今日1月17日、阪神・淡路大震災から13年です。
あれからもう13年もたつんですね。
小1だった長男が成人式ですものね。
私が当時住んでいた所(今も同じ地区ですが)
神戸でも被害が少なかったのですが
あの朝、ゴーッという地響きと共にすごい揺れで目が覚めました。
一瞬何が起こったのかわかりませんでしたが、とにかく子供達を守ろうと上にかぶさりました。
タンスのある部屋で寝ていたので、あのタンスが倒れてたらと今でも怖いです。
当時住んでいたマンションは、一部損壊でしたが
家具はあちこちに動き、食器やタンスの上に置いていたものが
ことごとく落ちていました。
でもいったい何が起こったのか全然理解できていない状態でしたが
テレビで住宅やビルや高速道路まで倒壊した映像を見て大きな衝撃を覚えました。
だんだん明らかになる被害の中、何千人もの方がお亡くなりになったという
現実に信じられない思いでした。
私達の地域はニュータウンで比較的早くライフラインも復旧しましたが
電車で15分も走るとそこは別世界でした。
長田に伯父さんの家があったので少ししてから訪れるとその風景に唖然としました。
家という家ががぐしゃっとへしゃがっているのです。
伯父さんの家は全壊でしたが皆さん幸いにもご無事でした。
毎日報道される非難所からの様子で被災者の方々のご苦労を思い
何かできたらと思いましたが、当時息子達はまだ幼く
主人も震災関係の仕事で休日返上の激務の上、通勤事情も厳しく連日帰りも深夜で
何もできない自分に悶々とした思い出があります。
現在は表向きは整備され、復興したように見えますが
復興住宅でのお年寄りの生活の問題とか様々な問題があります。
亡くなられた方への思いや震災を経験された方の心の中には
それぞれの思いがあると思います。
あれから、新潟や中越でも大きな地震がありました。
でも、時がたつと風化してしまう恐れがあります。
私達は、この震災を教訓に防災を意識して(そういう私も忘れがちですが)
地震の事を忘れないで伝えていくことも少しは意味があるような気がします。
だから今年はブログで書かせていただきました。
私達の地域では、震災後すぐ全ての公園や空き地に仮設住宅が建ちました。
長男の学校にも何人か転入してきて何年かするとまた転校していきました。
その時親しくしていたお友達も先日の成人式に出席していたことと思います。
最後に息子達が小中学生の時音楽会でも歌われ、今でも歌い継がれてる曲です。
心に沁みます。
しあわせを運べるように