南北に長く連なる日本列島は、多様な自然生態系を含んでいて、落葉広葉樹の森が広がる北海道・東北地域、常緑広葉樹が占める本州・四国・九州地域、亜熱帯樹林が生育する琉球列島などに大別できる。これらの地域差は自然形態に留まらず、人々の生活文化にも、独自で多彩な文化を生み出すことになった。
二千数百年以前の一万年にも及ぶ長い時間、列島に生きた人々は「縄文文化」として一括できる文化を共有していた。ところが二 . . . 本文を読む
4世紀後半以降、つまり倭国にヤマト政権が生まれ、古墳時代中期を迎えようとしていたころ、東アジア情勢に大きな動きが現れた。高句麗の南進による朝鮮半島の緊張である。そうした政治情勢が、倭人社会に馬匹文化を導入させることになった。その狙いは「鉄の確保」であった。
古墳時代に入って、社会の経済基盤は弥生時代以来の水田稲作農耕がさらに深化し、鉄の確保が、社会が次の政治経済ステップへ飛躍する鍵を握っていた。 . . . 本文を読む
弥生時代の後期以降、列島各地で大型の墳丘墓が造営されるようになる。山陰から北陸地方にかけての「四隅突出型墳丘墓」や、吉備地方の「二方突出円丘墓」、さらには近畿地方中央部では帆立貝式などとも呼ばれる「前方後円型墳丘墓」が築かれた。
このことは集団内において首長的権威が発生し、際立った墳丘を築くことでその権威の継承を認める社会が生まれたことを意味している。しかも地域的に形式が共通した墳丘が営まれたこ . . . 本文を読む
弥生時代の暦年代はかなりの幅を持って論争が続いているが、前時代(縄文時代)との画期となる文化については、農耕社会の確立、青銅器・鉄器の導入とともに、環濠集落の出現があげられる。中でも環濠集落は、縄文時代には見られなかった生活様式で、次の時代(古墳時代)には消滅しているという、弥生時代の特質を際立たせる集落形式である。
ここで言う環濠集落は、集落の周囲に水濠あるいは空濠をめぐらせ、外部との空間を分 . . . 本文を読む
氷河時代が終焉を迎え、地球規模で温暖化が進み始めたころ、日本列島で生きる人々はその環境に適応しつつ「土器」という生活手段を手にし、縄文時代と画期される新しい文化を形成していった。人々は狩猟、漁労、採集といった手段で生活を広げていき、大規模な集落を形成するまでになった。
三内丸山遺跡(青森)などの大規模集落跡では、自然のブナ林に換えて、意図的にクリが植林されていった痕跡が花粉の調査などから確認され . . . 本文を読む
炭素14(C14)年代法は、生物体などに固定された放射性C14同位体が、時間とともに減衰する現象を利用して年代を確定しようという方法である。放射性炭素(C14)は、5730年プラスマイナス40年というテンポで減衰していく。この性質を利用し、基準年(紀元1950年)の濃度に対しどの程度減衰(残存)しているかを調べる。約5万年前までの年代が推定できる。
測定方法は、壊変の際に放出されるベータ線を放射 . . . 本文を読む
木の年輪細胞は、樹皮と内側の樹幹の間にある形成層で作られる。春から夏にかけて細胞が発達し、夏を過ぎるとその発達が抑制される。このことによって年輪の細胞密度の濃淡が生まれる。また年輪の幅は、春から夏にかけての気温や雨量に左右され、夏が寒冷な年は狭くなり、温暖な年は広くなる。この年輪幅の変動パターンを利用して、指紋照合のように年代を決定するのが年輪年代法で、20世紀始め、米国の天文学者・ダグラスによっ . . . 本文を読む
形式学的・層位学的方法によって決定される考古学の年代は、あくまでも遺物・遺跡群の相対的前後関係を明らかにするにとどまるもので、それらの絶対的な暦年を特定するものではない。文献資料あるいは自然科学的方法を加えることで、幸運にも絶対年を特定できる場合を除き、純粋に考古学的方法のみで絶対年代を求めることは不可能なことである。
しかし考古資料の相対的前後関係を明らかにすることは、例えば時代を草創期、早期 . . . 本文を読む
考古学が、歴史の復元を目指す歴史学の1構成分野である以上、その資料である遺跡、遺構、遺物の年代を絞り込む必要性がある。その要求にこたえるため、考古学は独自の年代決定法を発達させてきた。それは「型式学的方法」と「層位学的方法」である。
遺物という考古資料が増えていくと、デザイン、フォルムなどが類似しているものをグループ化することができる。たとえば「取っ手の付き土器」の取っ手が、しっかりと機能するよ . . . 本文を読む
考古学は、遺跡、遺構、遺物をもとに人類の過去を研究する学問で、歴史学を構成する一つの方法である。歴史学は考古学の他、文献史学、民俗学によって構成され、それぞれが補完し合うことによってバランスの取れた歴史の復元が可能となる。
考古学の資料である遺跡、遺構は、人間が大地に働きかけた痕跡であり、遺物は人々が生活に用いた用具の、土中に埋蔵された生活痕である。考古学はこれらの資料を分析し、編年することで、 . . . 本文を読む