FacebookもTwitterもやっていないわたくしです。
まぁ、ブログも自分の事を公開するという点では同じことかもしれないですね。
ただ、自分が"何者か"は隠している。
先日、友人と食事したあと
彼女がその時の写真を自身のFacebookにアップしたのですね。
私のフルネームは記載しませんでしたが
"友人の◯◯と"とわたくしを紹介しました。
ほどなく、最近お仕事で伺ったクライアントの担当者さまが
わたくしと気付き
『◯◯先生?』とコメントを入れてきたとか。
うーん。
世間は狭いです。
わー、知り合いなんだ!今後もよろしくお願いしますぅ!
と無邪気にはしゃげない御年頃のわたくしは
みんな知り合い!みんな友達!という風潮に馴染めません。
自分がどこで、誰と、どう過ごしているのか、
知り合いみんなに知られたくはないなぁ。
頭が固い…のかしら。
翌日、学生時代の別の友人が
Facebook見たよ~!どこのお店だったの?
と彼女のFacebookをみてメールをくれました。
あうー。
私の場合は世代的なものがあるのかもしれないですが、、、。
知り合いにメールアドレスを教えるのも抵抗があります。
心から話し合える信頼できる友人にしか公開はしないですね。
実は私は定年退職後は、なるべく世間や友人、知人とのつながりを少なくし、おつきあいも最小限にしたいとかねがね考えていました。
在職中の反動かもしれませんが、自分の気持ち、精神をフリーにしたかったのです。
でもそうすると、逆に人とふれあいたいと思うようになり、ブログで会話を楽しむようにしたのです。変なものですが、お住まいもお顔も知らない方との会話も楽しいものだと思えるようになりました。
時代や空気感、さまざまな情感を共有できる心地よさを感じるときもあります。
ただ、ブログコメントのやりとりはどうしても限界がありますね。
もう少し会話を続けたいと思うこともありますが、ブログという限界はありますね。
もう少し別のツールがあればと思うこともあります。
ところで少し落ち着きましたか?
おはようございます。
本当にネット上の交流については世代間での感覚差が大きいですよね。
…とはいっても、今回話題の友人は同じ歳ですが(笑)
彼女が話していましたが、Facebookにアップする内容は、いわゆるリア充演出のものばかりになるとのこと。
『今日は一日パジャマでごろ寝』とか
『洗濯物が畳まないまま一週間』とか(笑)
そんなことはアップしない。
素敵なわたし、お洒落な暮らし、たくさんの友人
自分が誰かをオープンにしているけど、実際は演出された自分であるわけですね。
まあ、ブログも同じですね。
わたくしも、ブログを始めたのは実生活では話せないこと、赤裸々な煩悩などを吐き出す場が欲しかったため。
王さまの耳はロバの耳~!と叫ぶ坪が欲しかった。
しかし、実際に書いてみると感情のままに表現するのは難しかった。ぼかしたり、ちょっと変えたり、大人な自分がコントロールしてしまうものなんですね。虚構の部分も多いです、わたくしの場合。ですから、SNS苦手!と言いながら根本的には同じですね。
京都で…さんもおっしゃるように、顔も知らない方々と交流することで得られることが多く、それで10年も続けられているのだと思います。ありがたい事です。
確かにコメント欄でのやり取りにはもどかしさもありますね。そこが面白みでもあるのかな?
さて、ツレ。
メールをスルーしていたら、あちらからの連絡も無くなりました。冷戦中です。
わたくし(滅多にありませんが)、本当に怒ると貝になりハンガーストライキに突入してしまいます。
ツレは本当はチキンハートなので、逆ギレします。
申し訳ありません。こんな下らない事を。京都で…さんには坪になっていただいちゃいました(。>д
申し訳ありません。
坪まちがい。
× 坪
◯壺
僕はTwitterもFacebookもやっていますが、友達との写真は、非公開のグループを除いて載せることはありません。
「自分は気にしない」ことでも「相手は気にする」ことが、いろいろあると思うからです。
「リベンジポルノ」などという不愉快&不埒な言葉を耳にすることが増えてきましたが、ネットに出回ってしまった画像は、当事者が思うほど簡単に始末できるものではないと思っています。
キレイにとれているから、単なる食事風景だから、女性二人だけだから…
いろいろ言われましたが、どれも『いや、だからさ~』と反論したかったですね。
彼女はお仕事がらみもあって、Facebookをオープンにしているのだと思います。
自分以外の誰かの肖像権(?)にも少し配慮してほしかったな。
一言、アップして大丈夫?だけでも。
リベンジポルノなんて、もっての他ですよ。
強姦は心の殺人と言いますが、同じくらいの犯罪に値すると思います。
みんながとみしゅうさまみたいだったら安心なのですけれど。