。
砂が浮いていないダートは、コルゲーション状になっていることが多い。ブルドーザーが通った後のように、硬い三角の山模様が延々と続くのである。この振動がなかなかつらい。
低い速度域だと振動と騒音で、室内全てがブレて見えるほどだ。安全に気を付け、全部拾わないように80~100km/hで走ると、荒れた砂利道程度の感覚で走ることが出来る。
途中大きなトカゲを2回見た。道にはよく木の枝が落ちているので一見わかりにくいが、車が近づくと逃げるのでそれとわかる。ぜひ潤に観察させたいのだが、砂煙の中をバックして戻るまで待っていてはくれない。トカゲも生き延びるのに必死だ。
国立公園から外れた辺りのエリアで今夜の寝床を探す。しばらくしてぴったりの場所を見つけた。見通しがよく木陰になる木もある、水はけの良さそうな平坦な広場で、タイヤや焚火の跡もある。たぶんこの辺のハンターや旅人が使うのだろう。
合格だ。「ここをキャンプ地とする!」キャプテンの決定で今夜の野営地は決まった。
陽は傾いてきたが原野を渡って来る風は強く、ドライヤーのような熱風だ。まだ40℃は超えているだろう。足元の枝や落ち葉は、踏むとピチピチと軽い音がして乾燥しきっている。火気は厳重注意だ。
風が熱すぎるので潤を車内で待たせ、まだ陽が高いがそそくさと夕食の支度を始める。こういう安全が保証されない場所では、キャラバンパークとは意識や手順が変わる。暗くなる前に食事や片付けをすませ、不測の時すぐに移動できるようにしておくのだ。
オーストラリアに猛獣はいないが、料理の匂いで、ディンゴ(野犬)が寄ってくる可能性がある。ガソリンスタンドなど各所にも、注意のポスターが貼ってあった。狂犬病も、無いとはいえないので接触は絶対に避ける。今年は全国的な異常高温と乾燥で、野生のラクダも攻撃的に人間に近寄ってくると聞く。
日没時に風は収まるはずなのだが、さらに風が強まってきてテーブルから、パンや飲みかけのペットボトルが転げ落ちる。二人だけの静かなサンセットを期待していたのだが、あては外れた。
よく風向きが変わるし、空には晴天と、雲がある部分が一文字にハッキリと分かれている。天気の前線がこの上にあるらしい。「やな展開だな~・・・。」
のんびりと好物のステーキとソーセージ、ベーコンの夕食を楽しむ潤に「野犬が来るから早く食べろ!」と再三せかす。日本の日常で、普通そういう会話はないので、意味がわからないようだ。彼にとっても、こんなおかしな所までつれて来られて、好きなようにされて迷惑な話だ。
手早く片付け不測の事態に備え、すぐその場を離れられるようにしておく。
今日も夕焼けが綺麗だ。
眺めていると陽が沈み反対側の空に夕闇が迫ってきた頃、いきなり地平線に明るいオレンジ色の閃光が光る。
「・・・???」気味が悪いので二人で車の中から見る。車のライトにしては明るすぎるし、その方角に道はない。ヘリにしても音がしない。潅木の隙間から見えるその光は、地上すれすれに大きさを増し近づいてくる。
「あれ何よぉ~!潤さぁ、キャトルミューティレーションって知ってる?やばいよ、やばいよぉ~!」
だが、見ているほかにどうすることも出来ない。光は輝度を増し異常な速さで近づく。
「ホントにやべえな。逃げるか!でもすぐ追い着かれるだろう。」
そう思った時、はっと理解した。・・・月の出だ!
月が昇って来たのだ。こんなに鮮やかに輝く眩しい月は初めてだ。地表近くで舞う砂埃りの影響で、オレンジ色に見えたのだろう。
「おー。こいつう、ビックリさせんなよぉ~。」来ないとわかると、いきなり強気である。
ほんの数分の出来事だったと思う。すっかり宙に浮き、銀色に移り変わる月明かりの下で、二人とも一気に緊張の糸が緩んだ。
深夜、強く車が揺れて目覚める。強風だ。腕時計を見ると2:30。寝つけずに横になったままいると稲光がひかる。信じられなくて、目を疑った。そして30秒ほど後に雷鳴が届く。まだ遠い。時折風に混じり雨粒が屋根を弾く音がする。
この辺に金属は、この車以外にないはずだ。飛び起きて落雷に備え全ての窓を閉め、子供を抱え出来るだけ窓から離れる。「なんでこんなトコで雷なんだよぉ~。」
野宿した事を後悔し、この場所から逃げ出したかったが、走っても近くに身を寄せやり過ごせる場所はない。半径80km以内に人もいないはずだ。それに夜間走行はとても危険なので、緊急時以外は走らない。
「今夜はいったいなんなんだよぉ~。」こういう時にぴったりの言葉は一つしかない。
それは「神さまぁ~!」
稲光りの数を数え、雷鳴との間隔を計っているうち眠ってしまったらしい。はっと気づくと東の空は明るくなっていた。
本日の走行:222km(ダート70km)
次回い続く・・・。